第28話 コーデッカ王国

「おお!? これはまさしく海の魚……しかもレイシス産よりも新鮮だ!」

「信じられません……! 沿岸部から王都まで、どんなに馬車を急がせても、ここまで鮮度を保てる品は、なかなか…………」


 王都で小規模ながらも店を持つ会長の私と、雇っている店の料理人、二人揃って感嘆の声を上げた。


 我々が今見ている物は、バネツェ湾で水揚げされた魚だという。



 バネツェ湾とは、ここから東にある海、バネツェ諸島近海の事を指す。そのバネツェ湾に面するティスペル王国の商人がこの魚を売りに訪れたのだ。


 ここ王都は内陸地で、水産物の取引相手でもあるレイシア王国の港からは遠い。ティスペル王国の港町サンハーレも、距離に大差はない。


 ただコーデッカ王国とティスペル王国とで貿易をするには、間にあるゴルドア帝国の存在が邪魔なのだ。あの国が大人しく他国との貿易を容認するとは思えないし、そもそも関税が高い。かといって迂回ルートを選択すると、更に数日は嵩んでしまうので魚が腐ってしまう。


 故にコーデッカ王国では、水産物の取引はほぼ南のレイシア王国一択なのである。



 しかしここ最近、レイシア王国の情勢が不安定なのか、王都は勿論、レイシアに近い南部の交易街でも水産物が全く出回らなくなってしまった。


 それのもともと、王都だとレイシア王国の沿岸部まではだいぶ距離があり、海産物も日持ちする物や加工した品しか入っていなかったのだ。海の鮮魚を保てる魚尻線は我が国南部にある都市が限界地点なのである。


 稀に貴族のリクエストで、神術や魔道具によって冷蔵したまま生魚を仕入れるという贅沢な方法くらいしか、手段が残されていなかったのだ。


 それがどんな手品を使ったかは知らないが、エビス商会の持ってきた魚はまさしく新鮮そのもの! レイシア産以上の品質だ。これなら美食家の多い貴族にも満足のいく料理を提供できよう。


「会長! この魚は凄いです! ぜひ、うちでも買ってください!」

「う、うむ……。しかし、金額がなぁ……」


 エビス商会も慈善事業ではない。


 どのような手段を講じているかは不明だが、輸送にはかなりの日数を要する筈だ。当然仕入れ値も高くなるし、提供する料理も値段が跳ね上がる。


 だが、それでも貴族なら支払うだろう。寧ろ希少な分、上位貴族ほど欲しがる筈だ。


 私もそれを承知の上で、躊躇っている演技をしているに過ぎない。買う事は既に決めているが、少しでも安く仕入れる為の芝居だ。だが、多少の値が付いても、この鮮度は余所の商会では絶対に真似できない。これは……必ず欲しい!



 結局、エビス商会の会長イートン氏との商談を進め、互いに納得した上で契約を交わした。ただ、港までの往復にはどうしても時間が掛かるらしく、卸せる数こそ少ないと言っていたが、それがより一層商品の希少価値を高め、貴族たちの優越感をそそらせる品になることだろう。


 しかも、今回の取引は海産物の仕入れだけに留まらず、イートン氏はこんな提案もしてきた。


「我々は生ものの鮮度を保ったまま輸送する術がございます。是非そちらの果物も購入させてください。遠い異国の地ではそれなりの値段で売れますのでね。勿論、色もお付けしましょう」

「本当ですか!? しかし……それだと、そちらには一体何のメリットが?」


 そんな特殊な輸送手段があるのなら、こちらには黙ったまま、うちなり余所なり普通に商品を購入して運べばいいだけだ。それをわざわざ伝えた上で、しかも色を付けてまで購入してくれるとは……話が旨すぎて、正直とても怪しい。


