第14話 商人の護衛
「ね、眠い……」
「我慢しろ。二日もあの町で足を止めるのは危険だからな」
俺は御者席で眠そうにしているシュオウを窘めた。
昨夜はステアの【等価交換】スキルの検証で些か夢中になり過ぎ、就寝が明け方になってしまった。本日は少し遅い昼頃の出立となり、女性陣は現在も馬車の車内で夢の中だ。
俺は少しでも先に馬車を進ませる為、御者役を買って出た。しばらくしたらエータに代わってもらう約束なので、寝るのはそれまでの我慢だ。
ステアの新能力が判明し、その一助となったシュオウの同行も無事に認められ、新たに俺たち五人で旅を続けることになった。
「しかし、お前の故郷とやらは一体どうなってやがるんだ? あんな食べ物、見た事も聞いた事もないぞ?」
「……まぁ、今はもう無いけどね。だいぶ変わった国だったよ」
という設定にしておいた。あれこれ語るとボロが出そうなので、「祖国は滅んだ。あまり思い出したくない」という流れに持っていき、四人共それを信じ切ってしまったようだ。
こいつらも案外チョロい。
「しかし、あの嬢ちゃんたち一体何者だ? 絶対貴族のご令嬢だろう? それもかなり高位の……」
「あ、やっぱそう思う?」
ステアたちの正体については未だに謎のままだ。
恐らくは貴族のお家騒動で追われる身となったご令嬢で、他国の知り合いの下に逃避行中……といった感じだろう。
俺たちはその知り合いが居ると思われる目的地、ここホルト王国の中央にあるミルニス領を目指していた。そこにある領都アーヴェンという街まで彼女らを無事に送り届ければ護衛依頼は完了となる。
昨日の町まででお試し雇用期間も終わり、俺は正式にステアたちの護衛として採用されたのだ。
「アーヴェンまで行けば俺の任務も達成し、シュオウも奴隷身分から解放される。それまでは宜しく頼むぞ」
「ああ、俺の為にもやり遂げてみせるさ!」
その後、俺はどうしようかと迷っている。
当初はこのまま傭兵稼業を続けるつもりだったが、あのステアの神スキルを見た後だと、彼女の私兵として雇ってもらえないかなと欲が出てきたのだ。
(彼女も自分の能力を使いこなすには、俺の助けも必要だろうしな)
なにせ、今のところ日本語表記でしか買い物リストとやらが表示されないらしい。
(検索能力あんのに言語設定変えられないとか……妙なところでハードだな……)
となると、日本の言語と商品を理解している俺の存在は欠かせない筈だ。
(でも、お家騒動中だと思われるご令嬢の私兵かぁ。色々大変そうだなぁ。カップラーメンか、それとも平穏な日々か……うーん、悩むぅ!)
俺の中でカップラーメンの価値がストップ高まで急上昇!
いや、カップラーメンだけではない。あの様子だと、まだまだ他にも日本製品のラインナップがありそうだ。もしかしたら海外商品まで取り扱っているのかもしれない。
和食、洋食、中華といった料理に、ゲーム、漫画、アニメなどのカルチャーも、更には地球産の家電製品すらも利用できる可能性を秘めているのだ。
まさに神スキル! 誰だ、ゴミ糞スキルだなんて言った節穴は……!
