第50話 指揮官としての資質

 我がイデール独立国軍は僅か三日でティスペル王国最南端にあるトライセン領を占拠した。ゴルドア帝国からの支援も加わり、圧倒的戦力差で攻め滅ぼしたのだ。


 何より大きかったのが、事前に冒険者ギルドに間諜を忍ばせ、要所に破壊工作を仕掛けておいたのだ。


 意表を突かれたトライセンの砦は脆く、早期占領が成されたのだ。



「ふん、ティスペルも案外不甲斐ないな」

「そうでございますね、閣下。次の目的地はソーホン領、取るに足らない田舎領です」

「兵を一時間休ませたら直ぐに進軍させるぞ! ソーホンさえ落とせば、我々も少しはゆっくりできるだろうからな」


 侵攻作戦の総指揮を任された私は部下に命じ、立て続けにティスペルの領地へ進軍を行なった。予想通りソーホンは相手にもならず、早期に降伏してしまった。


「領主一族は捕らえて、成人した男は全員処刑せよ! その他、我々に楯突く者にも容赦をするな!」

「はっ!」

「ベルモント元帥! 一部の傭兵たちが略奪を始めている様ですが……」

「ちっ! これだから山賊崩れ共は……。規律を守らん奴は処罰しろ。一応、ここの領民たちは我が国の民となるわけだからな」


 そうは言いつつも、私自身ティスペル王国の民にあまり良い感情を抱いていなかった。



 元々イデールとティスペルは同じ国の民であった。当時のイデールは辺境伯が治める一領地に過ぎず、西隣のゴルドア帝国や南部のリューン王国からの脅威に備える盾として王家に仕えてきた。


 だが、そんな辺境の地イデールを王政府が裏切ったのだ。


 南の脅威に備えるべく軍備を増強していった辺境伯を謀反の兆しありとして、当時の辺境伯当主を王都に呼びつけ、ろくな裁判も経ずに処刑してしまったのだ。


 この不当な行為にはイデール領の民は怒り狂い、後を継いだオスニエル・イデール様がティスペルからの独立を宣言されたのだ。その後、何年間も内紛は続き、やがてオスニエル様は後の初代王へと即位された。


 もう50年以上も昔の話で、その頃は私もまだ生まれていなかった時代だ。


 イデール独立の際、その後ろ盾となったのが、当時散々争ってきたゴルドア帝国や南部の国なのだから、皮肉な話もあったものだ。


 以来、王国から裏切られたイデールの民はティスペル王家やその国民に負の感情を抱いていた。私自身、祖父をティスペルとの戦争で亡くしているので、王国をあまり快く思っていない。


 二代目であるダニエル・イデール陛下が統治されてからも、ティスペルとは戦い続けた。今でこそ、ティスペルは周辺国からの圧力に屈しイデールを国と認めたが、当時は我々を反乱軍と誹謗中傷し、イデール国民に対する風当たりは相当強かった。


 ここ何年かは停戦状態が続いていたが、国交はほぼ断絶状態に近かった。


 だが、冒険者や傭兵などは問題なく両国間を往来している。今回はそこに目を付けたのだ。




「次の目標地はサンハーレか」


 私の独り言を隣で聞いていた副官が話しかけてきた。


「予定通りなら、あそこは既に武装解除して降伏しているはずです」

「ああ、帝国との裏取引に応じた領主が領地を売り渡すそうだ。相変わらず、王国の権力者どもは腐っているな……」


 同じ帝国に与する形でも、我々イデールとサンハーレ領主とでは志に大きな差があった。我々イデールは卑劣なるティスペル王政府に立ち向かうべく独立し、それに帝国が同調したに過ぎない。ティスペル王国側では我が祖国を“帝国の属国”だの“ゴルドアの犬”などと蔑んでいるらしいが……実情はこれだ。


(貴様らの領主こそ、よっぽど帝国の犬ではないか!)