「勿論、理由はございます。そちらで扱っている商品を、我が商会で独占販売したいのです!」

「そ、それは……!?」


 私の商会はエビス商会ほど大きい訳ではない。主に食材関係とレストランの経営、後は最近、所有している北部の土地で油田を見つけたくらいになる。



 私は油田について詳しく知らなかったので、知人に話を聞いてみたのだが、なんでも松脂などの樹脂よりも燃えやすい黒い水が大量に湧き出る場所だそうだ。


 初めそれを聞いた時は、この溢れ出る黒い油を何かに利用できないかと考えた。


 隣国であるウの国では油で揚げる料理もあるそうだが、この国の貴族たちは敵国である彼の国の文化を嫌うので、料理にはあまり使えそうにもない。


 しかも、液体だと保存も難しく、何より引火による事故が怖い。これならば神術や魔道具で火を使った方が事故が少なくて済むし、断然扱いやすい。正直、その油田とやらを私は持て余し気味だったのだ。


(まさか油田の存在に気付き、それを利用できると……? いや、やはり食材の方が目当てだろうな)


 自慢ではないが、我が商会は食べ物に関しては王国内でも随一の品質だと自負している。うちは規模が小さい分、質にはこだわり続けてきたのだ。貴族たちの胃袋を掴みつつ、袖の下も通し続けて、やっとここまで店を大きくしてきたのだ。


 その証拠に、この商人も果物を購入したいと言ってきているし、きっとうちの食材が目当てなのだろう。


 もし油田の方が目的なのだとしたら、せいぜい土地ごと高値で売りつけて押し付けてしまえばいい。あれを掘るのは臭いし危険だし面倒だしで従業員たちも嫌がるのだ。


「ええ、分かりました。そのご提案、お受けいたしましょう!」

「それは良かった。今後ともエビス商会をよろしく」


 かたい握手を交わすと、すぐに契約書を作成し、イートン氏は随分と若い護衛の傭兵を連れて去って行った。








「第一段階は、上手くいきましたな」

「良い感じですね。でも、最初は様子見で、急がなくてもいいですからね」

「心得ております。向こうが買ってくれと言うまでは待つつもりですから……」


 俺はイートンの護衛として共に王都の商会を巡っていた。そこで面白い情報を得た。なんでも王都の小さな商会が油田を掘り当てたそうなのだ。


 なんとも景気が良い話だと思ったが、どうやらこの世界で油はそこまで貴重な資源ではないようだ。よく考えてみたらこの国は、まだ火力発電も自動車すらも発明されていない。


 動力は人力や馬、それに最先端なのはやはり魔力を利用した魔道具だ。科学ではなく神術の力こそ、この世界の推進力となっているのだ。


 なら、神術の使えない俺は地球と同じ科学の方を遠慮なく使わせていただく。正確には科学も闘気も神術も全てを利用する。油田が要らないのなら、俺たちが頂いて有効活用してみせよう。



 ただし、一つ大きな問題点があった。



「しかし……黒い油なんかを一体何に使うので?」

「なんか、凄い資源になる……らしいっす!」

「はぁ……?」



 俺は馬鹿なので油田を使いこなせそうにない、という点だ。


 なので、早急に技術者が必要だ。頭のいい奴でも雇って、そいつに全てを任せればいいのだ。ステアの【等価交換】でガソリン精製の技術関連が載った本でも用意させて、それを誰かに読ませて学習させればいい。


 今、ステアや児童養護施設の子供たちには日本語を教えている。ステアの【等価交換】をより生かす為の勉強だ。日本語をマスターすれば今度は英語を覚えさせるのも良いだろう。


 どうやら彼女のスキルは日本の通販だけでなく、海外通販サイトまでも利用できるらしい。英語も達者になれば、より購入できる商品の幅が広がる事だろう。


 ちなみに前世の俺は英語の授業をサボっていたのか、英文を読めそうになかった。簡単な英単語くらいならいけそうなのだが……


(くそ! 前世の俺! もっと勉強しろい!)


