第45話 アマノ家の決断

 改めて正面玄関から尋ねて来たシノビ二人を俺たちは部屋へと招き入れた。


「ゴホン……久しぶりだな」


 少しだけ顔を赤くしながら少女が挨拶を述べた。どうやら格好つけて窓から入り損ねたのを気にしている様子だ。


「おう! そっちも元気そうだな。あー……忍者少女」

「イブキだ! アマノ・イブキ! ゴホン……こっちはクロガモだ」

「アマノ家シノビ集、副頭目のクロガモだ」


 クロガモはヒョロ長の体型をしており、背の低いイブキと並んで立つとそれが際立って見えるほどの高身長だ。


「それで? こんな所まで来て、俺たちに何の用だ?」

「仕返しに来たって感じでは……なさそうね?」


 フェルの言うとおり、彼女らにその気はないようだ。この屋敷の中にあるステアの部屋には、神器“寄居虫やどかりしらせ”という風鈴が設置されており、敵意のある者が敷地内に侵入すると、すかさず鈴の音で知らせてくれる警報装置となっているのだ。


 ここに居る闘気使いで、屋敷内に居てその音を聞き逃す者はいない。


(……いや、シュオウは聞き逃すかもしれないな)


「お前たちに話があって来たのだが……何やら面白い状況になっているようだな? 小鬼騒動に加え、南部の国からも侵略戦争を仕掛けられているとは……。思っていた以上に、ここは騒がしい地のようだ」

「わざわざ嫌味を言いに来たの? そうでないなら、さっさと用件を言いなさい。ご存じの通り、私たちも忙しいのよ」


 イブキの言葉にフェルが冷たくあしらう。


 例え今は敵意がなくとも、相手は一度殺し合った敵同士だったのだ。しかも、最悪な事にこちらの本拠地を知られてしまった。さすがは情報収集能力に長けると噂されているシノビ集だ。


「分かった。我々も時間が惜しいので手短に話す。兄上がお前たちとの対話を望んでおられる。代表者と同行者、二名で町の外まで付いて来て欲しい」

「今からか?」

「そうだ。場所はそう遠くない。今日中に用も済む」


 ふむ、別に構わないのだが……


「ちょっと待て。何でわざわざ外で? 話があるのなら、お前の兄ちゃんがここに来ればいいじゃねえか」


 シュオウの意見は尤もだ。これではまるで、こちらを罠に誘っていると疑われてもおかしくはない。


「理由はあるが今は話せない。それで……返答は?」

「……いいだろう。ソーカ、付いてきてくれるか?」

「了解です、師匠!」


 ここは連中と戦闘経験豊富なソーカが適任だろう。


 用件を伝えると、イブキとクロガモの二人は時間も惜しむかのように部屋を出た。それに俺たちも続こうとすると、後ろからステアが心配そうに声を掛けた。


「大丈夫ですの?」

「んー……多分な。姑息な罠を仕掛けるような連中ではないと思う」


 きっと何か事情でもあるのだろう。


 色々と考えなければならない事は多いが、まずはアマノ・セイシュウの話を聞いてみるとしよう。




 俺とソーカも屋敷を出ると、イブキたちが外で待っていた。


「こっちだ。一応、気配を消して周囲も警戒してくれ」

「警戒って……。お前ら、もしかして誰かに追われてんのか?」

「……兄上の口から説明する」


 それは肯定しているようなものだろう。


 増々不穏になってきたが、考えるのは苦手だし、どうせすぐに分かる事なので、言われたとおり極力闘気を押さえ、周囲を警戒しながら彼女らの後を付いて行った。




 イブキの言ったとおり、割と近くの場所にセイシュウはいた。


 いや、セイシュウだけではなく、あの決闘騒ぎで見た連中、見覚えの無い者、更には女子供に老人と、かなりの大所帯で待ち構えていたのだ。


「久しぶりだな。確かケリー……いや、ケルニクスと言うのだったか」

「セイシュウ……この人たちは何だ? いや、それよりお前……大丈夫か?」


 久しぶりに会ったセイシュウは全身包帯だらけで、仲間に肩を借りながらの状態でようやく立っていた。包帯は血が滲んでおり彼の息も大分荒い。どこからどうみても重傷だ。


「あまり大丈夫では……ないな。お前たちの仲間に……腕利きの治癒術士がいれば助かるのだが……」

「俺たちの中にはいないな。だが、この町には教会があるぞ」

「…………教会は、今は極力避けたい」


 教会は基本的にどの勢力の治療行為もしてくれる筈だが……どうやら本格的に追われている身のようだ。しかし、一体誰から……? いや、そもそも、どうして追われている身でここまで来たのかが謎すぎる。


