第26話 紅蓮のシェラミー
「くそぉ……! 闘技二刀流だぁ!?」
「そんな流派、聞いた事もねえぞ!?」
「畜生! 俺様は覇道一刀流の中伝だ! テメエなんぞに……ぐわあああ!?」
覇道一刀流? 確か門下生の数が最も多いメジャーな剣術流派だったかな? 中伝という事はそれなりに出来るのであろうが、あっさりソーカにやられてしまった。
それにしても、金級上位とは思えない団員の弱さだ。
「畜生! 姉さんに知らせなければ……!」
「あ、テメエ! ズルいぞ!」
「一人で逃げるんじゃねえ!!」
勝てないと悟ると、何人かの男たちが逃走を始めた。しかもその方向は俺たちの馬車が向かった方角と同じだ。そちらに行くのは容認できないので、俺とソーカは【
「ひぃいいい!?」
「た、助けて……降参……降参する!」
徐々に戦意喪失する者も出始めており、遂には残った全員が武器を手放し命乞いしてきた。
「ふぅ……。師匠、こいつらどうします?」
「う~ん、依頼主を吐かせたいけど、馬車から離れすぎるのもなぁ……。とりあえず縄で縛って……」
男たちを拘束しようと考えていたら、突如甲高い音が響いた。
「あれは……! フェルの合図ですよ!」
どうやらフェルが鏑矢みたいなものを上空に放ったみたいだ。あれが打ち上がった時は仲間を呼ぶ合図だと聞かされている。きっと馬車の方に何かがあったのだ。
俺たちは男たちを放置し、大急ぎで馬車の方へと戻った。すると、少し先で馬車は二台とも停まっており、そこでも戦闘が繰り広げられていた。
さっきの傭兵たちよりかなり人数は少ないが、その分闘気使いとしては実力が上の傭兵が八人もいた。エドガーが傷だらけになりながらも前に出て応戦し、シュオウがそのサポートを行っていた。
イートンは後方でフェルに守られていた。
「あっちは囮だったか!」
「大丈夫、フェル!」
俺とソーカが戻るとエドガーは直ぐに下がった。フェルの矢が傭兵たちをけん制しエドガーの後退を援護する。よくもまあこの人数差で守りきれたものだ。
「ぐっ、すまねえ……! さすがに多勢で、ぐぅ……っ!」
「無理するな。神術薬飲んで休んでろ」
エドガーを一旦下がらせ、代わりに俺とソーカが前に出る。
「ん? お前らはうちの手下共が足止めしてるんじゃなかったっけぇ?」
俺たちに尋ねてきたのは、真っ赤な髪を長く伸ばしたモデル並みにセクシーな女傭兵だ。だが彼女の放つ色香とは真逆で、その綺麗な表情には獰猛な笑みが浮かんでおり、手には長い剣を携えていた。
(こいつ……かなりの闘気使いだな)
他の七人もさっきの雑魚共とはレベル違いの実力者たちだが、彼女はその中でも特に抜きんでていた。
「ケリー……気を付けろ! そいつは”紅蓮”のシェラミー……金級上位の傭兵だ!」
「二つ名持ちか。成程ね……。さっきの雑魚共とは段違いの闘気を感じる」
俺は一歩前に出ると、その赤い女に話し掛けた。
「俺は”
「はぁ!? 坊やが団長……? くっくっ! エドガー、アンタも堕ちたねぇ」
「……そういうお前は盗賊の真似事か? シェラミー」
どうやら二人は顔見知りのようだ。
同じ金級の傭兵団同士、知っていてもおかしくは無いだろうが、だからと言って向こうに引いてくれる雰囲気は微塵も見られなかった。
「はん! クライアントの要請さ。私の信条は覚えてるだろう?」
「仕事は選ばず……相手を選ぶ」
「そう! 今回お前がいるって聞いたから、わざわざ私が出向いてやったんだ! ゴミみたいな手下も増えてきたし、間引きにも丁度良いと思ってね……」
どうやら俺たちを足止めしていた男たちは、在庫処分扱いだったようだ。
「それで顔を見せに来たら、相変わらず脳筋な戦い方だし、手下の質は良いようだが数の方は以前よりもお粗末で……。んで、挙句の果てにこんな坊やが団長かい?」
シェラミーは俺の方も見ずにあざ笑った。
「”タイタンハンド”相手なら面白い戦闘になると思って来てやったのに、あのゴミ屑どもから逃げ出して戻るようなガキの下に付くなんて……正直、失望したよ!」
ん? なんか聞き捨てならない言葉を聞いたぞ?