(ああ、駄目だ。完全に気持ちがそっちへ傾いていく)
俺は今後の身の振り方について、真剣に頭を悩ませながらも馬を走らせるのであった。
ホルト王国に入ってからの旅程は割と順調で、俺たちは王国二つ目の町カナッサへ到着した。ここには傭兵ギルドの支部があるので、ついでにシュオウも登録しておく。
「おいおい、俺は傭兵なんかする気はないぜ?」
「いいじゃん、傭兵。困ったら小銭稼ぎにはもってこいだ」
「それなら冒険者の方がマシさ」
「お前、お尋ね者の盗人だから多分なれねえぞ?」
「いや、それを言うならお前も賞金首だからな!」
俺が賞金首である事はステアたちにはまだ秘密にしたままだ。
「……よそう」
「……だな」
不毛な言い争いを終えた俺たちは傭兵の登録を済ませた。
シュオウは俺の団員という事にしてあるが、傭兵団の名前はまだ決めていない。ギルドには今のところ”ケルニクス一味”として認識されているだけだ。
ちなみにステアたち三人も俺の傭兵団の団員メンバーとして登録されている。その場合、その傭兵団員も俺と同じランクになるそうだ。
「お? 順位が少し上がってる」
「ほぉ? どれどれ……。なんだ、鉄級下位じゃねえか」
「まだ初めて一カ月も経ってないんだぞ?」
現在の俺の順位は2,903位だ。最初の3,872位と比べて凄まじい上がり方である。これは前回の怪盗捕縛が相当評価されたか、もしくは依頼を一度も達成していない新人があまりにも多いのか……恐らく両方だと思われる。
鉄級の下位から中位へ昇級するには複数の依頼を熟し2,000位以内に入る必要がある。つまり鉄級下位の傭兵団は1,800組以上もいる計算だ。それほどまでに鉄級下位の傭兵たちが掃いて捨てる程いるのだろう。
(あのムドアという悪徳商人、死ぬ前にキチンとギルドに達成報告をしてくれたのか。違法奴隷で性欲を満たすような屑でなければ死なずに済んだものを……)
悪徳商人は全員天誅である。
「おい、用が済んだら早く先に進むぞ」
背後からエータが声を掛けてきた。
「待ってくれ。ついでにアーヴェンまでの護衛依頼を探しておきたい」
「また依頼の掛け持ちをする気か!? もう必要ないだろう!」
前回は金欠故に仕方なく怪盗捕縛の依頼を引き受けたのだ。先を急ぐエータはこれ以上の依頼は必要ないと主張する。確かに依頼主である彼女の意見は尊重したい。だが、それはできない相談だ。
「……本当に必要ないと思うのか? 金は十分にあると……本当にそう思っているのか?」
「ぐっ!? そ、それは……」
俺が新たな仕事を探している理由は単純で、実は再び金欠になり始めたのだ。
前回の依頼でボーナス込みの報酬を受け取り、尚且つシュオウがムドア商会から幾らかちょろまかした資金も得た。にも関わらず、俺たちは再び金欠に陥ったのだ。
その原因はステアたちにあった。
彼女らは元々良い所のご令嬢なのだろう。お金が無い時こそは我慢していたが、宿は基本的に高級宿を利用し、部屋も男と女で二部屋用意している。俺たちも夜は護衛をする為に一緒の高級宿に泊まらざるを得ない。彼女らと同じくらい値が張る隣室を用意して貰った。
そこまではまだ許せるのだが、ステアの
ステアたちはあれもこれもと銅貨だけでなく、金貨を使って買い物をし始めたのだ。気が付いたら彼女の周りには地球産の服やぬいぐるみ、アクセサリーが溢れ返っていた。今まで石とか薪くらいしか生み出せなかったスキルが覚醒し、本人も色々出せて楽しかったのだろう。
そして何より酷いのが食費だ。
ムドア商会で食っちゃ寝生活をしたことで、彼女たちは贅沢を思い出してしまったのか、日本製品の食べ物を次々にお金と交換しては、俺に食べ方を尋ねてきた。カレー粉だけを見せられた時は一体どうしろと頭を抱えたものだ。恐らく完成品のパッケージを見て購入したのだ。
ちなみにカレー粉は、カレーを作るのに必要な食材一式も等価交換し、ついでに宿で鍋まで用意して貰って皆で美味しく頂いた。強烈な香りの所為で宿の料理人や他の客からも問い詰められたりと、ちょっとした騒ぎに発展してしまった。
(久々のカレー、死ぬほど美味しかったから別にいいけどね)
要するに、地球の素晴らしい料理を口にしたステアたちは、俺以上にそれらの虜にされてしまったのだ。
「別にこの先、目的地に着くまで質素な宿で普通の食事を望むのなら、俺も仕事は探さない。それでもいいか?」
「早く仕事を探しますの!」
ステア嬢の一声で、俺たちは新たな
やはり鉄級下位にオファーのある仕事は少なく、その中でアーヴェン方面の依頼となると該当するのはたった一件のみであった。
「商人の護衛依頼、ですか?」
「まぁポピュラーな依頼だわな」
行商人は街道を利用するとはいえ、旅の道中は魔獣の出没や盗賊の心配などもある。商人が護衛を雇うのは、この世界ではごく当たり前のことらしい。
