第27話 大丈夫

 傭兵団”紅蓮の狂戦士団”の団長シェラミーが大人しく軍門に下るも、当然部下たち全員が納得したわけではなかった。


「私は決闘の約束に従う! 異論がある奴は去りなぁ!」


 彼女がそう告げると部下三人だけが残り、他の四人は何処かに姿を消した。


「すまないね。全員坊やの部下という約束は反故にしちまった」

「いや、寧ろこれで良い。納得していない奴を無理やり引き抜いても、どうせ後で揉めるだけだしな。それより残った三人は俺の団員になるって事でいいのか? 鉄級中位に降格だぞ?」


 俺が尋ねると傭兵たちは肩をすくめた。


「俺たちは姉さんに付いて行くと誓った身だ」

「その姉さんがアンタの下に付くと言うのなら、今日からアンタがビッグボスだ」

「宜しくな、ビッグボス!」

「……なんか、その呼ばれ方は微妙だなぁ」


 前世が日本人であった俺の記憶が何故かそれを嫌がっている。


「それとシェラミーも坊やはよしてくれ。俺はケルニクスだ。改めて宜しく」

「ああ、宜しくな。ケルニクス坊や」


 うーん、まだまだ信用を勝ち取るには時間が掛かる様だ。



 ここで長居するのもあれなので、シェラミーたち四人を馬車に乗せ、俺たちは彼女らから事情を伺いながら国境にある関所へと向かった。








「……つまり、帝国政府そのものが、お前たちのクライアントって訳か?」

「ああ、そうさ。依頼があればこうして山賊紛いの活動もする。帝国に利するケチな強盗さ。最近はそんな退屈な仕事ばかりだったねぇ」


 シェラミーが言うには、今回の襲撃は帝国政府から直々に依頼されたそうだ。



 最近ティスペル王国で急成長を遂げているエビス商会の馬車が、見たことも無い物品を載せてやって来た。その情報を関所から聞いた政府は、密かにその荷を強奪するようシェラミーたちに指示したそうだ。


 その際、商人を生きて連れて帰るようにとも命令されていたらしい。最初の雑魚共は初めから護衛の戦力を削ぐのが目的だったそうだ。


 ただシェラミー本人としては、エドガーらしき傭兵の姿を兵士が確認し、相手が元”タイタンハンド”の残党ではないかという情報の方に興味があったそうだ。



 後は俺たちの知る通りの流れだ。



「思ったより、帝国の情報部は優秀なようですな。エビス商会も既にマークされているとは……」

「なぁ? これってこのまま国境にある関所に向かっても大丈夫なのか?」


 シュオウが心配そうに尋ねてきた。


 大丈夫かどうかと問われれば、答えは大丈夫だ。


「この戦力なら、関所なんて簡単に突破できるだろう?」

「俺の傷も軽症だ。問題ねえ!」

「検問破りか……ふふ、腕がなるねぇ!」

「全然大丈夫じゃねえ!?」


 どうやら俺たちとシュオウの間には、“大丈夫”という言葉の意味に齟齬があるようだ。








 いよいよ帝国を抜ける為に通らねばならない関所が近づいてきた。


 そこには、どうやって先回りしていたのか、元シェラミーの部下……在庫処分されかけた”紅蓮の狂戦士団”の残党が待ち構えていた。しかも帝国兵たちと一緒である。



「そこの馬車、止まれー!!」

「紅蓮のシェラミーとその一味、大人しく投降しろ!」

「貴様らには反乱罪の容疑が掛けられている!!」


 あれも魔道具だろうか? 拡声器らしい物を使って俺たちの馬車へ停止するよう呼びかけていた。


「ほら、見ろ! 全然大丈夫じゃねえじゃねーか!?」

「「「大丈夫、大丈夫」」」

「だ、駄目だ、こいつら……」

「まぁ、師匠はこういう人ですから……」


 肩を落とすシュオウをソーカが慰めた。


(ソーカ、お前はこっち側の人間だろうが!?)


