第15話 出血大サービス

「――っ! 崖上、複数反応有り!」


 クーの警告に俺たち一行に緊張が走る。


「例の襲撃犯でしょうか!?」


 俺の隣で馬車を操縦していたイートンが心配そうに尋ねてきた。


「さぁ、どうでしょう……クー?」


 俺の問いにクーは応じた。


「人なのは間違いない。八人いる」

「……結構多いなぁ」


 一行の中でまともに戦える者は俺とエータ、それにシュオウの三人だけだ。ステアとクーは無属性の神術を扱えるが、人相手の実戦となると戦力としてカウントするのには心許なさ過ぎる。


 そもそもステアは本来護衛対象者なので、戦わせるなど論外だ。更には彼女らの護衛としてエータを当てなければならず、そうなると……


「シュオウ! お前はイートンさんを守れ! 俺が対処する」

「お、おう! 分かった!」


 シュオウも立派な闘気使いではあるが、義賊の真似事で逃走癖が染みついているのか、荒事には不慣れな様子だ。ここは俺が一人で出るしかあるまい。


(さて、イートンを狙っている連中か、それとも……)


 俺たち一行を狙う者は多い。


 本命はイートンかステアたちを付け狙っている賊たち、次点が俺の首目当ての賞金稼ぎ、大穴で正体が割れたばかりの元怪盗シュオウを追う者、といったところだろう。


(さぁ…………どいつだ!)


「ヒャッハー! 金目の物を出せぇ!!」

「女たちも置いてけぇ!!」

「男に用はねえ! さっさと失せやがれぇ!」


 …………ただの山賊だった。








 数分と掛からず山賊たちの首を撥ね飛ばした。一人だけ離れていた逃げ足の速い賊の後を追うと、その先に彼らのアジトを見つけた。


 そこで更に賊の数が増えて逆襲してきたが、どいつも推定ランクC以下の闘気使いで、すぐに全員返り討ちにした。



「山賊のアジトなら、何か金目の物でもないかなぁ」


 そう期待して一人アジト内を探索していたら、手作り感満載の牢屋に囚われている女性二人を発見した。彼女たちは山賊に乱暴されたのか、直視できないような酷い有様であった。


「ひっ!?」

「た……助けて…………」


 金目の物どころか、厄介なものを発見してしまった。






「左様ですか、賊のアジトに囚われて……」


 さすがに二人を見捨てる訳にもいかず、俺は緊急用の治癒神術薬を二人に飲ませた。酷い事に彼女らは逃走防止が目的か、脚の腱を斬られていた。幸いにも歩ける程度には回復したので、二人を馬車まで連れてきたのだ。


 今は女性陣に任せて身綺麗にしてもらっている。彼女たちも囚われていた二人に同情的なのか、積極的に世話をしてくれていた。



「とりあえず近くの町まで送り届けてあげましょう。放っては置けません」


 イートンも救助には賛成なようで、依頼主から正式な許可も頂いた。



 二人は姉妹らしく、元々一家で行商の旅をしていたそうだが、護衛の冒険者共々、家族は全員殺されてしまったそうだ。


「それじゃあ町に行っても引き取り先がねえって訳か……気の毒になぁ」


 シュオウの言う通り、このまま彼女たちを町に連れて行っても社会復帰できるか正直不安だ。女身一つで雇ってくれる場所と言ったら、真っ先に思い浮かぶのは娼館辺りだが、あの二人は山賊たちに乱暴された為か、男性恐怖症に陥っていたのだ。


 助けた子供の俺ですら怖がっていたし、シュオウやイートンを見ると泣きながら悲鳴を上げるのだ。これでは普通の生活も難しかろう。


「ううむ、困りましたねぇ……」

「せめて彼女たちが落ち着くまで、一緒に連れて行っては駄目ですの?」

「私は構いませんが……そちらの馬車に乗せる事になりますが?」


 ステアは彼女らを助けたいと言い、イートンもそれには賛同したのだが、そこまで男を拒絶するとなると、当然乗せるのはステアたち女性陣の馬車になる。


 本来依頼主であるイートンの方が立場的には上の筈だが、彼がわざわざそう伺いを立てた理由はステアたちの素性が原因だろう。


 恐らくステアは貴族である。それも高位な貴族の令嬢だと思われる。イートンもそこにはすぐ察しがついたようだが、そんな彼女たちが一体どのような経緯で傭兵稼業をしているのかは敢えて尋ねてこなかった。