 そんな感じで俺たちは新鮮な魚を武器に、王都中の商人へ挨拶回りを行なった。将来のライバル店といえども挨拶は大事だ。だって顔も知らなければ取引も天誅もできないからね。



「思った以上に貴族とズブズブな商会が多いようですな。これは稼ぎだしたら要注意ですかな」

「その時は俺たちの出番ですよ。当面は傭兵か冒険者でも雇って護衛してもらいますが……」


 今の俺たちは、まだまだ人員の数が足りていない。イートンの護衛は予定通り現地の者を起用する予定だ。でないと俺たちが自由に動き回れなくなってしまう。


(さすがに”紅蓮の狂戦士団”にイートンの護衛を任せるほど、まだシェラミーらを信用できないからな……)


 連中は監視の意味も含めて当面は俺たちと共に行動してもらう。それで背中を預けるに足ると判断すれば、身内の護衛に付かせてもいいだろう。



「しかし、この冷蔵庫なる魔道具は素晴らしいですな! 少々重いのが難点ですが……

 」


 俺はステアにお願いしてポータブル冷蔵庫とポータブル電源を幾つも用意してもらった。結構な金額を使ってしまったが、お陰でこうして新鮮な生ものを長期間運べるし、水も常に冷たくて美味しいものを飲むことができる。


 ただし、現状ではソーラーパネルでしか充電方法がないので、上手いこと運用しないと直ぐに電池切れとなってしまう。


(この問題も解決してくれ! 誰か頭の良い人!)


 早急に技術者をスカウトしたい。


「冷蔵庫やバッテリーは貴重で、輸送できる数も限りがありますよ。そう多くの量は取引できませんけど……大丈夫です?」


 先ほど取引した商会で今回持ち込んだ海産物は全て売り切ってしまった。俺たちも毎回は護送できないので、その点も考慮せねばならない。


「構いませんとも。生ものの食材はあくまで宣伝目的です。少しずつ、悪徳商会どもを吸収し乗っ取っていき……エビス商会を大きくしていきますぞ! ふふふ……!」

「いや、まぁ、程々に……ね?」


 イートンは本当に優秀な商人なのだが、相手次第ではやり過ぎるのが玉に瑕だ。








 イートンを無事、改装中のエビス支店へと送り届けた。スタッフは現地の者を雇い、既に全員と契約書を交わしている。


 フェルはソーカと冒険者ギルドに、エドガーはシェラミーたちを連れて傭兵ギルドにそれぞれ出掛けていった。登録をし直す為である。


 俺はシュオウにイートンの護衛を任せて、まずは冒険者ギルドへと顔を見せた。




「あ、ケリー! 丁度良い所に!」


 冒険者ギルドに入ると、俺の姿を発見したフェルが声を掛けてきた。ソーカも一緒だ。


 フェルたち”疾風の渡り鳥”は元A級冒険者……というか、今現在もそうだったりする。



 あのホルト王国公爵家の乱で、てっきり冒険者資格除名か降格処分かと思いきや、なんとそのまま現状維持となったのだ。


 なんでも今までの実績が考慮されたのと、公爵家への不信感をギルド側も抱いているらしく、冒険者ギルドとしては、フェルたちの処分は無しという裁定を下したのだ。ギルド側との確執を避ける措置なのか、現状ホルト側からは彼女らの手配書すら出ていない。


 もっとも、ホルト王国やミルニス公爵家の面子を潰したようなものなので、あの国には当分近づかない方が賢明だろう。


 フェル曰く「日頃の行いね!」とドヤ顔で俺たちに自慢してきた。


 ちなみに俺とシュオウ、エドガー、イートンは揃ってお尋ね者になってしまった。ただし、それもホルト王国国内だけなので、東部に居れば安全だ。


 だが、何故か俺だけは金貨50枚の賞金首となってしまったのだ。本来の標的でもあるステアの存在はホルト側もあまり公に出来なかったらしく、公爵家の乱は俺が首魁とされてしまったのだ。


 これでブリック共和国に続いて二国目の懸賞金である。トータルで金貨100枚分の賞金首だ。


(これも日頃の行いだというのか……解せぬ)


 それでも傭兵ギルドは俺を除名しない。犯罪者でもなれるのが傭兵だ。それはそれで有難いのだが、冒険者ギルドのようにもっと俺を守ってもらえないだろうか?


