第22話 お披露目会
日が天辺に昇り始めた頃には馬も疲れ始めてきたので、休ませる間に俺たちは昼飯を取る事にした。
この世界は朝夕の食事はあっても昼飯という文化はないらしいが、金銭に余裕のある者は軽食を取ったりする。貴族なんかだと普通にランチも出るそうだ。
俺たちは育ち盛りの子供が多いので、昼はきっちり取る方針とした。今俺が決めた。
昼食を取りながら、俺はステアにも話した内容を皆に伝える。
「――――と、いう訳で、新たに傭兵団を設立したいと思っている」
「まぁ、俺は元々そのつもりだったから異論ねえぜ?」
いの一番に賛同したのはエドガーだ。
彼は今まで傭兵稼業をしてきた人間なので、そのまま俺の傘下に納まるつもりでいたそうだ。
「その後方支援というのは、具体的にはどのようなものだ?」
エータが尋ねてくる。
ステアが傭兵として生きていくと宣言した時にはエータとクーの二人は慌てたが、彼女には実働部隊ではなく、その後方支援にまわる旨を伝えたのだ。
その活動内容について詳細を尋ねてきた。
「傭兵団にだって拠点が必要だし、活動資金なんかも入用だろう? ステアの
「成程……あの不思議な創造系能力ですな」
正確には創っているのではなく交換なのだが、【等価交換】のように何かを生み出すスキルを創造系と分類するらしい。国によっては過去に観測されたスキルを纏めていたりするそうだが、帝国の図書館にはそのような図鑑は存在しなかった。恐らく軍事機密情報で一般には情報が出回っていないのだろう。
「孤児たちの面倒も見ていきたいし、その資金で孤児院を設立したいと考えている」
「孤児院の設立かぁ。その子たちをエアルド聖教の孤児院に預けるのは駄目なの?」
そう提案したのはフェルだ。
「いや……教会の孤児院じゃあ、こんな大人数キャパオーバーだぜ? それに教会の孤児院もピンキリでな。スラム暮らしの方がマシだと言って出ていく子供も少なくない」
フェルの意見に反対したのは意外にもシュオウだ。
「あなた、妙に詳しいわね? もしかして孤児院の出だったりするの?」
「まあな。孤児院を出たガキ共は冒険者や傭兵を目指すか、へまやって奴隷落ちになるのが関の山さ。運よく真面目な神父やシスターのいる教会に入れられても、少ない予算内で孤児院を運営していかなければならねえのは何処の教会も一緒だ。どっかの道楽が大金でも喜捨しない限りはな」
その辺りが、シュオウが怪盗をしていた動機なのだろう。身寄りのない子供が普通の生活を送るには、この世界は些かハード過ぎるらしい。
「そこら辺もきっちり面倒見たいと思っている。やる気のある奴は、学問や戦い方を学ばせる機会を与える、とかな」
「ふむ。無理やり傭兵として育てるという訳ではないのですな?」
「人には向き不向きがあるだろう? 戦いたいという奴は将来傭兵団員として採用してもいいと思っているが、普通に街で暮らせるのなら、そっちの方が絶対に良い」
「分かりました。そういうことでしたら私も協力致しましょう」
イートンとしては拾った子供たちが戦いの道具にされないかを懸念していたようだが、俺がそれを否定すると彼も賛同してくれた。
「それに私もステア様のスキルには大変興味がありますからな。あれらの品々があれば、資金稼ぎなど容易いでしょう」
「それはそうだけど、あんまり悪目立ちしないでくれよ?」
「大丈夫です。その点もしっかり配慮致します」
イートンも俺と同じ懸念は抱いていたらしい。この商売方法はステアの【等価交換】がなければ成立しない。あまり荒稼ぎし過ぎて、逆に彼女の命が狙われるのだけは避けたい。どうやらその辺りは弁えているようなので安心した。
「子供たちのお世話でしたら、私たち姉妹に任せてください!」
「子供のお守りなら得意だよ!
