第32話 アンデッドvsアマノ家

 俺のインテリジェンスな交渉術が功を奏し、戦の勝敗を総力戦から精鋭による決闘方式へと切り替えることに成功した。


「人質を使って脅すとは……見かけによらずやるね、ケリー坊や」

「相変わらず行き当たりばったりの駆け引きだな」

「師匠、人としてどうかと思います」

「私の時も首に剣を突き付けて奴隷契約を迫っていたわよ」


 なんか外野が色々言っているが、気にしないことにした。


「こんな屑に捕まるとは……一生の不覚」


 挙句の果てに捕虜からも屑扱いだ。


「ソーカ、なんか言われてるぞ?」

「確かに捕まえたのは私ですけど! 絶対に師匠のこと言ってますからね!?」


 少女に屑呼ばわりされて、俺はかなり凹んだ。



 ちなみにシェラミーの手下どもは“バンガード”たちが待機している場所に伝令に行ってもらった。景品となる他の捕虜をここまで連れて来てもらう為だ。



 俺とアマノ家の当主であるセイシュウで、決闘に関する細かなルールを定めた。



 互いに代表者を選出して一対一の決闘をする。


 ルールは何でもあり。死んでも文句を言わない。


 相手が降参するか戦闘続行が不可能の場合は勝利。


 負けるまで何度でも同じ者を参戦できる。


 負けた者は相手の捕虜となる。


 アマノ家側が勝つ毎に、捕虜10名を俺たちが選んで返還する。


 返還する捕虜か戦う者がいなくなる、もしくは降参した時点で決闘は終了。


 決闘終了後、6時間は停戦状態となる。




 今はその為の準備で、向こうの景品である捕虜を取りに戻らせている最中だ。






 しばらくすると、ネルジ率いる傭兵部隊が捕虜を連れてやって来た。どうやら後方部隊とも既に合流を果たしていたらしい。シェラミーの手下たちが上手い具合に彼らを説得して一緒に連れて来たのだろう。


「ほ、本当に決闘をする気か!?」

「俺たちは戦わなくてもいいんだよな?」

「決闘終了後はしばらく停戦って本当か!?」


 開口一番、傭兵たちは自分たちの身の安全を気にしていた。


「ああ、大丈夫だ。アンタたちは見届けてくれるだけでいい。決闘終了後、6時間は手出し無用になっているから、俺たちが負けたらそのまま砦に逃げればいいさ」


 勿論、負けるつもりはない。


 こちらが勝ち続ければ、それだけ捕虜が増える。こいつら全員捕虜にしたとなれば、さすがに敵本陣も手薄になってくれるだろう。そして改めて6時間後に攻めれば良いのだ。




「よし、さっさと始めるぞ!」


 向こうとしてはこれ以上足止めされたくないのか、すぐに戦闘を始めたいようだ。最初は6時間の停戦という条件もかなり渋られたが、俺が妹君の処遇について仄めかしたらあっさり落ちた。


 お陰で俺に対するヘイトは溜まる一方だ。イブキなど、俺を虫でも見るかのような視線で見ていた。



「先手は私から行かせてもらうよ!」


 先鋒はシェラミーだ。


 彼女は自分一人で全員打ち負かしてやると豪語していた。


「若様。先鋒は拙者にお任せを!」

「いきなりゴンゾウか。……よし、お前に任せよう」

「ははぁ!」


 対戦相手はやたら古風な男が現れた。


 見た目は50過ぎの老兵だが、その目はぎらついており、身体に漲らせている闘気からも只者ではないことが一目瞭然だ。


「へぇ、最初から楽しませてくれそうじゃないかい!」

「拙者は女だからと言って容赦はせぬぞ!」

「はんっ! 手を抜いたままくたばったらぶっ殺すよ、ジジイ!」


「両者、構えられよ!」


 審判は向こうの陣営が務めることになっているが、ルールなどあってないようなモノなので別にどうでもいい。


「始め!」


 合図と同時に二人は互いに向かって突撃する。シェラミーはお馴染みの長剣で、相手も長い太刀と、両者の間合いはほぼ互角だ。


「オラァ!」

「ふんっ!」


 ほぼ同時に剣を打ち合う。


 シェラミーの実力は、実際に戦った俺が熟知している。


 そんな彼女と打ち合った老兵ゴンゾウの実力は、今の一撃で大体分かってしまった。


(あの爺さん、強いな……)


