第30話 ウの国の兵士

「コーデッカ軍に動きがあっただと!?」


 ウの国東方軍の将、コウノ殿の言葉に私は頷いた。


「左様でございます。北と南、両方の王国軍陣営から進軍の兆候が確認されました」


 我がウの国は現在、コーデッカ王国を攻め滅ぼさんと、敵領地内への侵攻作戦中である。開戦直後には国境沿いにあるノノバエ領を占拠し、更にはその東側に新たな陣地も築いている。それが今私が居る陣地だ。


 我が国は王国西部の一部を占領する事に成功したのだ。


 ただ、そこから先は王国軍の抵抗も一層激しいものとなり、今はやや攻めあぐねている状況だ。


 そんな最中での王国軍の動きであった。



「しかし、アマノよ。今回もその両軍は囮で、連中は再び湿地帯を抜けてこちらの本陣に奇襲を仕掛けるつもりではないのか?」


 現在我が国が侵攻を止めている理由の一つが、相手からの度重なる奇襲作戦によって本陣が狙われたからだ。馬ではとても通れない深い湿地帯を王国の少数精鋭部隊が徒歩で通り抜け、本陣を襲撃してきたのだ。それにより前任の責任者であった将軍が負傷して本国に帰還した。


 しかも二度目の奇襲では物資も狙われ、我がウの国はこれまで優勢だった状況を停滞させられてしまう。それさえなければ今頃我々は敵の王都近くまで攻め込んでいたであろう。



「いえ、さすがに三度目はあちらも戦法を読まれていると予測するでしょう。湿地帯の先にあるユゼッタ砦では、奇襲作戦の兆しありと報告にありますが、その実態は低ランクの傭兵を寄せ集めただけの囮……いわば陽動部隊です」


 今回、王国側が奇襲メンバーとして起用したのは、ほとんど鉄級ばかりで構成された傭兵部隊であった。私はその事実をコウノ将軍にお伝えした。


「なんと、既にそこまで調べておったか。さすがは優秀なシノビ集団を擁するアマノ家よ! 実に見事な働きである!」

「はっ! つきましては、本陣にはある程度の戦力だけを残し、両翼への布陣を固めた展開にするべきかと具申致します!」


 我がアマノ家は代々ウの国を支え続けてきた武家だ。特にシノビによる情報戦を得意とし、そこに関しては国内で右に出る武家は存在しない。


 しかし、先代と先々代の家長は野心が強すぎた為、戦功を欲するあまりに先走ってしまったのだ。結果、独断専行によって味方へ甚大な被害を負わせるという失態を犯してしまった。


 その責としてアマノ家は、父の代でサムライ階級からブシ階級へと落とされてしまったが、15才で当主の座を引き継いだ私は、それでも腐らずにコウノ将軍家に奉公を続けてきたのだ。


 私が家長となって二年、ようやくコウノ殿にも認められ始め、こうして意見具申が出来るような立場になれたのだ。


 だが、若い当主である私とアマノ家には、何かと政敵が多かった。



「お待ちを、将軍。アマノ殿の意見にも一理ございますが、それだけで作戦を決めるのは危険でございます」

「む、オノか。お主には他に何か策があると申すか?」


 オノはダイカン階級の文官である。



 ウの国には大将軍を頂点とした階級制度が存在する。


 それぞれ武官と文官で名は異なるが、大将軍に次いで将軍とロウチュウ、その下にサムライとブギョー、ブシとダイカン、そしてアシガルとメツケの順で階級が下がっていく。


 更にその下には商人、農民などの平民階級が存在する。


 以前は上から三番目に高いサムライ階級であったアマノ家だが、ブシへと落ちた今では、ダイカン階級であるオノ家と並ばれてしまった。古くから地位の高かったアマノ家が目障りなのか、このオノという古狸は、私の事を何かと目の敵にする輩の一人であった。



「逆にこちらから湿地ルートで攻め入っては如何でしょう? 連中が両翼に兵を割いているというのならば、むしろ中央突破を図る絶好の好機と言えますぞ!」

「む、だが湿地では馬が足を取られて騎馬隊が機能せんぞ?」


 ウの国の主力は騎馬隊である。その最大の売りである機動力が損なわれる戦地は極力避けるのがセオリーだ。


「そこでアマノ殿の出番です。彼やその一門の闘気使いであれば、湿地帯など関係ございません。馬上でなくても十分に実力を発揮できましょう?」


 ダイカンのオノが挑戦的な目でこちらを見てきた。


(成功すれば策を弄したオノの手柄。しくじれば私の力量を問われるという訳だな……悪辣な真似を!)


