第33話 ケルニクスvsセイシュウ

 やはりソーカの実力は抜きんでていた。


 団員メンバーの中では実戦経験が浅いソーカだが、こと決闘方式での戦闘だと、単騎で彼女に勝てる者は少ないだろう。アマノ家の闘気使いたちもソーカのスピードに反応できず、ことごとく敗れ去った。



「くっ、これでは捕虜が増える一方ではないか! 私が出る!」

「なりませんぞ、若様! あの娘は危険です!」

「相手が疲労するまで待つべきです!」

「体力は然程でもないようです。今は我々にお任せを……!」


 家臣たちの指摘通り、連戦続きでソーカも疲労し始めていた。徐々にその脚力にも陰りを見せ始めていたのだ。




「勝者、ソーカ!」


「「「うおおおおおっ!!」」」

「はぁ、はぁ……」


 勝利の度にギャラリーは盛り上がりつつあるが、ソーカもそろそろ限界のようだ。



「次は私が相手だ」


 そこで満を持してセイシュウが出てきた。相手がどの程度の実力かは不明だが、今のソーカなら十分勝てると計算しての申し出だろう。


 だが、そうはいかない。


「こっちは俺が出るぞ」

「なに!?」

「勝ち続けているのに、メンバー交代だと!?」

「そんなの有りか!?」


 負けなければ何度も出てOKとは言ったが、勝った者を変えてはいけないというルールは設けていない。


 ソーカも自分が疲労しているのは自覚しているのか、大人しく引き下がって俺と交代した。


「くっ、貴様が相手か……!」

「最後は大将戦といこうぜ?」


 目ぼしい人材は粗方捕虜にできた。このセイシュウというリーダーを倒せば、もうこちらの優位は揺るがないだろう。


「……望むところだ! 貴様を倒し、妹も家臣も全てを取り戻す!」

「いや、俺に勝っても返せるのは10人までだぞ?」


 勝手にルール変更されては困る。


 俺は自分が絶対に勝つとは己惚れていない。最低でもソーカや他の者の体力を回復させるまで粘り、逆に相手を疲労させればそれで詰みだ。返還する捕虜の人員はこちら側が選べるルールだ。当然、奴の妹など強者の返還は後回しにするつもりだ。


「ええい、喧しい! 審判、さっさと始めろ!」

「はっ! それでは……開始!」


 開始の合図と共にセイシュウがこちらへ迫ってきた。ソーカほどではないが、結構素早い。


「はっ!」


 短い掛け声と同時に素早い斬撃が俺へと襲い掛かる。それを俺は片方の剣で受けた。


(うん、斬り込みも早い)


 お陰で弾くまでには至らなかった。


 お返しとばかりに俺は空いた左の剣を振るったが、太刀でしっかりとガードされてしまった。


「むっ! 結構頑丈な刀だな」

「当然だ! ドワーフの名工に造らせた特注の刀剣だ。そう簡単に折れはしないぞ!」


 ウの国の兵士たちの刀を悉く破壊してきた俺だが、今の手応えで理解した。あの刀に闘気を籠められてしまっては、武器破壊は非常に困難だ。


「行くぞ!」


 続けてセイシュウが何度も俺へと攻撃をしてくる。


 相手は俺が二刀流なのを警戒してか、そこまで大振りで襲っては来ない。前のめりになっていない分、俺からの反撃も防御が間に合うのだろう。


(しかし、この男……本当に強いな)


 自分で言いうのも何だが、馬鹿力な俺と打ち合い続けていられるだけでも賞賛に値する。走、攻、守と、どれをとっても高水準な剣士だ。


(だが……それだけだ!)


 良い勝負にはなっているが、負ける気が全くしない。


 力もあり、素早さもあり、剣技にも優れているし、闘気も申し分ない。


 だがセイシュウという男は、これといって何かに秀でている訳ではなく、ソーカのように異常なスピードも、エドガーのように気の抜けない馬鹿力も持たないのだ。


 かなりの優等生ではあるが、それだけじゃあ俺は倒せない。これなら何をしてくるか分からない分、トリッキーな動きをする妹の方が厄介そうではあった。



(……そろそろ決めるか)


 それでも強敵ではある事に変わりはないので、俺は油断せずに闘技二刀流剣術を見せようとした…………ところで、不幸な出来事が起こった。


 俺の右手に持っていた剣が折れてしまったのだ。


「なにぃ!?」

「もらったー!!」


 まさかこれまで武器破壊を続けていた俺が、逆に自分の得物を破壊されるとは思いもしなかった。思っていた以上に、互いの武器の差があったのか、俺の剣が先に限界を迎えていたのだ。


 セイシュウはここぞとばかりに攻めてきた。俺も折れた剣は捨て、一刀流で応戦する。


「ぐぬぅ!?」

「舐めるなぁ!!」


 両手持ちでこちらの威力が増した分、セイシュウの方もこれまでの速度重視の柔の剣技から、剛の技へと変化させた。どうやら優等生な彼は多様な剣術を身に着けているみたいだ。


(ちっ! 意外にやるな、優等生!)


