第29話 ユゼッタ砦防衛?
「ふむ、鉄級中位か……。護衛の仕事は経験豊富なようだが、戦争参加は今回が初任務で合っているかね?」
傭兵ギルドが用意した、俺たち”
「ええ、団としてはそうですね」
少なくとも俺個人は一度戦争を経験している。他のメンバーまではよく分からない。
「期間は最長二週間までを希望。配属先は何処でもいいと……ふむふむ」
俺たちは短期での依頼を望んでいる。一週間では短いだろうから、二週間で希望を出しておいた。それなら防衛中に一戦、二戦くらいは起こるかもしれない。
別に俺は好んで戦場に出たい訳ではないが、シェラミーが暴れたそうにしていたので試しに応募してみた。傭兵団として一度実績を作るのもありかと思ったのだ。防衛となると長期間任務しかないと覚悟しているが、果たして…………
「……いいだろう。二週間の契約で君たちを雇おう。ただ、鉄級だとそれ相応の配置場所になるが、それで宜しいかね? 前金で3割、残り7割は成功報酬として任期満了時に支払う。それと活躍に応じて追加報酬も出るので励みたまえ」
「ありがとうございます。期待に応えてみせますよ」
まだ若僧の俺を自信過剰だとでも思ったのか、士官は表情を変えないまま聞き流し、淡々と任務の詳細について述べ続けた。随分長々と説明していたが、要約するとユゼッタ砦という場所にいる責任者の指示を仰げということらしい。その将校宛ての信書を手渡された。
イートンの護衛をしてくれる冒険者パーティも無事に見つかり、支店の守りは彼らに任せる事にした。シュオウだけは戦場行きを嫌がったので、イートンの護衛に付けさせてお留守番だ。
他の戦争に参加する団員たちは駅馬車を使い、二日掛けて西にあるユゼッタ砦に到着した。
早速、現地の責任者に取次ぎを願うと、その副官らしき人物が出てきて信書を受け取った。その副官から、明後日までは各々砦周辺で待機しているよう指示された。
どうやら俺たちの他にも、あと何人かの傭兵たちが集うのを待っている状況らしい。待機中は朝と夜の配給があるらしいので、食事には困らないが、寝るところは各自何とかしろとの仰せだ。砦内に部外者を入れさせたくないようだ。
「ま、傭兵の扱いなんて、こんなもんさ」
シェラミーは全く気にする素振りも見せず、手下の三人に野営準備を任せていた。
「でも、こんな外れにある砦を防衛する意味なんてあるのかしら?」
フェルの言う通り、この辺りはウの国が占領している町に近い場所ではあるが、別にここを迂回して侵攻できるルートは他に幾つもあるようなのだ。
だが、そんなことは無いと、周辺地理に詳しいシェラミーが語って聞かせた。
「この辺りはユゼッタ湿地と言って、足場が悪いんで有名なのさ。だからウの国ご自慢の騎馬隊も、この地域周辺は避けて通るんだよ」
「ん? それだとますますこの砦の意味がねえんじゃねえか?」
すかさずエドガーが反論するも、シェラミーは意味深な笑みを浮かべた。
「だから、その他のルートにはもっと頑丈な要塞が建てられているし、師団クラスの駐屯軍も配備されて厳戒態勢さ。両軍の殆どの兵力は、湿地帯の北と南側に集中しているんだが……すると、どうなったと思う?」
「……もしかして、敵軍が中央湿地帯を強行突破してくる?」
ソーカが自分の予想を口にすると、シェラミーは首を横に振った。
「惜しい! 正解は“この湿地帯を抜けて、こちらから敵地に乗り込む!”だね。過去何度か同じ戦法で王国はそれなりに戦果を上げているって話さ。今回ユゼッタ地方での募集が掛かって、私はピンときたんだよ!」
とっても嬉しそうな笑みを浮かべているシェラミーだが、他の面々の反応は真逆であった。
「中央から攻め入るって……もはや防衛戦じゃねえぞ!?」
「湿地を抜けて相手の陣地に飛び込むなんて、決死隊じゃないですか!?」
「何言ってるんだい? 今、相手の本陣があるのは元々王国領土内だよ? つまりはこれも立派な防衛戦さ!」
とんだ詐欺にあった!? 二週間、適当に防衛していればいいと思って応募したのに……!
