第44話 忍び寄る不穏

 目が覚めたら町に戻っていた。


「あれ? あのマッチョ鬼は? コロニーは……?」

「ケリー、気が付いたのね!」


 横になっている俺の隣にフェルやカカン、ニグ爺がいた。何時の間にか仮拠点に戻っていたようだ。


 俺が起き上がろうとすると、教会のシスター服を着た神術士に止められた。


「ちょっと! 貴方は頭部を強く打った上に、身体中の骨が折れていたんですよ! 安静にしなきゃダメです!」

「いつつ……。でも、アンタが治療してくれたんだろう? もうほとんど治ったみたいだぜ?」


 俺は立ち上がると、軽く身体を捻って問題無いかを確認した。少し筋肉が痛むくらいで動くのに支障はなさそうであった。


 その様子を見ていた女神術士が固まっていた。


「し、信じられない……あれだけ重傷だったのに……!」

「アンタの治癒術が良かったんだろう?」

「わ、私の術じゃあ、骨折をすぐになんて治せません!」

「…………そうなの?」


 ということは、俺の回復スピードが異常なのか。


 思い返せば、奴隷剣闘士時代は全く治療行為など受けられなかった。それでも100戦続けられたのは、この回復力のお陰なのかもしれない。もしくは逆で、あの過酷な環境が俺の身体を鍛え上げたのか……


「ま、何でもいいや。治ってるのなら問題なし! フェル、状況はどうなってる?」

「あれから気を失った貴方をエドガーが運んで、皆で撤退してきたの」

「ん? 撤退? あそこのコロニーは潰せなかったのか?」


 俺たちのほとんどがメイン武器を失い戦力ダウンしていたが、それでもフェルやソーカたちなら繁殖場所を潰すくらいはできると思っていた。


「あの後コロニーの奥に進んだら、あのマッチョな鬼がまた出てきたのよ。撤退するしかないじゃない!」


(おい! 責任者出てこい! あそこのコロニーだけ難易度設定バグってるぞ!)


 既にナイトメアモードに突入していたみたいだ。


「マジかよ……」

「ソーカたちは予備の武器を取りにエビス邸へと戻ったわ」

「あー、そうだった。俺、今武器無しだった……」


 最近は戦いの度に武器を壊してばかりだ。


 もしかしたらホムランとネスケラに任せている武器が完成しているかもしれないので、俺も郊外にあるエビス邸へと一時帰宅した。




「あ、ケリー! もう身体は平気ですの?」


 俺が怪我したと聞いて、ステアが心配そうに駆け寄ってきた。


「ああ、大丈夫だ!」

「嘘だろ……全身骨がブランブランだったんだぞ?」

「もう治ったってのかい……」


 エドガーとシェラミー、それにソーカが呆れ顔で俺を見ていた。


「師匠、それは神業スキルか神術です?」

「知らん。生まれつきだ」


 俺、本当に人間だろうな? なんだか自分でも怪しく思えてきた。


「そうだ! 俺の武器! 完成してるかな?」

「ネスケラとホムランなら、外蔵に籠りっきりですの」


 ステアから二人の居場所を聞いた俺は、早速エビス邸の外にある蔵へと向かった。その蔵は現在、ホムラン用の工房として改装されていた。


「おい、ネスケラ! ホムラン! 俺の剣は――」


 蔵の扉を開けると、その中では……ネスケラとホムランがテレビゲームをしていた。


「ほむ! ほむ!」

「このぉ! くっ、ガードが堅い!」


 しかも日本で有名な格闘ゲームをプレイ中である。


「お! 面白そうなものやってんなぁ……じゃ、なくてぇ!? おい! 俺の剣はどうなってんだよ!?」


 こいつら……人が一生懸命戦っている間にゲームで遊んでいやがった!?


