第3章 決起編

第25話 アンデッドの護衛任務

 執務室に入ると、この部屋の主であるイートンが座って待っていた。彼の机の上には書類が散乱していた。最近何かと忙しそうにしていたが、そっち方面で俺は手助けできそうにもない。


「やぁ、ケルニクス君。ソーカさんにクーさんも呼び出して申し訳ありませんね」

「気にしないでくれ、イートンさん。それで、話というのは?」


 彼は今や新進気鋭のエビス商会会長という立場だ。忙しい身だろうし、あまり手間を取らせたくはない。早速本題について尋ねた。


「この館の隣に建設中の武道場ですが、今週中には完成すると伺っております」

「ホントですか!?」


 真っ先に反応したのはソーカだ。


 ソーカは弟子になって以降、俺以上に”闘技二刀流”を広めようと奮闘しており、何故かクーもそれを後押ししていた。孤児の中にも俺の弟子入りを狙ってか、【風斬かざきり】の習得を頑張っている子供もいるが、基礎の闘気を操る技術も甘く、そちらはまだまだ時間が掛かりそうだ。


 何故かクーだけは、碌な闘気量や戦闘技術も持たないまま、先に【風斬り】だけを会得してしまった。これこそまさに才能なのだろう。


 現在は闘気の基本から学びつつあり、実力こそソーカの方が遥かに上だが、こと【風斬り】に関してはクーの方が練度は高い。本当に謎な奴だ。


「私は武術の事は専門外ですが、武道場ができれば、門下生も集まるのではありませんか?」

「ですよねー! そうですよねー! 師匠、これからはもっと弟子を増やしましょうよ!」

「えぇ…………」


 正直、俺はあまり乗り気ではない。最初の頃は面白そうだと思って立ち上げた新流派だが、偉そうにモノを教えられるほど、俺の剣技は洗礼されたものではないのだ。というか、剣技に関しては相変わらず力押しの我流のままだ。


(まぁ、闘気の遠距離攻撃には自信あるけど……)


 現在は【風斬り】会得を弟子入りの最低条件と定めているが、ソーカやクーは条件を緩和し、門下生を増やすべきだと主張しているのだ。【風斬り】会得は門下生の目標、師範代や免許皆伝の条件という形に格上げすればいいのではと説得してくる。


 確かに【風斬り】は思っていた以上に習得するのが困難な技のようだし、本来はそれを教えるのが師範である俺の務めなのだろう。


(いや、まてよ……?)


「……分かった。この機会に弟子入り志願している子供たちを受け入れよう。ただし、【風斬り】を既に会得しているお前たち二人が子供たちに教えるんだ! 二人は今日から師範代な」

「ええええっ!?」

「めんど……」


(そうだ! 弟子の二人に門下生を任せれば俺が楽できる。よし、これで行こう!)


 二人からは文句を言われるも、それには取り合わず、俺はイートンに話し掛けた。


「俺たちを呼んだのは、道場の件ですか?」

「いえ、他に本題が……。おっと、丁度来たようですね」


 すると、扉からノックの音がし、イートンが返事をすると、エドガーにフェル、それにシュオウもやってきた。どうやら彼らも呼ばれていたようだ。


 三人と一緒にサローネとルーシア姉妹もやってきた。彼女たちは普段からイートンの手伝いをしており、ここ三年間は商売について色々と勉強をしていた。



「全員集まりましたので、改めて本題に入らせて頂きます。我がエビス商会はステア嬢のお力も有り、確実に勢力を拡大させつつあります。ここサンハーレにも3店舗、ティスペル王国内の主要街全てに傘下の店を持ち、何処も黒字と大成功です!」


 イートンの言葉に全員から感嘆の声が上がった。俺は一応団長という立場なので、毎回報告は耳に入れていたので、そこまで驚きはない。


「これで国内の基盤は盤石なものとなったでしょう。そこで新たに外にも目を向けようと考えております。コーデッカ王国への初出店です!」

「「「コーデッカ王国!?」」」


 コーデッカ王国とはティスペル王国から西の方角にある、大陸南東部では一番大きな国だ。そこへの出店ともなると、エビス商会も名実ともに大商会の仲間入りを果たすことだろう。


「その為、私はしばらくの間コーデッカ王国に店を構え、そこで販路を広げようと考えております。私が留守の間はサローネとルーシアがティスペル王国内の商店を管理します。二人とも、宜しくお願いしますね?」

