第21話 将来

 改めて国境沿いにある王国の砦を見る。ここ以外だと馬車の通行が難しいルートか、より警備が厳重な道しか残されていないそうだ。



「……正面突破でいいんじゃねえか?」


 一緒に警備の様子を見ていたエドガーがぽつりと呟いた。


 確かに兵士は結構な数はいるが、フェルの仲間たちが加わるのなら小細工抜きで制圧できそうだ。正直言って、帝国の大隊相手でも太刀打ちできそうなだけの戦力だと思っている。


「そうだな。ここで時間を潰すのも面倒だし、力ずくで……ん?」


 様子を伺っていると、一台の馬車が検問に差し掛かった。外見はなんの変哲も無い幌のかかった馬車だが、その荷台部分に多数の人の気配を感じる。


 一瞬、俺たちを狙った賊でも潜んでいるのかと勘ぐったが、それにしては弱々しい気配だ。それに微かに子供のすすり泣く声が聞こえてきた。


(おいおい、あれってもしかして人攫いの馬車か?)


 あんな馬車、検問を通れば一発アウトな気もするが……もう少し様子を見る事にした。


「いやぁ、兵士さん。いつもお疲れ様です」

「おう! お前さんか」


 御者台には二人の男が座っていた。一人は強面で如何にも用心棒といった雰囲気だが、もう一人は商人風の男であった。


 その商人風の男が兵士に何かを手渡した。


「これは例の物です。つまらないモノですが……」

「ふむ、隊長にも宜しく伝えておこう」


 兵士は中身も見ずにそれを受け取ると、なんと荷を改めないままその馬車に通行許可を与えてしまったのだ。


「かーっ! 袖の下握らして、そのまま通っちまったぜ」


 エドガーもあれが人攫いか奴隷商だと勘付いていたようで、呆れながらその様子を眺めていた。仮にあれが正式な奴隷なら荷を改めても問題無いだろうし、そもそも賄賂も必要がない。


 間違いなく違法奴隷商人の輸送馬車だろう。


 こうしてはいられない!


「……出るぞ! ついでにあの馬車も差し押さえる!」

「は……はあ!? いや、だがなぁ……」


 エドガーが躊躇う理由は分かる。ここで出て兵士を倒し、あの馬車も捕まえて検問を突破する。それだけなら俺たちにとっては容易いだろう。問題はあの荷馬車に乗っている者たちを助けたその後だ。


 だが――――


「――――違法奴隷は絶対に許さん。天誅だ!」

「……分かった。了解だぜ、ボス!」


 俺の表情を見たエドガーは説得を諦め、一度後ろに下がって仲間たちを呼びに戻った。俺はそれを待つつもりもなく、既に動き始めた馬車に向かって駆け出していた。


「なっ!?」

「何だ、貴様は……止まれ!!」


 突如森の茂みから飛び出てきた俺に兵士たちが警告を発するも、それを全て無視した。力ずくで止めようとする兵士たちをひらりひらりと躱し、あっという間に例の馬車の前へと立ちふさがった。


