第23話 闘技二刀流

 ひょんなことから俺による闘気技講座が始まったが、結果は芳しくなかった。しばらくレクチャーして分かった事は、そう簡単に他人が再現できる技ではないという事だ。これにはちょっとだけ優越感を感じだ。


(俺には魔法もスキルもないし、これくらい特別でもいいよね)


 男の子たちが落ちている枝の棒きれを拾って、風の刃を出そうと一生懸命振っている姿が微笑ましい。



 碌な成果もないまま、闘気講座も終わるかと思いきや、意外な人物が可能性を見出した。



「あ、ちょっと出た……」


 まさかのクーである。


 闘気使いでもない彼女が見様見真似で試していたら出来たと言ってきたのだ。


「え!? クーが!?」

「ほ、本当か!?」


 彼女の一声に周囲の者たちが集まり始めた。名だたる闘気使いたちが見守る中、彼女は慣れない動作で護衛用の短剣を持って振りかぶった。


「えいやー」


 何とも気の抜ける掛け声と共に短剣が振るわれたが、確かに僅かな闘気が放たれていた……気がした。


「今のは、成功……なのか?」

「どこも切れてないわよ?」

「いや……だが確かに闘気が飛んだのを感じたぞ!」

「マジか!? どうやったんだ!?」


 未だに一ミリも風を闘気に乗せて飛ばせていない猛者たちがクーに詰め寄った。それでも彼女は何時も通り、マイペースな口調で自らの感覚を周囲に伝えた。


「こう、剣に闘気をギュッ! として、バッ! て放つ。バッ! と……」

「「「…………」」」


 彼女は超感覚派だった。クーから学び取るのを全員が秒で諦めた。


(俺だけの異能じゃないんかい!?)



 結局、その日は誰も【風斬かざきり】を習得できなかったが、全く再現不可能ではないことが証明された。








 その日の夜はステアの神業スキルで生み出した鍋とガスコンロを使って、皆でおでんをつついて食べた。


「なんですの? このふにゃふにゃしたの!? 変な食感ですわ!」

「こんにゃくだな」

「ん……私、これ好き」

「もぐもぐ……大根が出汁にしみて……美味だな」

「あつっ! うまっ! あついっ!?」


 子供たちにもおでんをよそって食べさせた。獣人でも猫族の女の子はやはり猫舌なのか、熱いのを苦手そうにしていた。


 ゆで卵に大根、ソーセージなどはこの世界にもあるようだが、こんにゃくやはんぺん、餅入り巾着などは物珍しいようだ。


「お餅はよく噛んでから飲み込めよ? 喉を詰まらせたら窒息死するからな」

「ひぃ!?」

「おもちこわいっ!?」


 まぁ、市販のおでんパックに入っているお餅は柔らかいから大丈夫かな?


「こう、温かい物を食べると、酒が飲みたくなってくるのぉ」

「ステア嬢ちゃん。金は払うから、あのビールとかいうやつ、また出してくれねえか!」

「儂は日本酒じゃ!」

「毎度ありですの!」


 カカンとニグ爺は大の酒好きなようで、この前ステアが日本酒やビールを生み出して提供したら、すっかり虜になってしまったようだ。


(くっくっく、これで“疾風の渡り鳥”が陥落するのも時間の問題だな)


 現状日本の酒や発泡酒はステアに頼まないと飲めなくなる。このアル中どもはそれを餌に釣れば容易くこちら側の陣営に落ちるだろう。貴重な盾役タンクと神術士だ。逃す手はあるまい。


「このぷよぷよしたデザート、美味しい!」


 ソーカもプリンで誘惑中だ。プリンは特に女性や子供たちにも大人気なデザートだ。ソーカもお気に入りらしく、自分のポケットマネーでおかわりを要求していた。


 銅貨1枚3パック入りの商品に夢中とは……安上がりな奴だ。



 ただソーカに関しては、ことある毎に俺へ勝負を挑んでくるのが面倒だ。




「ケルニクス! 勝負よ!」

「なぁ、勝負がしたければ他の奴に――――」

「――――二刀流はアンタだけでしょう! 戦うだけでも参考になるわ!」


 どうやら同じ二刀流として俺から色々技術を盗みたいと思っているようだ。前回の敗戦が悔しかったらしい。


「そうは言っても俺は我流だぜ? もっときちんとした流派を持つ相手に習ったらどうだ?」

「私も我流よ! それに二刀流の流派って、そんなの私も知らないし……」

「……そうなのか?」


 俺は横で見物していたフェルに尋ねた。


「んー、確かに二刀流剣術の流派って言われても、私もあまりピンとこないわねぇ。剣術ならやっぱり”帰心流きしんりゅう”ね。あそこは頭一つ抜けている流派だわ。あとは”天剣白雲流てんけんしらくもりゅう”、”覇道一刀流はどういっとうりゅう”辺りがメジャーかしら?」


 なんだ、その流派!? どれも格好いいな!