 だが武家の一門としては、ここで引く訳にはいかない。オノの思惑はどうであれ、国や主君の為に先陣と裏方で戦ってきたのがアマノ家である。それに闘気使いは騎馬戦より地上戦の方が発揮できるのも確かではある。



「……承知しました。その任、アマノ家がお受け致しましょう。しかし、その分両翼の戦力が減りますが……オノ殿には何かお考えが?」

「アマノ家抜きでも五分以上に戦えるだけの兵力は十分にある。騎馬隊が使える平地であれば、コーデッカ軍など恐れるに足りませんな!」


 自信満々に返答するオノを見て、我が主君は決意を固めたようだ。


「うむ。相分かった! 此度の戦はそれで行くとしよう!」

「「ははぁ!」」



 コウノ殿からも許可を頂き、我がアマノ家は最重要な役目を任された。経緯はどうあれ、それは武人にとっての誉れである。


(まずはこちらに向かってきている傭兵どもを全て叩き潰す! そのまま勢いに乗じて逆侵攻し、湿地の先にある砦をすぐに陥落させる!)


 こちらからしたら戦術的価値の低い砦だが、王国軍も側面にある砦が奪われたとなれば気になってこちらに攻める事は難しくなるだろう。何より今後は湿地ルートからの奇襲を心配しなくて済むのはありがたい。先々を考えると、押さえておいて損は無い場所だ。


 今回コーデッカ軍に雇われた傭兵たちは囮として使い捨てるつもりらしく、そのほとんどが底辺の鉄級で構成されているそうだ。我々アマノ家の屈強な家臣たちであれば、そんな雑兵など鎧袖一触であろう。



 私は急いで家臣たちを集め、戦の準備に取り掛かり始めた。








 戦闘狂であるシェラミーの発案により、軽い気持ちで短期間の防衛戦へと参戦した俺たち”不滅の勇士団アンデッド”だが、何故か真夜中に湿地を歩きながら敵陣営の本丸へと向かっていた。


 防衛戦の筈なのに……


(おかしい。こんな筈じゃあなかったんだ……!)


 怪盗事件の時のように、砦で食っちゃ寝しながら片手間で防衛任務をする予定が、まさかの特攻部隊……しかも陽動の可能性が極めて大の決死隊だ。


 更にバッドなニュースが舞い込んだ。


 どうやら前を先行していた傭兵連中が全滅したようなのだ。何人か傭兵たちが逃げ帰って来た。その結果は予想していた通りなのだが、想像以上に殲滅されるのが早かった。


 これは相当な手練れが待ち受けていると見た。



「…………視線を感じるわね」

「ああ、気のせいじゃないな。噂のシノビ連中かね?」


 ウの国特有の諜報員シノビ集。情報収集に長けているだけでなく、戦闘能力も高い、非常に厄介な隠密集団らしい。


(それでか。昨日からやたらと視線を感じていたのは……)


 てっきり、真っ昼間から酒を飲んで悪目立ちしていたから、他の傭兵たちに睨まれていたのだと思っていた。



 そんな事を考えていたら、前方からおびただしい数の気配が迫ってきた。しかも、その全員が手練れの闘気使いだと思われる。こちらが奇襲をかける筈が、完全に後手に回ってしまった。やはり湿地を抜けてくる事は完全に読まれていたのだ。


「来やがったぞ!」

「く、各々で迎撃しろ!」


 臨時のリーダーであるネルジが焦りながらも号令を出した。


 彼はこの中で唯一の銀級という事で自らまとめ役を買って出たが、この戦いでは些か荷が重すぎるようだ。指示を出すのが遅かったが、元々戦闘は各々の裁量を任せると言っていたので、こちらは既に戦闘準備を始めていた。