「私たちは別に逃げ出した訳じゃありませんよ? 貴方の差し向けた不良在庫どもは、ほとんど処分してきましたから」
「…………は?」
ソーカの言葉にシェラミーだけでなく、他の傭兵たちも眉を顰めた。
「……逃げ出した訳じゃなく、この短時間で足止め要員を全員倒して来た、って言ったのかい?」
「うーん、全員じゃあないですけど……生き残りも武器を捨てて降参してましたよ」
ソーカの説明に今度こそシェラミーたちは驚いていた。
「くくく、シェラミー。その二人は俺よりも強いぜ? なにせ”闘技二刀流”の師範と次席師範代だからな?」
エドガーが心底楽しそうにシェラミーへ笑いかけた。
「”闘技二刀流”……? 聞かない流派だねぇ。だが……そうかい。見た目で侮れる相手ではない、というわけだね? ……面白い!」
シェラミーはそこで初めて俺の方をまともに見た。鋭い視線と共に激しい闘志を俺にぶつけてきた。
「坊や! 私と一騎打ちしな! 勝ったらこの件から手を引いてやるよ!」
「あ、姉御!?」
「そいつは不味いんじゃあ……」
「黙りな! 一対一の決闘だよ! 誰も邪魔すんじゃないよ!」
シェラミーは自らの長剣を勢い良く振るった。今の力溢れる素振りだけでも伝わった。これは舐めてかかって良い相手ではなさそうだ。
「師匠! 私、戦いたい! 私が戦いますよ!」
「駄目だ。相手は俺をご指名だ。だから俺が相手する」
「そ、そんなぁ……!」
さっきの戦いでソーカは満足できなかったのか、シェラミーと戦いたがっていた。だが相手のご指名はこの俺だ。今回は譲ってもらおう。
「こっちからも提案だ。決闘をした後、アンタたちの命を助けてやる。だから俺が勝ったらこちらの軍門に下れ!」
「なっ!?」
「このガキぃ……調子に乗るなよ……!」
俺の発言に、当然男たちは怒り心頭だが、シェラミーがサッと腕を上げて鎮めさせた。
「随分大口叩くじゃないか。それなら当然、こっちが勝てばアンタたち全員、私の軍門に下るって事だよねぇ?」
「ああ、それで構わない」
俺の発言にイートンやシュオウはギョッとする。フェルは……半分予想していたのか呆れ顔をしていた。
「くっくっく、そいつはいい。エドガーだけじゃなく、坊やにそこの小娘も結構やりそうだ。奥にいる弓士も相当の駒だねぇ。あの逃げ回っていた足の速い男は……伝来役くらいには使えそうか?」
「おい、こら!」
すかさずシュオウが抗議する。
(シュオウ、逃げ回っていたのか……)
まぁ、シュオウは闘力こそ高めではあるが、戦闘は苦手なようだし、あのレベル相手に時間稼ぎができれば十分頑張った方だろう。
「それじゃあ始めようか! 私は”紅蓮の狂戦士団”団長、”紅蓮”のシェラミーさ!」
「……”アンデッド”団長……”双鬼”ケルニクス!」
「いざ尋常に……」
「……勝負!」
互いに剣を抜くと、まずは互いに距離を詰めた。こちらは遠距離攻撃の手段もあるが、相手が剣士であればできるだけ近づいた方が【風斬り】もより効果が上がる。
「そら!」
挨拶代わりの一発とばかりに、相手から鋭い一撃が放たれる。彼女は長身で腕がすらっと長く、更には剣も平均よりかなり長めだ。当然、俺の間合い外からの攻撃となる。
俺はそれを片手で受け、相手の剣を弾こうとしたが、想像以上の重さにこちらが押し戻されてしまった。
「――っ!?」
「まだまだだよぉ!」
続けてシェラミーは返しの刃で攻撃を畳みかける。次も剣で受け、更に次の連撃も受け続ける。力自慢の俺にも匹敵する凄まじいパワーだが、受け続けながら相手を観察する事によって、その絡繰りが徐々にだが見えてきた。
(こいつ、闘気の発動がめちゃくちゃ早い!)
最初は何の変哲もない一撃の様に見えたが、相手の長剣が俺の剣に当たる瞬間、瞬発的に凄まじい闘力を籠めているのだ。同時に不要な箇所の闘力は出力を抑え、武器、それを握る手、腕まわり、右肩、腰、蹴り足など、必要に応じて闘気を運用している。それが闘気の無駄な消費を押さえつつ、且つ凄まじい威力を維持し続けていられる理由だ。
(一歩間違えれば型が崩れるし、闘気の薄い箇所は防御も薄く致命打になりかねない。凄まじい技量と胆力だな!)
