第20話 二刀流vs二刀流

 突如現れたフェルの仲間に勝負を挑まれた。


「……断る!」

「なっ!? に、逃げる気!?」

「逃げるも何も、俺たちは今まさに逃亡の最中だからね? 勝負なんてしている場合じゃない」


 彼らが追って来られた以上は、公爵家や王国の追っ手もすぐ傍に来ている可能性が高い。こんな所で油を売っている訳にはいかないのだ。


「だったらフェルを解放して置いていきなさい!」

「それも断る。彼女は使える。今ここで手放すつもりは無い!」


 ハッキリ言って今一番必要な人材は彼女だ。フェルには逃走ルートの選別を任せており、斥候の技術も高い。この状況下でフェルを解放するなどあり得ない選択だ。


「おい、坊主。俺たちのリーダーを奴隷にしておいて、『じゃあ、分かりました』って、それで納得するとでも思ってんのか?」


 この大男は、確かカカンと言っただろうか? 大きな盾と剣を武装している。恐らくチームの盾役タンクなのだろう。


「すんなり納得するとは思えないが、こちらにも譲れない事情がある。それにこれはフェルも承知した上での契約だ」

「……どういう事だ?」


 ここでようやく俺は説明する機会を得られた。


 俺は公爵家でフェルが奴隷となった経緯について軽く説明した。




「そんなの……! 首に剣を突き付けられて奴隷契約を迫られたようなものじゃない!? 脅迫行為よ!」

「そうだが、それが何か?」

「そんなの横暴よ! 無効よ!!」


 ソーカという少女がキャンキャン喚いているが、彼女の台詞には俺も聞き捨てならない。


「何言ってるんだ? こっちは初手で殺されかけたんだぞ? それこそ弁明の余地もなく、選択肢すら与えられず、眉間に矢を射られて死ぬところだったんだぞ? それについてはどう思う?」


 俺の問いにカカンが答えた。


「そいつは……フェルも公爵家からの依頼で断れず、仕方なくだなぁ……」

「もしかしてアンタは、公爵の頼みだから俺には大人しく死んでくれとでも言うつもりか?」

「うっ!?」


 これについては弁解のしようもないのか、カカンは言葉を詰まらせた。代わりにニグ爺と呼ばれていた老人が尋ねてきた。


「ふぉっふぉっ、お前さんの言い分も理解できるが、形式的にはこの国で無法を働いているのは、寧ろお前さんたちの方じゃろ? フェルが助力した事によって、儂らも仲良くお尋ね者になってしまった。それについてはどう思う?」

「え!? そ、そんな……!?」


 自分の所為で仲間までお尋ね者となったと聞き、予想していた事態だったとはいえ、フェルはショックを隠せないでいた。


「それは不幸だったな。俺たちも謂れのない理由で追われるし、頭に矢を射られ掛けるしで、日々ハードな生活を送ってるんだ。諦めてくれ」

「ぐうっ……!」


 皮肉を込めて返答すると、隣でフェルが顔を顰めていた。これに懲りたら今度から会敵即ヘッドショット行為は慎んでもらいたい。


「……まだよ! ここでアンタたちを取っ捕まえてフェルを解放する! そうすればきっと公爵も許してくれるわ!」


 ソーカは再び剣の切っ先を俺に突きつけた。


「ソーカ、止しなさい! ここで戦う気なら、私はこの子を守らなければならなくなる」


 ここでの戦闘行為はステアたちの逃亡の妨げを意味する。それを見過ごすとなれば俺との奴隷契約を違えたことにもなりかねない。意図的に違反行為をする場合、呪いの効果で身体に不調をきたすのは勿論、更に重い契約が科せられることもあるのだ。


 しかもムドアからくすねた違法の首輪だと強力過ぎて、最悪呪いの効果で寿命も縮めかねない。


 そんなややこしいルールさえなければ、俺もとっくの昔に闘技場から逃げ出していただろう。


「くっ、フェルを盾にして……卑怯よ! 私と決闘しなさい! 決闘!!」

「はぁ、結局そこに行きつくのか……」


 もうこれ以上は時間の無駄だな。この少女には世間の厳しさというものを分からせる必要がある。


「……良いんだな? 挑むのは自由だが……その結果、お前がどうなろうと……構わないんだな?」

「ええ! 仲間を救う為なら命を懸けるわ!」

「よし、よく言った! フェル、手を出さなくていい! こいつは俺一人で相手する!」


 そこまで言うのなら決闘しようではないか。これでもう一人、奴隷をゲットだ!