「確かカカンのお師匠様が白雲流だった筈よ。そしてこの子はカカンから剣を教わった。つまりソーカは白雲流って事かしらね」

「正確には叢雲流むらくもりゅうだな」


 フェルの説明に異議を唱えたのは、“疾風の渡り鳥”の前衛である剣士カカンだ。彼は片手剣と盾を使って戦うパーティの盾役タンクだそうだ。


「同じ天剣流でも片手剣と盾を使うのが“白雲流”、片手剣と盾以外を使うのが“叢雲流”と分別されている。だから俺は“天剣白雲流”でソーカは“天剣叢雲流”だな」

「へぇ。私、“天剣叢雲流”だったんだぁ」


 ソーカは自分の流派を知らなかったらしい。


「いや、そもそも俺も正式な白雲流門下生じゃあないしな。俺のお師様が白雲流だっただけだ。そうなるとソーカはやはり我流になるのかな」


 それだと叢雲流を名乗るのは微妙か。


「ちなみに私の流派は”七草流しちくさりゅう”よ」


 フェルが自慢げに自分の流派を告げた。


「弓にも流派ってあるのか!?」

「当然あるわよ」


 今まで特に知らずに戦ってきたが、もしかしたら過去戦ってきた戦士たちも何かしらの流派を修めていたのだろうか?


(……いや、エドガーとかあれは絶対我流だな)


 もしくは筋肉ゴリ押し流だ。


「カカンは二刀流の流派って、他に知ってる?」

「いや……俺も叢雲流以外は全然知らねえな。だったらいっそ、創っちまったらどうだ?」

「……創る? 流派を? 俺が?」


 カカンの言葉に俺は首を傾げた。


「メジャーどころはともかく、そこそこ腕の立つ連中は勝手に“なんとか流!”って名乗ってるぜ? お前ならその資格は十分あるだろうさ!」

「確かに……あの【風斬かざきり】って技、きっと誰も使えない必殺技よ! 流派を開いてもバチなんか当たらないわ!」

「俺が……新流派の開祖……!」


 カカンとフェルに勧められ、俺もなんだかその気になってきた。


(二刀流の開祖か……うん、恰好いいじゃないか!)


「じゃあ俺の流派は、そうだなぁ……。よし、今日から“闘技二刀流とうぎにとうりゅう”と名乗ろう!」

「うーん、少し地味じゃない?」

「安直過ぎじゃないか?」

「微妙……」

「うるせえ!」



 こうして新たな流派、“闘技二刀流”が誕生した。








 ゼルバイル王国内を北上し続けて五日目、俺たちはようやくフラガ大回廊へと辿り着いた。


「ここがフラガ大回廊……ただの広い街道にしか見えないが……」


 確かに今まで見た街道よりは広い。それに道の両サイドには柵が設けられていて、道を外れるのも割り込むのも難しそうな構造となっていた。あの柵は魔獣や亜人対策なのだろうか?


「あそこの柵の内側は完全に中立地帯だ。街道内には幾つか検問所も設けられているが、ご禁制の品さえ運ばなければ、お尋ね者でもスルーな超安全ルートだ」

「そんな街道、ありなのか!?」


 エドガーの説明に俺は驚いた。そんな逃亡者にもってこいの街道が、周辺国から許されているのだろうか?


