第34話 アマノ家の窮地

 我々アマノ家が本陣へ戻ると、大多数の兵は北と南の戦線に赴いていたままであったが、幸いなことにコウノ将軍は残られていた。



「なにぃ!? 中央突破が失敗しただと!?」

「……面目ございません」


 アマノ家を信頼してくれていた分、その期待が見事に裏切られ、コウノ殿は顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけてきた。


「どうなっておるのだ! 湿地ルートには低ランクの傭兵どもしかおらぬと、お主自身がそう言っておったではないか!」

「それについては返す言葉もございません。鉄級の中に一組、尋常でない傭兵団がおりまして……敗北しておめおめと逃げ帰ってきたのは、その事をお伝えする為でございます」

「そ、それ程の相手だと申すか? まさか……金級か“石持ち”の傭兵団ではなかろうな!?」

「それは…………」


 私は妹を人質に取られた件は除き、ありのまま起こった事を説明した。




「……つまり、勝手に相手と決闘ルールを定め、それに敗北し、しかも見逃された上で本陣に戻ってきた、と?」

「……仰る通りでございます」


 呆れたような口調で語り掛けるコウノ殿に、私はただひたすら頭を垂れながら説明した。


「……アマノ家が武勇にすぐれた家だったのは認める。もっとも、今回の一件で少し評価を改めねばならぬだろうがな」

「…………はい」


 今回の敗北で、ここ数年取り戻しつつあった我が家の信頼が再び揺らぎ始めてしまった。それもこれも、当主である私の技量が足らなかったからだ。家臣たちには本当に申し訳なかった。


「今は戦時下故、今回の沙汰は一旦保留とする。それより、その傭兵団は間違いなく6時間後に攻めると言っていたのだな?」

「はっ! 正確には6時間の停戦時間を設けてあります。妙に自信のある連中でしたので、それを反故するとは考えにくく思われます。少なくとも我々より6時間遅くにここへ攻め入ることでしょう」


 それまでに陣を厚くしなければならない。


 連中相手に雑兵では荷が重いが、それでも数は力だ。凡夫の兵でも数で当たれば、相手をある程度消耗させることは可能なはずだ。いくら兵士100人分に相当するA級闘気使いでも、200人以上で当たれば倒せるかもしれない。


 だが、相手はその推定A級戦力が複数人もいるのだ。兵の数は多いに越したことはないのだ。


「オノ殿や他の者たちはどちらへ? 連中が攻めてくる前に陣営を厚くしておきたいのですが……」

「まだ戦線から戻らぬ。此度の作戦は中央突破が狙いで北と南はあくまで防衛。無茶はしない筈だが……それにしては遅いな」


 予想外のアマノ家敗北にコウノ殿は不安そうに呟いた。そして、その不安は最悪な形で的中してしまった。



「戦線から味方が戻りました! どちらも被害甚大!」

「なんだと!?」

「どういうことだ! 平地で後れを取るなど……オノたちは何をやっているか!!」



 生還した士官の中にはオノも含まれていたようで、コウノ殿はすぐにオノたち士官を呼びつけた。




「一体どういう事だ? 平地であれば騎馬隊も活き、五分以上に戦えると、お主がそう申していたではないか!」

「も、申し訳ございません! 何分、相手も策を弄していたようで……あちこちに杭を打たれており、騎馬隊の機動力を奪われたのでございます」


 いわゆる拒馬であろう。だがそんなもの、戦場にあるのは当然なのだ。向こうだって馬鹿ではない。こちらの騎馬隊を封じる手など幾つも用意してくるだろう。ただ、文官であるオノにはそこまで考えが至らなかったようだ。指揮官としての能力が欠けていたのだ。


(一体、どうしてこんな男が戦場に……)


