第35話 ノノバエ奪還作戦
コーデッカ王国軍の侵攻は大体予想通りの日時であった。
「なんとか来援も間に合ったな」
「ええ、本国からサムライ爵であるヤマモト家が来てくれるとは……!」
「しかも分家の武家も大勢連れてきてくれている!」
「これで王国兵共を返り討ちにできますな!」
「あんな若造が当主のアマノ家など、初めから起用するべきではなかったのだ!」
大敗北を味わったウの国の士官たちは、溜め込んでいた鬱憤を晴らすが如く、威勢の良い声を上げた。
「よーし、全軍出陣だ! 相手の攻勢を防いだ後は、一気に逆侵攻を仕掛けるぞ!」
「「「おおーーっ!!」」」
駄々下がりであったウの国の士気は再び上がり始めた。
騎馬隊の横槍を凌いだ俺たち”
「おらぁ! どけどけー!!」
「邪魔する奴は斬り殺すよぉ!!」
さすがと言うべきか、エドガーにシェラミーは傭兵としての年季が違い、戦場にも慣れた様子だ。全く臆することなく相手に立ち向かっていく。
ソーカは射手であるフェルを護衛しつつ、俺たちの後ろに付いて来ていた。フェルは弓がメイン武器となるが、小剣も持っているので近接戦闘もやれないこともない。彼女も闘気使いなので雑兵よりは格上だが、あのアマノ家の精鋭たちが相手となると厳しいので、ソーカは彼女と共に行動するつもりのようだ。
「さて、俺はどう立ち回るか……ん?」
隣を見ると、俺たちと一緒に左翼に配置されていた銀級の傭兵団が押されていた。そこそこ強い相手でも出たのだろうか?
仕方がないので援護をする事にした。
「とりゃあ!!」
「ぐわぁ!?」
攻撃に夢中だったのか、敵兵は呆気なく俺に斬られた。
「は、ハマグリ殿ー!?」
「おのれぇ! よくもハマグリ殿を……!」
「横からとは卑怯な!」
「ええ!? これ、戦争でしょう?」
横からだろうか後ろからだろうが、戦場で隙を見せた方が悪いのだ。
突如現れて仲間を斬った俺が許せないのか、刀を持った兵士たちが数人がかりで俺へと向かってくる。
「複数で襲い掛かるのは卑怯じゃねえのか!?」
「黙れ、下郎が!!」
「我らはブシぞ!」
「傭兵如き、わざわざ正面から戦うまでもない!」
うーん。つまり、こっちは正々堂々勝負しないと非難されるけど、向こうは身分が上? だから、自由に斬り捨てOKって事か?
「ざけんな! そっちがその気なら……【
「ぐはっ!?」
「ノドグロ殿ー!?」
「おのれぇ! 面妖な技を……!」
「我ら、三大名家ヤマモト家の家臣なるぞ!」
「傭兵如きに討ち取られていい首ではないわ!」
何かごちゃごちゃ言ってきているが、どいつも思ったより大した闘気使いではなさそうだ。
「知るか! くたばれ!」
「「ぎゃああああっ!?」」
俺は襲い掛かってくるブシどもをひたすら斬りつけていった。
やがて実力差を思い知ったのか、雑兵共は俺から遠ざかり始めた。
「ふぅ、これでここは大丈夫だな」
俺は手を貸した銀級の傭兵団を見ると、あちらは不満そうな顔をしていた。
「ちっ、余計な真似を……」
「俺たちだけでも十分倒せていたぜ!」
「獲物を横取りしやがって……!」
「えー…………」
敵も敵だが、味方にもヤバい連中が居た。
「知るか。横取りされたくなかったら、あんな連中くらい瞬殺しろ!」
「なんだとぉ!?」
「鉄級の癖に生意気な……!」
「ほらほら、味方に突っ掛かってないで前を見ろ。敵が来たぞ?」
「……ちっ!」
「覚えていろよ!」
……だったらお望み通り憶えていようか? 天誅リストに記載すっぞ? あ?