「エドガー! シェラミーも! 周りの連中を助けてやれ!」

「おうよ!」

「はん? お優しいこったねぇ!」


 エドガーは最初からそのつもりだったのか、近くにいた銀級下位の傭兵団”バンガード”のサポートについた。シェラミーも文句を言いながらも鉄級の傭兵たちを守るように手下どもへ指示を出していた。


 ソーカやフェルは言われるまでもなく、他の味方を守る動きを見せていたので問題ない。


 俺も傍に居た”暁の勇ある戦士団”の兄貴たちに手を貸した。


「ひぃいい!?」

「あ、兄貴ぃ! こ、こいつら……強い!?」


 四人は相手の気迫に押されていたのか、既に腰が引けていた。だが、それが却って延命に繋がっていた。


「下がってろ! お前らは四人で固まって一人ずつ相手してろ!」


 俺は彼らとの間に割って入る。


 襲ってきた敵兵は、まるで戦国時代の武将さながらの恰好をしていた。しかも得物は刀である。髪や目の色こそ多種多様だが、明らかに日本の武士を彷彿とさせる武装集団であった。


「若僧と言えど、容赦はせぬぞ!」

「勿論だ。手を抜くとあの世で後悔するぞ?」


 俺の言葉を挑発と受け取ったのか、相手は鬼の形相で斬り込んでくるも、振り払われた刀を俺は左手の剣で打ち返した。


 すると、あっさり相手の刀は折れてしまった。


「なにぃ!?」

「刀で俺と打ち合おうとするからだ」


 俺は一切躊躇わず胴を掻っ捌いた。それで相手は絶命した。


「おのれぃ!」

「よくも……!」


 仲間をやられてご立腹なのか、新手の闘気使いが二人同時に迫ってきた。やはり二人とも日本刀を武器にしていた。俺はさっきと同じように、相手の剣に合わせて両手の剣で応戦し、やはり同じように相手の刀をへし折った。


「ば、馬鹿な……!?」

「化物か……っ!」


 その言葉を最期に、二人は首を撥ねられて息絶えた。


(腕は立つ奴らだが、刀相手ならイージーだな)


 最近は【風斬かざきり】などの遠距離斬撃で戦う場面の多かった俺だが、本来は二刀流による力押し戦法を最も得意としているのだ。細長い武器で突くならまだしも、斬り結ぶつもりなら、まずは力でもってそれを破壊するのみだ。更に力でもって相手を斬りつければ、それで大抵の相手はジ・エンドだ。


 我ながら脳筋だとは思うが、これが最も効率の良い戦い方なのだ。



「だ、駄目だ! この小僧相手に打ち合うな!」

「長物か射撃で応戦しろ!」


 あちらも俺への戦い方が拙い事に気付かされたようで戦法を変えてきた。槍や薙刀に弓、それと手裏剣にクナイなどといった間合いの長い得物を使いだす者が現れ始めた。


(忍者!? 忍者がいるぞ!)


 まさか異世界で生の忍者を拝めるとは思いも寄らなかった。


 忍者らしき装束を纏った者たちは俺から一定の距離を保ちつつ、あらゆる武器をこちらへ投擲してきた。それを俺は剣で弾くか避けて対応する。


(うーん、忍者は是非欲しい人材だ。殲滅するには……少々惜しいな)


 ちょっと難易度は上がるが、生け捕りにしようと手心を加えることに決めた。あちらに倣って俺も適当な小石を拾い、闘気を籠めて相手へと投げつけた。


「ぐはっ!?」

「ぐっ、なんて威力だ……!」


 闘気の量もそれなりにあると自負している。俺の力任せの投擲はショットガン並みの威力を発揮するのだ。熟練の闘気使い相手でなければ当たった箇所が吹き飛んでいただろう。


 思えば奴隷剣闘士のデビュー戦では、開幕と同時に盾をぶん投げて勝負を決めた。奴隷兵として戦争に参加した時にもよく物を投げたものだ。俺は両利きの上にコントロールには自信があった。


 更にパワーもあるので手投げだけでもそれなりの威力を発揮する。つまり、それだけ素早く数多くの投石が行えるのだ。


(雪合戦したら世界一を狙える自信があるぞ!)