「おら! 抜き打ち調査だ! 馬車を止めて後ろの荷を確認させろ!」

「な、なんだ、貴様は……!」


 商人は俺をそのまま馬車で轢こうとでも考えたのか馬に鞭を打つも、俺が全身に闘気をみなぎらせると、馬は本能で悟ったのか怯えてその場から動かなくなった。


 奴隷商人なんかより数億倍賢い生き物だな。


「テメエ、何しやがんだ!」


 御者席に同乗していた用心棒風な男が飛び掛かって来るも、俺はそいつをグーで殴り飛ばした。首を撥ねても良かったが、万が一勘違いの可能性もあるのでまだ生かしておいた。


「ひ、ひいいい!? へ、兵士さーん!!」


 すかさず商人が情けない声を上げ、背後から駆け付けている兵士たちに助けを求めた。俺は一旦商人の事は放っておいて、馬車に掛けられた幌をたくし上げた。


 荷台の中には多くの子供たちが縛られたまま乗っていた。


「んーっ! んーっ!」

「うぐっ……ん“ん“~!!」


 声で勘ぐられないように口を塞がれていたようだ。子供たちは泣きながらこちらに助けを求めようとしていた。だが半数以上は疲労しているのか、ぐったり倒れ込んだままだ。


「貴様ァ!! 検問破りとは良い度胸だな!!」

「大人しくしろ!!」


 子供たちが囚われている異常事態にも関わらず、兵士たちは検問を突破した俺の方に興味があるようだ。


「おい、兵士さん。あの荷は一体なんだ? どうしてあれが何の確認もされないまま通行OKなんだ?」

「だ、黙れ! 貴様の取り調べの方が先だ!」

「あの馬車は何も問題は無い! 法を犯しているのは貴様の方だ!!」

「……成程、法……法律……ね」


 つまりホルト王国は子供を無理やり攫って越境するのを良しとする国家な訳か。


 であれば……ホルト王国は俺の敵だ!


「それじゃあ……心置きなく戦えるな」


 俺が二振りの剣をゆっくり抜くと、兵士たちはギョッとした。


「小僧……抵抗する気か!?」

「ん? 双剣使いの黒髪の子供……まさか……!」


「おいおい、こっちばっか見てるけど、後ろの応援に行かなくて平気か?」


 俺が二人の兵士の背後を指すと、エドガーやフェルたちが砦にいる兵士たちへ既に襲い掛かっていた。


「敵襲―っ!!」

「例の賊だー!!」

「あいつら、”疾風の渡り鳥”だぞ!? しかもメンバー全員いやがる!?」

「賊に加担しているって報告は本当だったのか!?」


 あっという間に検問所周辺は騒がしくなり戦場と化した。いや、戦争というのも烏滸がましく、王国兵たちが一方的に倒されていくだけであった。


「現状を理解したようだな?」


 俺が声を発すると、目の前の兵士たちは顔色を真っ青にしながら俺の方へ視線を戻した。


「お、お前……双鬼か!?」

「白獅子を暗殺したっていう、あの……!?」

「暗殺って……俺はこうやって倒しただけなんだけど……な!」


 言葉と同時に俺は両手の剣を振り、【風斬かぜきり】で兵士二人の首を撥ね飛ばした。正確には、白獅子を討った時の技は【血走ちばしり】だが、こいつらに文字通りの出血大サービスするほど俺は献身的ではない。


「ひ、ひぃいいい!?」


 その様子を見ていた奴隷商の男が逃げようとしたので、俺は追いかけて捕まえた。


「おい、この子供たちは何だ?」

「ひぃいい!? い、命だけはお助けを……ぎゃあああっ!?」


 質問に答えなかった男の右腕を俺は折った。


「俺が聞きたいのはお前の命乞いじゃあない。この子供たちはどうしたのかと尋ねたんだが?」

「い“い”い“っ!? う、うう……お答えしたら……助けて、くれますか……?」


 俺は奴隷商の問いには一切応じず、無言で左腕の骨を折った。


「ぎゃあああああっ!?」

「これが最後だ。答えなければ殺す。嘘だと判断しても殺す。洗いざらい吐け」


 そう告げると男はようやく観念したのか、痛みに堪えながらもぽつりぽつりと質問に応じ始めた。



 やはりこの男は違法奴隷商人だったようで、ホルト王国のスラムを中心に子供たちを攫ってきたそうだ。スラム街を狙ったのは、家族がいる子供だと後々面倒なので孤児に的を絞ったそうだ。万が一身寄りのある子供だと拙いので、わざわざ隣国まで行って売り捌いている周到ぶりだ。


 確かに荷台にいる子供たちは全員孤児のような格好をしていた。人族、獣人族、エルフ族、ドワーフ族とバリエーション豊富だ。エルフ族の少女二人は特に貴重な様で、彼女らにだけは首輪が付けられていた。


