第40話 コロニーを探せ!

 ソーカと別れた俺とフェルは、木々の枝から枝へと跳躍しながら先へと進む。小鬼の群れを避けながら奴らの棲み処であるコロニーを探して回った。


「そういえば、あれから矢は飛んでこないな」

「ああ、あの連中なら全て射殺いころしたわ。大量の矢をプレゼントしてくれたお陰で、こっちは矢の補充にも困らなかったしね。粗末な矢だけど……」


 何でもないことのように言うが、あの短時間であれだけ矢を放った群れを一掃したというのか。


(近接戦が苦手だからと勘違いしがちだけど、フェルもAランク冒険者なんだよなぁ)


 やはり彼女の腕前はとんでもなかった。さっきは慌ててソーカを護衛に向かわせたが、何事もなかったかのように生還してきたし……


「さっきの射手たち……あれも上位種ね。ハッキリ姿を見た訳じゃあないけれど、たぶん山鬼」


 ハッキリ見えない位置から、その山鬼とやらが撃ってきた粗悪品な矢で返り討ちにしたの? 凄くね?


「山鬼? それも亜人種なのか?」

「小鬼の上位個体ね。コロニーを形成すると結構な割合で沸いてくる身体の大きな個体よ。そうでなければ小鬼の力で弓は十分に引けないわ」


 小鬼はそこまで力が強くない。弓を引くのだってかなりの力を要するのだ。


「最初、数匹だけ小鬼が姿を見せたんだけど、あれはきっと囮だったのよ。逃げる振りして私たちを射程内に誘い込み、そして一斉に矢を浴びせる。シンプルだけど、面白いくらいに引っ掛かっていたわね」

「突撃した連中……知能は小鬼以下だったか」


 同業者として悲しいが、傭兵の鉄級下位なんて所詮それくらいの実力なのだ。


「ううん。あんな小賢しい真似、小鬼は勿論、山鬼にも多分できない。きっともう一つ上の存在が背後で指示を出しているわ。そいつは影すら見えなかったけど……慎重な奴ね」

「……すまん。小鬼の上位種について詳しく教えてくれないか?」


 俺は小鬼以外見た事がない。亜人種での戦闘経験はオークみたいな豚人くらいしか無いのだ。


 フェルは枝を飛び移りながら小鬼について教えてくれた。



 そもそも小鬼とは、地球で言うところのゴブリンみたいな存在だ。空想上の生物だけど……


 小鬼は雄と雌がいて、同族同士で繁殖し子供を産む。そこは人と同じ。


 ただ連中の厄介な点は異常なまでの繁殖スピードと、生物ならなんでも食べる習性にある。それを放置するのは、人類にとっても問題だし、森にも多大な影響を与えてしまう。


(なんだって、そんな生物が存在しているんだか……)


 多少の知能はあるようだが、異種族とのコミュニケーションは不可能らしく、故に連中は亜人種、人以外の生物に分類されていた。


 連中の中には稀に知能の高い個体や戦いに特化した者、神術を扱う小鬼なども生まれるらしい。そういった特別な個体の中で一番賢い小鬼が群れのボスとなる。


 知能と体力のある個体が増え始めると、コロニーと呼ばれる居住区を作り、そこに雌と餌を集めて繁殖スピードを一気に早めるらしい。そうなると、もう危険信号だ。



「小鬼は何種類もいて、身体が一回り大きい山鬼、更に巨体な大鬼、神術を扱う禍鬼まがおになんかもいるわね」

「うへぇ、神術も使ってくるのかよ……」


 術の種類によっては危険な相手だ。そこは神術士キラーである弓士のフェルに任せよう。


「あ! こっち来て!」


 何かを察知したのか、フェルは進路方向を右に変えた。俺も彼女の後に続く。


 この辺りになると小鬼の数も減ってきたが、心なしか連中の体躯が大きく感じられた。


「……信じられない。この辺りの連中、全部山鬼よ!」

「なるほど、ちょっとだけ強そうだな」



 そう言いながらも俺とフェルは山鬼を一掃していく。これならまだ豚人の方が強いくらいだ。討伐ランクはDの下といったところかな?