 彼はステアたちに媚びへつらうつもりは無いようだが、かといってぞんざいに扱ってもいい存在だとは思っていないらしく、こうしてわざわざ事前確認してきたのだ。身寄りのない平民をそちらの馬車に同乗させて良いのかを……


「ええ、勿論ですわ。馬車の席には空きがありますの。エータもクーも、宜しいですわね?」

「かしこまりました」

「ん、ラジャー」



 そんなわけで予期せぬ同行者が二名増えてしまった。山賊の襲撃で多少足止めをされたが、その後は順調に馬車を北に進められた。








 しかし、順調だったのはその三日後の夜までであった。


 その日は止む無く野外で夜営する事になり、そのタイミングでいよいよ本命の賊たちが襲撃してきたのだ。



「おい、起きろ!」

「賊が来た! 早く起きる!」


 シュオウとクーが同時に声を上げて全員を叩き起こす。俺は丁度非番だったのでぐっすり寝入っていたが、クーに頬をぺしぺし叩かれて強制的に起こされた。


「もう少しマシな起こし方はないのか!?」

「今はそれどころじゃない。賊の数は15!」

「じゅ、15!?」


 過去最多人数でのご登場らしい。目的地も目前に迫り、いよいよ相手も本気という訳か。


「俺で対処する! 全員自分と仲間の身を守る事を優先しろ!」

「ちょっと待て! この人数を一人で相手にするつもりか!?」


 すかさずエータが反論してくるも、今は口論している時間が惜しい。既に俺でも感知できる範囲まで接近を許してしまっていたからだ。


「大丈夫だ! 雑兵がいくら増えても問題ない!」

「ほぉ、言ってくれるじゃねえか……!」


 すると、奥から物々しい武装をした集団が現れた。どいつもこいつもなかなかの闘気を纏っていた。不味いことに、雑兵と言うには少しばかり活きが良さそうな連中だ。


「お、おい。あの認証票見ろよ。金色だぜ……!」


 シュオウが怯えを含んだ声で俺に話し掛けてきた。


 傭兵ギルドに所属する者は全員認識票ドッグタグを購入させられるが、装着するかどうかはその人次第である。ちなみに俺は身に着けない派だ。


 認識票の色や印の数で傭兵の実力を伺い知れるが、金級の証である金色のタグを身に着けている時点で、ランキング100位以内の傭兵なのは確定。しかも印が二つ付いている事から金級の中位、最低でも相手はランク60位以内の傭兵団であるらしい。



 ちなみに現在の俺は鉄級下位の2,903位で、傭兵団としての実力差は歴然だろう。



「同じ傭兵としての情けだ。依頼主だけ置いてそのまま去れ。そうすれば命だけは助けてやるよ」


 リーダー各らしきスキンヘッドの大男が自信満々に宣告した。


 シュオウの首からぶら下がっている鉄の認識票を見て俺たちを同業者だと判断したのだろう。男の言う通り任務を放棄すれば俺の信用は地に落ち、傭兵としても苦しい立場に立たされるだろう。だが命だけは助かる。


 これが仮に冒険者であれば、逃亡した場合は重いペナルティと罰金を科せられ、それを支払えなければ奴隷落ちとなる。だが傭兵ギルドの場合だと、粛々とランクが落とされて達成報酬が支払われない。ただそれだけで済むらしいのだ。


 その点が冒険者とは大きく異なる為、勝てないと判断した傭兵が逃げ出すケースは割と多いらしい。


 この男もそれを期待しての忠告か、はたまた俺たちのような雑魚を相手にするのも面倒だと甘く見たのか。堂々と姿を晒している事から、多分後者の理由だと推測される。


(依頼主を置いてけって言われても……どっち?)


