第18話 東へ

 敵の本丸である公爵邸からさっさと脱出したい俺たちではあったが、謎の狙撃手の登場によりそれが難しくなった。かといって、狙撃手を探すのに1階にある部屋全てを探し回っていては、恐らく窓から逃げられてしまう。


 そこで【壁抜け】の神業スキルを持つシュオウを起用した。


「ええ!? 俺一人で敵を探すのかよぉ……」

「お前が適任なんだ。ほら、ここから逃げたきゃさっさと探せ!」

「くそぉ! 奴隷なんてなるんじゃなかった……!」


 その言い方だと、まるで俺が奴隷を酷使する極悪非道な主人だと勘違いされてしまうではないか。俺は出来ないような事は命令しない主義だ。シュオウの能力なら可能だと確信しているから頼んだのだ。


(まさか相手も壁越しで奇襲してくるとは思うまい)


 シュオウは元怪盗なだけあって、闘気を隠す技術に長けている。諜報、暗殺には最適な駒だ。今後も傭兵を生業とするなら是非手元に置いておきたい人材である。




 暫くすると――――


「――――見つけたぜ! 射手はこの部屋だ!!」


 遠くから響き渡った声に反応して、俺は直ぐに弓士がいると思われる部屋に直行した。


 室内に入るとシュオウの他に女が一人倒れていた。前にシュオウが俺に使った電撃を発生させる魔道具でも使用したのだろう。


 狙撃手の正体は20代前半の若い女性だ。身なりからして兵士というより、傭兵や冒険者だと思われる。公爵にでも雇われていたのだろうか?


「おいおい、ケルニクス。これ、見ろよ」


 シュオウは彼女の胸元に納まっていたペンダントを取り出した。


「おま……寝ている女性の胸元を漁る行為はよくないぞ?」

「ばっ!? ちげえし!! これ見ろよ! 冒険者証だ。しかもこの女、Aランクだぞ!」


 確かに彼女は金色に輝く冒険者証をペンダントとして首からぶら下げていた。冒険者証は色でランクを判別できるようにしていた。同じ金色でも傭兵の味気ない認識票ドッグタグとは違い、冒険者証はカードタイプのようで装飾も凝っていた。


 傭兵ギルドも手数料を取るくらいなら、もう少し認識票のデザインに気を遣って欲しいものだ。



「ん、う~ん……はっ!?」


 気を失っていた女は目を覚ましたが、シュオウは寝ている間に彼女の腕を拘束していた。この男……寝ている女性を縛るわ胸元を探るわで、やはりとんだスケベ野郎だな。


「くっ!? 私を……どうする気!?」

「どうするって言われても……どうするんだ?」


 シュオウとしては主である俺の意向に逆らえないので、こちらに伺いを立ててきた。女弓士も俺に生殺与奪の権利があるのを悟ったのか、こっちを睨みつけてきた。


「あー、時間もないから手短に聴く。場合によっては即首が飛ぶかもしれないから、心して答えろよ?」

「――――っ!?」


 こっちとしてはいきなり頭部に矢を撃ち込まれた被害者なのだ。だから殺されたって文句は言えまい。


「あんたは冒険者だな?」

「…………そうよ」


 彼女は自分の襟元から外に出ていた冒険者証を見て、顔を真っ赤にして恥ずかしそうに答えた。どうやら服の内側に納めていた筈のモノを俺が強引に取り出したと勘違いしているようだ。


(それ、俺の仕業じゃねえから!?)


 気を取り直して質問を続けた。


「……冒険者がなんで俺たちを襲う? 公爵からの依頼か?」

「……ええ、その通りよ。でもギルドを通さず、ついさっき公爵の使いから泣きつかれて仕方なく応じたの。館内で暴れている賊を討てってね」

「非公式の依頼? 何故受けたんだ?」

「丁度別件の依頼でこの屋敷に居合わせていたのよ。そんな時にこの騒ぎよ? 公爵の依頼を断われる訳ないじゃない!」


 成程、その話が本当なら、彼女も渋々受けたという訳か?