「あそこ! あの斜面に大きな穴が見えるでしょう? きっとコロニーよ!」

「よし! さっそく潰そう!」


 俺とフェルの二人だけで連中の根城にカチコミをかけた。


 内部は小鬼サイズにしてはそれなりに広かった。


「山鬼だけじゃなく、大鬼もいるかもね。この天井の高さだと……」

「そういう事か」


 小鬼サイズのコロニーを作って大鬼が外に出られなくなっていたら滑稽だな。


「うん、この広さならこちらも十分戦えそうだわ」

「洞窟の中なのに、弓はいけるのか?」

「ある程度は近接術の心得もあるのよ。“七草流”を舐めないでよね」


 そういえば、彼女の流派はそんな名前だったか。


「我が闘技二刀流も狭い場所は得意だぜ? ふん!」


 俺は横の穴から奇襲してきた小鬼を二振りの小剣で華麗に撃退して見せた。


「こっちの横穴は小さいけど、一応確認するか?」

「無視して構わないわ。繁殖場所はもっと広いはずだし、もっと安全な奥の方に設けているはず」


 ここはプロに従って俺はフェルの後を追った。



 しばらく小鬼や山鬼を倒して進むと、広い場所に出た。


「ここが繁殖場所か?」

「いえ、ここはただの分岐地点ね。この道のどれかに繁殖場所がある筈だけど……多分、こっち」


 何か確証でもあるのか、フェルは少しだけ地面を観察すると、迷いなく一つの道を選んで進んだ。


 すると、その道の奥の方から一際大きい小鬼が現れた。


「あれは……大鬼よ!」

「あれが大鬼……」


 大鬼が近づいてくると、いかに巨体なのかが良く分かる。俺の視線が段々と見上げる形になってきたからだ。


 大鬼は何処で拾ってきたのか、太い枝を得物にしていた。連中に武器を作るような知性は皆無なようだ。


「グオオオオーッ!」

「うるっせぇ!!」


 吠えながら木の枝を振り回す大鬼に、俺は小剣で立ち向かった。撃ち負けこそしなかったが、一撃で枝を切断する事ができなかった。


「こいつ!? 枝に闘気を籠めてるのか!?」

「気を付けなさい! 大鬼は生まれてすぐに闘気を使いこなすわ!」


 あの巨体で闘気まで使われたら、並の冒険者では歯が立たないだろう。


 だが残念、俺はパワーも闘気も並ではないのだ。


「おらぁ! 闘気特盛、パワー増し増し攻撃だぁ!」


 さっきのはあくまで様子見、今度は本気の一撃で迎え撃つと、さすがに安物の剣といえども枝如きは真っ二つに斬り裂いた。


「グォッ!?」


 俺はもう片方の剣で大鬼の首を斬りつけた。そこから大量の青い血を流し、大鬼は出血多量でそのまま事切れた。


「ふむ、急所は人間と一緒なのか?」

「ええ、そうよ。小鬼にも心臓や似たような臓器があるわ」

「それなら倒しやすい!」


 いくらパワーがあろうが、大鬼は裸に近い状態の上に防御もお粗末ときた。どこか急所を斬りつれば、それで終いである。



 そこからも大鬼が何匹か出現したが全て返り討ちにし、俺たちはようやく目当ての場所に辿り着けた。


「ここが繁殖場所……」

「……ええ、間違いない」


 そこにはお腹を大きくした雌の小鬼や山鬼がいた。その周囲には既に生まれたばかりの小柄な小鬼たちが這っていた。


「……こいつらを、始末するのか?」

「心苦しいだろうけれど、やらなければ町が滅びるわ」


 醜い小鬼といえども、赤子や妊婦を殺すような真似は強い嫌悪感を抱いた。


 そんな俺だったが、繁殖場所の周辺を観察していると……あるモノを見て決意を固めた。


 それは明らかに人骨であり、その近くには亡くなった者が身に着けていたであろう衣服の残骸が散乱していた。中には幼い子供服のようなサイズの服まであったのだ。