 シェラミーは女性の身ながら膂力もあるが、彼女最大の武器は闘気の扱いが非常に上手い点だ。打ち合う瞬間にだけ、ピンポイントに闘力を高め、通常ではあり得ない威力を発揮させ続けられるのだ。


 その彼女の尋常ならざる一撃を相手はしっかり受け切ったのだ。しかも、打ち合いには不向きな刀でもって迎撃したが、老兵の太刀にはどこにも不調は見られない。きっと並々ならぬ闘力を刀に纏わせていたのだろう。


 だが、二度、三度と二人の打ち合いを見届けた俺の評価は先程と変わった。


(あのジジイ……やべえな!?)


 強いなんてもんじゃなかった。


 最初は闘力の量でもってシェラミーに対抗しているのかと思いきや、彼女と同じくあの老兵も闘気の扱いは一流だったようだ。無駄が全くない。


 しかも卓越した刀捌きでシェラミーを翻弄し始めた。ただ単に打ち合うのではなく、緩急をつけ打点をずらし、シェラミーの持ち味であるピンポイントでの闘気発動を妨害せんと試みているのだ。


 あの戦闘狂のシェラミーが苦虫を噛み潰したような表情をして戦っているのだ。


「ぐっ!? このクソジジイが! 」

「まるで猛獣のような女よな」


 しばらく激しい剣戟の打ち合いが続けられたが、遂に均衡が崩れた。シェラミーの剣が折れてしまったのだ。


「ちぃっ!?」

「貰ったぞ!!」


 シェラミーに降参する気配はなく、老兵も殺す気で刀を振るった。それをシェラミーは苦肉の策として、半ば折れた剣の根元で受けると、闘気を目一杯籠めて押し返した。


「舐めるなああああっ!!」

「ぬお!? 悪あがきを……っ!」


 少し押し戻されたゴンゾウだが、すぐに追撃するべく体勢を整える。一方のシェラミーは左後方へと転がるように飛び込んだ。そこには先程飛ばされた剣の先が落ちていた。


「――覚悟!」

「死ぬ覚悟なんて御免だよ!!」


 シェラミーは剣先を拾うとそれに闘気を籠め、相手へと投げつけた。それをゴンゾウは刀で悠々と打ち払う。


「そんな攻撃で……むっ!?」


 なんと、シェラミーは二投目も放ったのだ。唯一残された先の折れた剣すらも投擲したのだ。ゴンゾウはそれを辛うじて刀で弾く。


 しかし、それすらもシェラミーの布石であった


「おらああああっ!!」

「なんと!?」


 シェラミーは無手のままゴンゾウへと肉薄し、殴りつけようとしていた。ゴンゾウの体勢は崩れているが、それでも微妙なタイミングだ。それに闘気で打点を防御されてしまってはカウンターを受けてそれで終いだ。


 だが、シェラミーの悪知恵がそれを上回った。


 シェラミーは殴ろうと振りかぶった拳とは反対の手を開いて払った。


「ぐぅ!?」


 その手の中には砂が入っていたのだ。恐らく剣先を拾ったタイミングで砂も一緒に隠し持っていたのだ。何とも用意周到な女である。


 目を潰され隙の生じたゴンゾウに、シェラミーは拳に闘気を籠めて全力で殴りつける。しかも、その打点を直前で変えての小技付きだ。死闘の中で老兵から学んだ技術だろう。


「ゴハッ!?」


 打点をずらされて防御の薄かった箇所に拳がクリーンヒットする。決してガタイの良くない老兵は地面をバウンドしてから後方に吹っ飛ばされた。ゴンゾウはそのまま横たわり、立ち上がる気配は見られない。