 いざ戦闘が始まれば、嬉々として斬りまわる女である。


「ねえ? 結局どうするの? 強行突破する気?」


 隣の馬車を操縦しているフェルが声を掛けてきた。俺たちの乗っている馬車はシェラミーの部下に操縦させていた。


「俺が合図を出すまで止まっていてくれ。まずは穏便に話し合いで済ませてくる」


 そう告げると俺とエドガー、それにシェラミーの三人で関所に向かって歩き始めた。


「あの三人とか……絶対荒事になる未来しかありえねぇ……」


 よし、後でシュオウはしめよう。



 なんだかんだソーカも同行したそうにしていたが、彼女にはイートンの傍に付いてもらわねばならない。万が一、シェラミー一味が裏切ったとしても、彼女一人護衛に居れば問題ないからだ。


「なあ、シェラミー」

「ん? 何だい? ケルニクス坊や」

「あの元部下たちは生かしておいた方が良いのか?」

「不要だね。あの連中は私の目を盗んで女を襲った下種共さ。だから使い潰す気だった」

「OK。天誅リストに追加だ」


 さっき全員殺しておくんだった。




 俺たち三人が関所の傍に近づくと、帝国兵たちが剣を抜きこちらを取り囲もうとした。


「よーし、そこで止まれ! 武器を手放し、両手を開いて空に向けろ!」


 奥にいる偉そうな兵士が怒声を放った。この世界には重火器が無い筈だが、降参のポーズはどれも似ているらしい。手を上げさせたのは恐らく神術を警戒しての事だろう。


(こんな至近距離で拡声器を使わなくても聞こえているというのに……五月蠅い奴だ)


「……どうする?」

「まずは言われた通りにしよう。俺が話す」


 俺の言葉に頷いた三人はそれぞれ武器を地面に放り投げた。別に諦めた訳でも臆した訳でもなく、武器が無くても楽勝だと思ったが故での行動だ。


「あー、俺はティスペル王国から行商に来ている者の護衛だが、これは何かの間違いじゃないのかな?」

「貴様らが紅蓮のシェラミーを唆して帝国への反乱を企てている事は既に聞き及んでいるわ! そこの男たちが証言してくれたぞ!」


 フェルからの救援合図で急行した際、俺とソーカは雑魚の残党たちを放置してきた。多分、その連中の一部が裏切って帝国に密告したのだろう。


 一応勘違いだといけないので、俺は偉そうな兵士に尋ねた。


「……そこの? 誰の事です?」

「その横にいる三人の事だ!」


 大声を出していた兵士がシェラミー一味の裏切り者に目を向けている隙に、俺は超高速で手を振るうと同時に、闘気の刃を傭兵たちに飛ばした。


「ぎゃああっ!?」

「ぐえっ!?」


 手刀で飛ばした【風斬かざきり】が、傭兵たちの喉を次々と斬り裂いて、一人、また一人と倒れていく。


「な、何が起こった!?」

「貴様らか!? い、一体何をした!!」


 俺たちが犯人だと思ったのか、兵士は恐怖で顔を歪ませながらもこちらを怒鳴りつけた。


「えー、知りませんよ! だって俺たち素手ですよね? 神術も使っていませんし。それで? その証人とやらは、一体何処にいるんですか? まだ残っているのなら、ぜひ紹介してください」

「こ、こいつ……!?」


 どうやら兵士も俺の意図に気が付いたようだ。


 勿論、連中を殺したのは俺の仕業だし、再び証言者が出ようものなら、片っ端に始末していくつもりだ。俺たちは帝国の反乱など企んでいない。酷い冤罪を押し付けるような連中は全員漏れなくゼッチュー対象だ!


「ほら、どうしたのです? 生ものの商品もあるので、早いところ越境したいのですが?」

「い、いや、しかし……そこの女は……!」


 兵士はシェラミーたちが政府お抱えの傭兵団である事を知っているのか、相手の軍門に下った裏切り者の彼女も、そしてその原因である俺たちも、この場に引き留めざるを得ない立場なのであろう。


 だが、強く出ようものなら今度は自分の首が斬られるかもしれない。彼は今、職務遂行と恐怖による葛藤で震えていた。


「彼女は我々の団員メンバーです。まぁ、仮にこの人が本当に帝国への反乱を企てているようなら……差し出すのも吝かではないですが……」

「おい!?」


 まさかの尻尾切りにシェラミーが思わず声を荒げる。


「そ、そうだ! その女こそが首魁だ! 諸君らの容疑は私の勘違いである! その女さえ渡せば、君らの馬車は通行させようじゃないか……!」


 活路を見出した兵士が喜色の声を上げて提案してきた。反面、シェラミーは俺の方を睨みつけていた。ここで言葉を誤ると一触即発もあり得るだろう。


「成程。では証拠を見せてください。彼女が反乱を企てたという証拠を……」

「……え? 証拠? い、いや……だからそれは、帝国政府から……」

「ですから、その帝国政府から発行された令状でも証言者でも物証でも、何でもいいので今すぐ出して見せてください。でないと、仲間である彼女を引き渡せと言われても応じかねますね」

