第19話 疾風の渡り鳥
大きな仕事を無事に終え、今日からしばらくの間はゆっくりできそうだ。そう思った私は馴染みの街中をのんびり巡っていた。
「フェル一人に面会押しつけちゃったけど……大丈夫かなぁ」
私たち“疾風の渡り鳥”は、この辺りでは実質トップの冒険者パーティだ。王都には格上のSランクパーティも存在するが、ミルニス領近辺だとAランク以上の冒険者は私たちだけとなる。
そんな事情もあり、貴族や富豪連中からは勧誘の声が掛かる事もあった。今回はこのミルニス領を治める大貴族、ミルニス公爵直々のお招きがあったそうで、今はパーティのリーダーであるフェルが領主邸へと赴いていたのだ。
今頃貴族相手に気苦労しているであろう彼女には悪いが、折角の休みなので私は気になる店を梯子した後、何か面白い情報でもないか冒険者ギルドへと足を運んだ。
すると、ギルドと併設されている酒場には顔馴染みの男たちがいた。
「おーい、ソーカ! お前さんも暇してたのか?」
声を掛けてきたのはパーティメンバーのカカンだ。彼はチームの盾役で30代半ばの大柄な男である。
その隣には更に二回り以上年上の初老、ニグ爺の姿もあった。彼は風の神術士で、更に闘気までも操るという大ベテランの冒険者だ。この辺りの冒険者では最高齢である。
「私は情報収集よ。そっちは……また昼間から飲んでるの!?」
酒臭い男連中に私は鼻を摘まんだ。
「おいおい、ソーカももう16なんだから、酒くらい嗜んだらどうだ?」
「おお、そりゃあいい。儂が奢ろう! 可愛い孫娘の初酒じゃ!」
「誰が孫娘よ!!」
孤児だった私を拾ってくれたのが“疾風の渡り鳥”のメンバーだ。
フェルは姉、カカンは父、ニグはお爺ちゃんのような存在である。ただ、カカンを父扱いするとへそを曲げる。どうやら彼は私に兄として見られたいらしいが、さすがに無理がある年齢だ。
「もう! フェルが一人で頑張ってるっていうのに、男どもは……!」
「まぁまぁ、俺たちが気を揉んでも仕方ねえだろう?」
「公爵も高位冒険者相手に無茶をする性格ではあるまいて。穏便に断ってそれで終いだろうさ」
「それは……そうだろうけど……」
確かに二人の言う通りだ。私は大人しく席に着き、果実ジュースを注文する。
「そういえば情報収集に来たんだよな? ソーカにとっては面白いネタが手に入ったぞ」
「え? なになに?」
「どうたら、あの“双鬼”がホルト王国にいるって噂だ」
「双鬼……っ!」
それは少し前に西部から流れてきた剣士の名だ。
若干10才くらいの少年が闘技場で無傷の100連勝記録を打ち立てたらしい。小剣を二振り操り、まるで鬼のような強さから“双鬼”と名付けられたそうだ。
双鬼はその後、帝国の奴隷兵としても活躍している。騙し討ちとはいえ、あの白獅子ヴァン・モルゲンさえも討ち取ったという信じられない噂まで流れたのだ。
「双鬼……この国に来ているのね?」
「あくまで噂な。なんだ? 前から思っていたが、えらく双鬼を気にしてるじゃねえか」
「うん。同じ双剣使いとして……少しだけ気になるかな」
少しどころではない。実はかなり気になっていた。
自分で言うのも何だが、私は闘気と魔力を扱う才能に恵まれており、同年代では敵無しの将来有望な若手冒険者として名を広めていた。だが、そんな私でも未だに二つ名がついていなかったのだ。
”疾風の渡り鳥”の姫とか、双剣のおちび剣聖だとか、微妙な渾名で呼ばれる事もあるが、二つ名とはもっと格好いいモノだと私は思っている。それが一向にもらえていないのだ。A級冒険者になってもである。
そんな私を差し置いて”双鬼”という二つ名を得た少年に、軽い嫉妬も覚えるほどだ。
(その人を倒したら、その二つ名を貰えないかな?)