 どうやら今ので完全に気を失ったようだ。


「ぐっ、勝者……シェラミー!」


 審判が悔しそうにそう宣言した。


「いいぞ、姉ちゃーん!」

「次も続けー!!」


 シェラミーの勝利宣言と共に傭兵たちからは喝采が起きていた。


「姉御ー!!」

「よくご無事で!!」


 手下たちも喜んで駆けつけたが、一方のシェラミーは大変不服そうであった。


「はぁ、はぁ……無様な戦いだよ、全く……」


 シェラミーとしても、砂での目潰しで殴り掛かる真似などしたくはなかったのだろうが、それ以上に負けることを嫌ったのだ。その辺りは実に傭兵らしい性格だ。


 一方、敗北した側のアマノ家の家臣たちは気落ちしている訳ではなく、ダーティな戦い方をしたこちらの陣営に対して怒りの炎をみなぎらせていた。


「おのれ、傭兵ども……!」

「なんと卑劣な……!」

「しかし、あのゴンゾウ殿が敗れるとは……」

「あのお方は若様の剣術指南役だぞ?」


 相手の話を盗み聞き、あのレベルがただの雑兵ではなかったことに俺は心底安堵した。だが、まだまだ油断は禁物だ。


(やべ、想像以上に手練れが多そうだぞ。俺、勝てっかなぁ……)


 勝利したとはいえ、早速シェラミーという主力を失ってしまった。武器があれでは最早戦えまい。彼女で10人抜きくらいしてもらう予定だったのに……とんだ計算違いだ。



「次の者! 前へ!」


 審判が次の戦士を促した。


「ゴウゾウ殿の仇だ! 若様、俺に任せてくれ!」

「ああ、頼んだぞ! ハラキチ!」


 二番手は随分大きな男が登場した。どう見てもパワータイプだ。


 ここは俺の出番かなと出ようとするも、横にいたエドガーに止められた。


「大将の出番は最後ってのがお決まりだぜ? ここは俺に任せな!」


 そう告げるとエドガーは俺の返事も聞かずに中央へと躍り出た。


「なんだ? 俺の相手はハゲか。俺もセクシーな姉ちゃんと戦いたかったぜ」

「んだとぉ!? テメエだって禿げてるじゃねえか!」

「阿呆が! よく見ろ! ちゃんと髪があるだろうが!!」

「頭の両サイドに草が生えてるだけじゃねえか!! みっともねえから俺が全部刈ってやるよ!」

「なにぃ!? このタコ助ハゲ野郎が!」

「やんのかぁ!? この雑草ハゲ!」


「あ、あのぉ……両者、構えて……」


 いきなり口喧嘩を始めた二人に審判は戸惑っていた。


 酷い……とても醜い応酬に両陣営とも微妙な空気になってしまった。


「ええい、もう始め!」


 未だ口論の終わらない両者に呆れたのか、審判はヤケクソ気味に試合開始の合図を告げた。


「死ね、雑草ハゲが!」

「テメエがくたばれ、タコハゲ野郎!!」


 両者から放たれる罵声は聞くに堪えない内容だが、それでも戦い自体は凄まじい剣の叩き合いとなった。お互いの得物は大きく、エドガーは大剣を振り回し、相手のハラキチという男も大太刀を軽々と操っていた。


 力も闘力も最初から全力投球、剛と剛のぶつかり合いである。


 単純だが見応えのある斬り合いに傭兵たちは熱狂しながら大合唱をしていた。


「「「ハーゲ! ハーゲ! ハーゲ!」」」

「俺の名はエドガーだ!!」

「俺は禿げじゃねえよ!!」


 酷い。時代が時代ならコンプライアンスに引っ掛かりそうなコールだ。どうやらこの世界はハゲにもハードな世界らしい。



 さっきと似た展開になったが、決着は思いの他早く着いた。体格こそ相手が勝っていたが、闘気も含めるとエドガーの方に軍配が上がったのだ。やがて力尽き、息を切らせながらハラキチが降参した。


