第13話 等価交換
「そんなわけで、今度から仲間になりましたシュオウ君です! 仲良くしてあげてください!」
「よろしくっす!」
「「「…………」」」
深夜遅くに宿へ戻った俺は、まだ寝る前であったステアたちに新メンバーであるシュオウを紹介した。
「……いや、あり得ないだろう!?」
「か、怪盗さんの護衛はちょっと……」
「男は要らない。出ていけ」
彼女たちも新メンバーのお披露目に少しだけ恥ずかしがっているご様子だ。
「大丈夫、こいつは奴隷契約を交わしているから、君たちには危害を加えない。ステアの護衛依頼も解放条件の一つに加えられているからな」
「えっと……まずどうして捕まった筈の怪盗さんがここにいらっしゃるのでしょうか?」
ふむ、やはりその点を指摘されるか。
「こいつは【壁抜け】の
そこは正直に話した。その点については俺も後ろ暗いところは何もない。雇われた傭兵としてはアウトなのだろうが、悪徳奴隷商人は天誅を下すべき存在なのだ。
「スキル!? い、いえ、それよりも怪盗を逃がしたとなると、そちらの方はお尋ね者なのでは?」
「そうだけど? 何か問題か?」
「大有りだ!!」
ステアに代わりエータが叫んだ。
「我々は賊に狙われているからケルニクスを雇ったのだぞ! その傭兵が、更に狙われる要因を増やしてどうする!?」
「だったら同じじゃないか。どうせ賊に狙われているのなら、やる事は同じだぞ。それにもうホルト王国には入っているし、目的地はすぐ近くなんだろう? シュオウの一件が露呈されるのは依頼も無事終えて目的地に着いた頃だろうさ。全く問題ない」
「ぐっ……むむぅ……!」
確かにその通りではあるのでエータも文句を言えないのだろう。そもそも自分たちも似たような事を先の依頼で行っていたので、倫理的にも強く咎めることはできない筈だ。
「それにこいつは闘気使いとしてもかなり優秀だぞ? 俊敏性なら俺にも引けを取らない」
スキル有りとは言え、俺と一時間以上鬼ごっこをした脚力の持ち主だ。更に……
「こいつの【壁抜け】能力は凶悪だ。ハッキリ言って室内戦なら最強に近い」
「そ、それ程のスキルなのか?」
「考えても見ろ。賊が宿に近づいてきたら、壁を抜けて逆にこちらから奇襲し放題だ。危なくなったら室内へ逃げ込む。頑丈な建物なら上級神術でもぶち込まれない限り、相手に先制攻撃し放題だぞ?」
この場では言わないが、暗殺向きのスキルだろう。さすがの俺も寝込みを壁抜けで襲われたら一巻の終わりだ。起きてさえいれば、壁越しで真っ二つにできるけどね。
「俺は殺し合いが苦手なんだが……」
シュオウは【壁抜け】能力を持っていながら、これまで暗殺行為は全くしてこなかった。義賊と称して盗みを働き続けていただけだ。その気になれば性悪貴族や悪党商人を暗殺するのも簡単だろうが、死人を出せばそれだけ相手を本気にさせる。
故に殺しはせず、基本的に逃げに徹していたらしい。それと性格的にも荒事は嫌いなんだそうだ。
「別に無理して殺す必要は無い。【壁抜け】で賊を攻撃してくれるだけでも、十分相手への牽制になる。それにしっかり護衛として働かなきゃお前、当分奴隷のままだぞ?」
「くぅ、なんてご主人様だ……」
シュオウは恨めしそうな顔で俺を見た。
「しかし、これ以上男の護衛を増やすのはなぁ」
「貞操の危険」
エータとクーの心配はそこだろう。しかも相手は元怪盗だ。
「だったら奴隷契約をし直すか?」
幸いにも奴隷契約に使えるスクロールにはまだ予備がある。シュオウが盗んで持ってきた分だ。スクロール自体に神術の効果がある為、魔力無しの俺でも奴隷契約自体は行えるのだ。
ステアたちだけで話し合った結果、彼女たちに一切手を掛けない条件も付け加えさせた。その際、俺とシュオウで交した元の契約書も見られてしまう。
「……この、“盗んだパンツを洗濯して返す”とは何の事だ?」
「こいつ、メイドさんのパンツ盗んだんだ。だから返却させた」
「ばっ!? わざわざ言わなくても……!」
「「「…………」」」
女性陣の視線がとても冷たい。
「まさか……本当に返したんですの?」
「え? ああ、仕方ねえだろう! 契約しちまったんだから!」
「盗んだだけでは飽き足らず、更に罪を重ねるとは……」
女性の下着を洗って返すのは罪深い事だったらしい。シュオウは地面に正座され、ステアとエータにお説教された。
「この男、本当に大丈夫?」
クーがゴミ虫でも見るかのようにシュオウを見下ろしていた。
「まぁ、性癖はアレだがスキルは有能だ。誰かさんのゴミスキルとは違ってな」
「お前が契約条件に入れたからだろうが!!」
「誰がゴミスキルですの!?」
二人同時に抗議の声が上がった。