 少しだけ評価を改める必要があった。器用貧乏だと思ったが、何でもできる分、どのような状況でも対応できるのが彼の強みなのだ。


 その証拠に、セイシュウは状況に合わせて明らかに戦い方を変えてきた。それは当たり前のようで、これがなかなか難しいことなのだ。染みついた剣技や戦法というのは、そう簡単に切り替えられるものではない。


 セイシュウのこれまでにない強烈な攻撃に俺は焦りを覚えた。相手の狙いは分かる。奴は残ったもう一本の剣も破壊するつもりなのだ。


(やべ! あいつの刀、ずりぃだろ!?)


 剣闘士時代、幾度となく粗悪品で戦わされた俺には分かる。この剣の寿命はそう長くない。このままでは丸腰になってしまう。


 一応、投げナイフも何本か用意はあるが、あの優等生君は守りも固いのだ。この状況でも油断なく攻撃を繰り出している。きっと正面からナイフを投げただけでは、躱すか弾かれるだけだろう。


 ソーカが【風斬かざきり】を見せ過ぎた所為で、恐らく遠距離斬撃も既に見抜かれてしまっている。あの技は所詮、不意打ち用の初見殺し技である。雑兵には有効でも、目の良い優秀な闘気使いであれば、防ぐことが可能な技なのだ。


 散々予習済みの優等生君相手に、これ以上無駄弾を撃って闘気を消耗したくはない。


(……ええい、仕方がない!)


 俺は対ソーカ用に隠していた新技を披露する事にした。


「おらぁ!」

「むっ!?」


 俺は思いっきり剣を振るってセイシュウを押しのけると、すかさず後方へと距離を取った。今の無理な一撃で残った小剣も既に大破待った無しの状態だ。


 距離を稼いだ俺は壊れかけた小剣に闘気を籠めた。それを見たセイシュウも闘気をみなぎらせて迎え撃たんとする。


「さっきの娘が使っていた技か!? だが、私には通用せんぞ!」


【風斬り】を警戒しているようだが残念、こいつはそう簡単には防ぐことができないぞ!


「ふんっ!!」


 俺は左手で小剣を相手に投げつけた。勿論、闘気を籠めての全力投球だ。


「なにぃ!? ちぃ!」


 まさか己の武器を投げるとは思っていなかったのか、セイシュウは避けるタイミングを逸したが、刀に闘気を籠めてそれを叩き折った。


 実剣に闘気を籠めた投擲は【風斬り】の威力を上回る。生身でガードできる筈もなく、避けるか武器で迎撃するしかないと思っていた。


 だが、それこそが俺の罠だ。


「――っ!?」


 その小剣の影に隠れて、全く同じ軌道でもう一つの攻撃を飛ばしていた。俺が左で小剣を投げたのと僅かに遅れて右手で投げつけた、ナイフによる投擲である。しっかり相手の死角になるよう、計算されて放った二の矢だ。


 だが、セイシュウは奇襲を警戒していたのか、今度こそ身体を回転させてギリギリ躱して見せた。大人しく受けていればいいものを……本当に優秀な奴だなぁ!


「だが……こいつでトドメだ!」


 無理して避けた反動で、相手の姿勢は崩れ切っている。そこへ俺は腰に手をまわし、再びナイフを投擲した。


「そんな小細工で!」


 セイシュウは体勢を崩されながらも、再び放たれたナイフの一投を迎撃しようと刀を振るった。


 彼の刀がナイフを迎え撃つ瞬間――――再び放った俺の後追いナイフが、先に投げていたナイフへと掠った。


「え?」


 それは俺が一投目の速度をあえて押さえ、二投目を全力投球した事で生じた接触事故であった。勿論、狙ってやった。


 それにより、二振りのナイフはそれぞれの軌道を僅かに変え、セイシュウの迎撃しようとした刀をすり抜けて彼の身体へと襲い掛かった。


「ぐあっ!?」


 咄嗟に闘気でガードするも、実体の有る闘気込みナイフは威力が高く、セイシュウの左足と腹部へと同時に突き刺さった。


「これぞ闘技二刀流投剣術、【騙しやいば】だ!」

「確かに二刀でしたけどぉ! 私の知ってる二刀流じゃない!?」


 相変わらず細かい弟子である。


 ちなみにその前の死角を突いた縦列投擲は【隠しやいば】と命名してある。この二つの技をセットで使うと、相手はまんまと騙されてくれるのだ。


 これも初見殺しの技なので、ソーカとの決闘用に隠しておきたかったのだが……ぐぬぬぬぬっ!



