第41話 疑惑
「森を知っている私とソーカで分かれましょう」
立ち直ったフェルがそう提案し、俺はそのままフェルと、シェラミーはソーカとペアを組んで森を探索した。
逃げ出したギルド職員の件は後回しで、まずは小鬼をこれ以上増やさない事が肝要だ。俺たちは二班に分かれて日が暮れるまで殲滅作業に追われ、更に7つのコロニーを潰した。
日暮れの時間が迫り、この状況下で夜の森を徘徊するのはリスキーだ。俺たちは止む無くサンハーレの町へと帰還した。
町の近くにもチラチラと小鬼どもが出没し始めており、戦える者たちが交代で外周部の見張りについていた。森と町との間には、簡易的な柵や罠が急ピッチで設置されており、それらは今なお量産され続けている。
「おう、戻ったか!」
俺がいない間、“
「小鬼どものコロニーは殲滅できたのか?」
「とてもじゃないけれど、一日で全部は無理よ! でも、合計10箇所の繁殖場所を潰してきたわ!」
フェルの報告にエドガーやその周囲で会話を盗み聞きしていた他の者たちは驚いていた。
「おいおい! そんな数のコロニー潰して、まだあんのかよ……」
「冗談だろ……?」
「冒険者は一体何やってたんだ!!」
主に傭兵や町の兵士たちが冒険者たちを罵倒し始めた。
同じ冒険者でもあるフェルがそれに眉をひそめた。
「これは……明らかに異常よ。こんな数のコロニーが今まで放置されてたなんて…………」
俺たちは町から比較的近い森の浅いエリアを探索した。その結果が10箇所のコロニー発見である。まだまだ調べきれていない場所も残っているので、その何倍以上はあると見るべきだ。
(そんな馬鹿みたいな数の小鬼ども、今まで発見出来なかったとでも言うのか?)
森内部は主に冒険者たちの領域なので俺はあまり詳しくない。だが、薬草採集や魔獣の討伐で森を動き回れば、小鬼の群れを何度か発見する機会はありそうなものだが……
「ちょっとギルドに確認してくる!」
朝から働き詰めのフェルは疲れているだろうに、足早に冒険者ギルドの支部へと向かった。俺たちもフェルの後を追った。
支部の建物に到着すると、その周りは武装した兵士で囲まれていた。
「止まれ! これ以上近づくことは許さん!」
「ちょっと!? 私はA級冒険者よ! ギルドに用があるの!」
「駄目だ! 冒険者ギルドは現在、領主様の命により封鎖されている! 何人たりとも通すなとのご命令だ!」
既に領兵たちが動いていたらしく、冒険者ギルドには近づくこともままならなかった。
「じゃあ……これだけ聞かせて頂戴! ギルドから全く指示が来ていないようだけど、私たち冒険者はこれ以上働かなくても良いってことなのかしら?」
「な、何ぃ!?」
「お前……今は非常時だぞ! そんな事、許される訳――」
領兵が文句を言おうとするも、それをフェルの罵声が遮った。
「――じゃあ、ただ働きしろっての!? 私たちは領主様に雇われている領兵でも、この国の兵士でもない! このまま碌な情報も与えられず、ただ町の為に働けって言われても納得できないわ! せめて報酬の話か情報共有くらいはして欲しいものね!」
「この……守銭奴が!」
「これだから卑しい冒険者どもは……!」
領兵たちも負けずにフェルを罵るが、これに関しては彼女の言い分が正しい。
「あら? そういう貴方たちは無報酬で兵をしているの? 私たちは今日だけで小鬼のコロニーを10箇所も潰したけれど、貴方たちは給金に見合った働きをしたのかしら? それともまさか、こんな
「貴様ぁ……!」
「それ以上侮辱するのは許さんぞ……!」
フェルは相当頭に来ていたようで、彼女にしては珍しく喧嘩腰な態度だ。さすがに言い過ぎたようで領兵たちが手に持った槍の矛を彼女に向けようとすると――
「――よせ! お前らが敵う相手ではない!」
「領兵長殿!?」
「お、お勤めご苦労様です!」
冒険者ギルドの中から彼らの上司だと思われる兵士が現れた。領兵長らしいが、どれくらい偉い役職なのだろうか。
「……“疾風”のフェルと、その仲間たちだな? 諸君らは問題なさそうだから、ある程度の事情は中で説明する。”疾風”と他一名だけ付いて来て欲しい」
そう一方的に伝えると、領兵長は再びギルドの中へと入ってしまったので、俺たちは思わず顔を見合わせてしまった。
「……ま、ここはフェルとリーダーが行くべきじゃねえか?」