戦闘狂のシェラミーがやけに機嫌が良かったのをもっと不審に思うべきであった。
「だから言っただろう? 最前線だってね。そろそろ湿地ルートでの特攻も相手にバレている頃合いだろうし、今回はきっと面白い戦いになるだろうね!」
「全然嬉しくない情報をどうもありがとう!!」
こんな無茶ぶり、奴隷兵の陽動作戦依頼だな。
翌日、俺たちの他にもぼちぼちと傭兵たちが集まり始めた。ほとんどが団単位で集まっているが、中には腕に自信があるのかコミュ症なのか、ボッチ傭兵の姿も見えた。
俺たち雇われ兵は明日からの本格参戦となるので、今だけはある程度の自由行動が許されている。エドガーたちは相変わらず昼間から酒を飲んで騒いでいた。
だが少し騒ぎ過ぎたのか、他の傭兵団が文句を言いにこちらへやってきた。四人組の傭兵で男三人、女一人の構成だ。
「おい、お前ら! いくらなんでも騒ぎ過ぎじゃあねえのか!?」
リーダーらしき青年が、騒いでいる俺たちに苦情を申し出た。ただ、彼らもエドガーたちのような強面には文句を言いづらいのか、端で大人しくしている俺の方に抗議してきたのだ。
「はぁ、おっしゃることは分かりますが、今は自由時間ですし……」
一応これから共に死線を潜り抜ける同士たちだ。俺はあまり角が立たないように丁寧な応対を心掛けた。
「いくら自由行動期間でも、節度ってもんがあるだろうが! 明日から戦うってのに、真っ昼間から酒盛り始めるかぁ!? 普通……!」
「そうだ! そうだ!」
「兄貴の言う通りだ!」
「うんうん」
リーダーの兄貴に子分たちも賛同し、女も頷いていた。
(あれ? どっかで見たような連中だな……)
なんだか、このやり取りにも覚えがある。これが既視感というやつだろうか?
あちらも同じ気持ちだったのか、俺の事を不思議そうな顔で見つめていた。
「……なぁ、お前。俺と会った事あるか……?」
「……いえ、人違いです。初対面です。どうも初めまして」
(思い出した! 怪盗バルムント騒ぎで一緒だった、あの冒険者たちだ!)
確か”暁の…………なんちゃら団”だ!
以前も彼らはこうやって、食っちゃ寝で護衛任務をしていなかった俺たちに苦言を申し出てきたのだ。それを俺は言葉巧みに煙に巻いて、その場を収めたのだ。
いや、懐かしいなぁ……
ただ、少し問題なのは、俺の甘言に惑わされた彼らが外の夜警を怠った丁度その日に、怪盗バルムント……シュオウが現れたのだ。その結果、俺たちが手柄を全部独り占めにしてしまったのだ。
これにはさすがに申し訳なさ過ぎて、俺たちは彼らから逃げるように街を去ったのだ。
(ううむ、言い出しづらい……!)
