第42話 傭兵と冒険者

 翌朝、領主の名の元に布告が出され、サンハーレに滞在する冒険者と傭兵たちに非常呼集がかけられた。


 俺たち傭兵や冒険者は国に帰属する者ではなく、領主の命令でも従う義務は無いのだが、仮に今回の要請を無視するとどうなるのか、両方のベテランであるフェル先生とエドガー先生が教えてくれた。


「今後、領地に入れなくなるわね」

「ああ。何かと理由を付けて、サンハーレを追い出されるだろうな」

「最悪、貴族の特権で牢にぶち込まれるか奴隷にされるかもね」

「ぐぬぬっ! 権力に屈する他無いのか……!」


 例え貴族であっても傭兵や冒険者に対して強権を振るえば風聞が悪くなるのだが、領地の存続が懸かっている以上、領主も形振り構わなくなるだろうと二人は予測した。


 どの道、郊外にある俺たちの屋敷や孤児院も危険なので、元から参加する気ではあったのだが……中立武装組織の一員といえども現実はこれである。




 朝から町の外に集められた傭兵や冒険者たちは、オスカー領兵長が遣わしたアミントン分隊長殿の有難いお言葉を拝聴していた。


「諸君らには、森中で小鬼どもの間引き作業を務めてもらう! 報酬は事態が収まり次第、十二分に支払うと領主様が約束なされた。各々、気を引き締めて任務に励んでくれ!」

「「「ういーす!」」」


 軍属ではない俺たち傭兵や冒険者たちは適当に相槌を打った。


「現在、冒険者ギルドは機能しておらず、今回はその代理としてAランク冒険者である“疾風”のフェル殿に諸君らの指揮を委ねている。冒険者諸君らはフェル殿の指示を、傭兵諸君には彼女が所属する傭兵団のリーダー、ケルニクス殿に従ってもらう!」


 なんと、俺も指揮役に抜擢されてしまったのだ。フェルと顔馴染みなので、互いに連携が取りやすかろうという理由から起用された。


 だが、やはりというか、それに納得できない者たちが多数出た。


「ちょっと待てよ! こんな若僧が俺たちの頭だぁ!?」

「そいつは鉄級中位じゃねえか! 銀級中位の俺たちが従う訳ねえだろ!!」


 ま、これは当然の反応だ。


 俺自身も別にリーダー役を望んでいる訳ではないのだが、他の傭兵に任せるのは正直不安が残るのだ。


 それというのも……


「大体、なんでやらかした冒険者連中と仕事しなけりゃあならねえんだよ!」

「テメエらがサボってたのが原因だろうが! クソ冒険者め!」

「こんな若い姉ちゃんがAランクとは……冒険者様は人員不足かぁ!?」


「何だと!? この、ごろつき脳筋どもが!」

「テメエら人殺し野郎が、森で何できるってんだ!」

「銀級中位の傭兵如きが、“疾風”の敵じゃあねえんだよ!」


 ……このように、傭兵と冒険者の大半は犬猿の仲なのだ。


 しかし、今は非常時だ。呉越同舟でこの事態を乗り切らねばなるまい。


「あー、はいはい。冒険者の皆はこっち。ケリー、そっちをお願い!」

「おう! 傭兵の諸君、こっちゃ来い!」


 フェルの言葉には渋々従う冒険者たちだが、俺の方は年齢が若い上に鉄級中位というランクの低さからか、傭兵たちは誰一人動こうとしなかった。


 すると、一人の傭兵が俺の前に出てきた。


「寝言は寝て言え!」

「じゃあ……テメエが寝てろ!」

「ほげっ!?」


 舐めた口を聞いた傭兵を、俺は殴り飛ばして気絶させた。


「おい! テメエ、仲間に何しやがる!」

「指示に従わない奴は鉄拳制裁だ! ほら、こっち来いって!」


 脳筋共にはこうするのが手っ取り早い。俺は三年間の傭兵稼業でそう学んだのだ。


「ざけんな! テメエ、誰が……ぐはぁっ!?」

「イカレてやがんのか! 小僧……ごほっ!?」


 指示に従わず文句を言う者、こちらに殴り掛かってくる者を容赦なくぶちのめしていく。


 銀級のタグをぶら下げた傭兵たちを一通り殴り飛ばし終えると、残った傭兵たちはようやく俺の言う事を聞き始めた。


「いいか。相手は雑魚の小鬼だが、数えきれないほどの数がいる。しかも、現在進行形でどんどん増え続けているんだ! 猫の手も借りたい状況で、これ以上気絶するだけの無能者を増やしたくはない。働かなかった奴は当然、報酬も減らして貰うからな!」