サローネとルーシアの姉妹も孤児院設立には賛成のようだ。
後は……
「フェルたちはどうする? 東部の国まで無事逃げ切れれば奴隷から解放するけど?」
フェルに尋ねると、彼女は両腕を組んで悩んでいた。
「んー、傭兵かぁ。人と戦うのは専門外なんだけどなぁ」
「……その割には初手から眉間ぶち抜こうとしたじゃないか」
「あ、あれは……っ! ま、まぁ、人と戦った経験が全く無い訳じゃあないし、ね?」
Aランク冒険者ともなれば、多少の荒事も経験済みなのだろう。砦を襲っていた時も”疾風の渡り鳥”の連中には迷いが無かった。殺生も経験済みというわけか。
「けどよぉ。今回の一件で俺たち”疾風の渡り鳥”も立派なお尋ね者だ」
「そうじゃのぉ。冒険者を除名とまではいかないまでも、ホルト王国の息のある地域では、もはや活動は難しいかもしれんのぉ」
俺は賞金を掛けられていた為、そもそも冒険者登録ができなかったが、既に冒険者であれば犯罪で一発除名処分とはならない可能性もある。冒険者ギルドは大陸の加盟国から支援を受けている中立武装組織なので、明らかな凶悪犯罪や国家レベルの大事件でも起こさなければ冒険者は続けられるのだ。
ただ、フェルたちは今回の一件を公爵家との揉め事程度と認識しているが、実際のところはホルト王国やシドー王国の現政権と完全に敵対している。下手したらギルドから除名処分をされた上、国際指名手配も十分あり得る状況なのだ。
「じゃあ、東でも冒険者を続けられるの!?」
それを知らないソーカたちは今後の身の振り方を相談し合っていたが、事情を知っている俺たちは憐れんだ目で見ていた。
「あ、あのぉ……それはちょっと難しいかと存じますわ」
そんな彼女たちを見兼ねたのか、ある意味今回の引き金でもあるステアが恐縮しながら事の経緯について説明した。遂に彼女らにも詳しい事情を暴露したのだ。
始めはステアの話を同情的に聞いていた四人だったが、事が国家を跨いだお家騒動だと知ると顔色を真っ青にしていた。
「ちょっと!? そんな話、聞いてないわよ!?」
「うん。だって今言ったし」
「開き直るなあああぁ!!」
結局、フェルたち元冒険者組は荒れに荒れ、この場では色よい返事を貰えなかった。それでも奴隷である以上、契約通り東部まで一緒に逃げる事だけは納得してくれた。
ゼルバイル国に入って三日が経過した。
お尋ね者という立場上、俺たちは一度も町や村には寄らず、街道から少し外れた場所で野営をしながら北上を続けた。資金はそこそこあるので物資の補給はステアのスキルだけで賄えるのだ。
「ステア様の
雨が降ってきたのでどうしようかと頭を悩ませていたのだが、ここは奮発して大きいテントを幾つか購入した。お陰で資金が大分減ってしまった。
「むぅ、一度街で硬貨を調達する必要がございますねぇ。何か目立ち過ぎずに売れそうな品は出せないでしょうか?」
「んー、だったら塩なんてどうかな?」
「塩、ですか? 確かにここは内陸なので、少々値は高いでしょうが、塩でそこまで稼げるとは……」
イートンの懸念は理解できる。ステアの能力【等価交換】の真価は、この世界に存在しないような品を生み出してこそ活きるのだ。
だが、逃走中の俺たちが目立つ行動をするのは慎みたい。それに、恐らく塩でも十分儲かると俺は踏んでいた。
「ステア、試しにこの銅貨3枚で塩を買えるだけ買ってみてくれ」
「はいですの。えーと、“塩”っと…………」
俺は地面に漢字で“塩”と書いて、ステアはその字を見ながらスキルで検索して塩を購入した。出てきたのはビニールで梱包された1kgほどの塩だ。
「こ、これは……銅貨たった3枚でこれ程の量を!? いや、それよりもこの色! こんな真っ白な塩は初めて見ましたぞ!?」
やはり思った通り、この世界と日本との塩の相場はかなり差異があるようだ。それに日本の科学技術で生産された品々は、この世界の同一商品と比べて品質が圧倒的に上だ。
中には神術薬などの日本の科学技術でも再現不可能な薬や不可思議なアイテムも存在するが、神術や魔道具が関わらない品に関しては、ステアの生み出す商品が最上品質になるだろう。
ある程度の塩をステアが生み出すと、その塩をビニールからイートンの贋作壺に移し替えて、エドガーを護衛に付けて最寄りの町へ売りに行ってもらった。
「おい、あの贋作売りに任せて平気か?」
シュオウが俺に尋ねてきた。
「問題無いだろう。エドガーも付いているし、俺たちを騙すような真似はしないさ。それにイートンさんが騙すのは性悪貴族や悪徳商人だけだそうだ。俺やお前とも似た者同士だな」
「そ、そうなのか?」
これは道中でイートン本人から聞いた話なのだ。
彼には昔、妻とお子さんがいたそうだ。その頃から商人として働いてイートンだが、ある時ライバルの大商会に目を付けられてしまう。その商会と懇意にしていた貴族に嵌められてイートンは借金持ちになってしまったのだ。
強引な形でイートンは妻と子を奴隷として取られ、それからイートンは死に物狂いで働いて借金を返済し続けた。ようやく二人を買い戻せそうになった時、妻と子は二人とも過労で死んでしまったそうだ。
それ以来、イートンは悪事を働く貴族や商人を憎み、彼ら相手に騙すような商売を始めたらしい。彼が奴隷に関して過敏なのはその所為だったのだ。