「工作を済ませて亡命してきた冒険者からの報告ですと、まず気付かれる事なく成功しただろう、との事です」

「ああ、報告書は私も目を通した。ただ、少しやり過ぎたとも書いてあったがな……」


 サンハーレを裏切って小鬼増殖に勤しんでいた冒険者たちだが、報告書によると、少々数を増やし過ぎてしまったと書かれていたのだ。


 小鬼はあくまで戦争の口実と、そちらに兵力を割かせる為の工作に過ぎず、それが原因でティスペル領土を荒らされてはこちらも困ってしまうのだ。小鬼が氾濫した領土など、誰も抱えたいとは思わない。


「まぁ、そのお陰でサンハーレは我々に向ける兵力など少しも残ってはおらんよ」

「元帥のおっしゃる通りですな。既に第一陣の編成も済ませてありますが、先行させて小鬼が増えすぎていないか確認させてみては如何でしょう?」

「うむ、丁度私もそう思っていたところだ。問題無ければ、そのまま占拠してしまえばいい」


 武装解除して降伏している町の占拠など、一個師団もあれば充分だろう。


 まさか無血開城で重要な港町が手に入るとは……ぼんくら領主には感謝しかないな。お礼にぼんくら領主には立派な断頭台を用意してやろう。


 帝国と本国からは既にサンハーレ子爵を処断する許可も得ている。国を売る貴族など、今後の治世には邪魔なだけだ。


(本当に愚かな選択をしたものだ。同情する気は微塵も起きないがな)



 私は第一陣に進軍を命じ、その他の兵を休ませた。




 それから数時間後、先行させた第一陣の兵士数人が慌てて戻って来た。しかも、最悪な報告と一緒に、である。


「なにぃ!? 第一陣が壊滅状態だと!?」

「サンハーレは降伏するんじゃなかったのか!?」

「帝国の連中め! しくじりおったなぁ……!」


 まさかの事態に将官たちが騒ぎ始める。


 無血開城どころか、どうやら相手は徹底抗戦のつもりらしい。既に一軍がこちらを待ち構えていようで、先行部隊はあっという間に襲われて壊滅状態に陥ってしまったそうだ。


「ちっ! そこまで戦力がいるとは聞いていないが……どこかの援軍でも来ているのか?」

「小鬼の方はどうなってるんだ!? 森を埋め尽くすほど増やしたと聞いていたぞ!?」

「そんな数、この短時間で対処できる筈もない! ギルドの蝙蝠野郎が! 出鱈目な情報を寄こしやがったなぁ……!」


 予定外のハプニングに慌てだした将官たちに私は声を掛けた。


「落ち着け! なあに、たかが一戦追加されただけのこと。その分、我々の戦功が増えたと思えばいいではないか」


 計画では、サンハーレの北にある大きな領地まで侵攻した時点で、我々の任務は終了だ。それより北部はゴルドア帝国に分譲する為、連中の仕事となるのだ。


 この手で王都を落とせないのは残念だが、サンハーレの地を除くと、我がイデール軍に大きな戦はあまり残されていない。まだまだ武勲を上げ足りない者にとっては、寧ろ成り上がるチャンスが増えたと喜ぶべきなのだ。


 私がそう説くと、将官たちの目の色が変わった。


「確かに! 閣下の言う通りですな!」

「サンハーレへの進軍、我が師団に先陣をお任せください!」

「いえ! 私の団に……是非!」


 ふふ、良い感じで士気が高まってきた。これが指揮官の在り方というものよ!


 戦場に不確定要素はつきものである。それをいかにして乗り越えるのか、指揮する者には高度で柔軟な対応力が求められるのだ。








 イデール軍がすぐそこまで迫っているという報せを受け、サンハーレに残存するほとんどの兵士が駆り出された。


 領兵団の数は凡そ400人ちょっとと少ない。実際にはもう少し兵数がいるのだが、元領主の悪事に加担した者全てのあぶり出しがまだ終わっておらず、完全に町を留守にする訳にもいかなかった。


 ステアたちの護衛も必要なので、エータにクー、それとシュオウも町に残してある。エビス邸にいる者は孤児たちも含めて全員、一度町の中に避難させておいた。



 サンハーレ郊外の南西部に仮陣営を築き、そこに戦争へ参加する者たちが集められていた。


 領兵だけでなく傭兵に冒険者も一部参加している。その全員がサンハーレに住んでいる者たちだ。戦う理由は人それぞれだろうが、町を守るという点に関しては全員気持ちが一致していた。


 そんなやる気に満ちていた彼らの前に俺は立たされていた。今回の総司令官として紹介され、全員の前で挨拶しろと言われたのだ。


(うぅ、緊張するなぁ……)


 俺を見ている者のほとんどが不信感を募らせていた。


“あいつは誰だ?”