冒険者ギルドと傭兵ギルド、どちらに依頼するかは意見が分かれるところだが、前者は少々高くつくがギルドの保証もあって安心度が増し、後者はギルド側からのサポートも一切なく、その代わりお値段がリーズナブルとなっている。
傭兵ギルドは俺のような賞金首でもなれる、ちょっとアレな組織だ。傭兵ギルド側はあくまで依頼主に条件に合った傭兵を紹介するだけであり、契約内容自体は両者が納得した上で結ぶことになっている。依頼内容についてギルド側は一切関知せず、ただ仲介料のみを頂くシステムという訳だ。
そもそも傭兵ギルドに依頼する者も雇われる傭兵側も、それぞれに後ろ暗い事情を抱えているケースが多い。そしてそれら全ての事情に傭兵ギルドは関わらないという不文律が存在している。だからこそ傭兵ギルドには一定の需要があるのだ。
「商人がわざわざ傭兵に護衛を依頼するとは……何か事情があるに違いない」
「確かに……商人には私兵や冒険者が護衛についているイメージだな」
前回の怪盗捕縛依頼とは毛色が違い、行商での護衛なら金に困っていない限り冒険者を雇うのがセオリーだ。専属の傭兵を雇っている場合は別だが……
今思えば前回の依頼人ムドアも違法奴隷という後ろ暗い事情があったから、冒険者を避けて傭兵たちを雇ったのだろう。
「というか、ステアたちも何か事情があるから、傭兵ギルドに護衛を依頼したんじゃないのか?」
「うっ!? そ、そ、そんなことはありませんわ!」
「「…………」」
ステアはあからさまに動揺し、嘘の下手なエータは目を泳がせていた。クーは我関せずとそっぽを向いてしまった。
とっても怪しい……
「ま、俺たちに依頼人を選ぶ余裕は無いんじゃねえか? アーヴェン方面で受けるなら、この依頼一択だぜ?」
「…………そうだな」
確かにシュオウの言う通りだ。
結局、俺たちはギルドに仲介して貰い、件の商人と一度会ってみる事にした。
数時間後、町で護衛を待ち望んでいた商人が指定の場所に姿を現した。
「はじめまして。わたくし、ブリッツ商会のイートンと申します」
そう挨拶してきたのは30代くらいのちょび髭を生やした男であった。商人らしく身なりの整った紳士風の装いだ。
「どうもはじめまして。傭兵団団長のケルニクスです。後ろの四人は団員メンバーです」
「「「…………」」」
女性陣は傭兵団員という立場にまだ抵抗があるのか、無言のまま会釈した。
そんな彼女たちの不愛想な態度にも、イートンと名乗った商人は一人一人に丁寧な挨拶をしていった。
そして最後にシュオウへ視線を移すと……笑顔から一転、無表情へと切り替わった。
「そちらのお方は……貴方の奴隷、ですかな?」
イートンは視線を鋭くさせながら俺に問い質してきた。
「ええ、そうですが……それが何か?」
「……この話は無かったことにしてください」
そう告げるとイートンはそのまま立ち去ろうとした。
さっきまで愛想の良かった商人の豹変ぶりに俺たちは慌てだした。
「ええ!? ちょっと待って下さい! 何か不快にさせるような真似でもしたでしょうか?」
「……そうですな。理由くらいは話しておきましょうか」
引き留めようとした俺に、立ち止まって振り返ったイートンが口を開いた。
「わたくしも傭兵ギルドに依頼した時点で、ある程度の人選は覚悟をしておりました。ですがさすがに
「――っ!?」
この男、チラリとシュオウの首輪を見ただけで瞬時に違法奴隷であることを見抜いた。一級奴隷士であるこの俺にも難しい芸当だ。何という目利きなのだろうか!
(ちっ、再契約で首に付け替えさせたのが仇になったか……)
どうやら俺は自身が憎むべき違法奴隷の主人と思われてしまったらしい。それはとんだ誤解だ。
「た、確かに彼の首輪は正規のモノではありません。公認の奴隷商人を介して契約した訳でもありませんが、決して無理やり奴隷にしたんじゃないんです!」
「……ほう? 詳しい事情をお伺いしても?」
相変わらずイートンの目は冷ややかだったが、どうやら話だけは聞いてもらえるようだ。
俺の後ろでシュオウが「嘘つけ! ほぼ無理やりだっただろうが!?」と戯言を呟いていたがスルーした。俺はムドア殺害や怪盗の件の部分は端折り、シュオウと奴隷契約を結んだ経緯をやんわりと説明した。
「……つまり、不当な奴隷商人から彼を助ける為に、重複ルールの裏を突いて引き抜いた、と?」
「そうです! その通りなんです!!」
「…………」
さすがに即興の作り話なのでバレただろうか? 正直、この男の眼力を誤魔化せる自信が俺にはなかった。
「……なぁ、イートンさん。俺もご主人様に思うところが無い訳じゃあないが、それでもこいつは奴隷の主人としては随分マシな部類だ。そこだけは保証するぜ?」
(こら! その言い方だと、そこ以外がマシじゃないように聞こえるじゃねえか!)
