第36話 神器
ウの国に占拠されていたノノバエの町に侵入し、敵本拠地と思われる屋敷を制圧した俺たちは、拘束した兵士たちに尋問した。
「お前らの大将は何処にいる?」
「コウノ将軍なら、家臣たちを連れて自分たちだけさっさと逃げ出しちまったさ!」
そのコウノ将軍とやらの詳しい情報を聞くと、どうやら俺が逃してしまった偉そうなおっさんが将軍だったらしい。
(全く強そうに見えなかったから放置しちゃった。失敗したなぁ)
指揮官イコール強いとは限らないようだ。
思えばヤールーン帝国軍にも武勲を上げた将官だけでなく、地位や管理能力だけで登用されている将軍も居た気がする。
俺の中の将軍像とは、元ご主人様である実力派のクレイン将軍様や、クソ強かった白獅子のジジイのイメージが強く、あのひ弱そうなおっさんとは結び付かなかったのだ。
言い訳終了
とにかく過ぎた事は仕方がないので、これからどうするかを考えていると、町中が騒がしくなってきた。どうやら味方のコーデッカ王国軍がやっとノノバエに到着したみたいだ。
王国軍の右翼側は劣勢だったと思うが、俺たちが突出して後方をかき乱し、更に司令部を敗走させたことが大きかったのかもしれない。陣も指揮系統も乱されたウの国の軍は町まで押し込まれ、今は両軍とも市街地で戦闘しているみたいだ。
ここでこの場を離れると、敵本部を落とした手柄を他の部隊に横取りされかねないので、俺たち”
待つ事30分ほど、王国軍の尖兵たちが屋敷内に押し寄せてきた。
「あー、やっと来た――――」
「――――抵抗するな! 大人しく投降しろ!」
どうやら敵兵と間違われてしまったようだ。
味方から槍や剣をの先を向けられ、武器を捨てて大人しくするよう命令された。俺たちは味方である事を告げるも、向こうは「投降しろ!」の一点張りで、仕方なく言う通りにした。ファック!!
(味方の傭兵団くらい、しっかり把握しておけや!)
それから数時間後……先日と同様、俺たちが王国側に雇われた傭兵団だと判別されると、ようやく解放された。
拘束中に粗方の事情は説明してあるので、俺たちの功績もしっかり認められた。
ただ、独断専行と敵将軍を逃がした為、差し引きでそこまで多くのボーナスは出なかった。
「くそぉ! あのおっさん、捕まえておくんだった!」
「ま、いいじゃないかい。十分に暴れ回ったし、私は満足だよ!」
シェラミーは随分とご機嫌な様子であった。
ノノバエの町も無事取り戻したことだし、受けた依頼は文句なく達成したと言える。ウの国の軍は自国領へと撤退していき、王国側は占領されていた西部と町を完全に取り戻せたことになる。その一助となった”アンデッド”の株は上がり、再び王国から専属傭兵団としてスカウトされるも、俺はそれをやんわりと断った。
「もう、ここにも用は無いから早々に引き上げるか」
戻りの日数も考慮すると、契約期間もそろそろ切れる頃合いだ。最後にノノバエの町を軽く見回って、王都にいるイートンたちの元へ戻る事にした。
ノノバエの町中は久しぶりに王国領に戻った影響か、人々の表情は誰もが明るかった。
ウの国の統治時代、民間人はそこまで悪逆を強いられたわけではないらしいが、それでも元々王国領なだけあって、町中はどこも歓迎ムード一色である。
酒場ではどこもかしこも笑い声が聞こえてきた。
「コーデッカ王国に乾杯!」
「ウの国の兵士どもめ! 二度と来んな!」
「ノノバエ万歳!!」
真っ昼間から大人たちは酒盛りをしていた。
(いや、人のことは言えんか。うちの連中も……ん?)
店内を見渡すと、俺たちの隣のテーブル席に妙な客がいた。
「これで当分は休めるわい! 全く、あの連中と来たら……!」
ぶつぶつと愚痴を零しながら酒を飲んでいる小柄なおっさんがいた。
小柄と言っても背が低いだけで体型はがっしりしている。長い髭を生やしている事から、それ相応の年齢だと思うのだが、あの容姿は……!