 それにしては殺意満々な射撃だったが……逆の立場なら俺も初手で殺しに掛かっていたかもしれないな。傭兵や冒険者も所詮、自分の身の安全が最優先だろう。


「じゃあ、俺たちが狙われる謂れのない無実の民だと知った今でも、アンタはこの依頼を続ける気か?」

「……正直、命が惜しいから困っているの。貴方たちに協力したところで公爵の怒りを買うし、かといってこのままだと私は貴方に殺されるんでしょう?」

「アンタが俺たちを狙う以上は、な……」

「うぅ、どうしてこんな目にぃ…………」


 そう愚痴を零した彼女は涙目で俯いてしまった。どちらを選んでも彼女にとっては地獄だろう。


 仕方がないので、選びやすいよう助言してやった。


「ちなみに公爵が狙っているのはシドー王国の第三王女様だ。何をトチ狂ったのか、公爵の妹君の娘さんであるアリステア王女に賊を放ってきたので、その真意を問い質したら襲われたんだ」

「……決めた! 貴方たちに協力するわ!」


 長い物に巻かれて依頼を受けた彼女の事だ。王女の名を出せば釣れると思ったが、思った通り効果抜群であった。


「だが、さっきまでこちらと敵対していた君をそう簡単に信用はできない。そこで……奴隷契約を結ぼう!」

「な!? 奴隷ですって!?」


 いきなり奴隷にすると言われて彼女は憤慨したが、こっちとしてもいきなり背後から狙われる心配もあるので、これだけは飲んでもらわねばならない。


「安心しろ。契約内容は…………こうする」



 一つ、奴隷は主人とその仲間を裏切らない事


 一つ、主人は奴隷を丁重に扱う事


 一つ、アリステア・ミル・シドー王女の身の安全が保障されるまで、奴隷は主人に協力する事


 一つ、王女の安全がある程度保障されるか、最低半年以上の刑期を終えれば、奴隷は解放される



「うーん、王女様の安全って具体的には?」

「一度追っ手を撒いて、そう簡単に見つからない拠点を探す。こんなところかな?」

「…………OK! その条件を飲むわ!」


 ここで殺されるよりマシだと判断したようだ。これは思わぬ戦力を味方に引き込めた。


「よし、シュオウ。契約書はストックあるが首輪の数が足らないんだ。お前、今日から奴隷卒業な!」

「……へ?」


 俺がそう宣言するとシュオウの首に付けていた隷属の首輪が光り出しロックが解除された。俺のポーチに納まっていた奴隷契約書も、これでただの紙へと変わったはずだ。


「おっしゃああああ!! やっと奴隷から解放されたぜ!!」


 思わぬ形で自由を得たシュオウは喜んでいた。どうせこの一件に片が付けばシュオウを解放せざる得なかったのだ。【壁抜け】スキルで逃げられる可能性もあるが、それならそれまでだ。


(こいつは俺たちを狙ってきた訳ではないし、命を懸けてまで付いて来いとは言えないしな)



 シュオウを解放して、その首輪で今度は彼女を奴隷にする。


「……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」

「フェルよ。Aランク冒険者、“疾風”のフェルと呼ばれているわ」

「二つ名持ちかよ!? そりゃあすげえ!!」


 己と入れ替わる形で奴隷になったフェルが二つ名持ちであった事を知ると、シュオウは憧れの眼差しを彼女に向けていた。


(君の元ご主人様も一応二つ名持ちなんですけどねぇ?)


 元奴隷君には主に対する畏敬の念が足りていないようだ。


「それじゃあ早いところ行動しましょう! その姫様とやらは何処にいるのかしら?」

「こっちだ。相手は公爵の私兵どもだが、俺たちのバックには王女様が付いている。遠慮なく暴れてくれて構わない!」

「任せて!」


 早く奴隷身分から解放される為にも、フェルはやる気を見せていた。そんな彼女をシュオウは憐れんだ目で見ていた。まさか、その王女様が祖国に追われ、ホルト王国からも厄介者扱いされている立場だとは想像もするまい。


(俺は嘘を言ってない! 俺は悪くないぞ!)


 そう、全てはハードモードなこの世界が悪いのだ!!








 ステアたちの所に戻ると、エドガーたちが兵士たちの死体を漁っていた。神術薬やらナイフやら、使える物を片っ端から回収していたのだ。だが残念ながら、俺たちの武器は未だ見つかっていなかった。


(おのれ、公爵……! 俺のオーダーメイドの武器ぃ!!)


 探している時間は惜しい。仕方なく適当な剣を二振り拝借した。


「新しい奴隷のフェルだ!」

「訳あってしばらく貴方たちと行動を共にするわ。宜しくね!」

「「「…………」」」


 何故か全員が可哀そうな視線を彼女に向けていた。解せぬ……


(こっちは彼女に顔面射抜かれかけたんだぞ!?)