「ん? 嬢ちゃんも
ふと興味を持ったシュオウが尋ねると、ステアは少し言い淀む。しかしゴミスキルのレッテルを返上したかったのか、言葉を選んで己の異能を必死にアピールした。
「――という、素晴らしいレアスキルですわ!」
「ふむ、小石を出すだけの能力、か。……微妙だな」
「あぅ……」
散々話を盛った挙句、色々言葉を飾り付けたステアの説明は徒労に終わった。
「だが、そいつはまだ本当の扱い方を知らないからじゃないのか?」
「ぐすん…………え?」
涙ぐんでいたステアがシュオウへと振り向く。
疑問に思った俺はシュオウに尋ねた。
「どういうことだ?」
「いや、スキルってのはさ、扱い方を知らないと効果も微妙だったりすんだよ。俺も最初は壁に頭だけをすり抜けられる、覗き見能力だと思っていたのさ」
「……やっぱこいつ置いていこう」
「違うって! お隣さんの着替えを覗いたりしてねえって!?」
やけに具体的な否定の仕方だ。やっぱりエロ怪盗か。
「ごほんっ! で、最初は頭だけだったのが、徐々に上半身まで透けるようになり、最終的には壁を自由自在に抜けられるようになったんだよ」
「……つまり、練習すれば能力も向上すると?」
「勿論練度もあるだろうが、さっき言った通り使い方自体を間違えている可能性もあるな。例えば他にどんな物を出せるんだ?」
俺も小石と銅貨までは聞いていたが、他にも何か魔力と交換できるのだろうか?
「基本的には銅貨と同じくらい価値のある物とかですわね。一度見た物なら、等価であれば魔力と交換できますわ!」
「それだけ聞くと凄そうな能力なんだが、全魔力で銅貨三枚分なのがなぁ」
魔力量が増えればかなり有能なスキルだとは思う。
「例えば高額な名画とかはどうなんだ? 使用した紙や絵の具の価値が銅貨3枚以下で、それなら再現できるとか……」
「その手のモノも家に飾ってあった絵画などで試しましたわ。でも芸術的価値のある物もやはり生み出せないようですの」
駄目だったか。
そもそもこの世界では紙も塗料もそこそこ値が張る。銅貨三枚縛りはやはり厳しいのだ。
(それにしても、自宅に絵画とは……やはり良い所のお嬢様なんだな)
「それじゃあ、逆はどうなんだ?」
シュオウがポツリと疑問を口にした。
「逆……ですの?」
「ああ、そもそもスキルを使うのに魔力を消費するというのがどうも引っかかる。俺の【壁抜け】は魔力を一切消費しないしな。スキルって普通そういうもんだろう?」
「それは……わたくしのスキルが【等価交換】ですから、魔力を交換して――」
「――だから、逆に物を差し出して魔力を回復できないのか? 交換、なんだろう?」
「――っ!?」
どうやらその発想にはステアも至っていなかったようだ。
さすがは同じ神業持ちの御子だ。
「た、試してみますの!」
早速魔力を得られるかの実験だ。
まずは魔力を減らすところからだと、ステアは魔力の約1/3を消費して銅貨一枚を生み出した。いや、正確には交換だったな。
そして今度は銅貨一枚を差し出し、魔力と交換を試みる。これが成功すれば、銅貨を沢山用意できれば魔力を使い放題になるわけだが、果たして……
「……え? これは一体……?」
するとステアは困惑しながら目を左右に泳がせていた。様子のおかしいステアにエータがすかさず問いかける。
「ステア様、大丈夫ですか?」
「え? ええ、問題ありませんわ。ただ、ちょっと困惑しましたの……」
「もしかして、魔力の回復はできなかったのか?」
「い、いえ。魔力回復は可能なようですの。ただ……もう一つの選択肢もあるようですの」
「……もう一つの選択肢?」
一体何の事だとステア以外の全員が首を傾げた。
「どうやら銅貨一枚分でお買い物ができるようですの。目の前に、その……絵のある目録? があるんですが……皆様は見えませんの?」
「…………見えるか?」
「いや、私にはさっぱり……」
どうやらステアにだけ、謎のお買い物リストとやらが見えているようだ。
「……それは明らかにスキルの異能だろうな。それで、そのリストには何があるんだ?」
シュオウが尋ねるとステアは眉をひそめた。
「それが……文字が一切読めないですの。わたくしの知らない複雑な言語ですわ。それが購入リストなのは何となく分かるのですが……商品らしき絵も見た事のない不思議な品々ばかりですの」
何とも容量の得ない説明だ。【等価交換】は本当に変わったスキルらしい。
「一体なんて書かれているんだ?」
「そ、そうですわね……」
ステアは自前の羽ペンを取ると、描かれている文字のようなものを複写していった。それを見た俺は呆気にとられた。
(これ、日本語じゃねえか!?)