さすがに戦場で味方殺しは洒落にならないので、俺は渋々仲間たちの元へと戻った。そっちではシェラミーたちがはっちゃけていた。
「フハハハー! ウの国のブシなんて、こんなものかしらぁ!!」
「アマノ家の連中はどこだー!! テメエらじゃあ相手にならねえぞ!」
「ふ、ふざけるな! 我が家は名門ヤマモト家の――ぐあっ!?」
さっきからチラチラとヤマモト家というワードを耳にするが、口は達者でも実力の方は大したことなかった。
「なあ。これくらいの相手なら、もっと奥まで突撃しないか?」
ここで雑兵を相手にしていても戦功はたかがしれている。俺たちなら単独で相手の防衛網を突破し、大将首を討ち取れる気がしてきたので、そう提案してみた。
注意するべきはアマノ家の連中だが、ここで雑魚相手に闘気を消耗した後で会敵するよりかは、今から激突した方が遥かに楽だろう。
「いいねぇ! 気に入ったよ、ケリー坊や!」
「分かったぜ、大将! おらぁ、突撃すんぞー!」
やる気を見せた両人が更に前に躍り出て、立ちふさがる兵士たちを次々となぎ倒していく。勢いに押されたのか、相手の防衛網に乱れが生じてきた。
「ちょっと!? せめて後方部隊が来るまで待てないの!? 私たちだけなんて無茶よ!? ソーカも言ってあげて!」
「大丈夫! フェルに向かってくる敵は全員私が斬る!」
「だああああ!? ソーカまで師に感化されてるぅ!?」
(失礼な! ソーカが戦闘狂なのは元からだったろう。お前らの教育の結果だ!)
そもそもフェルも会敵即眉間に射ってくるような奴だ。お前も俺たちと同類だ。
俺たち八人はひと固まりになって相手側の陣へと深く入り込んでいく。それを後ろから見ていた他の傭兵団たちが慌てだした。
「お、おい! テメエら!? 前に出過ぎだ!!」
「戻りやがれ! 俺たちを助け……いや、援護しやがれ!」
「無茶だ! 死ぬ気か!?」
何やら同業者が騒いでいたが、俺たちはそれを一切無視した。ここからは傭兵らしく、自由に行動させてもらう。
要は敵を倒せばいいのだろう?
「ハッハーッ! 活きが良い傭兵ではないか! 我が名はヤマモト・コジロウ! 尋常に……うぎゃああああっ!?」
「あん? 思ったより強くなかったねぇ……」
「「「や、ヤマモト殿ーっ!?」」」
あれが噂のヤマモト殿だったようだが、シェラミーに瞬殺されていた。哀れヤマモト殿。
(あんな雑魚はほっといて、アマノ家は一体何処にいるんだ?)
俺たちは敵の先陣隊列を突破し、更にその奥へと突き進んだ。
「コウノ将軍! 左翼は我が方が優勢! 敵を押し返しつつあります!」
「中央は膠着状態ですが、推定B級の闘気使いを撃破!」
「第五騎馬隊! 敵士官を討ち取ったとの報告です!」
「おお! そうか、そうか……!」
次々と届けられる朗報に、私は満面の笑みを浮かべていた。
本国から送られて来た増援はかなりのもので、それだけコーデッカ王国への侵攻に期待を寄せられている証左であった。特に名門ヤマモト家とその家臣団を迎え入れたのが大きい。
衰退したアマノ家とは違い、分家も含めるとその兵数は10倍以上! 優秀な剣士も多く、まさに一軍に匹敵する戦力である。
「左翼の侵攻部隊を撃破に成功!」
「これより敵火力部隊の掃討作戦に移行します!」
「中央も敵歩兵部隊を押し戻しつつあります!」
「右翼、防衛網を
「敵先陣部隊の壊滅も時間の問題です!」
「うん、うん。善い哉、善い哉……ん?」
今、何かおかしな報告を耳にした気がする。
「う、右翼側! 傭兵団らしき小隊が侵攻中! 後方弓兵部隊への被害甚大!!」
どうやら右翼だけはだいぶ劣勢のようだ。A級闘気使いでも現れたのだろうか?