「この子たちを奴隷から解放しろ!」

「は、はいぃいいいい!!」


 両腕を折られてすっかり従順になった奴隷商は、俺の命令通りに二人の奴隷契約の破棄を宣言した。


「こ、これで見逃して貰えますか?」

「違法奴隷商人はゼッチュー!」


 躊躇いなく男の首を斬り落とした。


 俺はこの世の悪徳奴隷商人は絶対ゼッ天誅チューを下すと決めているのだ。見逃すわけがない。


 ついでに気絶している用心棒の男にもトドメを刺した。子供を攫う行為に加担した時点でお前もゼッチュー対象だ!


「おーい、砦は制圧したぞー!」


 検問所の方を見ると、エドガーが大剣をブンブン振り回して物騒な事を口にしていた。


「さらっと言ってるけど、やっぱこいつらすげえな……」


 仮にも一国の要所を守る砦である。


 俺たちの戦力が過剰なのもあるだろうが、警備の薄さに兵士たちの腐敗と、俺はホルト王国が本気で心配になってきた。


「……大丈夫か、この国?」

「公爵があんなだし、駄目じゃねえのか?」

「元クライアントだろうに……」


 エドガーと雑談を交わしながら仲間たちの元へ戻ると、女性陣に声を掛け囚われている子供たちの救出を手伝ってもらった。何人か酷く衰弱していたので、弱っている子供には治癒神術薬を使用した。フェルたちが持っていた分だ。


「さすがはAランクパーティ! 備えが良いな」

「寧ろあんたらは、なんで神術薬一つも持たずに公爵家へ喧嘩売るのよ!?」


 耳が痛いが、止む無き事情故なのだ。致し方なし……


「ついでに金を少し貸してくれないか? 持ち合わせがあまりないんだ」

「ケルニクス、金ならここにあるぞ!」


 シュオウが持っていたのは、先程奴隷商人が手渡していた賄賂の入った袋だ。元怪盗だけあって、そういった事には抜け目がない。


「ステア、このお金で子供たちに食べ物や着る物を出してくれないか?」

「わかりましたわ!」


 ステアの【等価交換】は金額に応じて地球の大手通販サイトから商品を購入する事ができる謎スキルだ。最近判明した事だが、日本製品だけでなく、海外通販サイトもいけるようだ。つまり地球のネット上で売買されている物は何でも取り寄せ可能なのだ。


 俺の前世は元日本人らしく、英語はあまり詳しくない。ステアには暇を見つけては日本語を教えているので、今度日本の英語教科書や英和辞典でも買わせてみるかな。




 ステアは硬貨を使って次々と日本産の食べ物や子供服を生み出していく。見慣れぬ品々にイートンが食い入るように見つめていた。


「こ、これは……なんて精巧で透明な容器なのだ!? ガラス……いや、それにしては柔らかい……?」


 ただのプラ製ペットボトルです。


「触り心地の良い衣服だ。一体どんな魔獣の毛皮をなめせば、こんな……!」


 ただの綿で作られた量産品の安物服です。


 まぁ、この世界の文明レベルでは、地球産の商品はどれもオーパーツ扱いだろうな。そういえば商人であるイートンにはまだステアの神業スキルをしっかり見せていなかった気もする。


(これは……もしかして商売になるのか?)


 賊に追われて必死に逃げ続けていたので、そんなこと考えている暇が全く無かった。それにこんな目立つ物を売り捌けば当然足が付く。その辺り、商人のイートンなら上手く利用できるのだろうか?