ステアが複写した拙い日本語にはこう書かれていた。
【歯ブラシ お得二本セット 銅貨1枚】
(わぁ、二本で銅貨一枚なんて、お得ぅ……じゃねえ!?)
一体【等価交換】スキルとは何なのか……俺は軽く眩暈を覚えた。
「……全く読めん」
「こんな文字、初めて……」
「何かの暗号、か?」
そりゃあ、この世界の人間に、漢字、カタカナ、ひらがな、アラビア数字の組み合わせは厳しかろう。
(さて、どうするか……)
少し躊躇ったが、俺は教える事にした。
「……それは、歯ブラシという歯を磨く生活雑貨だな。しかも二本付いてくる。お値段は銅貨一枚分だ」
「え?」
「お前、この文字を読めるのか!?」
皆が驚いて俺の方を見た。
「……ああ、俺の故郷で使われている文字だ。読める」
「な、なんでケルニクスの故郷の文字で書かれているのでしょう!?」
「さぁ、俺にもさっぱり……」
むしろこっちが聞きたい。
「そ、それじゃあコレは読めますの!? 絵を見る限り、食べ物のように思えるのですが……」
再びステアが商品名を複写する。それに俺は今度こそ度肝を抜かれた。
【一心カップラーメン 銅貨1枚】
歯ブラシはギリ許されたかもしれないが、さすがにカップラーメンは無いだろう。この世界に存在していい代物ではなかった。
俺は頭が混乱した。
(おいおい……【等価交換】スキル、神スキルじゃねえか!?)
俺は床に膝をつけると、両手を揃えて深く頭を下げた。所謂土下座である。
「え? え? 突然何ですの!?」
「ステア様。ゴミスキルなんて罵って大変申し訳ございませんでした! 後生ですから、それを購入して私めにお恵み頂けませんでしょうか!」
数年ぶり? にカップラーメンを食せると期待した俺は、恥も外聞もかなぐり捨てて、ひたすら頭を下げて懇願した。
真夜中だというのに、俺たちは部屋に集まってお湯を沸かしていた。
「これが……食べ物、なんですかね?」
「全然絵と違いますの……」
恐らくステア嬢が見た絵はカップラーメンの完成品なのだろう。まだプラスチックの外袋すら取り外していない容器ごと持ち上げて、エータとステアは不思議そうにカップラーメンを観察していた。
「中に食べ物が入っているのか? 容器に書いてある文字も全く読めんぞ……」
「一体何でできてるのか……不思議」
わざわざ銅貨を5枚分使って人数分のカップラーメンを用意して貰った。さすがに俺一人だけで食べるのは気が咎めたからだ。
「お湯が沸いたぞ! こうやって容器を取り外すんだ」
「……蓋は理解できますが、周りの透明な包みは一体何の意味が?」
何の意味があるのだろう? 衛生的な理由か? 前世の俺はあまり学が無いようで、そこら辺の事情には明確に答えられなかった。
全員分の蓋を開け、順にお湯を注いでいく。後は3分待つだけだが、そこで俺は重大な事実に気が付いた。
「箸が……無い!?」
「ハシ、とは……一体なんですの?」
この地域には箸の文化が無いらしい。
俺は日本語で“割りばし”と書いてステア嬢の【等価交換】リストに載っていないか探してもらった。最初は苦労していたが、なんとか見つけられたようだ。どうやら検索機能まで備わっているみたいだ。
(随分と都合の良いスキルだなぁ!?)
割りばしを探すのに時間が掛かり、麺が少しだけ伸びてしまったが、それでも久しぶりに食べたカップラーメンは最高に美味しかった。
(う、うめえ……! まさか、またこいつを食べられる日が来るとは……!)
温かい湯気の影響もあってか、俺は目に涙を浮かべながらラーメンを啜った。
「あちちっ!?」
「このハシというものは持ちにくいですの」
他の者も苦戦しながら、ようやく麺を食べ始めた。
「っ!? お、美味しいですわ!」
「これは……!」
「あつっ……うまっ……!」
「おお!? このスープ、めちゃくちゃ美味いぞ!」
食べ辛そうにしていたが、全員満足して貰えたようだ。
結局その日は色々あって、寝始めたのは朝方になった。
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