「気になっているようだから……手短に経緯を説明する。俺たちアマノ家とその家臣たちは……祖国から追われている。コーデッカ王国の間諜と……疑われてしまったのだ……」

「え!? ウの国から追われてんの!? しかも、コーデッカ王国のスパイ容疑って……なんでそんな事に!?」


 俺たちの誘いを即座に蹴り、あれだけ忠義を貫いていたアマノ家が、一体どうしてそんな立場に追われてしまったのか、俺には全く理解できなかった。


 すると、案内役であったイブキが口を挟んできた。


「お前らの所為だ! 一度は捕らえた我らを無条件で見逃し、その後も戦場で随分活躍したそうじゃないか! だから、私たちが王国の手引きをしたって疑われたんだ!」

「こら! イブキ! よさないか! ……ぐっ!」


 思わず大声を上げたセイシュウは身体の傷に響いたのか、呻き声を上げた。慌ててイブキが介抱をする。


「ああ、そういうこと。いや、それにしても……そんな結論に至るか? 普通……?」

「お前たちには何の責も無い。全ては……私たちの弱さが招いた結果だ。アマノ家には政敵が多過ぎたんだ……。この機に乗じて……一族根絶やしにしようと画策する者まで出て来る始末……」


 どんだけ恨まれてるんだ、アマノ家!?


(こいつらも大概、ハードな人生送ってんなぁ……)


「じゃあ、後ろの人たちは……」

「我が一族と家臣の家族たちだ。全員で……逃げて来た」


 どうりでこそこそと隠れている訳だ。さすがに女子供を連れた状況で、追っ手と一戦交えたくはないだろうな。


「恥を忍んで頼みがある。あの時の話は……まだ有効だろうか? 我々アマノ家全員を保護すると約束してくれるなら……私はケルニクスの軍門に下ろう」

「兄上!? 本当にそうなさるおつもりですか!?」


 どうやらイブキや一部の家臣たちは反対しているみたいだ。


 追われた身とはいえ、元名門の貴族家が一傭兵団に下るというのだ。当然、納得できない者も多いのだろう。


 だが、この件に関しては俺の一存では決められない理由がある。それはステアたちの存在だ。真の俺たちの仲間になるという事は、ステアの秘密も共有する必要があるからだ。


 まだシェラミーたちにもステアの素性は打ち明けていない。彼女の存在を隠したままアマノ家と共存するのは不可能だろう。シノビ集がいれば、彼女の秘密などすぐに明るみになってしまう。


「俺だけじゃあ決められないんだ。ちょっと伺って来てもいいか?」

「……それは、アリステア王女にも確認が必要、という話か?」

「…………え!?」


 もうバレとりますやん!? シノビ、優秀すぎひん?


「我々も……考え無しにここまで来た訳ではない。ぐうっ!」

「兄上! 養生してください! ここから先は私が説明しますので……!」


 怪我が酷そうな兄に代わって妹のイブキが全部話してくれた。



 先の戦で無実の罪を着せられたセイシュウは幕府に呼び出され、そこで弁明する機会も与えられないまま、なんと処刑されそうになったそうだ。だが、不穏な幕府側の動きを事前に察知していたシノビ集が刑の執行前に割って入り、セイシュウを何とか救出したものの、脱走時に彼は大怪我を負ってしまったのだ。


