第38話 小鬼討伐隊
ステアへの挨拶を終えた俺は、エビス商会の本店に顔を出した。イートンの代理として経営を任されているサローネとルーシア姉妹に、コーデッカ王国での出来事を説明する為である。
「え? 油田を手に入れたの!?」
何故か勝手に付いてきたネスケラが驚きの声を上げていた。
「まだ完全に手中に収めた訳じゃあないけどな。今後その油田から採掘される原油はエビス商会がほぼ独占できる契約を結んだ」
「凄い! それならガソリン作るなんて簡単じゃない!」
「……そうなのか?」
原油からどうやってガソリンに変えるかが俺には全く解らないのだが、どうやらネスケラは作り方を知っているみたいだ。
「大丈夫! 設備投資さえしてくれれば、直ぐにでも作れるよ!」
「おお!? それじゃあ、あのトラックも動かせるのか!?」
「トラックだけじゃなく、ストーブなんかや船だって動かせるよ!」
これ、これだよ! こういった現代知識チートを待っていたのだよ!
ただし、この世界は神術文明もそこそこ発展している為、ストーブのような魔道具もあれば、魔力で動く船も既に存在するらしい。
そのような技術は再現できないかを尋ねてみた。
「でも、僕は神術士の才能、無いみたいだから……」
「お前もか……」
どうやら転生組は揃って魔力ゼロの体質らしい。何か関係あるのだろうか?
「イートン会長からのご伝言、確かに承りました」
「会長が留守の間は、私たち姉妹が頑張って商会を盛り上げるよ!」
頭の回転が速く落ち着きのある姉サローネと、陽気でコミュ力と行動力に長ける妹ルーシアは、この三年間でイートンからみっちりと商売について学んでいた。
まだまだ未熟な部分も多いそうだが、二人合わせれば一人前だとイートンも太鼓判を押して彼女らに商会の留守を任せていた。
「そうだ! 俺の武器、また壊れちゃったんだけど、良い武器屋か鍛冶職人を紹介してくれないか?」
「武器屋、ですか?」
「うーん。あるにはあるんだけど、一流って程ではないよねぇ」
どうやらエビス商会には伝手が無いようだ。しかし、傭兵団の後援組織として、それはどうなのだろう?
俺の考えを見透かしたのか、姉のサローネが申し訳なさそうに弁明した。
「すみません。武器系統の鉱石類や鉱山、腕の良い鍛冶職人なんかは、どこも古株の大商会が囲っていて、イートン会長でもその権益をなかなか崩せていないんです」
「特に武器関連は最近値上がりし続けているからね。今それを手放すような間抜けな商会はいないだろうってイートンさんがぼやいていたよ!」
「ううむ、そういうことか……」
だからコーデッカに販路を広げたのだろうか? そういう事情なら無理は言えないな。
それにしても武器の値上がりとは不穏だ。どこかで新たな紛争でも起こる予兆だろうか?
「ねぇ。だったらステア様に武器をお願いしたら?」
この場にはステアの
「いや、通販でもショートソードはなかったそうだ。あっても模造刀くらいらしい」
以前ステアに頼んだことがあるのだが、今のところショートソードは見つかっていない。
日本刀なら交換可能らしいが実戦だと少し不安な強度なのだ。
「だったらホムランさんに頼んでみたら?」
「あのおっさん、武器は見たくないって言うんだ」
ホムランはステアが生み出した地球産の科学製品に夢中だ。トラックや冷蔵庫を見て大はしゃぎしっ放しである。
そんな状況で「武器を作ってくれ!」とこちらが頼んでも、きっと唾を吐きかけられるのがオチだろう。
「そこは頼み方次第じゃないかなぁ」
「ん? 何か策があるのか?」
ネスケラには考えがあるようで、彼女に任せてみることにした。
ネスケラは一旦ステアたちの所に立ち寄った。というか、俺の肩に乗っかり、俺が歩いてここまで連れてきた。8才幼女の身体だと移動するのも一苦労らしく、抱っこを要求されたのだ。
(こいつ、8才児で男を顎で使うとは……)
いや、精神年齢はもうアラサーだったか……
ステアの部屋をノックしてから入ると、そこにいたのはエータとクーに……謎の幼女であった。
「幼女が増えてる!?」
「わたくしですわ! アリステアですの!」
どうやらステアが神器の指輪、”
お土産の”盛衰の虚像”をプレゼントすると、ステアは顔を真っ赤にしながら大はしゃぎして小躍りまでしていた。そこまで喜んでくれるとは思わなかった俺は驚いた。
ただ、サイズが全く合わない指輪を見て不思議そうな表情をしていたので、「それは変装できる神器だ。サイズも勝手に変わる」と伝えると、彼女はスンッと無表情になってしまった。
(しょぼい能力だと思ったのかな?)
だから俺は「これでお婆ちゃんにでも変装すれば、シドー王国の追っ手にも気付かれないぞ」と説明すると、何故かポカポカ叩かれた……解せん。
それでも最終的には指輪の効果を気に入ったらしく、ステアはあれこれと年齢を変えて楽しんでいた。
まだ幼女ステアは見慣れていないので、新入りの孤児かと勘違いしてしまった。
その幼女ステアにネスケラは何かを頼み込むと、その代価として抱っこを要求され、俺は幼女二人を両肩に乗せたままホムランの所まで出向いた。
「ホムラン、武器を作ってくれ」
「ぺっ!」
案の定、唾を吐かれた。酷い!?