「は、はい!」

「頑張ります!」


 大役を任された姉妹は些か緊張しているようだが、その瞳にはやる気が満ちていた。


「初めての海外出店となりますので、ステア嬢にはインパクトのある商品をリクエストしております。そこで、貴方たち”不滅の勇士団アンデッド”には、私と商品の護衛をお願いしたいのです」


 ステアは基本、この屋敷で留守番となる。本人は外出を希望するだろうが今は仕方が無い。まだ表立って外を連れ回すのには些か不安があるのだ。彼女が残るという事は、エータとクーも当然一緒だろう。



 だが、彼女らだけだと戦力に不安もある。



「カカンとニグ爺にも残ってもらいましょう。あの二人ならステアちゃんを命がけで守るでしょうからね」


 確かにフェルの言う通り、あのアル中たちならステアの護衛に適任だ。それにニグ爺は孤児たちに神術を、カカンは闘気や剣を教えているので、この人選が妥当だろう。


「イートン会長がコーデッカにいる間はどうすんだ? 俺たちも常駐するのか?」


 エドガーが尋ねた。


「いえ、流石にそれは悪いですので、現地の人材を雇おうと考えております。ですので、往路の護衛だけで十分です。ステア嬢の商品は替えが利かないので、盗まれるのだけは避けたいですからな」


 ふむ、つまりはイートンと商品をコーデッカ王国に運ぶだけの片道護衛か。イージーな仕事だな。


 ちなみにエビス商会は俺たち傭兵団の支援組織でもあるが、この場合でも傭兵ギルドを通して契約を結べば、ちゃんと実績としてカウントされる。その辺はギルドもいちいち確認していないのだ。ギルド側としては傭兵を斡旋して仲介料さえ頂ければ、後は一切関知しないスタンスである。


 これを悪用して実績を荒稼ぎする傭兵団もいるそうだが、そういった小物な団は、遠からず身の丈に合わない依頼で破滅して後悔をするのだ。


 そして、それに対してもギルドはとことんスルーである。


 何故ならギルドは傭兵の斡旋のみで、依頼が成功しようが失敗しようが関係ない。依頼が失敗して問題になれば、それは依頼人と傭兵たちの責任なのだ。依頼人側が見る目が無かった、もしくは傭兵たちの実力不足だった。ギルド側は失敗した傭兵たちの順位を下げて、それでお終いなのである。


 そこら辺は冒険者ギルドとは全く違うスタンスで、フェルたちは未だに愛想のない受付嬢の対応に戸惑う場面も多いとか……



 少し話が脱線したが、俺たちは身内でもあるイートンの依頼や、その他細々とした任務も着実に熟し、先月遂にランキングが1,973位と、2,000位以内に入り、鉄級の中位へと昇格した。


 鉄級下位はギルドに登録さえすれば誰でもなれるので、中位になると仕事の種類も増えると聞いている。指名依頼は今の所無いが、我が傭兵団アンデッドは着実に名を挙げていた。




 イートンたちとの打ち合わせを終え、俺はステアの様子を見に行った。児童養護施設には子供たちが運動できるようなスペース、室内運動場が設けられている。そこでエータとカカンが子供たちに剣を指導していた。


「あー、ダンチョーだ!」

「ケリーだんちょー!」

「だんちょ~!」


 闘気の訓練中だったのか、全身を闘気で強化したままの子供たちが人間ミサイルのように俺へと体当たりをしてきた。


「ぐふっ!? いたっ、やめろー!」


 止めろと言うと、やりたくなるのが子供という生き物だ。子供たちは次々と俺の腹や背中に飛び込んでくる。闘気でガードすると子供たちが痛い思いをするので、俺はしばらくの間サンドバッグ状態に甘んじた。




「そうですの。コーデッカへ……。また、私は置いてけぼりですの?」

「あー、すまん。もう少し我慢してくれ。今度イートンさんがステア用の護身具を用意するそうだ。それがあれば外出も問題ないと言っていたぞ」


 正直、今の戦力でも賊如きなら返り討ちにできる自信はある。


 だが、一度二度ならまだしも、それが延々と続き、更には子供たちも標的になると思うと、ステアには今しばらく不自由な生活を送ってもらうしか無い。彼女もそこは理解しているのか、こうやって俺にだけ愚痴を零すも、最終的には何時も笑って送り出してくれるのだ。



