第37話 ファンタジーとトラックと幼女

 俺たちは予定通り、イートンだけをコーデッカ王国に残して、ホームであるティスペル王国のサンハーレへと戻った。イートンはコーデッカ王都の支店運営に携わる為、しばしの間はお別れである。




 サンハーレの港町近郊にある拠点へと戻ると、早速俺はステアたちに帰還報告しに向かった。



「ただいま、ステア!」

「ケリー! おかえりなさいですわ!」


 彼女は笑みを浮かべながら出迎えてくれた。


「そっちも留守番ご苦労様。ほら、お土産だよ!」


 俺はお土産を持っているソーカの方を振り向いたが、俺の後ろに立っていたのは――――


「ほむ?」


 ――――ドワーフのホムランだけである。


「あのぉ……ケリー。生ものはちょっと……」


 ホムランをお土産だと勘違いしたのか、ステアは申し訳なさそうな顔で遠慮した。


「いや、違う! お前じゃない! ソーカぁ!? お土産持ってどこ行ったぁ!?」

「ソーカのお嬢ちゃんはフェル嬢を連れて仲間に挨拶すると言っておったぞ」


 どうやら先にカカンとニグ爺の所へ挨拶に出向いたようだ。




 ソーカが来るのを待っている間、先にホムランを紹介した。



「彼にはステアの生み出した商品の模造品を作ってもらうつもりだ」

「おい、ケリー。あまりステア様の神業スキルを吹聴するのは……」


 初対面であるホムランを警戒してか、護衛のエータが苦言を呈する。クーも同意見なのか頷いていたが、そこは俺も考えあっての言動なので何も心配はない。


「安心しろ。こいつはカカンやニグ爺の同類だ」

「「「ああ……」」」


 その言葉だけで三人は察してくれた。


 ホムランであれば、ステアがちょっと良いお酒を生み出せば、それだけで一生忠誠を誓ってくれるだろう。飲兵衛どもに酒神ステアを裏切れる筈がない。


「ほむ?」


 一人、訳の分からないホムランだけが首を傾げた。




「そういえば、ホムランさんの件で思い出しましたわ! 実はこちらにも変わったお客が来ましたの」

「客……?」


 一体誰だろう?


「そのお客は、わたくしが変わった物品を生み出しているのを突き止めて、直接ここまで訪ねて来ましたの」

「それは…………大丈夫な奴なのか?」


 そこまで厳重にあっちの世界の物品を秘匿していた訳ではないが、ステアが生み出していた事は隠していた。それに、サンハーレにあるエビス商会の本店ならば兎も角、ここの屋敷まで調べるとは驚きだ。その上、それらの物を生み出したのがステアである事にまで気付くとは……並々ならぬ行動力と洞察力の持ち主だ。


 自然と俺はその来訪者とやらを警戒してしまうが、ステアはともかく、エータやクーがそこまで心配していなさそうな態度なのが、ちょっと不思議に思えた。


 普段からステアの事を気にかけている二人ならば、相手は何処かの間諜ではないかと疑うものだと思っていたのだが……


「そのお客様はニホン語を理解していらっしゃるご様子でしたの。もしかして、ケリーと同郷の方なのでは?」

「何だって!?」


 それはあり得ない。


 俺の出自が得体の知れない亡国であるという設定は、今もなお続いていた。当然嘘設定である。


 俺の前世は日本人で、何故かステアのスキルに地球の言語が表示されるのだ。だが「前世が別世界の人間で、気が付いたら少年の身体に生まれ変わっていた」なんて説明するのも面倒だったので、その辺りはお茶を濁し続けてきたのだ。


 それに、ケルニクス少年の実際の故郷、帝国の何処かにあったという村は既に焼き討ちに遭っている。その際、村人もほぼ全滅したとも聞いているので、本当の意味での同郷の者など、今の俺には一人たりとも存在しない筈なのだ。



 普通であれば虚言だと笑って済ませるところだが、その来訪者が本当に日本語を知っているとなると話は変わってくる。


 つまりはその来訪者は日本人――俺と同じか、似たような立場の者しかいないのだ。



「……そいつ、今何処にいるんだ?」

「恐らくお屋敷の裏庭だと思いますわ」

「ん。あの子、ずっとあそこにいる」

「…………あの子?」


 もしかして、俺のように転生したとかで、まだ子供なのだろうか?


