第46話 決起

 午後に入ると、町で情報集めをしていたシノビ集が戻って来た。


「今朝方、サンハーレの冒険者ギルド支部長が非公開形式で処刑されました。容疑は小鬼討伐助成金の横領罪と国家転覆罪だそうです」

「え!? 嘘!?」

「もう処刑しちまったのか!?」


 これには冒険者であるフェルやカカンたちが驚いていた。


 シノビが続けて報告をする。


「重体だった副支部長が目を覚ましたようでして、彼の供述と証拠から領主が判断し、決定を下したようです」

「早過ぎるわ! いくら何でも……」

「何か決定的な証拠でも出たのかのぉ……」


 別に支部長を庇っている訳ではないが、人ひとりを処刑するにしてはあまりにも捜査期間が短いような気もする。しかも、相手は平民とはいえギルド支部の長なのだ。これでは冒険者ギルド側も納得すまい。


「それがどうも、この処刑には領主の強権が働いたようです。自国が戦争になった状況下で、何時までもこのままにはしておけない、というのが建前のようです」


 シノビが思わせぶりな報告をしてきた。


「建前だと? では、本音の方は?」


 クロガモが尋ねるとシノビは続きを語った。


「恐らく支部長は無実です。まだ決定的な証拠を掴めてはおりませぬが、物証などに細工の痕が見られます。それと副支部長は先日まで重体とのことでしたが、奴は教会の診療所で甚く健康そうでした。状況から考えて、匿っている教会上層部もグルでしょう」

「え!? ちょっと待って! 教会も……!?」


 それは予想していなかったのか、フェルは慌てだした。


「……つまり、実際に小鬼の助成金を着服していたのは副支部長とギルバードという奴で、それにクラン“雷神”のメンバーも加担していた。支部長は罪を擦り付けられて殺されてしまった……というわけか?」

「しかもその様子だと、やっぱり領主側にも共犯者がいるようね。その共犯者が領主を唆して支部長の口封じをしたのよ!」


 フェルは数日前からそう主張していた。でなければ、小鬼たちの餌になっていた多数の行方不明者に領主が気付かぬわけないからだ。行政側にその辺りの情報を操作している者が必ずいるのだ。


「どうなのだ?」


 クロガモが尋ねるとシノビは顔をしかめた。


「申し訳ございません。何分まだサンハーレに来たばかりでして……領主の館付近は人の目も多く、未だ踏み込めて調べられないのです」


 さすがのシノビも、そこまで万能ではないらしい。


「しかし、よくもまあこの短時間で調べ上げたものだなぁ。ケリーがお前さんらを欲しがってた理由がようやく分かったぜ」


 エドガーが感心してシノビを褒め称えると、何故かイブキがドヤ顔で胸を張った。


「ふふん、私のシノビ集は優秀なんだ! 良い買い物だっただろう?」

「私のシノビ集……?」


 俺が首を傾げると、セイシュウが教えてくれた。


「ああ、妹のイブキがシノビ集の頭目となっている。まぁ、実際の運営は副頭目でイブキの師でもあるクロガモが請け負っているがな」


 クロガモは無言のまま俺たちに軽く頭を下げた。


 このクロガモという男、ソーカとの決闘では不覚を取ったが、気配を消すのは一番巧いとさえ感じていた。どうやらシノビとしてはかなり優秀な男のようだ。


 それに比べて妹の方は……若干ポンコツに見えてしまう。


(戦闘能力はかなり高いんだがなぁ……)


 何だか昔のソーカを思い出す。


 そんな感想を心の中で思い浮かべていると、シュオウが慌ただしく部屋に入って来た。


「なんだ、シュオウ。今頃起きてきたのか?」

「ちげえよ!! 町に調査しに行くって言っただろうが!!」


 そうえいば、今朝そんな事を言って出て行った気もする。


「ふふん、それで? どんな情報を仕入れてきたんだ?」


 イブキは勝ち誇ったかのような態度でシュオウに尋ねた。どうせシノビ集より有力な情報は得られまいとでも思っているのだろう。


 俺もそう思っていたが、俺たちの予想は良い意味で裏切られた。


「それが聞いてくれよ! 領兵団のオスカー領兵長さんが捕まっちまったんだ! 今は領主の館の地下牢に閉じ込められている」

「「「ええええ!?」」」

「なんと!?」


 これには俺たちだけでなく、イブキやクロガモも驚いていた。


 イブキたちは慌てて報告に来たシノビを見るが、彼は首を横に振っていた。どうやら彼らもまだ掴んでいない情報だったようだ。


「……やるな。情報収集能力だけなら我らに引けを取らぬか」

「ぐぬぬぬぬっ!」


 クロガモはシュオウに感心し、イブキは悔しそうに歯ぎしりしていた。


(そういうところだぞ、ポンコツ忍者!)