 残された傭兵たちが、殴り飛ばされてそのまま地面に伏している者たちを気の毒そうに眺めていた。


「冒険者と協力することに不満はあるだろうが、こればかりは適材適所だ。今回は我慢してくれ! 傭兵は冒険者チームと班を組んで、索敵は彼らに、俺たちは戦闘面でそれをサポートする!」


 あからさまに嫌そうな表情をする傭兵たちだが、これだけはどうしようもない。実際、先の討伐隊で傭兵たちのほとんどが役に立たなかった。どうしても森の中での活動は冒険者の方に一日の長がある。


「最終目標は小鬼の殲滅だが、手っ取り早く終わらせるには先にコロニーを潰す必要がある。だから、少数精鋭チームはコロニーを探して潰し回り、それ以外のチームは森の浅い場所で小鬼の数を削っていく」


 これは事前に分隊長さんやフェルと打ち合わせをして決めていた内容だ。今頃はフェルも冒険者たち相手に全く同じ説明をしている事だろう。



 俺が作戦の説明をしていると、一人の傭兵が口を挟んできた。


「で、でもよぉ……。あいつら、大地を埋め尽くすほどの数がいるって話だぜ?」


 この男は昨日討伐に出た者の生き残りから情報を入手したのだろう。さすがにあの数は俺でも手を焼くほどである。


「ああ、だから危険だと判断したらすぐに町の方へ逃げろ。その場合は外周を防衛している領兵団に対処してもらう」


 これも事前に相談済みだ。奇妙な事に小鬼の群れは、これまで町の方へ出ようとしてこない。出てきてもほんの数匹だけで、大半は森の奥へと引き返してしまうのだ。


 おそらく頭の回る上位個体が現場を指揮しているのだろう。はぐれの小鬼もいるが、基本的に連中は小鬼とは思えない纏まった統率力で森中を行動しているようだ。恐らく今は数と力を蓄えており、その時が来たら一気に森の外へ進出するつもりなのだとフェルはそう推測していた。


 その証拠に、夕べ辺りから斥候部隊と思われる山鬼が少数、森の境を出たり戻ったりを繰り返していた。きっと町の戦力を探りに来ているのだろう。


 そいつらが帰る方角から敵の首魁の位置を割り出す事も可能だろうが、今は指揮系統を潰すより、兵の供給源であるコロニーを潰す方が先決なのだ。




 説明を終えた俺は傭兵たちの力量などを加味して三人一組の班を作った。その班と、同じように分かれた冒険者たちの班を合わせて、平均六人くらいの即席チームを全部で12チーム作った。


 ちなみに”アンデッド”のメンバーは別である。俺たちは精鋭班として、基本的にペアで行動してコロニーの繁殖場を潰す予定だ。


 フェルとシェラミー、ソーカとエドガーが組み、そして俺は……


「宜しくな、フミルナ」

「え、ええ……!」


 ……Cランク冒険者のフミルナと組む事になった。


 フミルナは先日、討伐隊リーダーを務めたマルコと同じパーティ“フレイムダイブ”所属の斥候だ。昨日、フェルに伝令を届けに来た女冒険者がフミルナだ。


「ほ、本当に私たち二人だけで大丈夫なの?」


 心配そうに尋ねてきたフミルナに俺は力強く頷いた。


「ああ、戦闘は俺に任せてくれ。アンタは索敵に注力してくれればいい」

「ふ、不安だなぁ……」


 コロニーを潰して回るメンバーは迅速な行動が必要な為、小鬼の群れを回避する為にも森の木々を飛び回れるくらいの運動神経を求められる。そんな身体能力を有しているのはそれなりの闘気使いだけであり、尚且つ索敵もできる人材となると、最早彼女くらいしか残されていなかったのだ。


 マルコにも代役は可能であったが、彼は別の班を率いて回る役目がある。そこでフェルが彼女を推したのだ。


「この子なら大丈夫。索敵能力だけならBランク以上よ。フミルナも安心しなさい。ケリーは私より強いから!」

「は、はい!」


 フミルナはフェルに憧れているらしく、実力を測りかねている俺の事を不安視しながらも、憧れの冒険者相手には元気よく頷いた。




「行動開始よ! 負傷した者や異常を感知した者は、ここの地点に戻ってくるのよ!」


 森のすぐ傍に仮の拠点を設けた。


 ここには治癒神術を扱える神術士やニグ爺、それらの護衛役としてカカンを待機させた。さすがにニグ爺は高齢で、今回のような森の中を素早く移動する任務だと少々厳しいのだ。神術士には基本的に護衛が必要で、そこには盾役タンクのカカンを配置するのが最適解だろう。