 決して文官が戦場に出ないという事は無いのだが、戦を知らないのなら、せめて余計な口を出さないで貰いたかった。そう罵りたかったが、自分も敗北した身なので口を慎んだ。


「ぐぅ、どいつもこいつも……!」

「しかし、我々は十分な時間を稼いだはず。中央の砦さえ落とせれば、相手も兵を引く事でしょう」

「…………中央突破は失敗に終わった」

「……え? あ、アマノ殿!? 何故ここに!?」


 ようやく私がこの場に居ることにオノが気付いたようだ。



 我々の中央突破が失敗に終わった事を知られると、北と南に出ていたオノたち士官は私を責め立てた。


「何が武勇を誇るアマノ家か!」

「貴様らが中央突破を成功していれば、敵兵も後退を余儀なくされたのだぞ!」

「鉄級の傭兵団なんかに後れを取って……!」

「…………っ!」


 色々言いたい事もあったが、私たちが負けたのは事実なので黙り続けるしかなかった。実りのない罵倒に嫌気が差したのか、コウノ殿は怒声を上げた。


「もうよいわ! 今更グダグダ言っても始まらん! それより、これから先どうするのかだけを述べよ!」

「……はっ! こうなっては、最早ここを維持するのも危のうございます。ここは一旦兵を引き、ノノバエの町まで下がりましょう」

「ぐぅっ! …………致し方あるまい!」



 こうして我々ウの国東方軍は最前線の陣を引き払い、数年前から占拠している町、ノノバエへと後退した。








 約束の6時間が経過し、俺たち”不滅の勇士団アンデッド”は敵本陣があると思われる場所へと向かった。


 だが、そこには敵兵が一人も居なかった。


「……どうなってんだ? 逃げたのか?」

「いくら何でも俺たちにビビッて逃げたとは思えねえが……」

「どっかに伏兵でもいるんじゃないだろうねぇ?」


 俺たちが警戒していると、周辺の調査をしていたフェルが戻ってきた。


「どうやら本当に撤退したみたいね。西の方に大勢が去った跡が続いていたわ」

「マジか!?」


 信じられない。いくら何でも、たかが傭兵団一つを相手に軍が逃げ出すとは……



 どうやらその認識は当たっていたようで、相手は俺たちではなく、王国軍を恐れて撤退したようだ。しばらく敵陣に留まっていると、王国兵の斥候部隊がやってきたのだ。


 最初は俺たちを敵兵だと勘違いして攻撃されかけたが、俺がユゼッタ砦から進発した傭兵団である事を説明すると、数時間後にはようやく誤解が解けた。ユゼッタ砦からも何名かの士官が戦地に赴いていたようだ。



「”アンデッド”の諸君、任務ご苦労である。奇襲こそ空振りに終わったようだが、なかなかの活躍だったと聞いているぞ」


 どうやらその士官は逃げ帰った傭兵たちから大方の事情を聞いていたようだ。


「諸君らの契約期間はまだ残っている。そこで再びお願いしたい。ウの国に占拠された我が領土にある町、ノノバエの奪還作戦だ」

「……お言葉ですが、我々の依頼は二週間の防衛任務です。最早これは防衛ではないのでは?」


 そもそも今回の奇襲作戦も防衛任務とは程遠い内容であった。


 俺が苦情を申し立てると、士官は少し考えた素振りをしてから返答した。


「確かにそうだな。そこで提案だが、新たに依頼を結び直さないか? 王国専属の傭兵団になるのはどうだ? それなら待遇も格段に上がるぞ?」


 どうやら元々そのつもりであったらしい。優秀な傭兵団を抱え込もうとするのは何もゴルドア帝国だけではない。帝国でのシェラミー率いる”紅蓮の狂戦士団”同様、コーデッカ王国も俺たちをスカウトしたい考えのようだ。


 その話を俺は丁重にお断りした。元々国に仕えるつもりは無いし、二週間という期限は極力守りたい。あまり長期間留守にすればステアにも申し訳ないし、王都で一人居残っているシュオウにも小言を言われそうだ。