 こいつらがステアとイートン、どっち目当てなのか分からないが、ここで尋ねても藪蛇なので、俺は双剣を抜き無言で抵抗の意思有りだと応じた。


「……ほぉ? 気骨のある新参者ニュービーじゃねえか」


 スキンヘッドの大男は大剣使いのようで、ゆっくりと剣先を俺に向けた。


「だが、おつむの方は足りなかったようだなぁ!」

「あからさまな脳筋タイプなんかに言われたくねえ!」


 それが開幕の合図となり、金級中位の傭兵たちが一斉に襲い掛かる。


「全員下がれ! シュオウは無理せず、馬車を盾にして牽制に努めろ! エータはステアたちに張り付いていろ! イートンさんたちの方も頼んだぞ!」

「わ、分かった!」

「任せろ!」


 少し人数が多いのが厄介だ。相手は今までの賊とは比べ物にならない。タイマンならともかく、複数相手だとエータたちは一溜りも無いだろう。


「まずは……数を減らす!」


 ここで出し惜しみをしても仕方がない。俺は自分の必殺技でもある【風斬かざきり】を発動させた。


「なにぃ!?」


 左右の剣、交互に放った不可視の刃は傭兵たちの首を次々と斬り落としていく。


 瞬時に味方八人倒されたスキンヘッド男は怒鳴り声をあげた。


「テメエら気を付けろ! こいつ、妙な技を使う! 闘気で防御を固めろ!」

「一体……何をしやがった!?」

「わ、分かんねぇ……! 神業スキル持ちの御子か!?」


 良い感じで俺の方に敵が釣れた。


 何が起こったのか未だ理解出来ていない傭兵たちも、剣を振るった俺が何かしたのだろうと当たりを付け、こちらへ向かって次々に襲い掛かってきた。


「槍使いは……いねえな。よし!」


 傭兵は勇ましい腕自慢が多い事からか、どうも長物を嫌う傾向にある。こいつら、リーダーの禿げに感化されているのか、どいつもこいつもグレートソードでブンブン振り回してくる脳筋タイプばかりの集団だ。


 だが、力勝負ならこっち側の土俵だ。



 俺は左右同時に襲い掛かってくる傭兵に、それぞれ左右に持つ剣で応戦した。


「こ、こいつ……片手でだと!?」

「なんてパワーだ……!」


 斬り結んだ相手を強引に押し返し、続けて迫ってきた男を先ずは連撃で畳みかけ、その胴を素早く掻っ捌く。


「おらぁっ!」

「ごはっ!?」


 確かになかなかの闘気持ちだが、手下どもの方はせいぜいランクBの実力だろうか。親玉のスキンヘッドはA級の闘気使いと見た。


「ぐぬぅ! 俺も出る!」


 これ以上の被害は許容できないのか、いよいよボスの登場だ。


 俺は馬鹿正直に相手する気もなく、風斬りの先制攻撃でスキンヘッドの首を狙うも、男は素早く大剣を構えてガードした。闘気を纏った大剣は硬く、俺の風斬りで切断するには些か出力不足であった。


「へぇ? やるなぁ、おっさん!」

「その面妖な技、視えないのは厄介だが、来ると構えていれば防げないほど速くもない!」


 そうは言うが、風切りは風の速度なので当然遅くなんかはない。凡人にはまず反応できないと思うが、この男は闘気により身体能力と反射速度を高めていた。それで高速の斬撃を重い大剣で咄嗟に防いでみせたのだ。


 並々ならぬ膂力の持ち主だ。


「この小僧は俺がやる! テメエらは邪魔者を始末しろ!」


 男の号令で傭兵たちが各々動き出した。こいつは拙い。


 後ろにいるエータたちを援護したくても、スキンヘッドの男が迫ってきた。この距離だと既に大剣の間合いだ。二つの剣で男の一撃を受け止める。想定以上のパワーに若干押し込まれた。体格差もあり、この攻撃を片手で防ぐのは難しいだろう。


「ハッハァー! 小僧の割にはパワーあるじゃねえか! まさか俺様の一撃を受け止めるとはなあ!!」

「……くそ! これ以上は時間を掛けられねえ!」


 俺は闘気を最大出力で剣に集中させ、男の大剣を押し戻す。その一瞬で距離を取り、今度は右の剣に闘気を集中させた。


「ふん、その距離……さっきの技か? 俺様には通用せんぞ!」


 俺の風斬りはネタが割れると防がれる恐れがある。それは分かっていた事だが、こうも早く防げる使い手に当たるとは思いも寄らなかった。


(畜生! 闘気の量だけでいったら、このハゲより白獅子ジジイの方が圧倒的に上なのに……! 先に雑魚ども相手に技を見せ過ぎた!?)