「今度、お土産に活きの良い護衛でも連れて帰るから、楽しみにしていてくれ」

「いえ、生モノはちょっと……」




 こうして、ステアたち一部を除く”アンデッド”は、イートンの護衛に駆り出されるのであった。








 一行は現在、ティスペリア王国から西に向かい、国境を越えてゴルドア帝国領を横断していた。入国する際に念入りなチェックが行われたが、特に咎められることもなく通行許可が下った。


 コーデッカ王国は帝国の更に西隣にあるので、あと二日も馬車を走らせれば王国の国境に辿り着くだろう。



「なぁ。海外に出店するんなら、ここゴルドア帝国じゃあ駄目なのかい?」


 暇を持て余していたシュオウが、隣にいるイートンに尋ねた。


「ええ、リスクを考えますと、帝国は少々不安だったので、一つ先のコーデッカを選びました」

「リスク? 帝国では商売し辛いのか?」


 俺もシュオウとイートンとの会話が気になって耳を傾けた。


「我々がティスペリア王国の商人というのが問題ですな。だいぶ昔ですが、帝国は何度かティスペリアに対し、侵略戦争を仕掛けた歴史があります。ここ最近は大人しいので、こうして通行許可も与えられておりますがね」

「……なら、問題ないんじゃねえか?」

「いえ、それがどうにもゴルドア帝国は沿岸部の占有が諦めきれないようですね。噂では南部独立も帝国が唆したという話です」



 ティスペリア王国の南部にはイデール独立国という小国が存在する。


 実はこの国、50年以上前にはティスペル王国領だったのだ。それがイデール辺境伯の反乱と周辺国からの支援もあり、イデール独立国としてティスペル王国から離脱を表明したのだ。


 今でこそ国として認めてしまっているものの、王国側としては内心面白くないのだろう。イデール独立国とは国交もほぼ断絶状態だ。


「ええ!? ティスペリアは安全な国じゃあなかったのかよ?」

「それ以降、戦争がないのは事実です。流石にそこまでの詳しい情報は、ザイツからでは拾えませんでしたからね」

「ま、仕方がねえさ。本当に平和な国なんて、俺は未だにお目に掛かった事ねえな。それにどこも平和だと、俺たち傭兵も仕事が無くなっちまう」


 話を聞いていたのか、御者席からエドガーも参加してきた。


「あー、ゴルドア帝国に店を出すのがリスキーってのは分かったよ。でも、もし帝国との開戦なんて日には、コーデッカとティスペルは分断されちまわねえか?」

「その場合は北のジーロ王国ルートを利用します。少々遠回りですが、二日くらいのロスで済むはずです」

「……じゃあ、そのジーロ王国での出店はどうなんだよ?」

「あそこは物件も税も高いのです。まぁ、それはコーデッカ王国も似たようなものですがね。市場の観点から見れば、コーデッカの方が二回りは魅力的な国ですからな。資金と人材に余裕があれば、その内ジーロにも手を拡げますよ」