“あんな若造で大丈夫なのか?”


 きっとそう思っているのだろう。


「あー、今回総指揮を執るケルニクスだ。傭兵団“不滅の勇士団アンデッド”の団長を務めている」


 なんとか声を震わせずに話せたが、俺の自己紹介に兵士たちはざわつき始めた。


「おい、あいつが指揮官って……正気か?」

「まだ若僧じゃねえか!」

「“アンデッド”? 聞いた事ねぇ団だな。金級の下位辺りか?」

「いや、銀ですらねえってよ。鉄級の上位になったばっかりだってさ」

「……冗談だろ?」


 うーん、辛辣ぅ…………


 これは拙いと思ったのか、後ろからエドガーが声を掛けた。


「おい! なんでもいいから士気の高まりそうな気の利いたセリフを言いやがれ! 嘘でも何でもいいから、兵のやる気を出させるんだよ!」


(な、なるほど……)


 嘘なら得意だ! これまであの手この手と偽って生き延びてきたのだ。今度もなんとか切り抜けられる地震がある。


 俺がそんな不埒な事を思いながら兵士たちに目を向けると、そこには不安そうにしながらも、それでも真剣にこちらを見つめている者たちが幾人かいた。


“こいつは果たして自分の命を懸けるのに値する男なのか”


 俺を見定めようとしている……そんな気がした。


(……そうだよな。みんな不安なのは当然だよなぁ)


 逆の立場だったら、俺も同じ思いで見ていたかもしれない。


 かつて、ヤールーン帝国やコーデッカ王国での戦争前に聞かされた将校たちの演説を、俺は今頃になって思い起こす。と言っても、演説内容自体は全く思い出せそうになかったが、綺麗ごとばかり述べ続けた自分勝手な主義主張であったのだけは今でも何となく覚えている。


 その演説を聞きながら俺は『この嘘つき野郎が!』と心の中で罵っていたものだ。


 そして、今は自分が……それと同じ真似をしようとしている。


(…………なんか、嫌だな)


「…………俺は、今日初めて戦争の指揮を執る。勿論、高尚な戦術を学んだわけじゃあないし、頭が良いわけでもない。でも、言っておくが馬鹿じゃないからな!」


 ざわざわと、兵士たちに動揺が見え始めた。明らかに失望の目を向ける者の数が増えてきた。一部では「バーカ! バーカ!」とヤジまで飛び始めた。


 テメエ、その面覚えたからな!


「だが、相手がどんな指揮官だろうと、負けない長所が俺にはある。俺は強い! 誰にも負けない!」


 俺の発言に冷笑する者もいた。所詮、青臭い傭兵の戯言だと思われているのだろう。


(ステアは覚悟を決めた! 俺も……前に進む!)


 その表明を今ここでしよう。


「俺は“双鬼”ケルニクス! あのブリック共和国の大将軍、ヴァン・モルゲンを討ち取った男だ!」


 俺が今まで避けてきた二つ名とあの“白獅子”の名を堂々と口にすると、兵士たちの間にはさっきまでとは違う意味での動揺が走った。


「あ、あいつが……あの“双鬼”?」

「確か……金貨50枚の賞金首だよなぁ?」

「あの、白獅子を……? さすがに嘘だろ」

「でも、確かに双剣使いだった。しかも、滅茶苦茶強かったぞ!?」


 場の空気が変わったのを俺も肌で感じたので、そろそろ演説を終えることにした。


「この俺に敵はいねえ! 強い奴がいれば俺に報告しろ! そいつも俺が全部叩き斬る! だからテメエら……俺に付いて来やがれええええ!!」

「「「うおおおおおおおおおおっ!!」」」


 全員ではないが、何人かは俺に乗ってくれた。アマノ家が一丸となって雄叫びを上げてくれたお陰で、その熱気に当てられただけかもしれない。森で一緒に戦った傭兵や冒険者たちも吠えていた。