 無理だろうな、あのギルドでは…………



「何かあったか?」


 俺は寄ってきたフェルに問い質した。


「イートンさんの護衛依頼の確認に来たんだけど、C級冒険者パーティが是非受けたいって。素行も問題なさそうだし、受領しちゃっていいのかしら?」

「ああ、そこはフェルたちに任せる。餅は餅屋に聞けってね」


 俺に冒険者の品定めは無理だが、C級なら弱くはないのだろう。後は人格面だが、こればかりは実際に働きを見ないと分からないので考えるだけ無駄だ。



 俺はイートンさんの護衛依頼についてはフェルたちに任せ、今度は傭兵ギルドへと向かった。




「こっちだ、ケリー! もう商談は終わったのか?」


 ギルドに入ると、エドガーがジョッキを片手に声を掛けた。シェラミーも手下たちと酒を飲みながら談笑していた。真っ昼間から酒とは……カカンやニグ爺といい、子供たちの教育に悪い連中ばかりで困ってしまう。


「ああ、予定していた商会は全て回ってきたぞ。それとイートンさんの護衛にも目処が立った」

「へぇ? それじゃあ、ようやく自由に動けるって訳だね?」


 シェラミーはここ最近街で待機していただけなので、退屈だと喚いていたのだ。最初合った時も感じたが、彼女はソーカ以上の戦闘中毒者バトルジャンキーなようだ。


「あまり長期な依頼は駄目だぞ。戻りが遅いとステアに怒られちまう」

「何だい? そのステアって子は、ケリー坊やのコレかい?」


 シェラミーが小指を立てながらニマニマした表情で尋ねてきた。どうやらこの世界でもジェスチャーは大体同じ仕草なようだ。


「んー? 元依頼主? 今は仲間……いや、同士……いや、家族か?」


 改めて彼女との関係を問われると答え辛いな。


 だがステアだけに限らず、三年前から死線を潜り抜けてきた者たちは、みんな大切な仲間だと思っている。だからその仲間を蔑ろにする行為は慎みたいのだ。


 今回もステアたちには留守番をしてもらっている。それを考えると、長期間外で遊びまわるのは気が咎めてしまうのだ。



「ケリー坊ちゃん。なら、この依頼はどうです?」


 そう言って横から依頼票を突き付けてきたのは、シェラミーの子分その1だ。


 彼らは俺を“坊ちゃん”と呼ぶ。やめてくれと頼んでも、一向に改善されない。頭であるシェラミーが“坊や”と呼んでいるのを改めさせない限り、難しいのだろうな。


 一度対抗して“シェラミーおばさん”と呼んでみたら、本気で斬りかかってこられた。それ以降、俺は命が惜しいので断念した。



「なになに……西部の防衛依頼。傭兵団追加で募集。階級問わず、配属先・雇用期間は応相談……」


 地名やら配属先の軍など詳細も載っているが、見ても正直よく分からない。


 俺が見ている横でシェラミーが覗き込んできた。


「へぇ、こいつは最前線の依頼じゃないのかい? 面白そうなモノを見つけてきたじゃないか!」


(ウの国というと、例のサムライのいる国か……)


 しかも、これは戦争の参加依頼だ。


 傭兵ギルドとしては割とポピュラーな依頼内容だが、実は俺たち”不滅の勇士団アンデッド”はまだ一度も戦争に参加してこなかった。この三年間はずっと護衛・警備依頼をちまちま熟してきただけなのだ。


「うーん。個人的にはウの国に興味あるし、敵対するのもなぁ……」

「ふーん? それはいいんだけど、仮にウの国の連中が勝ってこの国に攻め込んで来たら、ケリー坊やたちも拙いんじゃないのかい?」


 確かにそうなのだ。


 ここまで労力をかけて王都に支店を立ち上げようとしている中、コーデッカ王国が滅亡してしまえば、エビス商会にとっては大きな痛手となるだろう。


「なぁに、俺たちは傭兵だぜ? 今日味方だった連中が、明日には敵になる事もある。今回の戦はコーデッカに付いて、また今度ウの国に行けばいい」

「ドライだなぁ……。でも、それもそうだな」


 エドガーたちに言い包められ、俺たちはその依頼を受ける事にした。

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