エドガーの言葉にメンバーのほぼ全員が頷いたので、俺とフェルは二人揃ってギルドの内部へ入った。その際、先ほど口論していた兵士二人が悔しそうな表情で横を通り過ぎる俺たちを見送っていた。
内部に入ると、そこにはギルド職員が数名、領兵たちに囲まれて事情聴取を受けていた。そんな中、領兵長は更に奥の部屋へと進んで行くので、俺たちもその後を付いて行った。
ギルド職員用のスペースに入って一番奥にある部屋を目指す。どうやらそこが目的地なようだ。その奥の部屋に入ると領兵たちが一人の老人を囲って尋問している際中であった。
「――――だから、何度も説明しているだろう! 私は一切知らない! 小鬼どもの対応は全て、ギルバードと副支部長が担当だったんだ!」
「支部長のお前が知らない筈なかろう! 小鬼討伐の報酬に対する支払いの明細書! 国からの助成金受領書! その全てにお前の名前や印でサインされているのだぞ!」
「し、知らない! 私は本当に知らないんだ!! これはきっと……そうだ! 副ギルド長が偽造したものだ!」
「しらばっくれるな!!」
どうやらあの老人はここの支部長らしい。立場が立場なので暴力行為こそ振るわれていないようだが、兵士たちからは恫喝に近い尋問行為を受けている真っ最中である。
そんな憐れな支部長がフェルの姿を捉えると、彼は喜色を滲ませた。
「おお、フェル殿! 聞いてくだされ! 私は無実なのです! 小鬼どもの件について、私は本当に一切、ノータッチだったのです!」
「えっと……私たちも今町に戻ったばっかりで、何が何だか……」
さっきまで怒りボルテージMAXでギルドに文句を言いに来たフェルであったが、状況が理解しきれずに困惑していた。
そこでようやく領兵長から説明がなされた。
「今回の小鬼騒動事件、我々サンハーレ領兵団は冒険者ギルドが隠ぺい工作していた事が原因とみて捜査している」
「その……隠ぺい工作の主犯が支部長だと?」
「私はやっていない! 無実だ! 犯人は副支部長とギルバードだ!」
支部長は声を荒らげて否定したが、領兵長はそれを聞き流し、フェルにざっくりと経緯を説明してくれた。
先程から名前が出ているギルバードとは、例の小鬼討伐を担当しているギルド職員だ。討伐前に傭兵ギルド職員と言い合っていた男がギルバードらしい。奴はソーカのもたらした情報通り、現在は町から姿を眩ませたままである。
それを知った冒険者ギルドの副支部長から通報を受けた領兵は、さっそく事態の調査に乗り出した。すると、割とあっさり証拠が出てきて、ギルバードが小鬼討伐に当てられる筈だった国からの助成金を着服していたのが紛れもない事実だと判明した。
小鬼討伐関連において、冒険者たちの窓口となっていたのはギルバードだ。他のギルド職員からの証言でも、そこはしっかり裏取りがされている。
ただ、領兵団は彼個人の犯行だとは考えなかった。
「ギルバードには少なくとも、他の冒険者とギルド幹部にも共犯者がいるはずなのだ」
領兵長の説明を聞くと、その推察には納得いくものがあった。
冒険者たちは日頃から森の中に入り、薬草採取や魔獣狩りをしている。ただ、小鬼退治はこの支部の討伐報酬があまりにも安かったらしく、敬遠され続けていた。だが、それでも森で小鬼と遭遇すれば、冒険者たちは当然連中を倒すだろうし、もしそれが異常な数であれば、ギルドへ真っ先に報告している筈なのだ。
そして、その報告は実際にされていた。
数名の冒険者が小鬼の異常な数を何日も前から察知しており、既にギルド側へ報告していた事実が判明したのだ。しかし最悪な事に、それらの情報窓口となっていたギルバードがその報告を全て握り潰したらしいのだ。
ただ、奴とて四六時中ギルドに常駐している訳ではなく、他の職員にも数件の報告が寄せられていたそうだが、それらは小鬼討伐の最終責任者となっている副支部長にも伝えられている。
「じゃあ、その副支部長が問題なんじゃあ?」
俺が余計な口を挟むと領兵長はギロリとこちらを見るも、そのまま説明を続けた。
「その筈なんだが、その副支部長から支部長に宛てられていた小鬼討伐隊の申請書が捨て置かれていたのだ。しかも、この支部長の部屋に……だ」
「し、知らない! 私は知らないんだぁ!」
うーん、これはどうなんだろう?