「……一応尋ねるが、これ以上人を襲わないと約束してくれるか?」

「グキャアアアアッ!」


 小鬼の妊婦たちはこちらを威嚇するかのように奇声を上げるのみであった。


「……そうか。悪いな」



 俺とフェルはその場に居た小鬼たちを一匹残らず殲滅した。




「…………ふぅ」

「平気? ケリー……」

「ああ、大丈夫。ちょっと考えが足りなかったな」


 コロニーを殲滅する依頼を受けた時点で、こういった覚悟は持って当たり前だったのだ。とんだ甘ったれである。これでは無様に突撃して死んでいった傭兵たちを笑えないな。


「よし! もう切り替えたぞ! こんなの、奴隷時代に比べればイージー、イージー!」

「あんた……どんだけハードな人生歩んでるのよ……」


 好きでそんな人生歩んでいる訳ではない。




 俺とフェルは再びコロニーを探しに森の中を散策した。


 二つ目のコロニーでは珍しい個体が現れた。なんと神術弾を放ってきたのだ。


「こいつが禍鬼よ!」

「これか! 見た目、山鬼っぽいな!?」


 外見は山鬼そっくりだが、こいつの掌からは無色透明に近い衝撃弾が放出されていた。あれは無属性の神術【衝撃】に違いあるまい。


「そんな攻撃! イージーだ!」


 ほぼ不可視の衝撃弾は厄介だが、たいした速射性も無いし、何より術者の技量がお粗末過ぎた。あんなあからさまに掌をこちらに向けて放っていては、いくら弾が見えづらいと言っても弾道が丸分かりである。


 これが人間の術者なら、直前で掌を構えるか、手元を隠すような大きい袖付きの服を着込んで射線を誤魔化したりもするらしい。手の込んだ使い手だと、視線すら悟られないようにフードで目元まで覆い隠すのだ。


 だから神術士はローブを好んで着用するとも言われている。



 俺は衝撃弾を軽々と避けて禍鬼とやらに接近して斬り伏せる。どうやらここのコロニー内で神術を扱える個体はこいつ一人だけのようだ。


「よし! ここも潰すわよ!」

「ガッテンだ!」



 俺たちは勢いに身を任せ、コロニーを三つ落した。








「はぁ、はぁ……そろそろ、休憩……」

「さ……賛成…………」


 フェルの意見に賛同し、俺たちは高い木の上に登った。ここでしばらくの間休息を取る事にした。


「これ、後どれくらいあると思う?」

「うーん、想像も付かないわねぇ。でも、絶対にまだまだ数がある筈よ」


 軽く森を見回っただけで、もう三カ所もコロニーを発見したのだ。運よくこれだけだったというのは……無いだろうな。だってこの世界、ハードモードなんだもん。


「しっかし、他の国はそこまでキッチリ小鬼を間引いてんのか? これ、人気のない山奥で放置され続けたら、どうしようもなくない?」


 俺の言葉にフェルは首を横に振った。


「それは無いわね。小鬼の天敵は私たちだけじゃない。他の魔獣や亜人なんかとも敵対しているの。人里を離れれば離れる程、そういった天敵が増えてくるわ。人間たちが住みにくい場所は、小鬼たちにとっても住みづらい環境なのよ」

「なるほどねぇ……」


 つまり、町に近い位置が絶好のロケーションだったというわけか。そうなるとこれは明らかに森を管理している側の怠慢である。サンハーレでいうと、冒険者ギルドになるのかな?


「今頃町では大騒ぎでしょうね」

「下手すると王都から討伐軍も編成されるんじゃないのか?」

「師団クラスだと迂闊に動かせないかも。最近、西隣のゴルドア帝国も怪しい動きを見せているそうだから……」


 うーん、サンハーレを拠点に選んだのは失敗だったかな?