「至急、近くの隊を応援に向かわせろ! それと右翼側にいるヤマモト家にも応戦するよう打診しろ!」
右翼にはヤマモト本家の軍がいたはずだ。彼らのいない隙をついて突破したのだろうが、傭兵如き早々に討ち取ってくれるだろう。
だが、それ以降届けられる報せは耳を疑うものばかりであった。
「駄目です! 右翼の応援に向かった部隊は全滅です!」
「右翼後方に待機していた後詰部隊、被害甚大!」
「ハマグリ家、ノドグロ家の当主、戦死!」
「ば、馬鹿なぁ!? 一体右翼はどうなっている!? シノビは!? 諜報部隊は何をやっているか!?」
他の場所が優勢なだけに、右翼側の被害が目に付いてしまう。それにヤマモト家の分家であるハマグリ家にノドグロ家も敗れたとなると、敵は相当な実力者だ。
「し、シノビ集は現在人手不足です。アマノ家がその大多数を占めておりましたので……」
「あ、アマノめぇ……! またしても私の足を引っ張りおってぇ……!」
アマノ家にはシノビが大勢いた。それもあったので東方軍はシノビの補充を今まで行っていなかったのだ。ヤマモト家は剣士こそ多い武家だがシノビは数が少ない。この短期間で貴重なシノビを補充するのは不可能であった。
「や、ヤマモト殿、討ち死に!!」
「右翼の傭兵団、町中へと浸入した模様!」
「――!? ええい、さっさと始末しろ! ここがやられたら意味が無いのだぞ!?」
今から左翼部隊を戻させるべきだろうか? だが、そんな真似をすれば王国軍本隊すらも侵入しかねない。そうなれば完全な市街戦となる。それなりの防備はしてあるが、町中だと長物を扱いづらく、騎馬隊も役に立たなくなる。出来るならばそれは避けたかった。
将軍として、どう指示を出すべきか、悩んでいると――――
――――チリンチリン、チリンチリン
突如、鈴の音が鳴り響いた。これは…………!
「て、敵が敷地内に侵入したぞぉ!」
「者どもぉ! であえー! であえー!」
この鈴の音は、我がコウノ家の代々当主が受け継がれてきた神器、”
神器とは、神々が地上で暮らしていた始霊期から存在すると言われている、神が創造したアイテムである。その効果は様々だが、どれも現代の神術や技術では再現不可能なレベルの奇跡を体現させるのだ。
この”寄居虫の報せ”は、設置した建物の敷地内に賊が侵入すると、鈴の音で報せてくれる神器だ。これがあれば暗殺の心配も減るので、私はこの神器を常に身近な場所に設置していたのだ。
今は作戦指令室となっているこの部屋の窓に設置していた。
その窓の方を見ると……突如窓ガラスが割られ、そこから長い黒髪を結った青年が現れた。
「おお!? 親玉の部屋だと思ったから侵入したけど……ビンゴか?」
「き、き、貴様ァ! 一体何者だぁ!!」
「ん? 俺はケルニクス! 傭兵団”アンデッド”の団長だ!」
侵入者の青年は自らを傭兵だと名乗った。
(はて? どこかで聞いた名だが……)
当然、そんな団は我が軍で雇っていないので、間違いなくこの男が賊であろう。
「貴様、ここを何処だと思っている!」
「死ねぃ! 賊がァ!!」
すぐに側近たちが斬りかかるも、それを黒髪の少年はあっさりと返り討ちにした。
「なんと!?」
「こいつ、かなりやるぞ!!」
「応援を呼べー!!」
「コウノ殿、ここはお引き下さい!!」
私はすぐに家臣たちによって奥へと避難させられた。それは構わないのだが、あの男が侵入した窓に備えられている我が家の家宝が心配だ。
「お、おい! あの風鈴は壊すなよ!? 大事な家宝なんだからなぁ!!」
「コウノ殿、どうかお早く……!」
仕方なく、私は家臣たちにされるがまま、部屋から脱出した。
町中へと侵攻した俺たちであったが、こちらへ向かってくる兵士たちを打ち倒しながら彷徨っていた。
「なぁ、何処に向かってるんだ!?」
「…………何処だろう?」
侵入したのは良いが、敵の大将が何処にいるのか分からない。
城でもあれば分かりやすいのだが、ここは元々コーデッカ王国の占拠された町だ。奪われてからしばらく経っていると聞いているが、この町の何処に何があるのか、俺たちにはさっぱりだ。