なので、今回も適当に誤魔化す事にした。
「兎に角だ! あんま他の団に迷惑掛けんなよな!」
「ご忠告、承りました。しかし、ですね。明日から参戦するからこそ、我々は最後の酒盛りを楽しんでいるところなのです!」
「お、おい!? 不吉なこと言うなよ……っ!」
堪らず青年たちはギョッとした。
「そ、そうだ! そうだ!」
「あ、兄貴の言う通りだ!」
「う、うんうん」
戦いを生業とする傭兵たちは、普段は豪胆に見えるものの、占いだとかゲン担ぎだとか、ジンクスなどを気にする者が結構多い。何時、流れ矢が飛んできて命を落とすか分からない傭兵たちは、案外デリケートな性格なのだ。
ただし、うちの連中は除く。
「そうでしょうか? 今日が酒を楽しむ最後の日だと思うと……とてもとても、彼らに我慢しろだなんて、俺には命令できません! 私の父の遺言も『最後にドワーフの銘酒を飲みたかった』でしたから……」
「わ、分かった! もう、分かったから……! 勝手に飲んでくれ! 邪魔したな!」
暁のほにゃらら団は、不吉なことを言いだす俺を嫌ったのか、慌てた様子で去って行った。
(くく、本当にチョロい連中だ)
隣で俺のほくそ笑む姿を見ていたソーカが「うわぁ、コレが私の師かぁ」と、何やら失礼な独り言を呟いていた。
翌朝、遂に俺たち傭兵団にも召集命令が下った。
砦の正門前に集められた傭兵たちは総勢75名。中には銀級下位の傭兵団もいるが、とんどの傭兵たちが鉄級で構成されており、兵の質はあまり宜しくなさそうだ。
「くっくっく! こりゃあ、いよいよもって使い捨てにされそうな部隊編成だねぇ」
横でシェラミーが恐ろしい予想を口にしていた。
(確かに……そう何度も湿地帯ルートでの奇襲を仕掛けたんじゃあ、いい加減敵側も対応するだろうし、当然それは王国側も理解している筈だ。俺たち下っ端の傭兵たちは、言わば囮って訳か?)
段々と奴隷兵時代の嫌な思い出と重なり始めてきた。またあの無謀な突撃をするのだろうか……
「諸君! この度はコーデッカ王国西部解放戦線の募集に応じて頂き、誠に感謝している!」
どうやら今演説を行っている将校がこの砦の司令官のようだ。隣には俺から信書を受け取っていた副官の姿も見えた。
将校は軽い挨拶から始まり、此度の戦争における正当性について主張をした。まぁ、この辺りは金と契約で動く俺たち傭兵には全く関係ないのでどうでもいい。中には欠伸をしている者たちもいた。
というか、主にうちの連中たちだ。
長い建前が終わり、いよいよ作戦の内容が告げられていく。まぁ、大方想像した通りの作戦であった。俺たち傭兵部隊が湿地を抜けて敵本営に奇襲を仕掛け、敵が混乱している隙に乗じて両サイドから別陣営の軍団が一気に攻め入る。
正確には、俺たちが間抜けにも敵陣に突っ込み、それを待ち構えていた敵が俺たちを袋叩きしている隙に本命が襲撃する、が真実だろうね。
ただ意外だったのが、敵前逃亡防止策として、後ろから中隊規模の兵士でも帯同するのだろうと予測していたが、完全に傭兵たちだけで作戦を実行する形のようだ。
(これじゃあ、臆した連中が途中で任務放棄しないかな?)
そう思っていた俺だが、報酬の話に移ってその疑問は解消された。
「なお、敵大賞首を討った者には金貨100枚を与える! ブシ階級の首にも一人につき金貨5枚だ!」
「「「うおおおおおおおっ!!」」」
やるな、将校さん。傭兵たちの扱い方をよくご存じで。これで金に釣られた傭兵たちは我先にと敵陣を目指すだろう。
(それにしても、金貨100枚で命を投げ出すものかねえ?)
俺も現在ブリック共和国とホルト王国から、それぞれ金貨50枚の賞金を懸けられている。もしそれを彼らが知ったら一体どうなることやら……くわばら、くわばら……
そういえば、“くわばら”ってどうやら落雷避けの呪文らしい。なんでも桑の畑に落ちないようにだとか、桑の木を雷が避けたとか、桑原って領地にだけ雷が落ちなかったとか……諸説諸々のようだ。
(どうしてガソリンとかの知識は無いのに、そういう無駄な雑学は覚えている。前世の俺よ!?)