 そこで新たに防衛任務ではなく、占領地奪還計画の協力という形で依頼を受けた。防衛任務より危険度は増すため、当然報酬も上がるし、傭兵ギルドの評価にも影響する。


 作戦は追って伝えられることになり、俺たちは再びそこらで野営しながら時を待った。








「なんですって!? どうして我々が本国へ戻らねばならぬのです!」


 陣を撤退しノノバエの町まで後退したウの国東方軍が真っ先に行ったのは、軍の再編成と今回の敗戦に関しての処遇である。東方軍の最高指揮官であるコウノ将軍はアマノ家に本国へ帰還し、しばらく謹慎するよう命じてきたのだ。


「此度の責任はアマノ家の敗北にある。貴公は本国に戻り次第、恐らくアシガルへと降格になるであろう」

「アシガル!? 待って下さい! 他の者は……降格は、アマノ家だけでございますか!?」


 サムライからブシへの降格は、そこそこ起こり得る事態だ。現に祖父と父がやらかした所為でアマノ家はブシへと降格させられた。だが、ブシからアシガルへの降格は滅多に無い異例中の異例だ。


 ブシ以上は所謂貴族の上流階級に該当し、アシガルとは騎士爵並みの扱いで、形だけの身分でしかない。古くから将軍家にお仕えした武家にとってはあまりにも屈辱的な降格なのだ。


「今回の処分は貴公のみだ。アマノ家の代わりとして、本国から新たな武家が来援する」

「納得できません! 何故、我が家だけなのです!」

「それは……貴公が敵国と通じている可能性があるからだ!」

「!?」


 思わぬ将軍の発言に私は言葉を詰まらせた。


(敵国に、私が与したと……? 将軍は一体何を言っておられる!?)


 私が惚けている間にコウノ将軍は淡々と、こうなった経緯を説明し始めた。



 今回敗北したのはアマノ家だけでなく、オノ家を始めとした他の家も同様であった。それなのに我々だけ厳しい沙汰なのは、他の武官や文官から苦情が出ていたからだ。


“アマノ家の被害だけ少なすぎる!”

“きっと碌に戦わずに逃げ出したのだ!”

“いいや、奴らは敵国と手を結んでいるのに違いない!”


 見当違いも甚だしい、聞くに堪えない戯言だが、確かに敗北した我々の被害が軽微なのは事実なのだ。それもその筈、アマノ家は傭兵たちと決闘方式を採用し、それに負けたにも関わらず、全員見逃されたのだ。


 しかも、こちらが治癒神術薬を使用するのも相手は黙認した。お陰で家臣の死傷者は驚くほど少なかったが、そこを他の士官たちに指摘されてしまったのだ。


 更にはそれを馬鹿正直に報告してしまったのも問題であった。百歩譲って私の言い分を信用したとしても、他の戦場で命を懸けて戦っていた武家からは恨まれても当然の内容と言えた。



「それは誤解でございます! 第一、どうやって王国と通じるというのですか!?」

「貴公にはシノビ集がおるではないか! 彼らなら情報収集と称して相手と密会する事も可能であろう?」

「ぐっ!?」


 東方軍でシノビを保有するのは現在アマノ家だけである。それも裏目に出てしまった。


(何という事だ! 決闘など受けなければよかった……!)


 それが全ての過ちだ。せめて死力を尽くして戦っていれば、汚名を着せられずに済んだのだろうか? いや、その場合だとより多くの家臣が血を流した事だろう。


 結局は自分の実力が足りなかったのが原因なのだ。弱い当主では家を存続する事は叶わない。そんな当たり前のことに、私は今更ながら気付かされた。私は野心的であった祖父や父をずっと軽蔑していたが、未熟な自分はそれ以上に質が悪いのではないだろうか?