「そいつは……なんか疑って悪いこと聞いちまったなぁ」
「俺も似た感じで尋ねちまった。ステアたちを騙すつもりじゃないかと問い詰めたんだが……」
まさかそんな重たい過去を持っているとは想像もしていなかった。
イートンは確かに悪事を働く貴族や商人を憎んではいたが、ステアたちのように誠実な貴族には何ら悪感情を抱いていないとも語ってくれた。
まぁ、追われている身なのを隠して護衛依頼を引き受けた件は少し咎められたが、そんなイートンを俺は信用していいと思っている。
イートンたちの帰りを待つ間、ソーカが話しかけてきた。
「勝負しましょう!」
「やだ!」
簡潔に断った。
彼女とこれ以上戦う理由は無いので、このまま勝ち逃げさせてもらう。
「むきぃいいー!! 勝負よ! 勝負! 勝負ぅ!」
騒ぎ立てる少女を俺は無視していたが、あまりにもしつこいので根負けして話し掛けた。
「なんで俺と勝負したがるんだ? 模擬戦なら後でエドガーにでも頼めよ。あいつ、喜んで応じるぜ?」
「アンタじゃないと駄目なの! 負けっ放しは気分が悪いわ!」
「俺は勝ったまま気分が良い状態でいたい。だから嫌だ!」
「むきいいいいいっ!!」
年頃らしく地団駄を踏んで子供のように喚くソーカを俺は呆れながら見ていた。すると見かねたフェルがやって来た。
「こら、ソーカ。あんまり我儘言わないの。それに、そんな言い方だとケルニクスも受けてくれないわよ?」
「うぅ……でもぉ……!」
こちらをチラチラ横目で見るソーカ。これはまだ諦めきれないという表情だな。
「ごめんね、ケルニクス。この子、同年代では負け知らずだったから、きっと貴方に興味があるのよ」
「そ、そんなんじゃないわよ!? ただ、あの技が気になって……」
「……あの技?」
思わず聞き返してしまった。
「あの、周囲に風を飛ばす技よ! あれ、神術じゃないでしょ!?」
「ああ、あれね! あれって闘気よね? 私もずっと気になっていたのよ!」
ソーカだけでなく、フェルまで俺に催促するようになった。誰かに助けを求めようとすると、背後にエドガーが立っていた。いつの間にか街から戻ってきていたようだ。
「俺も気になるな。闘気で矢やナイフを飛ばす技術は知っているが、お前さんは斬撃を飛ばしていただろう?」
「ああ! 検問所の兵士二人を倒した技ね!」
ソーカは目敏く俺が戦うところを見ていたようだ。
三人だけでなく、俺たちのやり取りを盗み聴きしていたエータやカカンといった闘気使い全員が集まり出した。
「うーん、仕方がない! これ、一応俺のとっておきだから、他言無用で頼むぞ?」
「ええ、分かったわ!」
「やったぁ!」
「おい! ケルニクスが必殺技教えてくれるってよー!」
なんか騒ぎが大きくなり、闘気使いだけでなく、ほぼメンバー全員に子供たちまで集まり出した。
(他言無用とは一体…………まぁ、いいか)
俺は皆の見ている前で、遠くに立っている木を的に【
「――――と、このように、風に闘気を籠めて刃状にして放つのが【風斬り】な」
「「「すっげー!!」」」
「「「…………」」」
俺の技を見た者の反応は大別すると半々で、単純に驚いている者と、何が起こったのか理解が及ばない者で割れていた。ただ不思議なのは、闘気を熟知している筈の者ほど黙ったまま眉を顰めていた。
「……なぁ、ケルニクス。もう一回、やってもらっていいか?」
「ん? まあいいけど……」
それから俺はエドガーたちに催促され、何度も【風斬り】を放った。ソーカからのリクエストもあった身体の周囲に風圧を飛ばす技も披露して見せたが、闘気使いは全員難しい顔のままだ。
「……なぁ、疾風の。あれ、お前できっか?」
「無茶言わないでよ!? なんで見えない風に闘気を籠められんのよ!? ソーカはどうなの? あなた、風の神術扱えるでしょう?」
「ええ!? 風に闘気なんて……やっぱ無理だよぉ!」
ふむ、どうやらスタート時点で全員躓いてしまっているようだ。
「何故無理なんだ? 武器や防具、それに矢にも闘気は籠められるよな?」
「そりゃあ訓練したからな。似たような武器にも闘気は籠められるさ。だが、風なんかは一度も試した事ねえからなぁ……」
「そうだな。さっきから何度も試しているが、取っ掛かりすら見えねえ。……闘気が空中で霧散するだけだ」
エドガーだけでなく、エータも全く手応えを感じられない様子だ。
「うぅ、出来ないよぉ……」
ソーカも何度も試しているが、ヒントすら掴めていない。仕方がないので、アドバイスしてみた。
「風……つまり空気には、見えないと思うけど色んな成分があるんだ。ほとんどが窒素と呼ばれるモノで構成され、後は酸素がそこそこに、二酸化炭素やガスが少量…………」
俺が風に闘気を籠められるのは、そういった知識があるからだと思っているので、ソーカたちにもその事を説明してみた。
「チッソ? それって何?」
「え? 窒素はだなぁ…………なんだろう?」
俺もよく知らなかった。
もしかしたら俺の闘気が変なのは別の要因なのかもしれない。
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