油田、手に入れたら本当にどないしよう?
「おーい! ここにも金貨100枚の首がいるぞぉ?」
「おい!? こら馬鹿! ハゲ! やめろ!」
エドガーが面白がって、小声でそんな冗談を呟いていた。
(こいつ、まだ酔ってんのか!?)
幸いにも誰にも聞かれていなくて俺は安堵した。
一通りの説明が終わると、俺たち傭兵集団には最低限の物資だけ手渡され、今夜までには湿地帯を抜けるよう命令が下された。
いくら競争相手とは言え、敵陣営に近づくまでは足並みを揃えた方が良いだろうと、傭兵団の代表者たちがそれぞれ集まった。ソロの傭兵は希望者だけが話し合いに参加してきた。
「俺は銀級下位傭兵団”バンガード”の団長ネルジだ。見たところ、我々が一番階級が高いようなので仕切らせてもらう。異論があれば言ってくれ」
「……ま、作戦次第だが、アンタが隊長でも別に構わないぜ?」
「そうだな。どうせ敵陣に着けば自由行動なんだろう?」
「当然だ。戦いの最中まで俺の指示に従う必要はない」
そういう話であればと、その場に居る全員が頷いて同意した。
まずは各自簡単な挨拶と団員数を告げていく。後は闘気使いや神術士の人数確認だ。どの程度の戦力なのか把握しておきたいのだろう。
ちなみに、さっき俺に注意してきた青年たちは”暁の勇ある戦士団”であった。
(惜しい! 暁は当たってた!)
他の情報はほとんど聞き流していた。何名か闘気使いと神術士がいるようだが、全体の半数以下だ。思っていたよりも闘気使いの数が少ない。
別の者の挨拶も終わり、いよいよ俺の番になった。
「鉄級中位、”アンデッド”のケリーだ。うちは八名全員が闘気使いだ」
俺の言葉にどよめきが起こった。
「ぜ、全員が闘気使いなのか!?」
「あいつ……酒盛りしていた連中の頭だよなぁ?」
「本当に強いのか?」
驚き、困惑、疑問と様々な感情が見られる。
「ケリー……? やっぱ人違いか……」
一方、暁の兄貴はまだ俺の正体に気付いていないようだ。確かあの時はケルニクスと名乗っていた筈だし、団名もまだ未登録状態であった。……セーフ!
「強い戦力はいるに越したことはない。それで……戦の経験はあるのかい?」
「あー、団長の俺は二週間ほど……」
「そうか。二週間の戦歴では少ないが……初めてでないのは安心だな!」
そう、俺は戦争をたった二週間未満しか経験していない。
俺の戦歴など、たかが騎馬隊を半壊させ、推定ランクAの闘気使いを三人始末し、大将軍を討ち取ったくらいの、そんなちっぽけな戦果だ。
その戦果の報酬として俺は自由を得たが、故郷に居づらくなった上に金貨50枚の賞金首になってしまった……畜生め!
一通りの挨拶が終わり、凡その戦力を把握すると、まずは三つのチームに分かれた。先行隊と中衛、後衛の三つの集団だ。俺たちは闘気使いが多い事から中衛を任された。不測の事態に備えてどちらにも助けに動けるようにとの配置だ。
指揮を執るネルジの傭兵団”バンガード”も一緒の中衛だ。例の兄貴たちの団も中衛である。
暁の兄貴たちは先陣を切りたかったようだが、思った以上に希望者が多く、漏れた者たちが中衛や後衛に回されたのだ。真っ先に大将首を討とうと考えている者が多いようだが、俺の予想が正しければ、そういった連中から死んでいくだろう。
日が暮れかけたタイミングで、俺たち傭兵連合部隊はいよいよ湿地帯を進み始めた。
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