「ぐ、ぐぅ……!」


 出せる訳がない。彼女らが俺に敗北して軍門に下ったのは数時間前の出来事だ。それを裏切り者たちが兵士に伝えた時間も考慮すると、どんなに急いでも報告を聞いてから三十分も経っていない筈……そんな短時間で政府からの通達なんかある筈もない。


 仮にこの関所の責任者が出てきて強硬してきたところで、その者には一生黙っていてもらう予定だ。そこの事切れている裏切り者の傭兵たちと同じ運命を辿るだけだろう。


「さぁ、どうしました? まさか何の証拠もなく、人を反乱者呼ばわりはしないですよね?」

「あ、いや……それは……ここの責任者である、私の言葉を信用して、だな…………」


 どうやら目の前にいるこの兵士こそが、関所の最高責任者だったようだ。それは何とも都合がいい。


「駄目ですね。さっき貴方は我々を反逆者だと冤罪を擦り付けようとした。まぁ、その件は勘違いだったようで、それ以上は追及しませんが……その貴方の言葉を、どう信用しろと?」

「ぐううっ!?」


 この男の言っている事は全て出まかせだ。だが、シェラミーが帝国から抜けるとなった以上、その彼女を黙ったまま通せばこの男の責任問題となりかねないのだろう。


 故に、目の前の兵士は引く事ができないのだ。


(……うん、そろそろいいかな?)


 これ以上ゴリ押しは難しそうなので、向こうが引けないのなら、こっちが引いてあげる事にした。


「ところで……先程から言っているシェラミーというのは、一体何者でしょうか?」

「……は? いや、だからそこの赤い髪の女が……」

「ああ、成程。だが貴方は勘違いをなされている。彼女の名前はナタリーです。シェラミーなどではありませんよ」

「え? いや……だが、しかし……」

「ああ、そういえば……! 彼女とよく似た赤い髪の女が、僕らとは逆の方向へ走り去っていくのを見ましたよ。もしかして彼女がそのシェラミーなのでは? きっとそうです!」


 俺の発言に、一体何を言っているのだと全員が困惑の表情を浮かべていた。そのやり取りに業を煮やしたのか、後ろにいた若い兵士が剣を構えながら口を挟んできた。


「隊長! こいつの戯言に付き合う必要なんかありません! その女こそシェラミーに決まっております! 今すぐにでも――――」


 兵士が何かを言い切る前に、俺は再び目にも止まらぬ高速手刀で【風斬り】を放ち、彼の剣を真っ二つに切断してみせた。


「ひぃっ!?」

「おや? またしても怪奇現象ですなぁ。怖い、怖い……」


 若僧の兵士は剣に闘気も纏えない新米兵士さんのようだ。そんな剣、切断するのは手刀の風斬りだけで十分だ。


「もう一度お聞きしますが、彼女がシェラミーさんだと思う人ー?」


 俺は大声で兵士たちに尋ねるも、さっきの現象を見た兵士たちは全員顔色を真っ青にしているか、黙ったまま悔しそうにこちらを睨んでいるだけであった。


「兵士さん。どうやら、またしても貴方の勘違いだったようですね?」

「あ……はい…………」


 この期に及んで、もう目の前の兵士は反論する気力も失せたようだ。


「それでは改めて馬車を呼んできますので、検問のお仕事をお願いしますね」

「あ、いえ……そのまま通って頂いて結構です……。というか、もう二度と来ないで…………」


 最後の方はボソボソ声で良く聞き取れなかったが、俺の素晴らしい交渉術により、検問をスムーズに通過する事ができそうだ。



 俺たちは各々の武器を拾い、そのまま馬車へと戻る。俺たちのやり取りを遠くから見守っていた者たちの反応は様々だった。


「ケルニクス殿は詐欺師の素質がありますな」

「いやいや、イートンさんには敵いませんよ」

「いやいやいや、そちらこそ……」


「師匠、さっきの技は……もしかして手で【風斬り】を?」

「ああ。闘技二刀流無手技、【徒手一閃としゅいっせん】だ!」

「二刀流どころか、もはや剣も使ってない!?」


「やっぱ俺の予想通り、荒事になったな……」

「何言ってるんだ? 穏便に首三つだけで済ませたぞ?」

「そりゃあ、強行突破よりかはマシだけどさあ!? けどさあ!?」

「む、分かった。次の検問破りはもっと上手くやってみる」

「いや、どうか普通に通行して…………」



 俺たち一行は穏便に帝国領を去るのであった。








 コーデッカ王国


 東部でも三番目に国土の広い国だが、ここは内地なので海はない。代わりに農業に適した土地が多く、経済もそれなりに発展している非常に豊かな国だ。


 ただ、この国には色々と問題点が多い。王国周辺には野心的な国家が多い為だ。


 まず何と言ってもコーデッカの西隣には、大陸中部に位置する最大の勢力が存在する。その名もナニャーニャ連邦……とても噛みそうな名前である。


 この連邦は複数の少数国家の集合体で、驚いた事に全ての国の王が獣人族である。ナニャーニャ連邦はこの大陸一の、獣人族主体の勢力なのだ。


 普段はいがみ合っていたりする小国家同士だが、外敵……特に他種族が相手だと一致団結する非常に屈強な勢力だ。その為、ナニャーニャ連邦に真っ向から喧嘩を売る国は何処も存在しない。