「まさか……ドワーフか!?」
「な、なんだ小僧!? 確かに、儂はドワーフだが……」
思わず俺が叫ぶと、隣のテーブルにいたドワーフが驚いていた。
「あ、急にすまない。ドワーフ族を見るのが初めてだったもので、つい……」
「ほーむ。ま、この辺りじゃあドワーフは見掛けんだろうしなぁ」
ドワーフ族は山岳地帯や山の近くを好んで住む種族だと聞いている。酒と鍛冶をこよなく愛し、酒の旨い地か良質な鉱山のある地を根城にしているらしいのだ。
鍛冶ができる人材だという事を思い出して、俺は彼と同じテーブルに座ると話し掛けた。
「なぁ、アンタ。ドワーフ族という事は、鍛冶は得意か?」
「別にドワーフ族全員が鍛冶出来るっちゅう訳ではないが、儂は得意だぞい!」
「それは良い! どうだろう、是非俺の剣を――――」
「――――断る!」
剣を作ってくれないか、と提案しようとしたが、最後まで告げる間もなく断られてしまった。
「え? 駄目?」
「駄目だ。儂は当分武器を作りたくない! 見たくもないわ!」
不機嫌そうに言葉を放つと、彼は一気に酒を煽った。
(ふむ、どうやら色々と事情がありそうだな……)
俺は店員を捉まえて酒を注文すると、それをドワーフに差し出した。
「……どういうつもりだ?」
「俺の奢りさ。訳ありのようだし、武器を作りたくない理由を伺ってもいいかい?」
「…………ほむ。話の分かる若僧だな」
ドワーフは俺が差し出した酒を遠慮なく口にすると、その理由を話してくれた。
どうやら彼はウの国占領下時代に、その鍛冶の手腕を買われ、ほぼ強制的に毎日刀を打ち続けていたそうだ。
最初は好きな鍛冶仕事なので喜んで請け負っていたらしいが、それが長期間にも渡ると嫌気が差して来たのだという。
「ウの国の連中、口を揃えて刀、刀とそればっかり……。もう刀を打つのは飽き飽きだわい!」
「……それじゃあショートソードは駄目なのか?」
「駄目だ! 武器はもう見たくもない!」
長い間強制的に刀を量産させられていた所為か、彼は若干ノイローゼ気味に陥っているようだ。
この様子だと、俺の小剣を依頼するのは難しそうだ。
アマノ・セイシュウとの決闘で俺の使っていた小剣は折れてしまった。代用として王国軍の軍用剣を借りてはいたが今はそれも返却済みだ。町の店を探しても、どうもしっくりくる代物が見つからなかったのだ。
そこでドワーフを見つけた俺は天啓を得た気分で声を掛けたのだが……どうやら思惑が外れたようだ。
だが、俺の武器は抜きとしても、彼が得難い人材なのは確かだ。
「なあ、爺さん。武器じゃなければ作ってくれるのか?」
「ほむ? 盾や鎧もお断りだぞ。武器防具類はもう作りたくない!」
「いや、日用品とかだな。しかも複雑でこれまでにない代物だ」
「…………ほむ。その話、詳しく聞かせるのだ」
良かった。どうやら鍛冶が好きなことには間違いないようで、こちらの話に喰いついてきた。
だが詳細も何も、今はこれと言って作って欲しい具体的な物がある訳ではない。
「詳細は話せないが、今の技術では模造の難しい道具がある。完璧な再現は不可能かもしれないが……それを作って欲しいんだ」
「ほむむ! それは聞き捨てならんな! 儂でも完璧な再現は不可能だと?」
「そうは言うけど、俺は爺さんの腕を知らんしなぁ……」
「それもそうだな……」
それにいくらドワーフといえども、ステアが生み出したスマホやテレビなどの電化製品をすぐに再現するのは無理だろう。
「興味があるのなら、俺たちと一緒にティスペル王国に来ないか? 報酬は弾むぞ?」
「外国か!? しかし、ティスペルは、ちょっと遠いしなぁ……」
悩むドワーフに俺は最後の交渉カードを切った。
「俺たちでないと製造不可能な酒があるんだ」
「よし、行こう!」
即決であった。
(これなら勿体ぶらずに初めから酒を交渉材料にすれば良かった……)
ドワーフはホムランという名前だそうで、直ぐに旅の準備をすると言って、集合場所も聞かずに酒場から出て行ってしまった。
仕方がないので俺たちはホムランが戻るまで酒場で時間を潰すのであった。
ホムランと合流すると、俺たちは早速ノノバエの町を去った。アマノ家の勧誘には失敗したが、代わりに腕の良い? ドワーフ鍛冶職人を手に入れた。
「そういえば、まだホムランの腕前を知らないなぁ」
「ほむ? それじゃあ、コイツを見るがいい」