 あのヴァン・モルゲンですら討ち取った必殺技だが、あれはあの男が槍やその他の箇所に闘気を集中していた為、急所である首への防御を疎かにしていたからこそ通用した初見殺しの技だ。


 遠距離からの首狩り手段があると知っている目の前の男にその隙は無い。その相手の警戒網を潜り抜け、更に奴のパワーに打ち勝つ攻撃手段となると……今の俺に取れる手段は限られてくる。


「さぁ、どうした? 来ないのなら、こっちから行くぞ!」

「……仕方ない。あまり気乗りはしないけど……」


 俺はそう呟くと右手の剣でそっと自身の左腕を軽く斬った。


「な、何を……?」


 突如自傷行為をし始めた俺にスキンヘッドは困惑した。


 俺は自らの腕に切り傷を作り、そこから流れ出てくる血を剣へと伝わせる。


「光栄に思えよ? こいつは天下の大将軍様を倒した大技だ!」


 俺には風斬りの他にもう一つ手段があった。それは風を媒体にする代わりに、己の血を使って刃を放つ技だ。


 血に濡れ赤く染まった剣に今日一番の闘気を籠める。


「くらえ! 【血走ちばしり】!」


 己の血という最上級の媒体で放った強烈な一撃は、風のそれより見え易く、速度も僅かに落ちるが、その反面威力は何倍にも膨れ上がる俺の切り札【血走り】だ。


「ぬおおおっ!?」


 男も身の危険を感じ取ったのか、即座に闘気を剣に集中させてガードする。この後の戦いの余力など全く考慮しない、全闘気を防御に費やしてまで防ごうとしていた。


 その結果、男の大剣にヒビが入るも辛うじて血の刃を凌いだ。


「あ、危なか……なぁっ!?」


 初撃を防いだ男は、血に濡れた俺の左手の剣を見てギョッとした。


 そう、俺は二刀流だ。防がれる事も想定済みで、既に二射目の準備も終えていた。本日二度目の大技で、まさに文字通りの出血大サービスである。


 だいぶ闘気を消耗したので先ほどより若干威力は落ちるだろうが、それは向こうもお互い様だろう。


「じゃあな、おっさん! アンタ、結構強かったぜ?」


 名も知らぬ傭兵に別れの言葉を告げた俺は再び【血走り】を放ち、相手の大剣と共に男の腹を斬り裂いた。




 その後、俺はすぐにエータたちの救援に駆け付けた。


 向こうはかなり不味い状況だったらしく、エータは負傷しながら必死に応戦し、シュオウは脚力を活かしてイートンを抱えたまま辺りを逃げ回っていた。


 俺が敵の親分を倒して駆けつけてくるのを見ると、手下共も不利を悟ったのか、何人かはすぐに逃走し、残った数名は破れかぶれの特攻を仕掛けてきたが、それらも全て返り討ちにする。


 練度の高い傭兵団ではあったが、スキンヘッドのリーダーが居なくなった今、もはや俺の敵ではなかった。


「ぐっ、助かった……のか?」

「エータ!? すぐに神術薬を用意しますわ!」


 エータの怪我はそこまで深くない。通常の治癒神術薬でも十分治せる範疇だろう。


「なぁ、神術薬の予備はまだあるか?」

「最後の一本でしたら……。まぁ! ケルニクスも出血しているじゃないですの!?」


 自身で傷つけた腕の傷を見てステアが心配そうに声を掛けてきた。


「いや、俺の方は軽傷だ。それよりその神術薬……あいつに使ってくれないか?」

「あいつ……ですの?」


 俺は奥の血溜まりで倒れ込んでいるスキンヘッドの大男を指した。

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