 それに、その“あの子”とやらは、屋敷の裏庭なんかで一体何をしているのだろう?



 とにかく俺はその来訪者を確認したかったので、五人全員で裏庭へと出向いた。






 裏庭に来て早々、ある物を見て俺は目を見開いた。


「…………これ、なに?」

「ええと、そのぉ……」


 裏にはトラックが駐車していた。


 そう、このファンタジーな世界には場違いな、3トンくらいはある冷蔵室付きの真っ白なトラックが鎮座していたのだ。


 違和感バリバリの光景に、俺は開いた口が塞がらなかった。


「な、なんじゃこりゃああああ!?」


 ホムランは大声で叫ぶと、興奮しながらトラックへと駆けだした。どうやらドワーフの好奇心をかなり強く刺激してしまったみたいだ。彼は鼻息を荒くしながら生まれて初めて見るであろうトラックを調べ始めた。


「…………これ、なに?」


 俺は間違いなく犯人であろうステアに同じ質問を繰り返した。


 観念したのかステアが気まずそうに語り始めた。


「そ、そのぉ……イートンさんは冷蔵できる物を欲していらっしゃいましたわよね?」


 それは俺も覚えているので頷く。


 そこで今回の行商に際してステアに用意して貰ったのが、ポータブル冷蔵庫と、それ用の電源セットなのだ。


 だが、それなりに日本語を覚え始めたステアは、もっと俺たちの力になれないかと、自身のスキルでより良い代物を探し続けていたそうだ。



「それで生み出したのが冷蔵車かい!?」


 なんともぶっ飛んだ発想である。


「だ、だってぇ……! 沢山運べて、しかも速そうですの!」

「そりゃあ速いよ!? うん、馬車より速いだろうね……!」


 ただし、キチンと道が塗装されていれば、である。


(オフロードでトラックは……どうなんだ? 車種によっては問題ない……のかなぁ?)


 前世の俺は車にもあまり詳しくなかったらしい。


(なになら詳しいのだ、前世の俺よぉ!?)



「でも、全く動かないですの!」

「そりゃあ、そうでしょうよ!」


 ガソリンも無いのに動く訳がない。


 それにしてもステアのスキル【等価交換】は思った以上にヤバい能力だ。通販で買える物は一通り購入できるとは知っていたが、まさか車までも購入可能だとは……


(地球の現代兵器なんかも買えたりしないよな…………ん?)


 恐ろしい事を考えていると、ふと疑問が浮かんだ。


「えっとぉ……。これ、おいくらしたの?」

「金貨300枚ほど……ですの」

「お、おおぅ…………!」


 とんでもない額であった。


 ステアには、エビス商会の運営に差し障りない範囲でなら幾らでも金貨を使っても良いという確約がされていた。なにせエビス商会は彼女の能力あってこそ稼げるのだ。そこはイートンも承知しているので、そういった契約になっていた。


(けど、幾ら何でも限度があろうに……!)


 それは本人が一番自覚しているようで、さっきからバツの悪そうな顔を浮かべていたのだ。


「で、でもでも! あの子が言うには、動かせる目処があるそうですの!」

「ん? あの子?」


 そういえば、さっきから気になっていた“あの子”とやらは、一体何処に居るのだろうか?


 そう思い、改めてトラックの方を見ると、その車体下に見慣れぬお尻が突き出ていた。


「ふん、ふ~ん♪ うん! これで冷蔵機能は問題ないはずだね!」


 膝を付き、お尻を出しながら作業していた幼女は立ち上がると、明るい声でそう呟いた。


「ネスケラ! こっちにいらっしゃいですの!」

「は~い!」


 恐らく10才にも満たないであろう小柄な幼女がトテトテとこちらへ駆け寄ってくる。保護している孤児たちと負けず劣らずの小さな子供だ。


「この子がニホン語を知っているお客様ですわ!」

「ネスケラと言います! 8才です! 孤児だったのをステア様に拾って頂けました!」


 どうやら見た目通りの年齢だったようだが、その割には随分とハキハキ言葉を喋る子供だ。


(こいつ……間違いない。転生者だ!)