「憶測でモノを言うのもなんですが、副支部長が支部長を嵌めている可能性は?」
フェルが尋ねると領兵長は顔をしかめた。
「当然、我々もその推察にも至ったが、その副支部長は現在、毒を盛られたらしく、教会に搬送されている。支部長が隣町から購入してきた土産の菓子の中にも、同じ毒物が混入されているのが確認された。ご丁寧に遅効性の劇物だ」
「それも嘘だ! 私は副支部長に直接菓子など渡していない! 大体、他の職員も菓子を食べていたが、なんともなかったんだ……!」
どうやらお土産の菓子は複数あったらしく、何故か副支部長が食べた分と残された菓子の一部にだけ毒が混入していたようだ。更に毒物を入れていたとされる容器も支部長の自宅から発見された。
ちなみにその副支部長は現在、生死の境を彷徨っている最中らしく、教会が全力で治療に当たっているらしい。とてもではないが、今は話を聞く状態ではないと教会の神父が言っていたそうだ。
「それと、冒険者の中にもギルバードと共に姿を眩ませた連中がいる。クラン“雷神”傘下のパーティ全員と、そいつらと親交の深かった冒険者たちが数名だ」
「“雷神”が!?」
「知っている連中なのか?」
「ええ。Bランク冒険者がリーダーをしている、サンハーレでは最大規模のクランよ」
偶にしか顔を出さないフェルたち“疾風の渡り鳥”を除くと、サンハーレで一番のクランメンバーが一斉に雲隠れしたみたいだ。
「もはや、この一連の事件は組織的犯行と見て間違いがない。実行犯はギルバードや“雷神”の連中だろうが、まだその首魁がはっきりとしないのだ!」
ここまで情報が出揃うと領兵たちの行動にも納得だ。
最早ギルドの一時封鎖は免れないだろう。既に実行犯を取り逃がす大失態まで犯している。非常時とは言え、支部長やギルド幹部たちをこのまま野放しにするのは危険だと行政側は判断を下したようだ。
「“疾風”の。諸君らには引き続き、小鬼討伐に尽力して貰いたい。当然、領兵団からも人員を出すが、それは主に町の防衛戦力だと認識してほしい」
「……そうね。森の事は冒険者が一番詳しいでしょうから……」
その冒険者がやらかした事態とあってか、フェルの言葉に先程までの覇気は感じられなかった。
「指揮系統はどうするの?」
「私は捜査があるので今は防衛の方まで手が回せん。代わりに分隊長に兵の総指揮を任せている。ただし、森の中に関しては君に指揮を一任したい。森で何か異変があれば、その分隊長に状況を伝えてくれ」
「分かったわ。けど、今の私は冒険者でもあり、傭兵団のメンバーでもあるの。彼がその傭兵団のリーダーよ」
そう告げるとフェルは横に居る俺の背中を押した。
「うっす」
「君は傭兵だったのか……。“疾風”が所属しているとは、さぞかし高ランクの傭兵団なのだろうな」
「いえ、鉄級中位っす」
「…………」
値踏みでもされているのか、少しだけ沈黙の時間が続いた。
「まあ、いい。森の件は諸君らに任せた。既に周辺領地にも応援要請を出している。あの森は他の領地にも接しているが、冒険者ギルドが置かれているのはこの町だけだ。それだけに我々サンハーレ側の責任は重大だ」
つまり、ここで小鬼たちが溢れて他の領地にも被害が出たならば、サンハーレの領主は他の貴族たちからも責任を追及されかねない立場なようだ。サンハーレ領兵団はここの町の防衛だけでなく、他の町にも被害が出ないよう、ある程度戦力を分散させなければならない状況らしい。
これは総力戦だ。
俺たちはギルドを後にし、仲間たちと最低限の情報を共有しあった。
「やっぱ支部長が犯人なんじゃねえか?」
「副支部長も怪しそうだが、死に掛けてるって話だしなぁ」
「犯行を擦り付けられたか……それとも共犯で口封じされたかね」
その辺りは俺たちがどうこう言える立場ではない。領兵長たちに調査を任せる他あるまい。
「しっかし“雷神”の連中……ホームだからって普段はデカい顔していた癖に……!」
「全く……嘆かわしいのぉ……」
カカンとニグ爺は同じ冒険者である“雷神”に思うところがあるようで、彼らの愚痴をこぼしていた。
「んー、でもなんか妙よねぇ……」
「妙なところだらけだと思うけど……具体的には何が?」
フェルだけはさっきから一人で首をひねっていたので、気になったソーカが尋ねた。
「だって助成金狙いで、ここまで大事にする? しかも、ギルド幹部に職員、大手クランが共謀しての着服よ? おかしくない?」
確かに、小鬼討伐に当てられる費用の助成金とは、そこまでの大金が絡んでいるのだろうか? つい魔が差してケチな金に手を付けて、後に引けなくなって大事になった可能性も否めないが……それにしては色々と手回しが良過ぎるようにも感じられた。
「そもそも、今回の小鬼討伐依頼には一体何の意味があるの? これじゃあ、わざわざ自分たちの犯行を知らせるようなものじゃない!」
「それは……小鬼の増加を隠し続けて、手に負えなくなって町が危険だから、仕方なく討伐隊を組んだ……とか?」
「そんな殊勝な連中に思える? 大切なお金を騙し取って無責任に逃げ出すような連中よ。しかも、副支部長は毒まで盛られたって言うし……」
「確かに……」
そう言われると連中の行動はちぐはぐなように思えるが、別に全ての犯行が綺麗に行われるわけではない。犯罪者の行動など、合理的でない場合がほとんどだ。
「とにかく休もうぜ! 幸い、夜間の防衛は領兵様がしてくださるって話だ。俺も明日から森の方に参加するぞ!」
エドガーの言う通り、俺たちの仕事は小鬼退治だ。今は疲れた身体を少しでも休め、明日の殲滅作業の方に身を粉にするべきだろう。
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