「これ、ステアが出したんだよな?」


 俺は横にいるステアに確認した。


「え……ええ。“てれび”というものと、“げーむき”とやらをおねだりされましたの。二組出してくれれば、量産できると言われて……」


 改めて蔵の中を見渡すと、テレビのパーツと思われる部品が散乱していた。ステアの証言通り、もう一組は解体して量産する為に調べていたのだろう。


 しかも驚く事に、ネスケラは自前の発電機を用意してテレビやゲーム機に電源を供給しているようなのだ。見たこともない装置にコンセントが繋がっているのだ。


 この短期間で大変素晴らしい成果なのだが……


「一体どうやって発電してるんだ? 火力じゃないみたいだし……。いや、それよりも俺の剣、どうなってるんだよ!」


 俺が来たことも無視して普通にラウンド2に突入していた二人に尋ねると、ネスケラがコントローラーを持った手の指を素早く動かしながら答えた。


「ケリーの剣はもう完成してるよ! 僕たちの後ろのどっかにある!」

「ほむ! もらったぁ!」

「ああ!? ホムラン、卑怯だよ! このぉ!」


(駄目だ、こいつら……。ゲームで忙しくてこっちを見もしねえ……)


 俺は言われた通りに彼女らの背後を探した。そこにはテレビのパーツやら設計図らしきものが散乱しており、俺の依頼していた剣は工具類に埋もれて捨て置かれていた。


「扱い、雑ぅ……」

「これがケリーの新しい剣ですの?」


 俺は現代日本の技術や素材で作られたらしい二振りの小剣を手に取った。事前に希望サイズは伝えてあるので鞘にもピッタリと収まった。


(さすがにこの辺りは手抜かりが無さそうだな)


 もしあったら今頃、俺はゲーム機のリセットボタンを容赦なく押していただろう。


「……うん、少し軽く感じるけど、ちゃんと丈夫そうだ」


 少し振ってみただけで、これがなかなかの業物である事を確信できた。


「上出来だ! 二人共、ありがとなー!」


「こなくそぉ!」

「ほむー! ほむーっ!?」


「…………」


 全く聞いちゃいない。


「あれ、楽しそうですの!」

「……ステア、ここに子供たちを連れて来てあげなさい」


 サボっているアイツらに嫌がらせをする為、俺はステアにそう提案した。


 案の定、テレビゲームは子供たちにも大好評で、ネスケラたちはあっという間にコントローラーを奪われていた。








 武器を手に入れた俺たちは再びサンハーレに集結し、例のコロニーへ再アタックを仕掛けた。


 コロニーの奥深くへと進むと、フェルが言っていた通り、あのマッチョ鬼と同じ個体がうろついていた。


「どうすんだ?」

「正面から行く! もうアイツの倒し方は分かったしな!」


 エドガーに尋ねられた俺は新しい剣を抜いて突撃した。


「ちょ!? 一人で行くな!? ああ、ソーカ! シェラミーも!?」


 後ろでフェルが叫んでいるが、どうせ俺が行かなくてもソーカにシェラミーが先に突撃していただろう。


「グオ!?」


 突如現れた外敵にマッチョ鬼は驚いていた。こいつは身体能力こそ高いが、周囲への注意力は散漫で、戦闘技術も程度が低かった。


 だから先手は容易に取れた。


「おら! ここが弱点なんだろ!」


 前回の再現で、俺は奴の喉元へと跳躍すると、クラッド鋼製の剣をそこへと突き刺した。


「グガァ!?」


 いきなり侵入者に喉を突き刺されたマッチョ鬼はパニックに陥っていた。だが、すぐに気持ちを切り替え、俺を排除しようと手を伸ばすも、その前に俺は剣で奴の喉を掻っ捌き、その場を離脱した。