 幼女とは思えない流暢な挨拶に俺はピンときた。


 ステアはネスケラと呼んだ幼女を俺の隣に立たせて、俺たち二人をジロジロと見ていた。


「んー、こうして二人を並べて見ても、あまり同郷には見えませんわねぇ」

「そうですね。ケリーは黒髪で、ネスケラはラベンダー色ですから。目の色も違う」


 ステアの感想にエータが賛同した。


 その一方……


「むぅ。幼子にしては、妙に大人っぽい喋り方が、昔のケリーと似てる……」


 クーは妙に鋭い。早くもネスケラが尋常ではない存在であることを見抜き始めているようだ。


(まぁ、8歳児が見たことも無いトラックを弄っていたら、誰だって変だとは思うか……)


 とにかく、こちらも挨拶しておくべきだな。


 俺は横にいるネスケラに視線を合わせるように屈み、彼女に声を掛けた。


「ケルニクスだ。宜しくな」

「君が僕と同郷かもしれないという噂のケリー君だね!」


 いきなり愛称で呼ばれた。どうやらステアたちから俺の名は聞かされていたようだが、それにしても……僕?


「もしかして……男の子だったか?」

「違うよ!? 僕は女の子!! どう見たって、可愛らしい幼女でしょう!?」


 まさかのボクっ娘だったか!?


(しかし、自分で自分の事を幼女なんて言うものだろうか?)


「ジー……」

「な、なんだよぉ……!」


 こいつ、まさか転生者な上に、前世は男なのでは?


「それで……結局その子とケリーは同じ出身なのか?」


 エータの質問は他の二人も興味があったのか、三人揃って俺の方を見た。


 俺は彼女たちから視線を逸らして、ボクっ娘幼女の方を見た。


「んー。僕の出自に関しては、ケリー君の口からお願いするよ!」


 事情を知らない者にとっては妙な言い回しに聞こえるが、恐らくこいつはこう言っているのだ。


“私は余計なことを言わない。転生者かどうか告白するのは、お前に任せるぞ”と……


 その証拠に、前世の事については彼女から一切触れていないのか、ステアたちは俺とネスケラとの関係性が未だ分からないままのようだ。


(……何時までも隠し通すもんでもないか)


 ステアたちとは、もう三年以上の付き合いだ。突如現れたネスケラから知らせるより、俺の口からきちんと説明するのが筋だろうな。


「あー……実は俺、転生者なんだ」

「「「…………はい?」」」


 うん、やっぱこういった説明は苦手だ。


 それでも俺は何とか自分の言葉で、己の素性を嘘偽りなく晒していく。



 前世の俺は地球の日本という国で生活していたこと


 気が付いたら鉱山奴隷少年になっていたこと


 前世の俺の素性に関しては全く記憶がないこと


 ステアのスキルは、何故か地球産の商品や言語であること



 それら全てを一気に話し終えると、ステアたちは考え込んでいた。


「え~と……。ケリーは前世の記憶を一部だけ持っている、という事ですわね?」

「有り体に言うと、そうだな。隠していてすまん」


 深刻そうに告げる俺とは裏腹に、三人の表情は困惑していた。


 別にそこまで秘密にするような内容でも、ましてや隠していたことを謝罪する必要もないのでは?


 どうやらそれが彼女たちの正直な感想のようだ。


「そうか。まぁ、改めて考えると……そうかもな」


 もしこれが逆の立場で、突然ステアたちから「前世の記憶がありますの!」と告白されたとしても、俺は「ふ~ん」としか返さないだろう。


 結局、そんなもんだったのだ。大事なのは今の俺たちの在り方であり、そこに前世なんかは関係ない。


 そもそも、俺にしっかりと前世の記憶があり、尚且つ頭の良い奴であったのなら、その情報をもっと有効活用できるのだが……。現代知識チートでマウントを取るには、俺の脳味噌にはちとハードルが高すぎたのだ。


(その役目はこいつに譲るとするか)


 俺は静観を決め込んでいた幼女へと視線を投げた。


「えっと。そういう訳でして、僕もケリー君と同じ前世の記憶を持ってます。同じ日本人転生者でした」

「「「ええええええええ!?」」」

「おい……ちょっと待て!」


 何故か俺の告白よりオーバーリアクションだ。ステアたちはかなり驚いていた。


(なんか……解せぬ!)