 急いで一族全員で国を出ようとした時には、既にアマノ家に謀反ありとの報せが国中に広められていた。どうやら敵もかなり周到な事前準備をしてきたようだ。


 もはや国内に潜伏先は見込めないと判断したアマノ家は、北にあるイヴニス共和国へと密入国し、そこで今後どうするかを相談し合った。


 とりあえず、どこか東側の国にでも落ち延びようとしたらしいのだが、現状の戦力不足を痛感させられたアマノ家は傭兵を雇おうと考えた。その時、真っ先に候補に挙がったのが、俺たち“不滅の勇士団アンデッド”というわけだ。


 元敵同士とは言え、傭兵は報酬さえ用意すれば昨日の敵すらも味方となり得る。”アンデッド”は鉄級ではあるものの、実力は間違いなくあるのを知っていたので、手持ちの資金ではそれが最善策だと考えたのだ。


 念の為、契約を結ぶ前に俺たちの素性を調べておこうとしたら、驚きの情報がわんさか出てきた。団長の少年は二国から賞金首にされており、その構成員も訳ありの者たちばかり。更に優秀なシノビたちは、“アンデッド”の後援組織であるエビス商会や、なんとステアの素性までも調べ上げてしまったのだ。


 そこまで情報が出揃ったところで、セイシュウは考え方を改めた。俺たちを雇うのではなく、逆に彼らの庇護下に加わろうと……


 武人たちだけならどうとでも生き永らえるが、多くの女子供を養うにはそれなりの稼ぎや土地が必要だ。エビス商会ならそれも可能だろう。


 その案に反発した者は多かったが、背に腹は代えられず、アマノ家は北回りルートでティスペル王国までやってきた……という状況らしい。




「だから、我々はお前たちの秘密を全部知っているぞ! バラされたくなかったら我らを受け入れろ!」

「こら、イブキ!? いつっ……!」


 妹の無茶な交渉に黙っていられなかったのか、兄セイシュウが無理に上体を起こした。


「別に……この話を断っても……そんな真似はしない。だが、せめて……女子供だけでも受け入れてはくれないか? 頼む……!」

「兄上…………」


 弱々しくも律義に頭を下げ続ける兄に何か思うところがあったのか、イブキも俺の方を振り返ると、兄に倣って深く頭を下げた。


「……お願い、します…………」


 さすがに「女子供だけでも」とか頼まれては、断る訳にはいかない。俺はこの手の話に弱いのだ。


「……ステアには俺から話を付ける。とりあえず、お前の兄含め、重病な奴や腹を空かせている者を早く連れて来い。食い物なら沢山用意できる」

「……かたじけない」


 イブキが再び頭を下げると、他のアマノ家一同が俺に頭を垂れた。やはり、こういった対応は苦手である。



 俺はアマノ家一同をエビス邸に招き入れた。






「おい! とても部屋が足りんぞ!」

「クーとエータはステアの部屋を使ってくれ。フェルたちも一部屋纏めてでいいかな?」

「大丈夫! 冒険者にはこれで十分よ!」

「私も子分たちと一緒で構わないよ」

「「「お世話になるっす!」」」


 シェラミーも手下どもと同じ部屋にしてもらった。


 エビス邸はかなり広いが、それでも貸せる部屋の数には限りがあるので、男の武人たちは我が闘技二刀流の道場で寝泊まりしてもらうことになった。それ以外の女子供に年寄り連中、それに重病人などは、エビス邸の部屋を優先的にあてがった。


 あくまで住む所が決まるまでの一時的な措置だ。


「ここが貴殿の道場か? 随分と綺麗だな……」

「最近建てたばかりだからな」

「闘技二刀流……聞かない流派だ」

「最近起こしたばかりだからな」


 そんな感じで、むさ苦しい男どもは全員道場に押し込んだ。


 それでも寝床が足らなかったので、以前に利用した耐水・耐風の野外テントを張って、何人かは外で寝てもらった。


 俺はホムランやネスケラと一緒に工房の方で寝ることにした。シュオウも一緒である。


「しっかし、すげえ人数だな。一体何人連れて来たんだ?」

「全部で211人だそうだ」

「211人!?」


 元々いた俺たちの人数は雇っている人や孤児たちを含めても、せいぜい50人くらいだろう。そこから一気に人口密度が跳ね上がり、エビス邸はますます賑やかになりそうだ。








 翌朝、俺たちは主要メンバーを集めて再び話し合いを行った。昨夜は色々と忙しかったので、話し合いを中断してそのまま眠りに就いたのだ。


 エビス邸に保管していた上級の治癒神術薬を飲んだセイシュウはだいぶ元気になった。さすがに俺みたいにすぐ完治とはならず、しばらく安静にする必要はあるが、話すくらいは問題ないそうなので、この場に来てもらった。