 シュオウには神業スキル“壁抜け”がある。恐らくそれを使って領主邸に忍び込んだのだろう。怪盗バルムントの腕は今も健在なようだ。


「それで領主の館を探っていたんだが、どうも領兵長オスカーがギルドの捜査内容に不信感を持ったらしくてな。領主へ直接確認しに行ったそうなんだが、その領主様直々の命令で領兵長を牢屋にぶち込んだらしい」

「「「領主が!?」」」


(ちょっと待て! まさか、これは……)


「ふむ。どうやら今回の事件、領主側近だけでなく、領主自身も裏で糸を引いているみたいだな」

「あ、あり得ないわ! 領主が小鬼の助成金を着服!? そんな小金で負うリスクじゃないでしょ!? 自分の領地なのよ!」


 その通りである。


 ここサンハーレの領主は代々サンハーレ子爵家が治めており、港町なので当然交易なんかも盛んで、貧乏な生活とは無縁の勝ち組貴族だったはずだ。


 小鬼の助成金という端金程度で、極刑にも該当する行為――小鬼討伐の放棄といった愚策に走るとは、とても思えないのだ。


「でも、小金が目的じゃないとしたら? もっと大金だったり、それ以外の大きな目的があるのだとしたら、やるんじゃない?」


 そう意見を述べたのはネスケラである。


 初対面であるセイシュウたちは、幼子がどうしてこの場にいるのか、先ほどから不思議そうにしていたのだが、急に大人顔負けの発言をしたネスケラにギョッとしていた。


「目的……か。確かに、それが定かじゃないのよねぇ」


 まだまだ謎は残っている。


 小鬼の犠牲者となった人たちの素性


 わざわざ討伐隊を編成した意味


 そして、タイミングよく起こった南部での戦争……




 すると、新たな続報が入って来た。


 それは町に出ていたシェラミーの手下からもたらされた凶報であった。


「大変だ、姉さん! ゴルドア帝国もティスペル王国に宣戦布告してきやがった! それとグゥの国もだ!」


 平穏がガラガラと崩れ落ちるような幻聴が聞こえてきた。








 小鬼討伐任務は引き続き行われており、それを傭兵団としても放棄する訳にはいかないので、シェラミーと手下たち、それとソーカにカカン、ニグ爺には再び出てもらった。残った俺たちは引き続き情報の精査だ。


「西のゴルドア帝国に北のグゥの国までも……」

「これで三方向から同時に戦争を仕掛けられた、というわけね」


 ティスペル王国の東側は海しかないので、実質全方位から攻められている状況だ。これは完全に王国包囲網が敷かれているみたいだ。


 いや、ティスペル王国にはもう一か国、隣接している国家があった。ゴルドア帝国の北に隣接しているジーロ王国である。


「帝国が動いたんなら、ジーロはこっちの味方じゃねえのか?」


 あの国は対ゴルドア帝国での同盟関係にある。帝国との戦争にだけは共に戦う事が確約されている友好国なのだ。


「今のところ、ジーロが動いたという報せは届いていないな」


 アマノ家はジーロ王国経由でここまで来たらしい。その際、追っ手の妨害と情報攪乱を担う為、数人のシノビ集をジーロに残してきたのだ。


 その彼らが無事に役目を終え、最新の情報を持ち帰って合流しにきたのだが、今のところジーロ軍に大きな動きは見られなかったそうだ。


「まだ宣戦布告されたばかりだからね。ああ、もう! イデールも帝国も……動きが早すぎる!」


 フェルが愚痴っている横で、またしてもネスケラが意見を述べてきた。


「その帝国やイデール、グゥが仕掛けたんじゃないのかな? 今回の騒動」

「え? でも……さっきは領主が怪しいって……」

「うん。だからサンハーレの領主と共謀して、戦争を始めたんじゃない? ほら、戦争って大義名分が要るでしょう? 『小鬼どもを放置して、ろくに管理もできない国家は滅ぼしてやるー!』って感じで……」

「っ!? そ、それは…………」


 さすがに飛躍し過ぎだろう……とは、誰も言えなかった。




 そして翌朝、更に続報がもたらされた。


 それは帝国が開戦に踏み切った正当性を説く演説内容で、驚いた事にネスケラの読み通り、小鬼騒動を切っ掛けに立ち上がったとか、綺麗ごとを抜かしている布告が届けられたのだ。


 ティスペル王国は完全に嵌められたのである。


「……そういう事ね。ここの領主も副支部長も、逃げた連中も、イデールすらも……全部ゴルドア帝国の策謀、というわけね……」


 シノビ集たちの働きにより、大まかな全容が見えてきた。


 つまり、副支部長を始めとした裏切り者たちによる小鬼騒動は、全て戦争を起こす為の茶番劇であったのだ。だからこそ、狙ったタイミングで明るみになるよう、わざわざご丁寧に討伐隊を編成したというわけだ。


 小鬼たちを最後まで放置しなかったのには、恐らくもう一つ理由がある。支配する港町や他の領地が小鬼共に蹂躙されては、攻め入ろうとしている三国にとっても不利益であるからだ。小鬼が人類共通の敵である事に変わりはないのだ。