「この大回廊は国を跨ぐ商人たちの移動をスムーズにする為に、北部の国家や商人ギルドが共同出資して整備・維持されている街道なの。幸いにもホルト王国は非加盟国だし、このルートなら逃げきれる筈よ!」

「ああ。入る際の検問には注意だが、一度入っちまえば、後はひたすら東へ進むだけだ。さすがに東部の国までは俺たちの手配はされていないだろうからな」


 つまりはゼルバイル内にある大回廊の出入り口、そこの検問所さえ突破すれば、後は一切お咎め無しで東部まで逃げられる安全ルートらしい。この街道内で誰かを襲う行為は、フラガ同盟の加盟国全てに喧嘩を売るのに等しく、そんな命知らずはまずいないという話だ。



 俺たちは早速馬車を走らせ、その検問所とやらに向かった。



 入り口の検問所には多くの馬車が並んで待機していたが、荷を改める兵士が多く動員されているのか、とてもスムーズに列が捌けてくる。少し待っているとすぐに俺たちの番がきた。


「大回廊の利用目的と目的地を言え」


 兵士が尋問してきたので、ここは商人であるイートンにお任せした。


「人材の斡旋をしております。将来の働き手を育成する為の人材を、ザイツ王国まで輸送する予定です」


 ザイツ王国とは、このフラガ大回廊の終着点であるユーラニア共和国の一つ手前にある小国だ。


 最初はユーラニア共和国まで一気に逃げようと考えていたのだが、東部の情勢に詳しい者が誰もいないので、ここは一度小国のザイツに身を潜め、周辺国を調べてから潜伏場所を決め直す事にした。


(大国の貴族といきなり揉めるとか、その手のイベントはもうこりごりだしね)


 俺は過去の過ちから学んだのだ。


「人材? 奴隷か?」

「いえ、有志の孤児たちです。彼らが成長するまで、我々が支援・育成する形ですね」


 これは本当の事なので、子供たちに直接尋ねられても全く問題が無い。俺たちも商人や子供たちを守る傭兵という設定だ。


 一つ懸念事項だったのが、ホルト王国からゼルバイル王国へ越境する際に大暴れした件だが、あれはホルト王国側の砦だったので、ゼルバイル領には普通の手順で入国している。


 その後は町にも一切立ち寄っていないので、他国から手配書が回っていない限りは問題ない…………筈だ。


「……よし! 荷も問題ないようだな。通行料を徴収する!」

「どうぞ、お納めください」


 料金は馬車一台で銀貨1枚掛かる。この先幾つかの検問を通過する度に銀貨1枚ずつ徴収されるらしい。


(これってもしかして、高速道路みたいなもんか?)


 料金を支払い、整備された道を素早く移動できるシステムは、まさしく俺の知っている日本の高速道路とそっくりだ。


「よし、通れ!」

「ありがとうございます」


 特に何事も起こらず、俺たちはフラガ大回廊へ入場することができた。








 しばらく馬車を進めると、街道の脇に気になる施設や広場がちらほらと見えた。


「あれは、何の広場なんだ?」


 俺は御者席の隣にいるイートンに尋ねた。


「ああ、あれは恐らく馬車を止めるスペースですな。暗くなったらあそこで各々野営するんでしょう」


 イートン自身も利用するのは初めてらしく、聞きかじった情報から推察して答えてくれた。


「それじゃあ、あの施設は?」

「あれは……多分野営を嫌う商人や貴族用の宿でしょうな。フラガ大回廊近くには宿屋や宿場町が併設されていると聞いております」

「成程……」


 日本で言うところのサービスエリア的な場所だろうか? 大回廊内は横幅が広く、馬車が四台同時にすれ違える程の余裕がある。しかも基本的に左側を通行するようにと定められていた。


 そこは日本と同じで俺としても覚え易くて助かる。


「でも、これのどこが大回廊なんだ? ただの大きい街道じゃあ?」

「ふふ、明日になればその理由も分かると思いますよ。私も初めて見るので……楽しみです」








 そして翌日、今日も俺たちはフラガ大回廊内を走行していた。整備された道は移動も早く、既にゼルバイル王国に隣接する区画を離れていたらしい。


「ほら、見えてきました。あれが大回廊と呼ばれる所以だそうです」

「おおお!? すげえ…………」


 そこはとても大きな渓谷であった。


 街道の両サイドには見上げるのが辛くなるほど高い崖がそびえ立っていた。崖上の所々が突き出ており、屋根のように天を塞ぎ、その隙間から太陽の光が差し照らしていた。まるで天然の回廊のような幻想的な光景だ。


「この道は……元々渓流か何かだったのかな?」

「おや、ケルニクス殿は博識ですな。どうやらそのようです。今はこの辺りの水源も完全に枯れたか、水流でも変わったのか、余程の大雨でも来ない限り浸水することはありません。何年かに一度くらい、雨期になると一時通行禁止になるようですが……」