そんな邪な事を考えていると、何やら外が騒がしくなってきた。
「ん? 何だ?」
「どっかで火事か?」
何人かの野次馬根性を持った冒険者たちが外に飛び出していった。私も見に行こうと腰を上げようとしたが、カカンたちに呼び止められた。
「ま、何か分かれば誰かがギルドへ伝えに来てくれらぁ」
「そうじゃ。出るだけ無駄じゃよ。それより酒、おかわりじゃ!」
「駄目だ、この飲兵衛たち……」
駄目な大人二人を見て、私はため息をついた。
しばらくするとカカンの読み通り、冒険者が駆け込んできてギルドに第一報を知らせてくれた。
「た、大変だ! 領主館の周辺を兵士たちが囲んでいやがる!! なんでも中で暴れている奴がいるそうだ!」
「ブゥフウウウッ!?」
カカンは飲んでいたお酒を吹き出した。
「領主館って……今、フェルが行ってるんだよな!?」
「た、大変! すぐ助けに行かなくちゃ!?」
カカンと私が急いで立ち上がろうとするも、ニグ爺がそれを制止した。
「二人とも慌てなさんな。フェルなら大丈夫じゃよ。それよりもう少し情報を集めてから出た方が良いじゃろう」
「そ、それは……そうかもだが……」
「でも、心配だよ……」
「ふぉっふぉ、あれで儂らのリーダーじゃ。下手な事はするまいて」
ニグ爺は一切慌てた様子もなくお酒を飲んでいた。
そこへ第二報が届けられた。
「大変だ! 賊が北門をぶち壊して逃げたそうだ! しかも疾風のフェルが賊に加担しているらしい!」
「ブゥフウウウウウッ!?」
今度はニグ爺が口から酒を盛大に吹き出した。
領都からの追っ手を完全に振り切った俺たちは、街道から外れた森の奥で馬を休ませることにした。
様子を見に行っていた俺の奴隷二人、エドガーとフェルが戻って来た。
「……ふぅ、手前辺りの車輪跡は粗方消して来たぜ?」
「ここら辺の街道は馬車の通行量も多いから、それで多少は誤魔化せると思うわ」
「すっげー頼りになる。さすが金級中位の傭兵にAランクの冒険者様だな!」
今までそんな事、気にも留めていなかった。どうりで賊たちは容易に俺たちを追跡できた訳だ。
ようやく休める状況になったところで、俺たちは改めて自己紹介をすることにした。
「ケルニクスだ。今は傭兵だな。あと闘気が使える!」
「あの双鬼だな。噂の白獅子を殺ったっていう賞金首が、まさかお前さんの事だとはなぁ……」
エドガーも双鬼の噂は知っていても、俺の事だとは思いもしなかったようだ。
「あの大将軍を!?」
「ちなみに賞金、お幾ら?」
「……エータには最初に会った時、そう言っただろ?」
信じてもらえなかったけど。
それとクーは俺の首の値段を知ってどうするつもり!?
「アリステア・ミル・シドーですの。ステアと呼んでくださいな。無属性の神術と
「ほ、本当にシドー王国の王女様なの……?」
「ん、本物」
フェルの問いにクーがしっかりと頷く。
フェル以外は公爵邸で知らされていた事実だが、ほとんどの者が今でも信じられないという表情でステアを見ていた。
「エータ・ヤナック。アリステア様の護衛兼従者だ。闘気を使える」
「家名持ちってことは、エータも貴族なの?」
「ああ、ヤナック伯爵家の次女だ。まぁ、今は実家もどうなっている事やら……」
「……?」
事情を知らないフェルだけは首を捻っていた。
「クー・アーデライト。ステア様の従者。無の神術士。よろしく」
「クーもやっぱり貴族令嬢なんだな」
「アーデライト家は侯爵家だ。クーはそこの四女だな」
「「「侯爵家!?」」」
そう言われると気品があるような……
「恐れ入ったか。へーみんども」
……いや、気のせいだったな。
「シュオウだ。闘気も使える。スキルも持っている」
「元怪盗な」
「下着ドロボーですわね」
「下着返却男」
「女の敵」
「おい! 俺だけ酷くねぇ!?」
シュオウは奴隷から解放されて自由の身となった。今後はどうするつもりなのか、一度話し合ってみたいところだ。
「イートンと申します。しがない商人です。戦闘能力は皆無ですが、商いや交渉術でしたらお任せを……」