「よーし! それじゃあ進軍するぞー!」

「「「おおおおおおおおおおっ!!」」」


 調子に乗って号令を出した俺だが、それを聞いたアミントン分隊長が慌てて壇上に上がった。


「ま、待って下さい! まだ作戦内容も伝えていないでしょう!?」


 オスカー領兵長もそれに続いた。


「これから作戦を伝える! ええい、静まれぃ! まだ行くな!」


 領兵長が怒声を放つも、雄叫びが煩すぎて後ろの方まで聞こえていない。急いで兵士たちが後方に駆け付け、進軍しようとし始めていた傭兵たちを必死に引き留めていた。


「わはははっ! いいぞー、双鬼ぃ!」

「先走んなよぉ、早漏!」

「ノープランとか……さすがに脳筋すぎんだろー!」

「「「双鬼! 双鬼! 双鬼! 双鬼!」」」


 盛大に冷やかされた俺は顔を真っ赤にした。


(もうやだ! こんなところまでハードだなんて!?)


 俺は両手で顔を隠しながら恥ずかしそうに壇上を降りた。






 大まかな作戦を伝え終わり、兵士たちは俺の指揮で陣をしいた。


 すると、突如耳元からネスケラの声が響いた。


『来たよ! 数はおよそ1万2千、大軍勢だね!』


 その声は俺が耳に着けているイヤホンから出ていた。ネスケラが無線機を使って領主邸から情報を届けてくれているのだ。俺は口元にマイクを近づけて応答した。


「了解! 敵の砲撃隊はどの辺りに布陣されているか見えるか?」


 ネスケラはステアが購入したカメラ搭載のドローンを飛ばし、空から戦場の様子を探って伝えてくれていた。


『んー……多分、右翼側後方かな? なんかローブ纏った魔法使いみたいな恰好の人たちと弓兵が固まって歩いてるよ!』

「サンキュー! 助かる!」


 神術士と弓兵は右翼側後方か。俺は早速その情報を各部隊の指揮官に伝えた。指揮官にも無線機の使い方を教えて持たせておいた。


 総指揮は俺が執り、一番数の多い領兵団はオスカー領兵長が動かす。ただし、領兵団は防衛を優先し、攻めるのは主に傭兵団である俺たちとアマノ家の役目だ。


 アマノ家一族はセイシュウに代わり、老兵ゴンゾウが率いる。シノビ集は別動隊としてクロガモが指揮する形だ。


 また、冒険者たちは前に出る俺たちの援護だ。その指揮はフェルに任せた。ソーカ、カカン、ニグ爺も一緒である。



「しかし、総指揮官自ら最前線に立つなど……本当に大丈夫なのか?」


 少し不安そうにオスカー領兵長が尋ねた。


「どうせ後ろにいたって役に立たないし、俺が活きるのは最前線だ。こいつがあるから前からでも指示出しできるしね」


 俺は装備している無線機をコンコンと叩いた。


「しかし、色々と物珍しい魔道具を所持しているものですね。それは神器ですか?」

「いや、そんな上等なモノじゃないよ」


 アミントン分隊長の問いに俺は適当に答えた。


 無線機の他にも、一部の兵士にはネスケラが用意した秘密兵器を持たせてある。これで大分戦いが有利になると思うのだが、果たして……



 いよいよ相手の姿がはっきりと見えてきた。


 戦の前には口上があったりするのだが、それは時と場合に寄るらしい。今回は有難いことにノーコメントでいきなりの開戦だ。イデール軍からの“敵に語り掛ける言葉なし”というメッセージだと俺は受け取った。


「いいぜ! ごちゃごちゃ言うのは止めて戦争しようか! 征くぞー!」

「「「おおおおおおおおっ!!」」」


 指揮官としての俺の初陣である。

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