護身用なのか、ホムランは腰から一振りの短剣を抜いて俺に見せた。どうやら彼が作った短剣らしい。
「うーん、俺はそんなに審美眼は備わっていないのだが……」
「へぇ、良さそうな短剣じゃないかい!」
隣で短剣を盗み見ていたシェラミーが横から感嘆の声を上げた。俺から短剣を取り上げると、それを軽く振って感触を試していた。
「こいつは魔獣の牙を素材にしてるのかい?」
「それだけじゃあないがな。主に鎧獅子の牙を使っておる。姉ちゃん、鉄級の傭兵にしては武器に詳しそうだな」
「こう見えても、あたしは元金級だからねぇ」
「金級!?」
こんな感じで俺たちは移動中の馬車の中で交流を深めた。
散々爺さんと呼んでいたホムラン氏だが、実は彼はまだ30代後半だそうだ。ドワーフはもじゃもじゃな髭の所為か、見た目が年寄りに見える者が多いらしい。人族に年齢を勘違いされるのは慣れっこだそうなので、本人は特に気にしていなかった。
元々ウの国北部にある山岳地帯の集落で同胞たちと過ごしていたそうだが、好奇心旺盛な彼は単身で山を降り、町で鍛冶を営んで生活していた。
その後は俺たちの知る通り、ノノバエでウの国専用の鍛冶師として半強制的に働かされていたそうだ。
約二週間ぶりにコーデッカ王国の王都へと戻ると、既にエビス商会の支店がオープンしていた。さっそく繁盛しているようで、店内には常に複数の客がいた。さすがはイートンさんだ。
「皆さん、お戻りになりましたか!」
「ったく、遊びまわりやがって……!」
イートンとシュオウが出迎えてくれた。
「別に遊んでいた訳じゃないさ。むしろ仕事をしてきたんだ」
「戦争のお手伝いだろう? 俺は御免だね」
シュオウは折角の戦闘センスがありながら、血生臭い事は好まなかった。まぁ、気持ちは分からんでもないが、傭兵として生きるのなら避けては通れない依頼だ。
「まぁまぁ、シュオウ殿。そのお陰でここ王都も平和になるのですし……。しかし、聞きましたぞ。なんでも此度の戦で長年敵国に占拠されていた町を解放したとか。その勝利の報せで王都中は今、ちょっとしたお祭り騒ぎですぞ」
戦勝記念で街が賑わい、その影響で店の方も繁盛しているのだとか。それなら頑張った甲斐があったというものだ。
「そうだ、イートンさん。こいつを見てくれないか? 敵将らしきおっさんから強奪した物なんだが、どうやら貴重な品らしい」
「ほぉ? それは興味深いですなぁ」
俺は例の風鈴をイートンに手渡した。
「こ、これは…………!」
真剣な表情で風鈴を鑑定した後、イートンは奥から一冊の本を取り出して、それに目を通し始めた。
「…………あった! ありましたぞ! この風鈴は神器です!」
「「「神器!?」」」
一同驚きの声を上げる。
噂には聞いたことがある。神器とは神々が作ったという、現代技術では再現不可能とされている魔術具のことだ。
この世界は大昔、実際に神々が地上で生活を送っていたとされる。まだ人類と呼ばれる存在が魂だけ――精霊であった頃の、神々と共存していた時代を始霊期と呼ぶ。
その精霊が人類として、肉体を持ち新たな生命として誕生したのが覚明期。この時代になると神々は徐々に姿を消していったそうだ。だが、神が生み出したとされる神術に闘気、神器などは残され、それによって人類は益々発展を遂げていく。
そして血盟期、地上から神が完全に姿を消し、代わりに新たな種が次々と数を増やしていき、神器に代わり魔道具を生み出し始める。種族間の闘争が始まったのもこの時代になる。
種族戦争では神器を使っての争いも多かったそうだ。中には国宝級の凄まじい神器も存在し、それらを巡って戦争が起こる事は、現代でも珍しくないと聞く。
俺はイートンが持ってきた本を見させてもらう。どうやらこの本は神器の図鑑みたいだ。
「”
「間違いなく本物でしょうな。現代で再現できる代物とは思えない、この造形……! まさしく、神器によくある特徴そのものですぞ!」
そう言われると、そんな気もしてきた。
風鈴など、近代日本では珍しくもないアイテムだが、この世界では別だ。風鈴自体は存在するらしいが、そのほとんどが鉄製であり、透明度の高いガラスをここまで精巧に作り上げる技術は難しいとされている。
何より不思議なのがこの風鈴……普通に揺らしても全然音が鳴らないのだ。
「風に揺られても音が出ないから、欠陥品だと思っていたが……」