「うーむ。迷い人や召喚者という存在は耳にしたことがあるが……。こんなにも身近に、しかも二人も居るとは……」

「ん、幼子にしては賢いと思った」


 エータは驚き、クーは納得といった表情だ。


「もしかして、ネスケラの前世って男だったのか? だからボクっ娘なのか?」

「僕は前世も今も女の子だよ!? 享年21才の女子大生!」


 ネスケラは両腕を振って俺に抗議してきた。


 驚いた事に、どうやら彼女は俺とは違い、前世の記憶をしっかり引き継いでいるみたいだ。それにしても、21才の若さで死んでしまうとは…………お気の毒に。


「じゃあ、一人称が“僕”呼びなのは……もしかしてキャラ付け?」

「設定じゃないよ! 僕は前世でも”僕”呼びだったの!!」


 幼女が地団駄を踏みながらそう主張した。


(しかし、二十歳はたち過ぎの女がリアルで“僕”呼びかぁ)


 個人的にはアリだけど、周囲からはかなり痛い人に見られていたのでは……?


 朧気な記憶だが、俺がいた世界では多様性がどうたらと言っていた気もする。なら、何も問題ないか。


「ええと……それではネスケラは実質29才……年上ってことですの?」

「ん、ネスケラさんと呼ぶべき?」

「ネスケラさん」


「今は身も心も純粋な少女です!」


 その姿でアラサー呼ばわりはされたくないようで、普通に呼び捨てて構わないらしい。



 その後、エドガーやソーカたちも加わり、新メンバーであるシェラミー一味も含めて互いに新メンバーを紹介し合った。その際、俺も改めて仲間たちの前で、前世の記憶の件について告白した。






「へぇ、前世は研究者の卵だったのか」

「ふふん! こう見えて僕、飛び級で進級もして、研究生になる予定だったんだよ!」


 どうやらネスケラの前世はかなりの才女だったらしい。


 彼女は俺とは違い、赤ん坊の頃から前世の記憶を引き継いで生活していたそうだ。


 ただし、そんな彼女も順風満帆な人生を歩んできた訳ではなかった。


 赤ん坊の頃、屑な両親に教会近くで捨てられたそうだ。いきなりハード設定である。それ以来、彼女は孤児院での生活を余儀なくされたそうだ。


 エアルド聖教の孤児院では、将来教会に仕える信徒になるよう孤児を教育する事があるそうだが、そこに一切の自由はなく、食事や学習環境もかなり不十分だったらしい。それがどうしてもネスケラには不満だったそうだ。


 そんなある時、隣町の商会から教会へ届けられたパンを見て、ネスケラは心底驚いたそうだ。そのパンは現代では再現不可能な成分や包装紙が使用されており、何よりその包装紙には日本語が書かれていたのだ。


 頭の良いネスケラは、直ぐに地球文明の商品を流通させている者の存在に気が付いた。


 そこで彼女は一大決心した。教会の孤児院から脱走を図ってサンハーレまで辿り着き、あり得ない地球産の商品を生み出すステアの存在を嗅ぎつけて、このお屋敷まで来たんだそうだ。



「え? それじゃあこの子は教会からの脱走者なの?」

「大丈夫! 絶対足が付かないように工作しておいたから!」


 この幼女……凄い!


「こんな身体だから、生憎戦うことは出来ないけれど、知識量なら誰にも負けないよ!」


 これは立て続けに得難い人材を見つけてしまった。


 今もトラックの周囲で「ほむー! ほむー!」と唸っている腕利き鍛冶職人ホムランと、元学者の卵であるネスケラの現代知識が合わされば、地球の技術を再現する事も不可能ではないはずだ。



 名目上、この集団のリーダーである俺も了承し、ネスケラはホムラン同様、傭兵団“不滅の勇士団アンデッド”の客分待遇として迎え入れられた。

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