 そんな自責の念に苛まれてしまう。


「もうじき、ここにも王国兵が攻めて来よう。そんな最中、疑惑のあるアマノ家を最前線に置いてはおけん。本日中にノノバエを発って本国で謹慎するように! これは命令だ!」

「…………はい」


 最早、この地で汚名を返上する機会は得られそうになかった。








 敵陣営に踏み込んでから三日が経った。


「明日、作戦行動に移る。諸君ら”アンデッド”には先陣を切ってもらう」


 予想はしていたが、お抱えではない傭兵など使い潰されるのが世の常だ。


 俺たちは名誉ある? 先陣を任されてしまった。当然、俺たちだけでなく他の部隊も一緒だが、それぞれ攻める場所は異なっていた。統率のできない傭兵を組み入るのに一部の士官からは反対の声が上がり、俺たちは邪魔にならない場所で適当に暴れて来いとのかなりアバウトな指令が下されたのだ。


「最高じゃないか! やっと大暴れできるよ!」

「自由に動けるってのはありがてえな!」


 シェラミーとエドガーのバトルジャンキーたちは相変わらずポジティブだ。


「ちょっと! 今回は町を解放するのが任務なんだから、そこら辺は配慮しなさいよ!」


 この中で一番の常識人であるフェルが苦言を呈した。


「そうは言っても、やることなんざ一緒だろう?」


 確かに、俺たちは神術を使わないので、暴れ回って町を壊すような真似は……多分、無いと思う。せいぜい民間人を斬らないよう注意するくらいだろう。






 翌日、いよいよ作戦行動開始となった。


 俺たちの他に先陣を切る部隊は、別枠で雇われた銀級の傭兵団複数と、王国の三個中隊である。ただし、先陣部隊は言わば肉壁のような扱いで、その後ろにある師団と後方火力部隊が主力となる。



 先陣部隊に騎馬隊の姿はなく、全員歩兵として全速力で町へと駆けだした。ノノバエ周囲には高い障害物などはなく、このまま相手を押し切っての市街地戦が想定されているからだ。


 逆に向こうは騎馬隊を側面から走らせ、こちらを妨害しようとする動きを見せていた。


(おおう……! 前方からは矢や神術弾が飛んできて、横からは騎馬隊か……)


 帝国奴隷兵時代に体験したクレシュプ会戦を思い起こさせる戦場だ。あの時は陽動作戦で無謀な突撃をさせられ、危うく死に掛けたものだ。


 だが、今は頼りになる仲間たちがいた。


「はん! こんな距離で矢なんて無駄さね!」

「神術士も大したレベルじゃねえな!」


 この長すぎる距離では余程の射手でない限り、俺たち闘気使いの防御力を突破できるような威力は出せないだろう。矢に闘気を維持したまま長射程で打ち込むのは非常に難しい。


 ただし、詠唱中の無防備な神術士だと致命傷になりかねないので、先陣を切る俺たちが射手を排除する必要があるのだ。向こうもそれを承知しているから、そこは敵歩兵がしっかりガードしていた。


 神術の弾も飛んできているが、俺たちであればどれも無視していいレベルだ。ウの国の神術士は大したことないという前評判は、どうやら本当だったらしい。



 代わりに注意すべきは腕の立つ剣士と、ウの国ご自慢の騎馬隊だ。


「横から騎馬隊が来てんぞ!」


 全部で五人の騎士が迫っていた。


「一人一騎で対応しろ!」


 シェラミーの部下は抜きでのカウントだ。俺と仲間たちならサシで負けることはあるまい。


「死ねぇえええ!!」


 長槍を向けながら突進してくる騎士に、俺は【風斬かざきり】で応戦した。相手はこの距離で攻撃が届くとは思っていなかったのだろう。油断していた男の首をあっさりと跳ね飛ばした。


 他の者も問題なく対処していた。


 ソーカも【風斬り】を使い、フェルは闘気を籠めた矢を至近距離から騎士へと当てて倒していた。エドガーは脳筋の力押しで騎乗していた兵士を吹き飛ばし、シェラミーも迫る槍を弾いて見事に敵を討ち取っていた。騎馬小隊を物ともせずに瞬殺である。


「こいつら、やべえな!」

「ケリー坊ちゃんがそれを言いますかい?」


 シェラミーの手下Aが苦笑いを浮かべていた。

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