 雨でいちいち街道が水没していたら使い物にならないだろう。治水工事はある程度されているみたいだ。


「この崖上の南側に進むとエルフの森があると聞いております。何でも森の中には彼らの王国があるとか、ないとか……」

「エルフ族の国、ですか……」


 この世界には俺たち人族の他にエルフ族、獣人族、ドワーフ族と四種類の種族が存在する。


 その中でもエルフ族とドワーフ族の扱いはちょっと特殊だ。それというのも大昔に人族と獣人族は、エルフ族とドワーフ族の連合と種族間戦争を行なっていたからだ。


 その大戦は長期間に及んだそうだが、結果は人族・獣人族連合軍の勝利となる。


 敗れたエルフ族は森に、ドワーフ族は山に追いやられたそうだ。当時の彼らの扱いは、それは酷いものだったらしい。


 ただし、それももう500年以上昔の話で、今は彼らを理由なく迫害する事を大陸全土で禁止にしている。ただその名残なのか、人族や獣人族主体の国家はあっても、エルフ族やドワーフ族の国というのは公式上では存在していない。


「エルフ族は、やはり人族を嫌っているのかな?」

「……どうでしょうなぁ。彼らの寿命は私どもより遥かに長いようですから、500年前の種族間戦争も、我々人族よりもっと身近に感じているのかもしれませんなぁ」


 何でもエルフ族は、数百年は普通に生きる種族らしい。大戦時の生き残りが存命である可能性も十分にあり得るのだ。








 その日の夜、俺たちは適当な広場で馬車を止め、そこで夜営することにした。


 広場に地球製のテントを組み立てると、それを見た周囲の商人たちが驚いていた。何人かの目敏い商人たちは興味を示して話を聞きに来たが、その対応は全てイートンにお任せした。


(あんまり人前で使用するのは避けた方が無難かな?)


 だが一度このテントの快適さを知ってしまうと、シーツを引いて横になるだけなんてあり得ない。季節はもう秋なので夜の気温も日に日に落ちていた。この二重層タイプのテントは防寒対策がバッチリで温かいのだ。


「このおへや、あったかいね!」

「うん、ぽかぽか~!」


 俺と同じテントで食事を取っているのは、先ほど話題に上がったエルフ族の姉妹である。姉がテテで妹がトアという名前だ。


 今日は他の人たちの目もあるので、さすがにガスコンロの使用は控え、おにぎりとスープをステアに用意して貰った。本当はもっとちゃんとしたお弁当を食べたいのだが周囲の目もあるので自重した。当分は当たり障りのない食べ物をチョイスする予定だ。


 それでもプリンを求める声は非常に強く、周囲に見えないようにこっそり食べさせた。


「テテとトアはどうしてスラムで暮らしてたんだ?」

「んー、どうしてでしょー?」

「わからんです!」


 二人は幼い頃からスラム暮らしだったらしく、少し年上の人族の少女たちと一緒に暮らしていたそうだ。


「ツワチも親は知らないのか?」

「もぐもぐ、うん。そだよー?」


 この子はドワーフ族の男児でツワチという名前だ。彼もまた、気が付いたらスラムで生活していたと証言していた。


 エルフ族やドワーフ族は仲間や家族を大切にすると聞いているが、そんな彼女らが人族の領域にあるスラムで暮らしていた。そんな事があり得るのだろうかとは思うが、もしかしたら何処かで隠れ住んでいたのを奴隷狩りで追われてスラム街に逃げてきただけかもしれない。


 この三人は孤児たちの中でもかなり目立っていた。


 エルフ族は耳が尖っていて、スラム街ではローブなどで耳を隠すよう仲間の少女に注意されていたそうだ。だが何処かで見られてしまったのか、例の奴隷商人に姉妹揃って攫われてしまったらしい。


 その一緒に暮らしていたという少女たちも共に攫われ、今は俺たちが保護している。エルフ姉妹ともとても仲が良い。


 ツワチもドワーフ特有の丸っこく小柄な身体で、これまた別な場所で同じ人攫いに遭ってしまった。この子も物心ついた時にはスラム暮らしだと言っていた。


(仮に家族を名乗る人が現れたら、きちんと返してあげなきゃな……)


 ご飯を食べてクークー寝ている子供たちを見て、俺は少しだけ寂しい気持ちになった。

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