 幸いな事に連邦自体は内陸にあるコーデッカ王国に興味は無いが、連邦内にある小国の中には領土を増やそうとする野心的な国もある。また獣人族で構成されている山賊団などの被害も馬鹿にならないらしく、隣国である王国は頭を抱えている現状らしい。




 次に厄介なのが、同じく西隣にあるウの国だ。


 ウの国はコーデッカ王国と比べ国土の三分の一ほどで、人口も経済も王国の方が上だが、軍事力に至っては同等かそれ以上と噂されている。ウの国の特徴は何と言っても、変わった剣で戦う、サムライやブシと呼ばれる武装集団が存在する点だ。


(それって日本じゃねえか!?)


 ウの国の噂話を聞けば聞くほど、日本要素満載なのである。


 何でもウの国は王制ではなく、武家と呼ばれる戦士の家柄の最上位、大将軍が支配しているらしい。その下に各武家や大名家が仕え、サムライやブシ、アシガルなどの戦士階級や、ブギョー、ダイカン、メツケなどの文官たちが仕官しているそうだ。


(色々ツッコみたいけれど……。もしかして、俺以外にも転生者や転移者がいるのか?)


 それとなくイートンたちに尋ねると、やっぱり異世界人はいるらしい。この世界では、ふらりと現れる異世界人を“迷い人”、神術や神器によって呼び出された異世界人を“勇者”と呼称するそうだ。


(じゃあ、転生者の俺は一体何なんだ!?)


 詳しく聞いてみても、俺と似たような存在は現時点では確認できなかった。ウの国に行けば、何か分かるのだろうか?




 少し話が脱線したが、コーデッカ王国の受難はそれだけではない。


 王国の南には友好国であるレイシス王国がある。海に面した土地で海産物を売りに経済を発展させた国だ。王国とは長年貿易を行ない、生活に欠かせない塩や海産物の多くはレイシス王国から輸入されていた。


 それが最近になって難しくなってきたのだ。


 レイシス王国の周辺国が彼の国に侵略戦争を仕掛けてきたのである。相手はカウダン商業国とザラム公国である。しかも、どさくさに紛れてナニャーニャ連邦の一部もちょっかいを出し始めた。


 レイシス王国は貿易どころではなく、コーデッカ王国にも救援を求めており、王国南部の情勢は現在非常に不安定である。



 それと忘れてはいけないのが東隣のゴルドア帝国である。つい先ほどまで俺たちがいた国だ。


 この国についてはあまり多くの説明は要らないだろう。表立って戦争を仕掛けてこないだけマシかもしれないが、油断ならない国である。




「――――以上が、コーデッカ王国の簡単な周辺国家の情報です。その他にも、ラズメイ、ドハ、イヴニス、ジーロと、全部で九つの国と隣接しております」

「分かんねー!」

「多過ぎます!?」

「覚えきれねえよ!」


 イートンの説明に全員から愚痴が零れた。前世が元島国育ちの俺からしたら、九つの国と陸続きなど発狂しそうな環境だ。


(そりゃあ国の一つ二つと戦争状態でも、おかしくはねえよなぁ……)


 それでも国の中心に位置する王都周辺に関しては比較的穏やかだそうで、イートンはその王都への出店を目指していた。しかも、さっき話に上がった南部にあるレイシス王国からの貿易が鈍っている状況を利用して、今回は海産物を沢山用意してきたのだ。


 本来なら、ここまで運ぶのに時間が掛かり腐ってしまう生ものだが、俺たちにはステアの神業スキル、【等価交換】がある。


(待っていろよ、コーデッカ王国の皆さん! 美味しい海産物をお届けしますぜ!)


 代金はきっちり支払ってもらうけどね。


 エビス商会のコーデッカ王都デビューである。








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


別作品

「80億の迷い人 ~地球がヤバいので異世界に引っ越します~」

https://kakuyomu.jp/works/16817330662969582870


こちらは不定期20:00更新で連載しております

宜しかったら読んでみてください!

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