 だが、海に近い立地はステアたちにも好評で、この地で活動していたからこそネスケラとも出会えたのだ。今更嘆いても後の祭りだし、どうせ何処に行ってもハードなイベントが起こるのだ。そうに決まっている。



 フェルは休息しながら自前の地図を取り出して、先ほど潰して回ったコロニーに×印をつけていた。よく森の中で正確な位置が分かるなと俺は感心しながら眺めていた。


「午後は町に近い場所を念入りに探しましょう。それにソーカも今頃はカカンやニグ爺たちとも合流しているはずよ。人手が欲しいしね」

「……だな。俺たち二人で全てのコロニーを潰すとか無理無理」


 そもそも悪いのは小鬼の間引きを怠った冒険者ギルドにあるのだ。後で絶対に報酬を上乗せするよう直訴してやると、俺は心の中で決意した。






 休憩を挟んでもう一つコロニーを落とした後、フェルは空を見て指を差した。


「合図が来たわ!」

「ん? 合図?」


 彼女に釣られて上を見上げると、遠くの上空に何かがひらひらと舞っていた。


「あれは……町の上空からか?」


 何やら凧のようなものがくるくる同じ場所を回っていた。糸が見えないようだが、風の神術によって操作しているのだろうか?


「ソーカたちの合図よ。ああやって同じ場所を旋回させるのは、任務達成の報せなの」


 つまり、ソーカは無事仲間たちと合流した訳か。


 合図を確認したフェルは上空に矢を打ち放った。特殊な音が鳴る鏑矢だ。向こうにこちらの位置を知らせたのだろう。



 音に釣られてやってきた小鬼たちを適当に屠りながら待ち続けること30分、ソーカとシェラミーがやってきた。


「うん、何となく二人が来ると思ってた」

「そりゃあそうさ! こんなイベント、見逃す手は無いねぇ!」


 小鬼討伐には乗り気でないのか付いて来なかったシェラミーだったが、上位個体が相手となると話は別らしい。


「フェル、他の皆は町の防衛にまわったよ! 師匠、ステア様と子供たちはエータさんとクーにシュオウが護衛に付いてるから安心してください!」


 修行をサボっているクーやシュオウは抜きにして、エータはあれから腕も上げ、今ではA級闘気使いに迫る勢いだ。彼女なら小鬼程度には後れを取らないだろう。


「ギルドはどういった方針なの? 何か具体的な指示は出ていたかしら?」

「そ、それは…………」


 フェルに尋ねられたソーカは一瞬言い淀むも、続けて町の状況を教えてくれた。


「ギルドは混乱していて、まだ碌な対策を立てていなかったよ。それどころか小鬼討伐の責任者が雲隠れしたみたいで……」

「「はああああっ!?」」


 俺とフェルは揃って声を上げた。


 こちらが森中を必死に走り回ってギルドの尻拭いをしているにも関わらず、その責任者の職員は、あろうことか町から逃げ出してしまったらしい。


 それが原因で今後誰が指揮を執るのか、そもそも今回の責任は誰が負うのかで、ギルドは揉めている真っ最中だそうだ。


「あ、ありえない……」


 これまで奮闘していたフェルが思わずよろめいた。


「あの職員め……いつか必ずゼッチューしてやる!」


 午前に見掛けたギルド職員の顔を思い浮かべながら、俺は呪いの言葉を吐いた。


「「ゼッチュー……?」」

「えっと……”あとで絶対天誅を下す”って意味ね」


 俺は首を傾げているソーカとシェラミーに俺の好きな言葉を教えた。


「ふ、ふふ……ゼッチュー……そうね、あんな奴……後で絶対ゼッチューよね……!」


(うん、“後で絶対ゼッチュー”だと微妙に意味が被るんだなぁ)


 フェルの目は完全に据わっていた。普段は不敵な笑みを浮かべているシェラミーでさえも、その表情を見てギョッとし、彼女から一歩身を引いていた。


 そんなフェルに俺はこれ以上余計な口を挟まないように心掛けた。

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