「くぅ、いい加減にしろ! 小僧が!!」


 一際腕の立ちそうな槍使いの男が向かってきた。


 そいつは槍の柄でもって投擲した石を悉く弾きながらこちらへと迫ってくる。俺の苦手とする長物の使い手だ。


(こういった手合いは問答無用の【風斬り】で首を撥ねられれば楽だけど……) 


 その為に開発された技である。


 だが、先程から俺に対して妙な視線を感じる。目の前にいる連中ではない。戦場から少し離れた位置から視線を感じた。


(…………覗き見している奴がいるな?)


 恐らくシノビの仲間だろう。戦闘には参加せず、戦力分析を行っている者が潜んでいるようだ。中々に周到な連中だ。


 ここで手の内を晒すのは危険だと判断した俺は【風斬り】を一時封印した。


「死ねええい!」

「ちっ!?」


 武器破壊を試みようにも、しっかりと槍に闘気を籠めてガードしている。槍自体も元々頑丈らしく、武器破壊は難しそうだ。


 そこで俺は両方の剣を放り投げて、突いてきた槍を空いた両手でしっかりと掴み取った。


「なっ!?」

「そいつをよこせぇ!」


 俺は力任せに掴んだ槍を振り回して相手から武器を奪取した。思わぬ反撃に男は迂闊にも、自分の武器を手放してしまう。


「か、返せ!!」

「言われるまでも……ない!」


 俺は振り回した遠心力をそのまま利用して、身体を回転させながら相手に槍を投げ返した。


「ぐあっ!?」


 闘気を籠めた俺の槍ブーメランは、男にとっては幸いなことに、刃ではなく柄の部分がクリーンヒットし、そのまま一緒に吹き飛ばされた。ただし、それなりに重量のある槍だったので、それを生身で受けた男の腕は骨折しただろう。



「て、撤退だー!!」

「引けー! 引けー!」


 自軍の不利を悟ったウの国の兵士たちは慌てて湿地帯から引き揚げていった。



 残されたのは敵の死体と負傷して逃げ損ねた兵士たち、それと多くの生き残った味方たちであった。


「ふぅ、思った以上に強かったなぁ」

「ああ、ウの国のサムライどもは強いと聞いてはいたが……」


 エドガーもかすり傷を受けたらしく、持参した水で血を洗い流していた。


 ソーカにフェル、それにシェラミーたちも全員無事みたいだ。


 一緒に行動していた傭兵たちもほとんど健在のようであったが、その顔色は優れなかった。俺たちの援護が無ければ全滅していた団もあっただろう。傭兵たちはそれだけの力量差を相手から感じ取っていたのだ。


「て、敵が強すぎる……!」

「きっと精鋭が待ち構えていたんだ!」

「この作戦……完全にバレていやがるぞ!」


 ここに来て他の傭兵たちも、いよいよこの作戦の危険度を理解し始めたようだ。中には既に逃げ出している傭兵団もあった。傭兵とはそんなもんだ。俺だって勝てない敵が現れたら同じ真似をする。



「リーダー、俺たちはどうするよ?」

「ふむ……」


 エドガーの問いに俺は少しかない脳味噌を働かせてみた。


 もし仮にこれが陽動作戦だとしたら、この時点で俺たちの役目はしっかり果たしたと思われる。


 だが、正式に依頼された任務の内容は、相手本陣に行って奇襲を仕掛ける事だ。それはまだ果たされておらず、いくらこちらが戦果を誇ろうとも、それを理由に報酬を出し渋られる可能性が拭えない。


 これだけ苦労して得たのが前金分だけというのも癪だ。


「とりあえず相手本陣まで行ってみようぜ?」


 確かにウの国の兵士たちは手強かったが、俺たち”アンデッド”ならやれない相手ではない。


 俺はメンバーへ作戦続行の意を示した。

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