「…………ふぅ、正直胡散臭い話だらけでしたが、貴方が奴隷に対して不当な扱いをしていないという点だけは信用しましょう」
「そ、それじゃあ……!」
「ええ、傭兵稼業の方にこれ以上詮索するのも無粋でしょう。色々言ってしまった後ですが、宜しければこのまま護衛契約をして頂けませんか?」
「「「おお!?」」」
一時はどうなる事かと思ったが、奴隷であるシュオウへの扱いが不当で無い事を知るとイートン氏も態度を軟化したみたいだ。
(それにしても、商人にしては真っ当な人だな……)
そんな善人がどうして傭兵なんかに依頼するのかは謎だが、俺たちは目的地である領都アーヴェンまでの護衛契約を結んだ。
「ほう? ケルニクス殿も元奴隷なのですか。どうりで奴隷にお詳しい筈ですな」
道中、彼の馬車を護衛しながら俺たちは雑談を交わしていた。依頼主イートンは10代前半の子供である俺なんかにも礼儀正しく接してくれる。まさに紳士のような男であった。
彼はしがない小規模な商会を営んでいたが、何故か最近強面の男たちに命を狙われ始めたそうだ。最初は運良く居合わせた巡回兵に助けられ難を逃れたらしいが、その後も外出する度に不審な輩の姿を目撃し、不安に駆られて遂には傭兵ギルドに頼ったそうだ。
(普通、それならまず兵の詰所か冒険者ギルドだろう?)
その点だけは引っかかったが、そんな彼には襲われる理由について心当たりがあるそうだ。
最近よく貴族のご婦人がイートンの店に訪れて、美術品なんかを頻繁に購入していたそうだ。最初は彼女も満足して何度も足を運んで購入していたそうだが、ある日を境にイートンの商品にケチをつけ始め、今まで買った商品全ての返金までも迫ってきたらしい。
さすがに全ての商品の返金に応じる程の資金力もなく、イートンは商人ギルドに助けを求めたそうだ。なんでもホルト王国には日本で言うクーリング・オフみたいな制度があるらしく、その期限を過ぎていた貴族婦人は返金を求める法的根拠が乏しかったのだ。
貴族といえども、商人ギルドの後ろ盾が有る商会となれば無法な真似は通らないらしい。
そこでその貴族婦人は外道の手法を選択したのではないだろうか。イートン氏はその貴族婦人こそが犯人で、賊を雇っているのではないかと考えているそうだ。
「その貴族の名前は分かるのですか?」
「いえ、サマンサ夫人とおっしゃる方なのですが……家名までは名乗られなかったのです」
「爵位やどこの領地の貴族かも?」
「はい。不覚でございますが……」
貴族夫人という情報だけでは候補者は何人もいる。最悪、この国以外の貴族の可能性もあるし、サマンサなんてよく聞く名だ。しかも、その彼女が賊を雇ってイートンの命を狙う犯人だとまだ決まったわけでもない。
つまり犯人の特定は現状難しい。
「うーん、やはり根本的解決は難しそうですね」
「ええ、私もそこまでは望みません。片道だけでも構いませんので、アーヴェンの宿まで護衛して頂ければ構いませんよ」
それならば楽勝だ。どうせ俺たちを付け狙う連中もいるのだ。そこにイートンを狙うゴロツキどもが加わったところで大した労力の差は無い。
勿論イートンには俺たちも狙われている事を伏せている。
俺は事前にステアたちに口裏を合わせていたが、四人は何故か「マジかコイツ?」という表情で俺を見ていた。
俺、何かおかしなこと言っちゃいました?
目的地までいよいよ残り僅かだ。俺は周囲に気を配りながら護衛任務を続けた。
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