「……でも、贋作を売りつけたんだろう?」
「はて? 何の事でしょう?」
こいつ、とぼける気か!? 唯一まともな人間だと思っていただけに、今でも信じがたい気持ちだ。
「サローネです。特に特技はありませんが……お役に立ちます!」
「妹のルーシアです! 戦いは苦手ですが、家事は得意だよ!」
長髪で大人しめの性格なのが姉のサローネで、姉より少しだけ髪の短い活発そうな子が妹のルーシアだ。
二人は山賊に囚われていた所を俺が助け、そのままなし崩し的に同行する形になった。ある意味今回一番の被害者はこの姉妹だ。彼女らには追われる理由など皆無なのだが、この状況で置いていくのは不味かろう。
色々あった所為か、二人は男との会話にも大分慣れてきたようだ。身体を張って守ってくれたエドガーに心を許したのか、強面の彼相手にも普通に喋れるようになっていたのだ。
ちなみにシュオウとはまだ若干の距離があった。
「エドガーだ。傭兵団“タイタンハンド”の元団長だ。神術は使えねえが、闘気には自身がある。それと今の俺はケルニクスの従僕だ」
「よろしくね、先輩」
奴隷仲間のフェルが挨拶をする。
「あ、ああ……よろしくな、後輩」
新しく奴隷となった後輩のフェルに、エドガーは憐みの表情で……もう、その件は要らんって!
「元Aランク冒険者“疾風の渡り鳥”のリーダー、フェルよ。よろしくね!」
「アンタ、Aランクパーティのリーダーだったのかよ……」
「今更だけど、仲間と相談も無しにこんな真似して大丈夫か?」
「本当に今更ね!? どうせ私が与した時点で仲間にも迷惑が掛かるだろうから……今暫くは会えないわ」
「なんか……すんません」
いや……これ、俺が悪いのか?
「とりあえず一通り紹介も終わったところで本題だ。みんな……これからどうする?」
「「「…………」」」
俺が尋ねると、全員が黙り込んでしまった。
しばらく無言の状態が続くと、最初にエドガーが口を開いた。
「ま、俺はケルニクスの奴隷だからな。しばらくお前について行くぜ? ……で? ご主人様はどうする気だよ?」
「俺は……ステアたち次第だな。経緯はあれだが、ここまで関わった以上、最後まで面倒をみたい。ステアはどうしたい?」
俺が改めて同じ質問を問うと、ステアは俯いたままぽつりぽつりと本音を吐露し始めた。
「もう……逃げるのは……嫌ですの。でも、死にたく……ない。国なんか……もう、どうでもいい!わたくしは、エータやクーが居てくれたら……! 全て忘れて、どこかで……みんなと一緒に暮らしたいですの……!」
「ひ、姫様……!」
「ん、私たち……ずっと一緒!」
やっと彼女の本心が聞けた気がした。
俺も正直、国だのお家の事情だの、難しい話は分からない。ただ、このままこの国に居ても幸せにはなれない。それは間違いないだろう。
「なら、やっぱ東部の小国辺りに高跳びするのが無難じゃね? 俺も実名でお尋ね者になっちまったし、ここまで来た仲だ。暫くは同行させてもらうぜ!」
「私もご一緒して宜しいですかな? 公爵家を怒らせてしまった以上、この国で商いをするのは最早不可能でしょうからな」
「わ、私たち姉妹もご一緒させてください!」
「お願いします!!」
「よし! 決まりだな!」
「ええ、そうね。ちょっと寂しいけど……ホルト王国を出て、東部の国を目指しましょう!」
これで全員の意見は纏まった。
まずはこの国を脱出し、東の地へ逃げる。その為には例のフラガ大回廊とやらを利用するのがベターだろう。
「あのぉ……ケルニクスさん」
「ん? どうした、サローネ」
珍しくサローネから声を掛けてきた。妹のルーシアも一緒だ。彼女らは俺に対して敬語を使うが、向こうの方が年上である。
「馬車の中に積んであった木箱の中身なんですが……こんな物が……」
「ん? 小袋の中に……白い粉?」
「そう! それと同じ小袋が木箱にいっぱい入っているの!」
「……何だろう? 小麦粉かな?」