「ちょっと、ケルニクス!? ソーカも早まらないで!」

「ソーカ! 落ち着け!」


 フェルとカカンが宥めようとするも、ソーカという少女は聴く耳を持っていないようだ。ならば俺は返り討ちにするまでだ。


「一対一の決闘だ。負けた方が勝った方の要求を飲む。異論はあるか?」

「無いわ! 行くわよ!!」

「来い!」


 先手は譲る事にした。同じ小剣二刀流である彼女の戦い方が気になったからだ。


「――ふっ!」

「――っ!?」


 一瞬、ソーカの姿がブレたかと思うと、彼女は既に俺の目の前におり、しかも剣を打ちこむ寸前であった。


(まずい!?)


 俺は咄嗟に片手で防いだ。本来ならパワーで相手の剣を弾きたいところだったが初動が遅すぎたのだ。これでは剣を当てるだけで精一杯だ。


 だが、これで終わらないのが二刀流の怖さだ。


 目では追えなかったが、微かに頭上に闘気を感じた。俺は反射的にもう片方の剣で上部をガードする。そこへ鋭い一撃が叩きこまれた。


 しかし、まだまだこれで終わりではない。俺が相手の立場なら、ここから一気に連撃を畳みかけるだろう…………と、思いきや、何を思ったのかソーカは一度距離を取った。


「……驚いた。今のを防がれるとは思わなかったわ」

「…………」


 どうやらたったそれだけの感想を述べる為だけに追撃の手を止めたようだ。


(成程……これは完全にこちらを舐めきっているようだな)


「でも、目で追えていないわね。防ぐというより、ただ剣を当てただけ……そんな動きじゃあ、私の双剣は止められないわよ!」

「…………」


 やはり、さっきの行為は何時でも勝てると思っての慢心らしい。俺も随分甘く見られたものだな。


「……お前、千載一遇の勝てるチャンスを逃したぞ?」

「はぁ? 何言ってんの? アンタなんか何時でも……何度だって倒せるわよ!」


 本当に心の底からそう思っての発言だろう。


 確かにこのソーカという少女はビッグマウスを叩くだけの実力がある。これで俺と同じくらいの年齢だというのだから驚きだ。だが……そんな甘い考えの戦士擬きに俺は絶対に負けない。


「じゃあ、今度はこっちから行くぞ?」

「ふん、アンタの順番なんて一生来ないわ。次も、その次も、ずーと私の攻撃が続くだけよ!」


 さっきの俺の台詞が気に喰わなかったのだろう。ソーカがそう宣言すると再びその姿が霞み、一瞬にして接近した直後――――彼女の身体は後方に吹き飛ばされていた。


「くはぁっ!?」


 ソーカは何度も地面を転がり、仲間たちの近くまで吹き飛んでいた。二人の戦いを見守っていた者たちは唖然としており、何が起こったのか理解できてい様子だ。


 たった一人、それを仕掛けた俺を除いては……


「くぅ……」

「お、おい! 大丈夫か? ソーカ!」

「う、うん。でも……一体何が……?」


 困惑した様子で彼女は俺の方を見た。俺はただ剣を持ったまま突っ立っているだけだ。


「一瞬じゃが……風が吹き荒れたように感じたわい。恐らくじゃが……ソーカは風で吹き飛ばされたんじゃ」

「え? あいつも風の神術を扱えるの!?」


 今度は驚いた表情で俺を見つめた。


「いや、魔力は一切感じなかった……」

「それじゃあ……もしかして神業スキル!?」


 どうやらニグという爺さんは神術士のようだ。恰好からしてそうじゃないかと睨んでいたが……これはあまり手の内を見せるとバレそうだな。


(ま、バレたところで、どうにもならないだろうがな)