「その状態では続行不可能だろう? 降参しろ!」

「ぐうっ! 何の、これしき……!」


 やる気は買うが、これ以上決闘を継続する気なら、負わなくていい傷を増やす事になる。こちとら無手だが、足を怪我している相手に負ける気はこれっぽっちもない。距離を取りつつ素手での遠距離斬撃【徒手一閃としゅいっせん】なり、足技での【蹴撃しゅうげき】なりで削っていけばいい。


「なりませぬ、若! ここはどうか、お引きを……」

「……くぅ、無念だ!」


 形勢不利を悟ったのか、セイシュウは仕方なく降参した。




 結局、セイシュウ意外にまともな戦力はもう残されておらず、アマノ家一派は敗北を認めた。








 決闘も終わり、負傷していた者たちを貴重な治癒神術薬で一通り癒した。ちなみに神術薬は全てアマノ家からの持ち出しである。



「それじゃあ、どうしても俺たちの仲間にはならないと?」

「くどい! 我がアマノ家は代々、コウノ将軍家にお仕えしていた武家である! 私が其方らの軍門に下る事はない!!」


 アマノ家捕虜計画はさっそく頓挫した。


「おかしい……完璧な計画だったのに……」

「ええ……一体どこが……?」

「どう考えても無理筋だったろうが……」


 ソーカは呆れており、脳筋の代表格と言えるエドガーにまで指摘されてしまった。


「そもそも決闘して敗れた相手にのこのこ鞍替えするような輩、貴様は信用できると思うのか?」

「……だってさ。それについてはどう思う?」


 もっともらしいセイシュウの言葉に、俺は自分の仲間たちを見渡した。彼ら彼女らは揃って俺から視線を逸らす。奇しくも、この場に居るメンバー全員、俺が倒して仲間にした連中ばかりだ。


(だから「今回もいけるかな?」と思ってしまったんだ! そう思うよねぇ!?)


「戦での取り決めだ。敗れた我々は大人しく捕虜となるが、貴様らに降る事はない。諦めろ」

「うーん…………じゃあ、要らない」

「「「はぁあ!?」」」


 俺の発言にセイシュウだけでなく、家臣や傭兵たちも驚いていた。


「だって捕虜って面倒じゃん? こいつら引き連れて戦場には行けないし、食事の面倒とかコスト掛かり過ぎだろ」

「ええええ!?」

「じゃあ、なんで捕虜にしたんだよ……」


 それは仲間に……いや、もう止そう。



 俺たちはアマノ家全員の拘束を解いた。暴れこそしなかったが、アマノ家と傭兵たちの間にピリピリと不穏な空気が漂っていた。


「……何の真似だ?」

「だから捕虜は要らないって。もう戻っても良いぞ。あ、それと停戦後の約束はちゃんと守れよ!」


 決闘終了後、互いに6時間は停戦するようにと事前に約束してある。


「……つまり、6時間後には再び挑んでも構わない、ということだな?」

「ああ、問題ない。だが次に会う時は手加減できんかもしれん」

「くっ! 無用だ! この屈辱……いつか必ず返す!!」


 そう告げるとセイシュウは家臣たちを連れて自陣の方へと去ってしまった。



「おいおい、返しちまっていいのか?」

「利敵行為になるんじゃねえのか?」


「知らん。俺たちが依頼されたのは敵陣への襲撃だ」


 ネルジたちの問いに俺は素っ気なく答えた。


 大将首を持って帰れば賞金も出るらしいが、それは少々難易度が高いだろうしな。


「アンタらはどうするんだ? 任務続行なら、今度は総力戦だぞ?」

「……正直、あいつら相手に勝てるとは思えない。俺たち”バンガード”はここで降りる」

「ああ、俺たちもだ!」

「命が幾つあっても足りやしねえ!」


 それも一つの選択だろう。


 結局、俺たち以外の傭兵は全員砦の方に引いていった。こちらも足手まといがいない分、動きやすくなって助かる。


 俺たち”不滅の勇士団アンデッド”はこの場で6時間休息を取る事にした。








 不覚を取った私は家臣たちを引きつれ、不名誉な撤退を強いられた。


「くっ、コウノ殿になんて報告すれば……!」

「兄上、私の情報収集が甘かったから……」

「いや、シノビ集だけの責ではない。私も連中の実力を侮っていた」


 確か”アンデッド”という傭兵団だったか。傭兵たちの中でも連中だけは異常な強さであった。


 特に闘気による遠距離攻撃が非常に厄介だ。並の闘気使いでないと、為す術なく首を撥ねられてしまうだろう。たかが闘気使い一騎と侮っていると、一軍が壊滅しかねない破壊力だ。あれはA級の闘気使い兼神術士だと勘定するべき戦力だ。


 そんな使い手が最低でも二人以上居ることが判明した。しかも、そいつらが6時間後には自陣に攻めてくると言うではないか。


「一刻も早くコウノ殿にお伝えして、自陣の守りをもっと固めなければ……!」


 大任を果たせぬまま、おめおめ逃げ帰ったのも、その情報を自陣へと知らせる為である。


 私たちは急いで本陣営まで引き返した。

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