俺たちだと良く分からないので、イートンを捕まえて尋ねてみた。その例の白い粉を見たイートンは驚いていた。
「これは……麻薬ですぞ!?」
「「「麻薬!?」」」
まさかのとんでもない代物に一同が驚いていた。
しかもこの地域では禁制となっている代物らしい。国内で所持しているのが見つかったら縛り首は確実だそうだ。
「あ! そういえば、馬車を拝借する際、ゾルガ一家がどうのこうのと御者が喚いていたような……」
「「「ゾルガ!?」」」
どうやら有名人なようだ。
イートンの話になると、彼らは所謂マフィア的な存在らしい。ホルト王国だけでなく、大陸中央部で暗躍する巨大な非合法組織のようだ。
「……よし、早いところ出発しようか!」
俺たちは小休止を終えると、麻薬の詰められた小箱ごと全て沼の中に投棄し、再び馬車を走らせて東の地へと向かった。
今回の件は互いに不幸な事故だった。麻薬の事は見なかったことにするから、ゾルガ一家の皆さんも、どうか俺たちの事は忘れて欲しい。いや、ほんとマジで……
領都アーヴェンの乱から二日が経った。
俺たちはホルト王国の東隣にあるゼルバイル王国との国境沿い近くまで辿り着いた。ここまでのルートは地理に明るいフェルによるチョイスで、そのお陰か追っ手の姿も全く見えなかった。
「読みはバッチリなようだな、フェル」
「気を抜かないでよ? 国境沿いで馬車の通れる所はどこも警備が厳重だし、当然私たちの情報は既に伝わっている筈よ!」
「……俺たちのルートより早い伝達手段があるのか?」
「色々あるわ。早馬を乗り換えての伝令だとか、伝書鳩とかね。あとは通信用の魔道具なんかも持っているかも」
「そんな物まで存在するのか……」
前世で言う、無線や電話のような物だろうか? 意外にこの世界の情報伝達は早そうだ。
周囲を警戒しながら森の獣道を通っていた俺たちだが、クーの神術が接近する存在を感知した。
「誰か来る!? 背後から……馬車? 人数は三人、かなり早い!」
「三人? 早い馬車? まさか……!」
クーの報せにフェルは心当たりがあるようで、俺たちは一度馬車を止めた。戦えない者は馬車の中に待機し、エータとシュオウは彼らの守りに、俺とエドガー、そしてフェルが前に出た。
すると俺たちの後を追ってきたのか、一台の馬車が物凄い早さで迫ってきた。心なしか突風が吹き荒れている気がする。
「やっぱり……カカンたちだ!」
やがて馬車は速度を落として停止した。同時に吹き荒れていた風も止む。もしかして風の神術で馬車の速度を押し上げていたのだろうか? そんな神術の使い方もあるのか。
御者席には大柄な男が座っていた。エドガーに負けないくらいの大男だ。後部車内からは少女と老人が降りてきた。三人共ただならぬ風格を感じさせた。
「やっと追いついた……フェル!」
「ソーカ! カカン、ニグ爺も……!」
どうやらあの三人がフェルのパーティメンバーなようだ。
フェルと少女は互いに抱き合うと、無事な再会に喜び合っていた。それを大男と老人が温かく見守っていた。
「フェル!? その首輪……一体どうしたの!?」
「あ、いや……これは、そのぉ……奴隷になっちゃった♪」
「「「ええええええっ!?」」」
当然の反応だと思う。久しぶりに会った仲間が奴隷になっていたら俺だって驚く。
「一体全体、なんでそうなっちゃったのぉ!?」
「あはは……話せば長くなるんだけど……あそこにいる彼が私のご主人様なの」
驚いた事にあの女、経緯を端折って爆弾発言しやがった!
(おい、待て! そこは長くなってもいいからきっちり事情を説明しろ! ほら、三人とも凄い目つきで俺のこと睨んでるしぃ!?)
特に少女の方は人でも殺しそうな目付きでこちらを睨んでいた。彼女も双剣使いなのか、二振りの剣を抜くと、俺に片方の剣先を向けてこう言い放った。
「双鬼! フェルと二つ名を賭けて……勝負よ!」
なんかよく分からない景品までベットされていた。
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