 だが、フェルが二つ名持ちのAランク冒険者である事を告げると、全員からは明るい表情が浮かんだ。


「この戦力補充は大きい!」

「それで……この後どうしますの?」

「ん、恐らく外、兵士でいっぱい」


 さっきから徐々に屋敷の外が喧しくなってきた。もたもたしていたら領都中の兵士がこの周辺に集まってくるだろう。


「当然逃げる。問題は何処に逃げるかだが……この辺りの地理に詳しい者は?」


 俺が尋ねるとエドガーとフェルが手を上げた。さすがは歴戦の猛者たちだ。


「ミルニス領は王都から近い。そっちの方角へ逃げるのは悪手だな。東が無難だろう」


 エドガーの提案にフェルも続いた。


「……? なんで王都側が駄目なのかは分からないけど、遠くへ逃げるのなら東側という意見には私も賛成ね」


 公爵だけでなく、ホルト王国の王家からも王女様が煙たがれている存在だとは知らないフェルであったが、それでも二人の意見は東で一致した。


 今のやり取りでフェルが詳しい経緯を知らないのだと他の者が察してしまった。


「も、もしかして……」

「彼女、まだ知らないようですね……」

「やはり、ケルニクスはペテン師」


「そこ、うるさいよ! それで、なんで東が良いんだ? 北じゃあ駄目なのか?」


 西は王都が有り、南だとまた戻る形になってしまう。エドガーは兎も角、事情を知らないフェルが東を推す理由が知りたかった。


「うん、正確には北東方向ね。ただ、真北だと聖教国に入ってしまうから、あそこは逃げるのに適してはいない国なの。それと最大の理由は北東にある大回廊よ」

「……大回廊?」


 大きな屋根付き廊下、という意味だろうか?


(何かの比喩か?)


「フラガ大回廊ですな。この国の北にある聖エアルド教国から、大陸最東端のユーラニア共和国まで続いているという、大きな街道の名称です」


 イートンも知っていたようで、分かりやすく教えてくれた。


「私に課せられた契約は、王女様を安全な場所までお連れする事でしょう? フラガ大回廊なら遠い東の地に逃げるにはもってこいのルートなのよ」


 どうやらそのフラガ大回廊とやらはかなり有名みたいだ。


 この国は大陸の中でもやや西部よりのはずだ。それがその街道を使えば一気に最東端の国まで行けるというのだから、距離を稼ぐのには適している長い街道なのだろう。


「だけど向こうもそれを読んでいる可能性はないか?」


 俺の疑問にエドガーが答えた。


「当然ある。だが本気で逃げるのなら、あれこれ考えて策を弄するより、まずは行動あるのみ! 逃走ルートは最速最短が基本だ! それだけで追っ手の数も減らせるし、逆に相手が考える時間も奪える!」


 なるほど……ベテラン傭兵の言葉は重みが違うな。エドガーの言葉で全員の腹は決まった。


「だが何も、初手から素直に正面突破する必要はねえだろう? ……ふん!!」


 エドガーは闘気を剣に集中させると、頑丈な偽客間の壁を破壊した。わざわざ玄関から出ずとも、裏から逃げた方が障害も少なくて済むだろう。


「エドガーはそのまま皆を連れて北門に向かってくれ! 俺とフェルで馬車を調達する! フェルも馬車の操縦いけるよな?」

「当たり前よ!!」


 Aランク冒険者には愚問だったようだ。




 俺とフェルはエドガーたちと別れると、近くにある家屋の屋根に跳躍し、上から周囲を観察した。


(うわぁ、やっぱ館の正門前は兵士でいっぱいだ。野次馬も集まってきたな……)


「ケルニクス! あの馬車はどう?」

「え? どこ? 見えん」

「あの青い屋根の傍よ! タイミング良く、二頭馬車が二台も止まっているわ!」


 さすがは弓士、視力はかなり良いようだ。


「よし! そっちに向かおう」


 俺たちは屋根伝いに馬車のある方へ駆ける。下で何人かの兵士たちが俺たちの姿を見て騒ぎ始めたが、重たい鎧を着たまま屋根に跳躍できる程の闘気使いはいなかったようだ。


(……手練れは館内の連中で打ち止めか? どうりで居合わせただけのフェルに泣きつく訳だ)