「おー! すっげー切れ味! 刃こぼれもしていない……頑丈だ!」


 マッチョ鬼は喉から大量に出血し、それをなんとか塞ごうと両手で押さえていた。


「さっきの奴と比べると随分イージーだな。お前は大剣持ってないし、こっちは武器を新調したばかりだしで……いやぁ、なんだか悪いな!」


 心にもない謝罪の言葉を吐いた俺は、新たな双剣で奴の太い両腕を斬り飛ばし、再び喉を深く斬り裂いて首を跳ね飛ばした。


 実質単独で倒した俺に仲間たちは驚いていた。


「おいおい、なんだその剣……!」

「凄い切れ味だねぇ! それ、どうしたんだい!?」

「ああ、ホムランに作って貰ったんだ」

「いいなぁ……」


 剣士三人組が俺の剣を羨ましそうに見ていた。


 三人共帰ったらホムランに武器を作ってもらおうと息巻いていたが、多分普通に頼んでも唾を「ぺっ」されるだけだろうな。




 そこからのコロニー探索は余裕であった。


 どうやらマッチョ鬼は、あれが最後の一体だったようで、あとは大鬼と禍鬼くらいしか出てこなかった。


 ただ、コロニーの一番奥には奇妙な鬼がいた。


「あいつ! かなりの神術を使って来るぞ!?」

「禍鬼より強い!」


 神術を扱う禍鬼の上位個体と思われる鬼が現れたのだ。しかも随分知恵が回るようで、不利だと悟ると横穴から逃げ出そうとしたのだ。


「きっとアイツが頭よ! 逃がさないで!」

「おうよ!」


 狭い通路の中を追うと、奴は後ろを振り向いて炎の弾丸を飛ばして来た。


「あちぃ!? こいつ、火の神術を扱うぞ!」

「任せてください! 【送風】!」


 忘れがちだがソーカも神術士だ。尤も、彼女は基本的に剣で戦い、風の神術は補助として活用するのみである。


 だが、風を生み出す基本の術【送風】は、炎を躱すのに便利なのだ。ソーカの風のお陰で、俺たちが奴の炎を心配する必要はない。


「ぐげっ!?」


 フェルの矢が鬼の左膝裏に当たり、奴のスピードがガクンと落ちた。神術は厄介だったが、この個体の身体能力はそれ程でもないらしい。こうなれば最早ソーカの神速から逃れる術はない。


「ハァッ!」

「――――っ!?」


 首魁と思われる鬼は悲鳴を上げる間もなくソーカに首を断たれた。


「……ふぅ、こいつがリーダーなのかな?」

「分からない。あのマッチョ鬼といい、初めて見る個体ばかりだわ。持って帰ってギルドの職員に聞いてみましょう」

「ええ!? こいつ、持って帰るのぉ?」


 フェルの提案にソーカが心底嫌そうな表情を浮かべていたが、これも冒険者としては必要な務めらしい。未知の亜人種の遺体を持ち帰ったとなれば、かなりの評価が上がるそうだ。


 なにはともあれ、これで小鬼どもの勢力は衰退するだろう。


 連中はコロニーと頭を失い、傭兵、冒険者、領兵たちの連合軍が既に間引きも始めている。多少は森からあぶれるかもしれないが数匹程度だ。これなら他の街にも大きな被害を出さずに済みそうだ。




「重いし臭いねぇ……」

「お前は頭だけだろうが! こっちは胴体だぞ!?」


 シェラミーはマッチョ鬼の頭部を、俺とエドガーは奴のボディを一緒に運んでいた。ソーカも首魁と思われる神術使いの鬼を運んでおり、両手がフリーなのは先頭を走るフェルのみだ。