「おい、ネス公!」
「ふっふっふ、ステア様、例の物を……」
「かしこまりですわ!」
ステアはスキル【等価交換】で一振りの包丁を取り出してみせた。
「ホムランさん、その包丁見てもらえる?」
ネスケラの言葉にホムランは嫌そうな顔をした。
「ほむ? 儂は今、洗濯機とやらを調べるのに忙しのだが……」
それでもさすがに幼女へ唾吐く真似はしないのか、少し面倒そうにステアの手にしている包丁をチラ見した途端、いきなり目を見開き、それを瞬時に奪い取った。
「おおおおっ!? なんだ、この包丁は!? 一体なんの素材で出来ておる!? しかも、めちゃくちゃ精巧ではないかぁ!? ふぉおおおおっ!!」
「クラッド鋼製の包丁だよ!」
ネスケラが自信を持ってそう告げた。
何だか良く分からないが、日本産の包丁一つとっても、ホムランには興味の対象と成り得たようだ。
「これと同じ素材を用意出来たら、同レベルのショートソードを作れるかなぁ?」
「ぐっ!? このレベルか……! と、当然可能だ! だが……」
ホムランは名残惜しそうに洗濯機を見つめていた。
お前は家計が苦しくて洗濯機を買って貰えない主婦か!?
「ステア様」
ネスケラがアイコンタクトを送ると、ステアは銀貨を日本酒に等価交換して取り出した。
「ホムランさん。報酬として、このお酒を10本――――」
「かりこまりです!」
「「「はやっ!?」」」
ホムランは一瞬で日本酒の瓶を奪い取ると、返事した直後には蓋を開けて飲み始めてしまった。
(……これ、ステアのスキルだけでドワーフの里一つ陥落出来るのではなかろうか?)
恐るべしステア。
結局、当初の契約を曲げてもらえ、ホムランは俺の武器を作ると約束してくれた。
クラッド鋼とやらがどういった素材かは不明だが、なかなかに丈夫な素材らしい。ただし、加工には特殊な工具も要るらしく、そこもステアの能力とネスケラの知識頼みとなってしまった。
「ステアには大分無理をさせてしまったなぁ。せめて武器の分くらいは働くとしますか」
今回は俺個人の都合で金と労力を使わせてしまった。せめてその分だけでも稼ごうと俺は街に出てきた。良い仕事がないか傭兵ギルドへ確認しに赴いた。
傭兵ギルドで仕事を見繕ってもらい、俺とソーカ、それと付き添いのフェルは亜人討伐の依頼を受けることにした。
「別に俺の個人的な仕事だから、屋敷で休んでても良かったんだぞ?」
「ノノバエでは暴れ損なったので、師匠にお供します!」
「ま、私も息抜き程度にね。亜人退治なら得意よ!」
どうやらソーカは敵本拠地を強襲した際、フェルと外で待機だったのが不満だったようだ。
(こいつも大概、戦闘狂だよなぁ……)
俺も戦闘自体は別に嫌いではないが、血生臭いのと無意味な争いは好きではない。
その点、今回の依頼は血生臭いと言っても、流れるのは人間の血ではなく小鬼どもだ。どうやら近くの森で亜人種である小鬼がコロニーを形成したらしく、サンハーレの街で急遽討伐隊が編成される運びとなったのだ。
メインは冒険者ギルドのベテラン冒険者たちだが、取り逃がしがないようにと傭兵ギルドにもお声が掛かったらしい。傭兵たちは数合わせに過ぎないようだ。
待ち合わせの場所へ向かうと、既に大勢の冒険者や傭兵たちが待機していた。
「ん? お前たちは三人だけか?」
「鉄級中位か……ふん」
「その若さではやる方だが、あまり前には出るなよ?」
「そうそう。森を知らねえ傭兵どもは足を引っ張るんじゃねえぞ!」
偉そうに忠告してきたのはCランク冒険者のおっさん共である。
“傭兵とは冒険者にもなれなかったクズ集団”
それが傭兵に対する冒険者たちの認識であった。
あながちその感想は間違っていない。優秀な人材は常に冒険者の方へ流れ、逆に傭兵は元犯罪者などの脛に傷持つ者ばかり。しかも、傭兵たちの死亡率はかなり高い。
(実際俺も冒険者資格を得られずに傭兵始めた口だしな)
一部、“金級”や“石持ち”と呼ばれる突出した戦力の傭兵団も存在するが、ほとんどの傭兵たちが上級冒険者たちの足下にも及ばないレベルだ。
(でもねぇ。隣にいるソーカにフェルはAランク冒険者なんですよぉ)
今回は傭兵団“
「ええ!? お前さんは……疾風んところのお嬢か!?」
「疾風のフェルもいるじゃねえか!?」
……どうやら二人の事を知っている冒険者がこの場に居たらしい。
元々大陸中部で活躍していたAランク冒険者パーティ“疾風の渡り鳥“だが、ここサンハーレに移住してからは、フェルたち四人は偶に冒険者活動も行っていた。
その為、彼女らの存在を知っている者がいたとしても何ら不思議ではない。