「どうせ大きな屋敷を占領して本部にしてんだろうさ!」
「敵兵が向かってくる場所を逆に辿れば敵本営だろう?」
「それもそうだな!」
我が傭兵団が行き当たりばったりなのは、団員共々もう慣れていた。
俺たちは兵士たちを倒しながら町の中央を目指すと、それっぽい建物をようやく見つけた。ご丁寧に物々しい警備付きの大きなお屋敷だ。ここがかなり怪しい。
早速突入しようとしたタイミングでフェルが抗議した。
「ちょっと! 私、屋内戦は御免よ!?」
且つて、初めて俺たちと会った時の騒動で懲りたのか、フェルは外で待機すると言い出したのだ。その護衛としてソーカとシェラミーの手下たちを置いていく。
俺とエドガー、シェラミーの三人だけで突入する事が決まった。
「三人だけで平気?」
「アマノ家の連中、居ないみたいだし平気だろう」
あれだけの実力者たちだ。気配を隠しているシノビたちならともかく、その他のメンバーが近くで戦闘していれば嫌でも気が付く。恐らく俺たちとは正反対の右翼側にでも配置されたのだろう。
であれば、ここは今の内に敵本営を叩き潰すべきだ。
「よし! 誰が大将を討ち取るか競争な?」
「いいねぇ! 乗った!」
「負けねえぜ!!」
俺たち三人は敢えてバラバラにその屋敷へと突撃した。
俺は正面を避け、屋敷の横側へと回り込み、庭へと浸入して一番大きな建物を目指した。
「侵入者だ!」
「あっちに向かえー!!」
なんと、シェラミーは正門から堂々と突撃したようだ。彼女らしい行動ではあるが、それでは邪魔者も多くて大将を探すのに手間が掛かるだろうに……
案の定、敵兵のほとんどが正面口へと流れて行った。
(その点、俺は頭脳プレーだ! 一番強い闘気使い……きっとそいつが大将だ!)
俺はそれらしい場所の目星を見つけた。外から伺うに、この部屋に多くの闘気使いが集まっている。
俺は窓ガラスをぶち破って、その部屋の中へと浸入した。
「おお!? 親玉の部屋だと思ったから侵入したけど……ビンゴか?」
室内には書物や地図などが散乱していた。いかにも作戦指令室って雰囲気だ。どうやらここが当たりみたいだ。
「き、き、貴様ァ! 一体何者だぁ!!」
なんか偉そうなおっさんが尋ねてきた。だが、こいつからはまるで闘気を感じない。こいつは大将じゃないな。
「ん? 俺はケルニクス! 傭兵団”アンデッド”の団長だ!」
こいつらになら本名で名乗っても問題なかろう。
俺が堂々と名乗りを上げるも、向こうは一切名乗ろうとせず斬りかかってきた。
「貴様、ここを何処だと思っている!」
「死ねぃ! 賊がぁ!!」
「ふん!」
俺は襲い掛かってきた兵士たちを斬り伏せた。
室内はあっという間に騒がしくなり、何人かは慌ただしく部屋から逃げていった。
「舐めるなぁ! 小僧が!」
「お? 結構やるなぁ! アンタが大将か?」
今日戦った中では一番手強そうな相手である。アマノ家の連中ほどではないが、こいつが大将だろうか? キラキラした鎧も身に着けているし……うん、そうに違いない!
「何を言う!? 私は大将ではないわ!」
「え? 違うの!? じゃあ遠慮はいらん!」
「ぐああああっ!?」
敵の親玉ではないと知ると、俺はその男を斬り殺した。
「ふぅ。ここは制圧完了、っと」
室内には何やら軍事機密っぽい書物が散乱していた。これは多分大事な物だ。大将を探し回りたいところだが、ここを放っておくのも気が咎めた。仕方がないので、しばらくここで待機しているか?
「……そういえば、風鈴がどうとか言ってたな」
弱そうなおっさんが大事な家宝だと言っていたが、この窓に掛かっている風鈴の事だろうか?
手に取って風鈴をじっくりと観察してみる。
「…………駄目だ。全く価値が分からん」
だが、家宝という事は金にはなりそうなので、俺はそれを頂くことにした。せめてこれくらいの報酬は有ってしかるべきだろう。
その場で待機して数十分後、エドガーたちがこの建物を完全占拠したと知らせに来た。あいつら、大将を探しもせず屋敷内にいる敵兵全員をぶちのめしちまったよ…………
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