 俺たちは一斉に森の中に入ると、各々事前に打ち合わせした場所に散っていった。


「俺たちは東回りルートだな。先導は任せた!」

「分かったわ!」


 フミルナの後を俺は追う。中々の移動速度だ。



 しばらく森の中を進むと、早速小鬼の集団に出くわした。やはりとんでもない数だ。


「木の上を移動するぞ!」

「りょ、了解!」


 フミルナが手頃な枝の上に跳躍したのを確認すると、俺も木の上に飛び移った。


 そこからは昨日と同じように、木々を伝いながら森を駆け抜ける。フェルには劣るが、文句ない動きだ。


「こ、こんなに小鬼が……」

「昨日もこんな感じだったな。コロニーに外敵を近づかせたくないのか、その近辺はうじゃうじゃと徘徊していたぞ」


 連中は俺たちの姿を見つけると慌てて追いかけてきた。投石を試みてきたが、なまじ数が多いだけあって細かな統制までは取れていないのか、方向転換した同胞とぶつかったり、石を拾おうとした者を誤って踏みつけたりと、随分無様な醜態を晒していた。


(こんな馬鹿野郎どもに町を落とされてたまるかよ!)


 この一軍くらいの規模なら、闘気で強化しながら戦えば、俺一人でも殲滅できると思う。ただ、第二軍、三軍と来られると、いくら俺でも何時かはスタミナ切れを起こすだろう。闘気が切れれば、後は数の暴力によるタコ殴りが待っている。


 双鬼、小鬼に敗れる――そんな未来は死んでも御免だ! 世が世ならSNSでバズること間違いなしの案件だ。


 よって、俺ら精鋭班が今するべきことは小鬼の殲滅ではなく、これ以上兵力差を拡げさせない為に、雌の個体と繁殖場を狙い撃つことにある。同数とまではいかなくとも、小鬼の増加を抑制できれば、後は総力戦で数を削っていけば良いだけの話だ。


 困った事に現時点で総力戦を仕掛けても、最終的に勝利こそするだろうが、町にも兵にも多大な被害が出てしまうというのがフェルの予測だ。



「あ、あそこ! 多分、コロニーよ!」

「よし、いいぞ!」


 思ったより早くコロニーを発見できた。それにしても、かなり町の近い位置に造られていたが、連中は食事とかどうしているのだろうか?


(共食いしている雰囲気はなかったが……)


 その事はフェルも昨日からだいぶ気に掛けていた。それというのも、繁殖場所を潰す際、高確率で人骨や遺品が見つかったからだ。


 小鬼どもは間違いなく人も襲って食べているのだろうが、これだけ被害者が多ければ、何かしらの情報が届いていてもおかしくないのだ。


 最初はギルド職員の一部がもみ消していたからだと思っていたのだが、それだけでは到底説明できない数の被害が出ているとフェルは睨んでいた。町の人口が減れば税収にも影響する為、本来なら領主にもその情報は伝わって然るべきだと彼女は言うのだ。


 結論、おそらく領主の部下の中にも共犯者がいる。これがフェルの推測だ。


(……あくまでも可能性だ。今はとにかく、小鬼たちをどうにかする!)


 その後の犯人探しなぞ、兵士たちで好きにやってくれ。ただし、ギルバードとかいう職員だけは既に俺とフェルのゼッチューリスト入りをしている。


(見つけたら……ギッタンギッタンにしてやる!)