「何時までもここに留まっているのは危険よ! さっさとこの場から離れましょう!」


 確かにフェルの言う通りだ。


 俺たちは違法奴隷商人の馬車もそのまま押収し、砦で物資を強奪してそのまま国境を越えた。








 数時間後、俺たちはホルト王国の東隣に位置するゼルバイル国の街道へ出た。


 俺たち一行は合計四台の馬車で移動していた。御者席にはそれぞれエータ、イートン、フェル、カカンが乗り、馬車を縦列で走らせていた。


 俺はステアと一緒に子供たちの乗っている馬車へ相席した。助けた手前、俺が面倒を見るのが筋だろう。ステアにはスキルで子供たちに必要な物を色々出して貰っているので一緒に乗ってもらった。


 数時間も経つと、怯えていた子供たちとも徐々に打ち解け合い、何人かの子たちには笑顔が見えた。


「そうか……全員親はいないのか……」


「うん。ぼくはスラムでくらしてたー」

「わたしも町のお外でねてたよー」

「わたしもー」

「おれもー」


 子供たち全員、家族の下から無理やり攫われたのではないことだけが唯一の救いだろうか。最悪、後で親元に返さなければという考えも過ったが、彼らは全員天涯孤独の孤児たちのようだ。親に捨てられたか死別したらしく、どの子も俺と似た境遇だったのだ。


 ちなみに子供たちの年齢は最年長でも俺より二つ下の10才だ。中には5才くらいの幼い子もいた。ただし全員俺と同じで、自分の正確な年齢は分からないそうだ。


「ケルニクス、貴方本当に12才ですの? それにしては身体が大きいような……」

「……最近怪しく思えてきた。食事の量が改善されてきたからかな?」


 ここ数カ月で身長がぐんぐん伸びてきた。どうやら育ち盛りらしい。


 もしかしたら14才……いや、16才くらいあり得るかもしれない。もう少し様子を見て、成長具合で自分の年齢を決め直そう。早く成人した方が何かと便利そうだしね。


 しかし身体はともかく、精神年齢はとっくにおっさんの筈なので、ステアにはせめて大人びているとか言われたかったな。


(俺ってもしかして、子供っぽい?)



 子供たちは腹いっぱいご飯を食べて満足したのか、お互い身を寄せて眠り始めた。中には俺やステアに寄りかかって寝ている子供もいた。幼い子供の寝顔は可愛いもんだ。


「ケルニクスって敵には容赦ないですのに、子供には優しいですの。初めて見た時も孤児たちに串焼きをご馳走していましたの」

「あれは……ちょっと迂闊だったんだ」


 お腹を空かせている子供の目の前で串焼きなど食べるべきではなかった。しかも一人に与えたら、それを見ていた他の孤児も集まって来て、全員公平にあげなきゃという強迫観念に囚われただけなのだ。


 それが巡り巡ってステアに護衛として認めてもらい、今はこうやって仲良く一緒に逃亡生活だ。人生分からないものである。



「この子たちはどうする気ですの?」

「……面倒みる。俺に親の真似事なんて無理だろうけど、せめて衣食住には困らないように支援してあげたい」


 助けてお終いではあまりにも無責任だろう。せめて独り立ちできるくらいには寄り添ってあげたいのだ。


「この子たちもわたくしと一緒で、家無しの孤独ですの。……いえ、わたくしにはエータもクーもおりましたわ……」


 ステアも祖国を追われ、家族も今は近くにおらず、親戚にすら命を狙われている身だ。俺も似たような立場なので、この子供たちに同情的なのだろうか?


(将来、か……。俺たちの、そしてこの子らの……)


 俺は一つ、将来のビジョンを思い浮かんだ。


「……アリステア。俺たちで正式に傭兵団を立ち上げないか?」

「……その名は捨てましたわ。今のわたくしは、ただの傭兵ステアですの!」

「ステア。傭兵団で稼いで、それで子供たちを食わせていくぞ!」

「ふふ、それも面白そうですの! わたくしの神術が火を噴きますの!」

「……いや、それは自重して」


 あの喧しい神術で魔獣が誘引された苦い記憶を思い出した。ステアには戦闘面ではなく、神業スキルを使った後方支援をお願いしたいのだ。


 傭兵稼業と並行して、ステアのスキルでぼろ儲け大作戦だ!


 その金で孤児たちを養っていくのだ!


 俺はステアと将来について語り合った。

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