 きっと即席で数だけ揃えたのだろう。


 それなら突破も容易そうだが、時間を掛ければ俺たちの手に負えないような手練れや神術士までも動員されかねない。そうなってくると馬車ごと神術弾で破壊される危険もあるので、早いところ領都から脱出したかった。



 停まっていた馬車付近には御者らしき男がそれぞれ一名ずつ待機していたが、それに構わず俺とフェルは屋根から直接御者台へと飛び移る。


「うわっ!?」

「な、なんだぁ!?」


 驚く男たちを余所に、俺たちは馬の手綱を握る。


「悪いわね! ちょっと借りてくわ!」

「馬車代は公爵につけておいてくれ!」


 そのまま馬車を走らせた。背後で男たちが何やら騒いでいたが、俺たちは馬に鞭を打ち、馬車の速度を一気に上げた。


「ふ、ふざけんなー!!」

「待ちやがれえぇ!! 俺たちをゾルガ一家と知っての狼藉かぁ!!」


 思ったよりも御者たちがしつこく追いかけてきた。だが、さすがに馬の速度には敵わないのか、徐々に引き離されていく。


「なあ、ゾルガ一家ってなんだろー?」

「えー? ごめーん、なんてー?」


 先頭を走るフェルには、蹄や風の音で、俺や御者たちの声が聞こえなかったようだ。仕方がないので後で尋ねるとしよう。



 馬車を走らせて街の北へ向かうと、俺たちの闘気を感じ取ったのか、エドガーが建物の影から現れて手を振っていた。


「こっちだ!!」

「馬車を調達してきた。そっちは追っ手が来なかったか?」

「来たが全員蹴散らしてきた」


 うーん、金級中位の傭兵は実に頼りになる。


「北の門は閉じられている。というか、多分もうどの門も閉められているだろうな」

「関係ないね。公爵様の出費が嵩むだけさ」


 門が閉まっているなら壊せばいいじゃない。領都に入る時軽く見たが、鉄製とはいえ薄そうな門だった。恐らくこの辺りは王都に近い為、争いの少ない平穏な土地だったのだろう。


 帝国ならあり得ない防衛意識の低さだなと、俺は呆れながら見ていたのだ。



 馬車の操縦はエータとシュオウに任せ、俺とエドガーが先行して門を破壊する役を請け負った。フェルには馬車からの援護射撃をお願いした。


「オラァアアア!! どきやがれえええ!!」

「邪魔する奴はギッタギタにすんぞぉ!!」


 蛮族さながらな雄叫びに兵士たちは疎か、それを遠くから見ていた町民たちもドン引きであった。


 無関係な兵士たちを殺めるのも可愛そうなので、極力剣の平打ちやグーパンで対処した。やがて邪魔する者全てを制圧したところで、俺とエドガー二人合わせて闘気を纏いながら扉に蹴りを入れた。


 蹴りだけではさすがに鉄を大破とはいかなかったが、片方の扉だけは吹き飛ばす事に成功した。これで馬車を通すには十分なスペースが確保できた。


 通行する際、外壁の上にいた神術士が攻撃しようとしていたが、呪文を唱える前にフェルが矢で腕を射抜いていた。神術士は痛みでそれどころではないのか、詠唱は中断され、それ以降神術弾は飛んでこなかった。


(弓士の前で悠長に詠唱するとは……三流だな)


 弓士は神術士キラーと言っても過言ではない職種だ。


 高速詠唱や無詠唱発動のできる風と土の神術士などは例外だが、それ以外は弓士の方が絶対的優位に立っていると、帝都で読んだ書物にも書いてあった。


 よって神術士の運用時には護衛を付けるか、弓士などの厄介な外敵を先に排除する必要がある。闘気使いの多い戦場で弓士がいるのはそういった事情からだ。逆に弓士は格上の闘気使い相手だと何もできなくなる。遠距離では闘気の籠められない矢は一切通用せず、至近距離だと相手の土俵になるからだ。


 その闘気使いも神術に疎い者が多く、遠距離での攻撃手段も限られる事から、神術士相手は苦手とされていた。


 その三役は、ちょっとしたジャンケンのような関係らしい。ただし、技術や力量差でひっくり返る場面もあるので、絶対的優位なわけではない。



「よし! 領都を抜けたー!!」

「よっしゃああああ!!」


 一先ず危機が去った事に一同ほっと胸をなでおろしていた。



 だが、俺たちの逃亡劇はまだ始まったばかりである。

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