「とんでもない! 恐らく効果を発揮する条件が整わない限り、音が鳴らない仕組みなのでしょう。一体、どういう技術で作られているのやら……」
「ほ~む、実に興味深いぞぉ……」
イートンだけでなく、ホムランも風鈴型の神器……”寄居虫の報せ”をガン見していた。
おっさん二人が鼻息荒くして風鈴を鑑賞する絵面はちょっとアレなので、俺は話題転換を図った。
「ま、それならこいつはステアの部屋に置いておくか。良いお土産が出来た」
「おお! そうでした! 実は私の方でもお土産があるのですぞ!」
そう告げると、イートンは再び奥の部屋へと足を運び、何やら豪華な装飾を施した小箱を持ってきた。その小箱の蓋を開けると中には大きな指輪が入っており、それを俺に差し出したのだ。
「え? おっさんからのプロポーズは嫌なんですけど……」
「違いますぞ!? これも神器なのです!」
「「「神器!?」」」
またしても、である。
「神器って、そうポンポン出てくるもんなのか?」
「まさか。これは長い間探し求めて、ようやく手に入れた逸品ですぞ!」
俺は差し出された指輪を手に取り、マジマジとそれを観察した。
「ううむ、全く分からん。これ、本物なの?」
「実演してみせましょう」
イートンは俺から指輪を奪い取ると、それを人差し指に嵌めた。すると不思議なことに、その指輪は縮み、イートンの人差し指にジャストサイズとなった。
「おお!? サイズが勝手に変わった!?」
「これが……神器の力なのかしら?」
「微妙な効果だのぉ……」
どおりで大きいサイズだと思ったが、この指輪は自動調整機能が備わっているらしい。確かに珍しい指輪だが、”寄居虫の報せ”と比較すると、随分しょぼい性能のように思える。
「いえいえ、この指輪……”
イートンの掛け声と共に、彼の全身が急に光り始めた。眩い光に目を細め、ようやく収まると改めてイートンを見た。しかし、そこに立っていたのは、見たことも無い一人の少年であった。
「「「…………誰?」」」
「イートンですぞ!」
「「「ええええええええええ!?」」」
これは驚いた。
「姿を自由自在に変えられる神器か!」
「ほんと、神器ってのは何でもありねぇ……」
エドガーとフェルが感心しながら少年姿のイートンを眺めていた。どこかイートンの面影がある。
「自由自在ではないですぞ。この指輪は装着者の年齢だけを変化できるので、異性や別人に変装することは不可能なのです」
つまり、今俺たちの目の前にいる少年の姿は、若かりし頃のイートン氏という訳か……これは面白い! ”盛衰の虚像”とは、ピッタリなネーミングだ。
皆も興味を持ったのか、試しに指輪を嵌めては過去の自分の姿を披露し、逆に将来自分がどのような姿になるのか、老人姿になって確認し合っていた。
「将来の姿に関しては、あくまで予測に過ぎないようですな。それと身体能力が変わることもありません」
つまり、常に若い頃を再現し続けても、寿命は迎えるし、ピーク時の性能には戻れないという訳か。
しかし、老婆になったソーカが普段と変わりなく高速移動している様は見ていてとても面白い。
「エドガー、10年前はフサフサだったんだな」
「俺は剃ってるだけだ!! ハゲじゃねえ!?」
「シェラミーの姉御、可愛い!?」
「私も幼い頃は随分モテたもんさ!」
「フェルって子供の頃は私よりも背が低かったんだ!?」
「16才辺りから急に背が伸びたのよ。ソーカは……10年後でも大して成長しないようね」
「うぐっ!? あ、あくまで予測だし……!」
もう年齢的にソーカの成長はこれ以上見込めないだろうな。
俺も変装するようソーカに催促されたので、仕方なく指輪を嵌めてみた。
「…………ん? 何も起こらないぞ?」
「ええ!? そんな事言って、よぼよぼ姿を晒すのが嫌なだけじゃないですか?」
「いや、ほんとに……魔力が無いからかなぁ?」
「変ですなぁ。別に発動に魔力は必要ない筈なのですが……」
試しに再びイートンが使用したら見事に若返った。
もう一度俺も挑戦してみるも、やはり何も変化が訪れない。
「なんで、師匠だけ……」
「うーむ……分からん!」
過去の自分を見ると奴隷時代を思い出すし、将来の自分がどんな姿なのか、そこまで興味がないので、俺は指輪を外して箱に戻した。
なんだか久しぶりに穏やかな時間を過ごした気分だ。
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