「ふ~ん……成程ねぇ……」


 イートンも色々考えた末でのコーデッカ王国の出店なのだ。これは子供のお使いではなく、新たに店を構える為の行商である。事前に情報収集するくらいは当然といえよう。




 旅は順調で俺たちは馬車二台を西へと進め続けた。


 だが、後もう少しで国境という場所で問題が生じた。




「敵襲よ!」


 もう一台の馬車を操縦していたフェルから警告が発せられた。


「シュオウはイートンさんの護衛! フェルとエドガーはそのまま馬車を走らせてくれ! 俺とソーカで迎え撃つ!」


 俺の方でも賊の気配を察知した。どうやらそこそこの人数が林の茂みに潜んでいるようだ。


 馬車がその地点に近づくと、一斉に賊たちが姿を見せた。何人かの手には大きな石を持っていた。投石で車輪でも狙うつもりなのだろうか? 闘気使いであれば厄介だ。


「俺はこっちをやる! ソーカは逆サイドだ!」

「はい、師匠!」


 俺はもう一台の馬車に居たソーカに声を掛けると馬車から飛び降りた。それと同時に【風斬り】を繰り出し、石を投げようとした男たちの腕を次々に斬り飛ばしていく。


「ぎゃああああ!?」

「うわっ! なんだぁ!?」

「お、俺の腕がぁああ!!」


 泣き喚いている賊たちを余所に、二台の馬車は俺とソーカを置いて去って行った。この場に留まられても予期せぬ攻撃で馬車を破損させるだけなので、これが正解だ。


 俺とソーカは互いに背を向け合いながら、次々と姿を現す男たちを油断なく観察していた。


「て、テメエ!! 俺たちに逆らう気か!?」

「俺たちは”紅蓮の狂戦士団”だぞ!!」

「「…………誰?」」


 俺もソーカも同業他社にはあまり詳しくはない。身なりからして同じ傭兵だとは思うのだが……


「知らねえだと!? 勉強不足にも程があらぁ!」

「これを見やがれぃ!」


 男が首元からドッグタグを取り出して俺に見せつけた。それは金色に輝いており、しかも印が三つも刻まれている。


「おお!? もしかして金級上位の傭兵団か!?」


 初めて見た。


 そもそも金級自体が珍しく、エドガー以外に遭遇した記憶が無い。しかもその上位となるとエドガーが昔に率いていた”タイタンハンド”よりも格上、傭兵団の中でもランク30位以内に入るトップクラス集団だ。


「……それにしては、雑兵ばかりだなぁ」

「これが金級上位ですか? 弱そうですね」


 ソーカがあからさまにがっかりすると、男たちは顔色を真っ赤にして襲い掛かった。


「舐めやがってぇええ!!」

「この小娘が! 犯してやるぜ!!」


 下品な発言をしながら襲い掛かる男たちだが、あのレベルの闘気使いならソーカに指一本触れる事もなく剣の錆になるだろう。


 俺の方にも男たちが襲い掛かってきたので、剣に闘気を籠めて応戦する。


 相手の剣を弾き、腕を斬り落とし、隙を見せた者には【風斬り】で首を落としていく。正直、”タイタンハンド”の手下どもの方が練度は遥かに上であった。


 ただ数だけは金級上位といったところか、茂みに隠れ続けていた者たちも戦列に加わり始める。俺たちはとっくに気が付いていたので、敵の来援に慌てることなく一人ずつ確実に倒していく。


「つ、つえぇ……!?」

「一人で当たるな! 複数人同時で攻撃するんだ!」


 多少は知恵を働かせる者もいたようで、男たちは連携をとるようになった。


 ソーカの方は問題無いだろう。彼女のスピードにこの男たちが対応できるとは思えない。


 俺も大人の男一人が相手でも片手だけで十分応戦できるが、二刀流の限界と言うべきか、流石に三方向同時に仕掛けられては受ける術がない。


「なら……脚を使う!」


 俺は両手で男二人の剣を弾き、片足立ちのまま高速の蹴りを放った。三番手の男は剣に闘気を籠めていたので、足蹴りなど十分防げるだろうと見誤ったのだろう。しかもこちらの蹴りは完全に射程外だ。


 だが残念。俺の脚にも当然闘気が籠められており、蹴りと同時に風の刃を射出した。これこそ最近編み出した新技、脚による【風斬り】である。


「闘技二刀流蹴術……【蹴撃しゅうげき】だ!」

「それって二刀流どころか、もはや剣術でもないですよね!?」


 背後にいる弟子から盛大なツッコミが入ったが気にしない。


「我が闘技二刀流は勝つことが最上! 勝てれば蹴りだろうが頭突きだろうが利用するのみだ!」

「ですから、二刀流要素はどこー!?」


 ソーカも俺の技を盗み見した上でツッコミするほどの余裕があるようだ。


「そんなに言うのなら、この技は教えないけど……」

「わー! とってもお洒落な技ですね! 私も覚えたいです!」


 チョロい、チョロすぎるよ、この子……!


 だが、この【蹴撃】はソーカとの相性が非常に悪い。何故なら、蹴りをするということは、彼女最大の武器である足が止まるという事に他ならないからだ。


 それを知らずに技を会得したいなどと……俺は内心で笑いを堪えきれなかった。


(くっくっく、せいぜい【蹴撃】を磨いて使ってくるがいい! これで今度の勝負も頂いたな!)


 弟子にマウントを取り続ける為ならば、俺は手段を選ばない男なのだ。

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