 だが時間も押していることだし、何よりこれ以上無駄な闘気を消耗したくはない。


 俺は決着を急ぐことにした。


「へい、ソーカちゃん。俺の順番が……なんだって? 無様にもすっ飛ばされて、お仲間と逃走の算段でもしているのかなぁ?」


 俺が煽るとソーカは面白いくらいに顔を真っ赤にしていた。


「ぐ、ぐぬぬぬ! むきいいっ!! 小賢しい真似してるんじゃないわよ!」

「ま、待て! ソーカ! 落ち着け――――」


 仲間の制止を振り切り、ソーカが再び姿を歪ませる。あれは恐らく、超高速で移動しているが故の残像効果だ。



 俺も最初攻撃を受けた時は理解が追い付かなかったが、ソーカの行動を思い返せば答えに辿り着けた。彼女は始動の際、闘気と共に魔力も行使していた。俺は魔力を感じるのは苦手だが、これだけ至近距離で使われていたらさすがに気が付いた。


 闘気は勿論言うまでもなく身体強化、特にスピードを上げているのだろうが、では魔力は一体何に使用しているのか。最初は相手の攻撃を防ぐのに必死で思いつかなかったが、ソーカが手を止めてくれたお陰で考える余裕が生まれたのだ。


 その与えられた時間で俺が導き出せた結論。それは、恐らく彼女は周囲の空気を操っているのだ。


 風の神術には基本となる術、【送風】という神術がある。そのまま手を加えずに発動させれば、単に風を送るだけのしょぼい神術だ。風属性の神術士がまず初めに覚える術がそれらしい。


 しかし神術士の間には「神術は基本にして究極」という格言があるそうだ。どんな術でも使い方次第で最上級神術に迫るポテンシャルがあるという意味だそうだが、ソーカはそれを体現して見せたのだろう。


(お前のその神術……空気抵抗を除去しているな!)


 高速で移動する際、空気の抵抗力というものは馬鹿にできない。スピードスケーターやロードバイク乗りがピチピチのスーツを着るのはその為だ。闘気でスピードを強化した剣士なら尚更だ。彼女はその邪魔な空気の塊を予め神術で押しやっていたのだ。


 だったら対処は簡単だ。こっちも風で押し戻してやればいい。


 闘気とは基本的に体内に循環させて能力を強化するモノだ。だが未熟な者が闘気を高めようとすると、その大部分が外へと漏れてロスとなる。その漏れた闘気の波動で多少の風が生まれたりするのだが、今回はそれを利用した。


 単に風圧で押し返すだけなら相手の動きが鈍くなるだけだが、それに闘気を籠めると、風は動きを阻害するどころか、相手を押しやろうとまでしてくる。公爵家の館で兵士を吹き飛ばした【覇掌はりて】のノーモション&全方位版だ。


 風に闘気を籠めるのは俺の十八番である。ソーカが迫ってきた瞬間、闘気を乗せた風圧を周囲に放つだけでいい。後は彼女自身が風の壁に突っ込んで自爆するだけだ。


「ふんっ!」

「ふぎゃあっ!?」


 結果、押し負けた彼女が無様な声を上げて再び吹き飛ばされる。


 ソーカの【送風】は移動を阻害しない為の補助的な神術だったようで、高度な技術ではあるものの、その風自体には大した威力が籠められていない。対してこっちは風圧にみっちり闘気を練り込んで放出していた。


(だけどこの技、闘気の消耗が激し過ぎるんだよねぇ……)