 他にもアマノ家側からは妹のイブキにクロガモ、それと前にシェラミーと良い勝負した爺さんも同席していた。シェラミーがうずうずしながらその爺さんの方をガン見していた。


「久しぶりねぇ! あの時は全然勝った気がしなかったの! また私と戦ってくれないかしら?」

「相変わらず勇ましい女よな。拙者の方も異存は無いが、今はそれよりもするべきことがあろう?」

「ゴンゾウの言うとおりだ。ただ、その前に……」


 セイシュウはまだ完全には癒えていない身体を無理やりに立ち上がらせると、そのまま床に片膝をついて頭を下げた。他のアマノ家の面々も一斉にそれに倣う。


「アリステア様、ケルニクス殿。一族を受け入れて頂き、感謝の言葉もございません。一宿一飯の恩義に報いる為にも、我がアマノ家はあなた方にご協力致します」

「あわわ……久しぶりの王女っぽい扱いを受けましたの!」


 何やらステアが興奮しており、エータとクーは満足そうに頷いていた。三年前まではこれが彼女たちにとって日常の光景だったのだろう。


「ま、戦力が増えるのはこちらも助かるしなぁ。もう粗方の状況は知っていると思うが、ただ飯ぐらいを置いておくほど、俺たちの方にも余裕はないぞ?」


 エドガーが釘を刺すと、そこでようやくセイシュウたちは顔を上げた。


「無論、心得ている。目下の問題は南部で起こっている戦線の情勢だろう。クロガモ!」

「は! 既に早朝からシノビ集を南に向かわせております!」


 さすが行動が素早い。


「そうよねぇ。南の戦況次第じゃあ、ここもあっという間に戦場よ? そこに来てこの大所帯……これでますます避難は難しくなったわ」


 フェルの心配も尤もだ。ここで更に長距離の移動となると、お年寄りや子供たちに掛かる負担は大きかろう。


 フェルの言葉にエドガーが応じた。


「もうここで持ち堪えるしかないんじゃねえか? ぶっちゃけ、これ程の戦力と領兵たちの戦力を併せれば、かなりの間は凌げるだろうからな。あとは王都から援軍が来るまで耐えればいいだけの話だ」


 今は俺たち傭兵団“アンデッド”の他に、あのアマノ家の家臣団も加わっているのだ。彼らの強さは実際に決闘した俺たちも身に染みて知っていた。ヤールーン帝国の戦力換算だと、恐らく一個師団クラスなら十分に対抗できるだろう。


「しかし……サンハーレは小鬼騒動で領兵もだいぶ割かれていると聞いたが……当てにできるのか?」


 セイシュウの問いに俺たちは顔を見合わせた。


「あー、もうだいぶ下火だし、大丈夫だろう」

「けど、どうにも奇妙な事件だったのよねぇ……」

「そういやぁ、イデールの裏工作じゃねえかって話だったんだよな?」


 フェルとエドガーが昨晩の話を蒸し返す。あの時はイブキたちが現れてその話どころではなかったのだ。


「ふむ、私には詳しいことは分からんが、サンハーレ領に不穏な動きがあるという話だったか? クロガモ!」

「はっ! 既にシノビ集を町の調査に向かわせております」


 うん、うん。本当に優秀な奴らだ。こういった諜報員が手駒に欲しかったのだ!


「ふん! 盗み聞きならこっちも十八番だぜ! 俺もちょっくら調べてきてやんよ!」


 何故か対抗心を燃やし始めたシュオウが館から出て行ってしまった。最近出番がなくて、あいつも焦っているようだ。




 その後も、互いの情報を交換し、今後どうするべきかを話し合っていたのだが……


 町に出ていたシノビ集とシュオウが、とんでもない情報を拾ってきたのだ。

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