「ま、参った……」

「勝者、ハ……エドガー!!」

「うおおおおおおおお!!」


 勝利の雄叫びを上げるエドガー。


 審判が一瞬“ハゲ”と言いそうになった事にも気付かないほど彼は喜んでいた。


「か、完敗だ……ハ……エドガー」

「お前も中々の筋肉だったぜ、ハ……ラキチ!」

「「「ハーゲ! ハーゲ! ハーゲ!」」」


 最後には一部のアマノ家家臣たちも含めたハゲの大合唱だ。


(何、このカオスな状況……)



 何はともあれ、これで2勝。しかし、エドガーもだいぶ疲労してしまった。次に同じレベルの相手が来ると少し危ないかもしれない。ここは彼を休ませて、別の者を出すべきだろう。


「えっと、次は……フェル――」

「――私は御免よ」


 あっさり断わられてしまった。確かに、弓士で一対一の決闘は不向きなシチュエーションだろうな。


「師匠、私が出ます!」

「ソーカか? ……いや、そうだな。お前に託すとするか」


 もう早々に切り札を出す羽目になってしまったが、彼女で連勝できないようだと、この先アマノ家捕虜計画は遂行できそうにない。少し早い気もするが、ここがカードの切りどころだろう。


「よし、師匠命令だ! 50人抜きしてこい!」

「任せてください!」


 こう見えて、こいつもなかなか好戦的な性格だ。なにせ初めて会った時から俺はずっと勝負を挑まれ続けているのだ。


(くっくっく、この女はしつこいぞぉ!)


 ソーカが姿を見せると、捕虜の身であるイブキ嬢が声を上げた。


「あ、兄上! その女は危険です! 私はこの女に敗れたのです!」

「何!? イブキを打ち負かす程の強者か!?」


 イブキの忠告にセイシュウだけでなく、家臣一同もざわつき始めた。どうやら彼女の実力は彼らの中でも相当な位置にあるようだ。


「……ここは私が」

「クロガモか……頼んだぞ」


 出てきた相手はイブキと同じシノビのようだ。ヒョロっとした体型から察するに、速さで勝負する搦め手タイプだろうか。


「両者、構え……」


 相手は短刀を、ソーカは二振りの小剣を構える。


(む、ソーカの奴。初っ端から仕掛けるつもりだな)


 彼女の小剣に闘気が満ちていくのを感じた。あの距離から準備するとは、いきなりあの技を放つつもりのようだ。


「……始め!!」

「【風斬かざきり】!!」


 開始の合図とほぼ同時に、ソーカはその場で剣を振るった。間合いから数倍以上遠い場所で一体何をしているのか、クロガモを始め、観客たちは全員不思議そうに見守っていた。


 すると、突如クロガモの持っていた短刀が切断された。


「なっ!?」

「隙ありです!」


 今が好機とソーカは持ち前の脚力であっという間に肉薄すると、相手の首に剣の刃を当てた。あと数ミリでも動けば命は無いだろう。


「ま、参った……」


「「「おおおおおおっ!?」」」


 一瞬の決着に、傭兵たちだけでなく、アマノ家の兵士たちからも感嘆の声が上がっていた。


「し、信じられん! あのクロガモ殿が……!」

「イブキお嬢様の師にして、シノビ集の副頭目だぞ!?」

「しかも、あの斬撃はなんだ!?」

「まさか、闘気を……飛ばした?」


 アマノ家には実力者が多く、中には目敏い者もいたのか、ソーカの放った【風斬り】が闘気を籠めて放った斬撃だという事に勘付き始めているようだ。


 あまり知られては欲しくない技だが、再現はかなり難しいので、師範代であるクーやソーカには自由に使用する事を許可している。だから、ここで使うのも一向に構わないのだが……


「おお、なんという技を……!」

「あの少女が編み出したというのか!」


(ちがーう! それ、考案したのは俺! 俺なんですぅ!!)


 師を差し置いて少し目立ち過ぎじゃね?


 だが、50人抜きして来いと言った手前、手を抜けとも言い辛いし、ぐぬぬぬぬ……!


 俺は一人嫉妬しながら弟子の戦いを見守っていた。



 その後もソーカは破竹の勢いで連勝を重ねに重ね、10人抜きしたところで、いよいよアマノ家当主であるセイシュウが動き出した。

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