 今はその鬱憤を小鬼共にぶつけた。






 午前中で俺たちは3つのコロニーを潰した。


 だが、4つめを狙う前にフミルナがバテてしまった。


「ちょ……ちょっと休憩させて……」

「お? そうだな。悪い、悪い!」

「な、なんでアナタは平気なの……。戦闘を全部任せているのに……」


 今のところ、そこまで強い個体とは当たっていない。せいぜい大鬼と禍鬼が数匹出てきただけだ。


 巨大な大鬼を一撃で倒したらフミルナは目を見開いて驚いていた。


 最初のコロニー内で俺の実力を知ったフミルナは安心し、そこからの彼女は完全に索敵だけに専念した。それでも亜人の群れや巣の中を移動する行為は精神的にも疲労するらしく、フミルナはすっかり参ってしまったのだ。


 丁度良い頃合いなので、一旦サンハーレ近くの仮拠点へと戻った。



「お疲れ様っす!」

「飯を用意してるぞ!」

「潰したコロニーの場所はここに記入してください」


 仮拠点では戦闘に自信のない見習い冒険者や有志の人らが動き回っていた。


 冒険者ギルドから押収された詳細な森の地図を使って、潰したコロニーのあると思われる場所にバツ印を付けていった。


 どうやらフェルとシェラミーは既に一度戻っていたらしく、彼女らは既に4つのコロニーを潰していた。


(随分早いな!?)


「それにしても、信じられない巣の数だのぉ……」

「ああ。鬼王きおうがいるのは確実だろうが、下手したら竜鬼りゅうきもいるかもな」


 ニグ爺とカカンが、バツ印だらけの地図を見ながら感想を呟いていた。


「何だ、そいつら……? やばいのか?」


 その鬼シリーズはまだ聞かされていない。


「ああ。鬼王は大繁殖した際に稀に現れ、群れを統率する知能の高い鬼の王だ。討伐難易度はBランクだな。竜鬼は文字通り、ドラゴンみたいに馬鹿強いAランクの小鬼だ。こいつに至っては存在するかどうかも怪しいが……知能はそれほどないらしいぞ」


 それはもう……小鬼とは全く別次元の生物じゃない? 竜の亜人だって方が納得いくぞ。


「今回の頭は恐らく鬼王だと思うんだが……見なかったか?」

「今のところ大鬼か、偶に禍鬼と遭遇するくらいだなぁ」


 そんなのが出てきたら、さすがにフミルナは下げさせた方がいいな。




 午後も俺とフミルナのペアで森を巡回し、コロニーを数カ所ほど潰せた。


 暗くなったので今日はここまでとし、俺たちは仮拠点へと引き上げた。






 その夜、アミントン分隊長も交えて指揮官たちの報告会が行われた。


「……そうか、死者が出たか」


 傭兵から死亡者が数名出てしまった。


 冒険者の指示に従わなかった阿呆が一名。それと、俺が気にくわなくて文句を言っていた傭兵たちが勝手に森へ出て半数以上が戻ってこなかった。生き残りの証言によると、連中は小鬼の群れに飲み込まれたらしく生死不明の状況だ。


 代わりに冒険者の方は死者数ゼロだが、怪我人はどちらもそれなりに出てしまった。


 ただ、やはりというべきか、森の外へ逃げようとする人間を、小鬼はそれ以上追って来ないようだ。あちらは当面、待ちの姿勢なのだろう。小鬼どもが自棄を起こして町に攻めて来たら困っていたが、現状は上手く事が運んでいるみたいだ。


「明日は少し編成を変えて、もっと森の奥を潰していきましょう!」

「もう手前のコロニーは大方潰したしなぁ」


 森は奥へ潜るほど魔獣や亜人種の領域となる。当然、それら危険生物の数や質も向上するが、その分小鬼たちの天敵となり得る生物も棲息しているので、連中の規模は小さくなる筈だ。森の奥はそこまで酷くなっていない事を願う他あるまい。


 ある程度コロニーの数を減らせたら、後は総力戦で雑魚共の群れを一気に削っていき、タイミングを見計らって群れの頭を潰す。その手順を誤ると、小鬼どもが森の外に散ってしまい、町への被害が増えかねない。その点だけは傭兵たちにも徹底的に落とし込みが必要だろう。




 それから五日間、俺たちは毎日のように森の中で小鬼どものコロニーを潰し続けた。


 徐々に森の奥へと活動範囲を拡げると、予想通りコロニーの数は減ってきたが、その代わり小鬼どもの質が向上していたのだ。群れのほとんどが山鬼で構成され始め、大鬼と禍鬼もエンカウント率が急激に上昇していた。


 そうなると、鉄級の傭兵やD級以下の冒険者には荷が重く、彼らには森の浅い場所で小鬼の間引き作業に加わってもらった。その時点で領兵もようやく重い腰を動かし始め、兵の半数を森の浅い場所に配置させて小鬼の勢力をどんどん削いでいった。



 そして、俺たち“アンデッド”は、ついに強敵と遭遇した。

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