 ここの領主――サンハーレ卿は、帝国の間者を通して謀反を持ち掛けられたのだろう。もしくは脅されての行動かもしれないが……恐らく前者だと思われる。


 報酬はどうせ、更なる地位といったところだろうか。サンハーレ卿は港町を有する領主であるにも関わらず、自分の地位が子爵位であることに、日頃から王政府に対しての不満を周囲へ零していたそうだ。きっと帝国辺りに伯爵や侯爵にでもしてやると唆されたのだ。


 小鬼たちに喰われた憐れな被害者たちの出処もようやく掴めた。どうやら彼らはこの港町に船で渡来してきた商人や移民たちのようだ。


 この町の住人ではない海の向こうから来た者たちなら、確かに足が付きにくそうではあった。お陰でシノビ集も調べるのに苦労したそうだが、被害者の彼らから鹵獲した船や商品が、領主の管理する桟橋や倉庫に保管されている事も確認が取れた。


(随分とあくどい真似を……!)


 そして、領主はその全ての罪を冒険者ギルドに擦り付けるつもりなのだ。後釜には領主の傀儡である副支部長が座る予定なのだろうか。


 領主も立場上、小鬼騒動で多少の責任追及を受けそうなものだが……最早、その責を問う側である王国の存続自体が怪しいのだ。現体制が崩壊すれば、国内にサンハーレ卿の責を問うものはいなくなる。


 もしかしたら帝国は、ギルド側の怠慢を裁いて小鬼騒動を治めた英雄として、サンハーレ卿を祀り上げる予定なのかもしれない。


 或いは……


(最悪、帝国に裏切られて、ここの領主も処刑されるかもな……)


 その辺りを領主は計算しているのだろうか? 何も考えてないかもなぁ……






 更に翌日、またしても悪い報せが届けられた。南部のティスペル王国軍が敗北し、トライセンにある砦が陥落したらしい。


 戦火は隣の領地であるソーホンにまで迫っていた。


 ソーホン領はトライセンやサンハーレよりも小さく、占領は最早秒読み段階だ。ソーホンの領主はサンハーレを始めとした周辺の貴族に援軍を求めているそうだが、サンハーレ卿はそれを突っぱねたらしい。小鬼騒動で、今はそれどころではないという尤もらしい理由で断ったそうだ。


(もう、小鬼なんかほぼ壊滅してるっての。援軍に行ってやれよ……)


 これもサンハーレ領主の策略だろう。



 その日の午後、町中では領主から重大発表が告知された。


 それはイデール独立国の軍勢がすぐそこまで迫っているという情報と、サンハーレはそれに対して全面降伏するという内容であった。亜人種討伐が人類存亡の使命であり、人同士で殺し合っている場合ではないという理由で降伏するのだと、行政側から正式に通達されたのだ。


 それに違反して抵抗した者は極刑に処するとまで明記されていた。


「もう、ここまで来ると笑えてくるわね……」


 乾いた笑みを浮かべていたフェルだが、その目は全然笑ってなどいなかった。


「俺ら傭兵にも武装解除するように通達がきたぜ?」

「商会も大人しく指示に従って財産を差し出すよう言われました」


 エドガーとサローネは怒っていた。


 二人だけではない、ここにいる全員が怒りを滲ませていた。


「……はぁ。このまま何も見なかったことにして、俺たちの安全が買えるのなら仕方ないとも思っていたが……」

「仕方ありませんの……」


 俺の思いが伝わったのか、ステアが立ち上がった。


「もう、これ以上は見過ごせませんわ! サンハーレは……私たちが頂戴しますの!」


 ステアの宣言にエドガーとシェラミーたちが立ち上がった。


「おう! 降伏するってんなら、俺たちが代わりに戦って守ってやらあ!」

「報酬はこの町そのものだよぉ! お前ら、気合入れなぁ!」

「「「へい、姉さん!」」」


 傭兵組はやる気十分である。


「シュオウ、手筈は整えているか?」

「ああ、バッチリだ! 領兵長さんと分隊長さんにも既に知らせてある」



「ネスケラ! ホムラン! そっちも準備いいな?」

「オーケーだよ! 僕も現代科学無双、しちゃうよぉ!」

「ほむ! ウの国の連中は気に喰わんが、ひとまず協力してやろう!」


 ホムランはウの国出身であるアマノ家に対して思うところがあるようだが、そんな彼もやる気十分のようだ。


 ネスケラは……ほどほどにね?



「セイシュウ! 大変だろうが、しばらく任せたぞ!」

「ああ、問題ない!」

「イデールの雑兵など、アマノ家の敵ではないわ!」

「「「応!!」」」


 アマノ家家臣団の皆様も気合が入っていた。



 俺たちはここ数日間、なにも情報を集めていただけではない。しっかり裏側で事前準備を行っていたのだ。



 え? 何の準備かだって?



「クーデターだああああああ!!」

「「「「うおおおおおおおおっ!!」」」」


 エビス商会並びに“不滅の勇士団アンデッド”は、サンハーレ子爵家に反旗を翻した。

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