 故にこれ以上の使用は避けたい。というか、もう無理。


 俺は再び転げまわる彼女を追い、その首元に剣を突き付けた。


「…………何の真似だ?」


 俺がソーカの喉元に切っ先を向けるのとほぼ同時に、カカンの剣も俺の首元に剣を突き付けていた。少し離れた場所では老神術士も杖をこちらへ向けていた。


「生憎、俺の目の黒い内は、この子らに手を出させる訳にはいかないんでねぇ」

「引け、少年。さすがにソーカまでは差し出せぬ」

「……成程。こいつが甘ちゃんなのはアンタたちが原因か。自分の道理が通らなければ力づくで、それが無理なら周囲が助力する。イージーモード過ぎて反吐が出るね」


 すっかり気が削がれた俺は剣を引っ込めると、涙目で悔しげにこちらを睨んでいるソーカへ一言告げた。


「そんな気概で“命を懸ける”だなんて、二度と軽々しく口にするな」


 言いたい事を言った俺は彼女らに背を向けると、フェルを連れて仲間たちの元へと戻った。








 数分ほど馬車を走らせると、いよいよ国境線が見えてきた。この辺りは小さな砦があるだけで、国外へ出るには一番警備の薄い箇所だとフェルが教えてくれた。


「普段より兵士が多い気がするけど……この戦力なら問題なく突破できるわ」

「ふむ、腕がなるのぉ……」

「前衛は盾を持つ俺に任せろ! 力ずくで道をこじ開けてやるぜ!」

「先陣は私に任せてね!」


「なんでお前らが付いて来てるんだ!?」


 フェルに続いて順々に言葉を発した“疾風の渡り鳥”のメンバーを見て、俺は思わず怒鳴り声を上げた。


「馬鹿!? 大声出すな! 兵士に見つかるだろうが!」


 すかさずシュオウが文句を言い、俺はムッと口を閉じた。その代わり無言のまま、勝手に付いてきた三人をジト目で見つめた。


「安心せい! 【防音】の神術で音を遮断しておる。感知系の神術士が神経質な奴でもなければ見つからんて」

「そういうことじゃねえ!? なんで、お前らも付いて来てるんだよ!」


 俺がしつこく問い質すと、ソーカたち三人はバツが悪そうな表情で口を開いた。


「だって……私たちもお尋ね者だし……」

「お前さんらの首でも手土産に持って行けば、ワンチャンあるんだけどなぁ」

「こんな老い先短い年寄りを置いていく気か?」

「帰れ」


 俺が冷たく言い放つと三人は慌てだした。


「ちょっと!? 私まで置いていく気!? 私はさっきの勝負の景品よ? 仕方ないからアンタに付いて行ってあげるわ!」

「俺らもソーカの保護者として、同行する必要があるしな」

「うむ、うむ」


「……はぁ。フェル、説得を頼む」

「任せて!」


 彼らの元リーダーであるフェルに説得を任せ、その間に俺たちはエドガーと相談した。


「あいつらが仲間になってくれると心強いんだがなぁ」

「えー、フェルだけでよくない? 特にあの甘ちゃんは不要だな」

「くっくっ、お前も年頃みたいに駄々を捏ねるんだな。ちょっとは安心したぜ」

「駄々を捏ねるって……。まぁ、確かに単純な戦力としてなら最上だろうけどさぁ」


 ぶっちゃけソーカの実力はかなり高い。


 最初から彼女が本気で勝負をしたら、俺もエドガーも恐らく敗れていただろう。


 タネが割れれば対処の仕様もあるが、彼女の速攻は相手にそれを考えさせる暇を与えさせない。故にあのまま攻められ続けられたら、俺も対策を打つ前に首と胴が泣き別れになっていた筈なのだ。


「それだけに勿体ない。あんな甘ちゃんじゃあアイツ、遠からず死ぬぞ?」

「だから傍に置きたくないってか? お前が面倒見てやればいいじゃないか。同じ双剣使いなんだし」

「ええ~!?」


 あれを躾けるとなると、かなり骨が折れそうだ。



「説得、終わったわよ」

「お? ありがとう、フェル。意外に早かったね」

「ええ。安全な所に逃げるまでは協力するって」

「どうしてぇ!?」


 てっきり追い返す説得をしてくれたのだと思っていたが、これで新たに三人が付いて来ることが確定した。何故かフェルは褒めてと言わんばかりに親指を立てていた。



 こうしてまた愉快なメンバーが三人も増えてしまった。

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