シェラミーは女性としては体型に恵まれている方だが、決してガタイが良いマッチョな訳ではない。女の腕力で男どもを打ちのめすには、それ相応の技術が必要だったのだろう。
その答えの一つが闘気の扱い方だ。
エドガーのようなパワータイプに打ち勝つ為には、瞬間的にでも闘力を最大限に籠めて攻撃する必要がある。だが、それをし続けていたらあっという間にガス欠状態だ。それを彼女は闘気の節約術で見事に克服してみせたのだ。
「へぇ! 見かけによらず、繊細な戦い方じゃあないか!」
「そういう坊やは防戦一方かい? 待っているだけじゃあ……女一つ口説けやしないよ!」
確かにこれは耳が痛い。
「では、俺も”闘技二刀流”の秘儀をお見せしよう!」
俺は彼女から一旦離れると、即座に【風斬り】を放った。
「――っ!?」
すると、シェラミーは咄嗟に剣で俺の【風斬り】を防いだ。しかもきっちり闘力を瞬間的に上げてガードしている。あれでは剣を折る事は無理だ。
「うわ、マジか……!」
まさか初見でこうもあっさり防がれるとは思いもしなかった。
俺は驚いていたが、それは向こうも同様のようだ。
「ま、まさか今のは……闘気を飛ばしたってのかい!? 一体、どうやって……!」
「それを知りたければ”闘技二刀流”に入会してください。今なら特典で”アンデッド”の団員にもなれちゃうぞ。わあっ、なんてお得ぅ!」
「…………なら、坊やをぶっ倒して部下にしてから聞き出す事にするわ!」
「うげぇ!?」
どうやら火に油を注いでしまったらしい。
「しかし、どうしたものか……」
さっそく切り札の一つを防がれてしまい、俺はどう攻めようか迷っていた。多分【
タイマン勝負でここまで集中されていると、奇襲の類は通用しない。
「ならば……力ずくで押し通る!」
「はん! ぶっ潰してやるよぉ!」
彼女としてはもってこいのシチュエーションなのだろう。シェラミーはエドガーたち”タイタンハンド”と戦いたがっていた。恐らくエドガーのパワーに勝てるだけの自信があるのだ。
俺は単純なパワーだけならエドガーに劣っていた。ただし、それは三年前の話だ。身体が成長した今の俺は更に力を増していた。
「ぐっ!?」
「おらぁ!!」
互いに剣をぶつけていく最中、俺は徐々に力を籠め始め、闘気も惜しみなく使用していく。俺はシェラミー程の闘気を操る技術はまだ身に着けていない。長期戦は不利なので、短期決戦に挑む事にした。
「この子……なんて馬鹿力だい!?」
「鉱山では、それだけが取り柄だったんでねぇ!」
俺は久方ぶりに本来の戦い方へと戻った。
最近ソーカとの模擬戦ばかりであったが、彼女には力だけでは通用しない。そもそも攻撃が当たらないのだ。仕方なく、俺も技や速度でもって対抗するしかなかった。
だが本来の俺はパワータイプだ! 力こそパワー! レベルを上げて物理で殴る! パワー! パワー! ぱぅわ~!!
「この……離れろぉ!」
腕が痺れてきたのか、剣の打ち合いを嫌ったシェラミーは仕切り直しを選択して後ろに下がる。そこに俺は活路を見出した。
「闘技二刀流遠距離斬撃……【
「なぁっ!?」
【
つまり威力も単純に倍! これで仕留められればと思ったが、シェラミーはまたしても闘力を最大限に籠めて防ぎ切った。長剣も……ヒビ一つ入っていない。
「その技では威力不足だねえ! 私には届かないよ!」
「……仕方ない。あんまり手荒な真似はしたくなかったが……」
俺は【
こいつは新作で、まだソーカにも見せていない取って置きの技だ。
「闘技二刀流、遠距離斬撃……【
俺は高速の突きを繰り出し、そこから鋭く圧縮した闘気を槍の様にして一気に放った。
「ちぃっ!?」
【風斬り】よりも速く闘気の籠もった風の
だが……悪いな。俺、二刀流なんだわ。
「――【
「ぐあっ!?」
二撃目の遠距離斬撃が彼女の肩に被弾する。
【
さすがにこれは防ぎきれまい。
俺はシェラミーの利き腕である右の肩を狙った。痛みを堪えているシェラミーの首に俺は剣の切っ先を向けた。
「これで、勝負ありだな?」
「…………ああ。私の……負けだよ」
大人しく降参してくれて正直助かった。大技の連発で俺の闘気も尽きかけていたのだ。
俺は何とか勝利を収め、見守っていた弟子に話し掛けた。
「どうだ? さっきの技は二刀流っぽいだろう?」
【
「えー、どうでしょう……。 突きは斬撃じゃないと思いますが……」
「……払いだろうが突きだろが、肩が斬れたんだから斬撃だ!」
俺は丁度良い名称も浮かばず、闘技二刀流遠距離斬撃という呼称で押し通す事に決めた。俺が流派の開祖なのだから、技名は俺が自由に決めていいのだ。わはははは!
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