「もうちょっとで町よ! 頑張って……ん?」


 森の出口が近づいたタイミングでフェルが異変を感じ取った。


「……なんか、町の方がだいぶ騒がしいわよ?」

「おいおい、まさか小鬼の別動隊かぁ?」

「ううん、戦闘行為はない様だけど……」


 要領を得ない回答に俺たちは首を傾げるも、とにかくこの臭くて重たい物を一刻も早く降ろしたかったので、そのまま町の方まで走り続けた。


「おわ!? なんだぁ!?」

「ひっ!? 化物……!」


 巨大な鬼の死骸を生きていると勘違いしたのか、町の人たちは驚いてこちらを見ていた。


「はいはーい、通りますよー!」

「お、おい! 一体こいつは何だ!」


 すぐさま異常を察知した領兵たちがすっ飛んで来た。その後ろにはアミントン分隊長の姿もあった。


「新種の小鬼よ。この山鬼サイズの奴が群れの頭だと思うんだけど……」

「それは確かか!?」

「確証はない。でも、やたら強い鬼たちが守っていたコロニーの一番奥にそいつがいたの。火の神術も使ってきたし、それなりの知能も持っていたわ」

「なんと……!」


 見たこともない亜人種に領兵だけでなく、冒険者や傭兵たちも興味津々で見物に来ていた。


「あんな大きいやつを倒したのか……」

「3メートルくらいはあるぞ?」

「すげぇ筋肉……」

「あんな化物、見たことも聞いた事もねぇ……」


 新種の小鬼どもを地面に降ろし、俺たちはようやく身軽になった。


「これで大体のコロニーは潰し終えた筈だけど……そういえば領兵の数が随分少ないわね? 今は掃討作戦中かしら?」

「…………いや、領兵に関しては全員森から引き揚げさせている」


 フェルの問いに分隊長はどこか歯切れの悪い返答をした。


「ひょっとして……何か悪い報せ?」

「……どうせ町民にも噂が流れ始めているが……後日、正式に布告されるまで、どうか他言無用でお願いする」


 分隊長は周囲の目を気にすると、フェルと俺にだけ聞こえるように小声で教えてくれた。


「実は南のイデール独立国が王国に宣戦布告したらしいんだ。既に南部のトライセン領で戦端が開かれている状況らしい」

「…………え?」


 一難去ってまた一難、この世界は一体どこまでハードなのだろうか……








 今日は色々あって疲れたので、俺たちは夜の警備を他の者に任せ、メンバー全員でエビス邸に引き上げてきた。そこで分隊長から聞いた爆弾発言について皆で話し合った。


「おいおい、嘘だろう……。なんてタイミングで……」


 エビス邸でステアたちの護衛についていたシュオウが顔に手を当て、天井を見上げながらぼやいていた。


「確かに最近は西だけでなく、南部も不穏な動きを見せていましたが、こうも早く開戦するとは……」


 商会の留守を預かっているサローネは、戦争の気配をそれとなく肌で感じ取っていたようだが、まさかここまで早急に事態が動くとは思っていなかったようだ。


「確かに、最近町の食糧や鉄の値段も上がっていたしね。うーん、まだまだ勉強不足だったなぁ……」


 妹のルーシアが悔しそうにしていた。


「トライセン領って言ったらサンハーレ領からかなり近いな。こりゃあ、他人事では済まなそうだぞ? ……どうすんだ?」


 傭兵として経験豊富なエドガーが、団長である俺に尋ねた。


「この大所帯でどこかに避難するのは現実的じゃない。防衛するしかないだろうな」

「くく、また戦争か! 腕がなるねぇ!」

「もう嫌! 一週間くらいゆっくり休みたかったのにぃ……!」

「フェ、フェル……!」


 姉のような存在であるフェルをソーカは気遣った。


「でも随分とタイミングが良いよね。これ、小鬼騒動も戦争と何か関係あるんじゃないのかなぁ?」


 そう感想を述べたのはネスケラである。


 今回はネスケラとホムランにも話し合いに参加してもらっていた。どうやらテレビゲームは完全に子供たちに奪われてしまったみたいだ。ざまあみろ!


「あー、やっぱり? 私もそんな気がするのよね……」


 ネスケラの意見にフェルも賛同した。


「おいおい、イデールの連中が小鬼をけしかけたって言うのか!?」

「逆に、この騒動に付け込んでイデールが開戦に踏み切った、とかじゃないのかい?」

「うーん、それもなくはないかも……」



 あれこれと推測の域を出ない話を続けていると、突然フェルが席を立ち、窓の外を睨みつけた。


「そこにいるのは誰!」


 その言葉で、遅まきながら俺も微かな気配を捉えることができた。ここは一階で、壁を隔てたすぐ傍に何者かがいたのだ。


(この距離で今まで気付かないとは……不覚)


 フェルが声を上げると、窓の向こうに人の影が浮かび上がった。


「ふ、さすがに良い眼をしているな」

「お前は……!?」


 窓の外に立っていたのは、以前俺たちと戦ったアマノ家当主の妹である忍者の少女であった。その背後にもう一人、確かソーカが決闘時に秒で倒したシノビの姿も見えた。


 シノビの少女は部屋の窓に手を掛け、そこから入ろうと……


 ガタッ! ガタガタッ!


「…………開けろ」

「いや、玄関から入れよ……」


 防犯意識の高いエビス邸の窓には、きっちり内鍵が設けられているのだ。

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