「今の私は鉄級の傭兵ソーカです。お気になさらず……」
「いやいやいや! Aランク冒険者なら主力じゃねえか!?」
「え? Aランク!?」
「あの女たちがか!?」
「何かの間違いだろう……」
ざわつき始める冒険者に傭兵たち。
すると、今回の討伐隊責任者である冒険者ギルドの職員がやって来た。
「こ、これは“疾風の渡り鳥”殿!? あ……貴方たちが参加するとは、聞いておりませんでしたが?」
「私たちは傭兵として参加しているのよ。それなら冒険者ギルドに報告する必要もないでしょ?」
フェルがそう返答すると冒険者ギルドの職員は一瞬顔を顰め、彼の後ろに突っ立っていた傭兵ギルドの職員を問い詰めた。
「これはどういうことです! そちらからはフェル殿やソーカ殿が参加するなんて話、全く聞いておりませんでしたが……!」
「はぁ。わざわざそんな報告、必要あります? 言われた通り、鉄級の傭兵団に募集を掛けて連れて来ただけですが?」
「ぐっ!? ぬぬぬぬ……!」
傭兵ギルドはいちいち人員のチェックや詳細な報告などはしない。派遣した傭兵たちが優れていようが、基準より劣っていようが、ただ機械的に言われた通りのランクである傭兵団を斡旋するだけなのだ。
それで依頼が成功しようが失敗しようが、傭兵ギルドにはあまり影響が無い。
「と、とにかく! 小鬼退治にAランク冒険者なんて過剰戦力は要りません! 彼女らにはお帰り頂いてください!」
「ちょっと!? 今日の私たちは鉄級の傭兵です! そんなの横暴ですよ!」
反論したのはソーカだ。どうも彼女は新技を編み出したらしく、それを試したくて小鬼退治に同行してきたらしいのだ。
「もう契約も済ませてます。これから変更するのも手間なので、このままで……」
傭兵ギルド側の職員は心底面倒そうな表情であちらの言い分を突っぱねた。
さすがは怠惰で有名な我らの傭兵ギルド。
冒険者ギルド側の職員もお互い長い付き合いなのか、もう何を言っても無駄なのを悟ったのか諦めたようだ。
「……はぁ、分かりました。では、さっさと行ってください。討伐隊のリーダーはCランク冒険者のマルコ氏にお任せします」
職員がそう告げると、一人の大男が一歩前に出た。彼がこの即席部隊のリーダーなようだ。
「あー、Aランクの冒険者がいる前でなんだが、今回は俺が仕切らせてもらう。予め細かい指示などは出さないつもりだが、森中でのルート選択や撤退の指示だけは従って欲しい」
「ええ、よろしくね」
ここは実質トップの実力者であるフェルが真っ先に返答し、他の冒険者たちも彼女に続いてマルコ氏の言葉に同意を示した。
「それじゃあ、行くぞ! 最初の目的地は渓流の広い浅瀬だ!」
マルコの指示で冒険者や傭兵たちが進軍を開始した。俺たちはその最後尾に付いて行く。
「なぁ、小鬼のコロニー潰しってそんなに大事なのか?」
小鬼とは亜人種の中でも最弱の部類で、身長は子供の背丈ほど、知能も低くい。単騎なら駆け出しの冒険者でも倒せるレベルだ。討伐難易度は最低のEランクである。
そんな雑魚相手に今回の討伐隊は、総勢60名ほどの大所帯だ。傭兵たちは全て鉄級だけで構成されていたが、冒険者はCランクの者までいた。かなり過剰戦力のように思われる。
「本当に小鬼がコロニーを築いたのだとしたら、これくらいの戦力は欲しいところよね」
「はい。小鬼は少数だと超雑魚ですけど、大勢いるとちょっと雑魚くらいにはなります」
どちらにしろ、ソーカにとっては雑魚扱いな模様。
「でも油断は禁物よ! 連中、繁殖能力だけは高いから、コロニーを放置し続けると、とんでもない数にまで膨れ上がるの! 数が増えると強い個体も出始めるし、そうなったらベテラン冒険者でも手が付けられなくなるわ!」
「なるほど。早期殲滅が望まれる訳か……」
だったら、むしろ鉄級の傭兵扱いでフェルやソーカといったAランク冒険者が帯同するのは、冒険者ギルド側にとってもラッキーなのではないだろうか?
その事を二人に話すと、フェルは顎に手を当て考え事を始めた。
「……確かに、妙よね。そもそも、小鬼退治の依頼は常にギルド側でも募集している筈だけど、こんな町の近くにむざむざコロニーを作られるものかしら……?」
「師匠の言う通りですね。あのギルド職員の態度は不自然でした」
この依頼には何か裏事情でもあるのだろうか?
これ以上ここで考えても答えには辿り着けそうにないので、とりあえず今は小鬼退治に専念することにした。
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