第11話 イージーな傭兵のお仕事

「諸君、既に依頼内容を確認していると思うが、君たちには怪盗バルムントを捕まえてもらう」


 依頼を受けた日にムドア商会に訪れると、俺たち以外にも既に何人かの傭兵が集まっていた。鉄級中位の男三人組、鉄級上位の二人組、俺たちと同じ鉄級下位の男女四人組と、何れも鉄級のみで構成されていた。


「期限は本日から一先ず一週間! それまでは一階東側にある客間を自由に使ってくれて構わない。その間の食事もこちらで全て用意する。怪盗を捕まえた傭兵団にはボーナスもあるので頑張って励んで欲しい!」


 一通りの説明を終えると、ムドア商会長は去って行った。


 後は執事が細かい説明を引き継ぎ、傭兵たちはこの家の間取りやムドア家の家族構成、働いている従者の数などを確認し始めた。



「今朝から出た依頼ですのに、思った以上に参加者が多いですの」

「応募条件があってないようなものですし、命の心配もないからでは?」


 ステア嬢の疑問にエータが答えた。


 確かに俺たち新参者ニュービーにとっては有難い依頼であった。これまでの怪盗事件を調べる限りでは、戦闘行為に発展したケースは僅かに二回、しかも怪盗側は逃げに徹していたらしいので、怪我人もほとんで出ていなかった。


 一週間、何もしなくても食事と住む場所が提供され続け、仮に失敗しても最低報酬は得られる。命の心配もほとんどない。これほどイージーな仕事は無いだろう。


「でも、私たちの刺客は来るかもしれないよ?」


 クーが的を射る発言をすると、ステアとエータは黙り込んでしまった。


「我々にとっては命懸けだな」

「俺たちが気張らなくても先輩方がわざわざこちらの周囲を見張ってくれるんだ。これ程ありがたい潜伏先はないな」

「……私は良心が痛むよ」


 エータは人が良いなぁ……


「でも確かにケルニクス様のお考えも一理ありますの。これまで二人とも夜警が大変だったでしょう? この機会にゆっくりとお休みになってくださいな」

「……そうですね。正直その点だけは非常に助かります。ただ身体は休めても精神的には余計気疲れしそうですが……」

「ハハ、エータさんは心配性だなぁ」

「「「…………」」」


 三人の視線が冷たいので、俺も大人しく骨休めをすることにした。




 それから四日間、俺たちは快適な食っちゃ寝生活を送っていた。なんだかんだ言って女性陣も神経が図太いのか、二日目からは完全に吹っ切れて傭兵稼業を満喫していた。


(あれ? 傭兵のお仕事ってこんなんだっけ?)


 最近同業者の俺たちを見る視線がとても痛い。


「うわぁ、あいつら完全に仕事放棄してやがる……」

「傭兵の風上にも置けぬ連中だ……」

「男一人女三人のハーレム野郎が……!」


 いやぁ、傭兵稼業って大変だなぁ!



 だが五日目にして、遂に一組の傭兵団がキレだした。


「おい、お前ら! ちょっとは真面目に働きやがれ!!」

「ほえ? ちゃんと働いていますよ?」

「「「もぐもぐもぐ……」」」


 イチャモンを付けてきたのは鉄級下位、つまり俺たちと同じランクの四人組であった。年は俺たちより少し上で、青年三人に娘一人の逆ハーレム構成の傭兵団だ。


(確か……“暁の勇ある戦士団”だっけか?)


「ざっけんな! 毎日食っちゃ寝て、食っちゃ寝て……! ちょっとはテメエらも夜の見張りをしやがれ!!」

「え? だって怪盗は昼にも来るかもしれないじゃないですか。だから僕らは夜にぐっすり寝て、皆さんが辛そうにしている昼に頑張っているんです!」

「「「もぐもぐもぐ……」」」


 ステアたちは朝食を一生懸命頬張りながら頷いていた。俺も育ち盛りなので早く食事に戻りたいのだが……


「嘘こけ!! 日中も部屋に籠りっきりじゃねえか! あとテメエら! 人が話してんだから食べるの一旦止めろぉ!!」

「「「「もぐもぐ……ごくん」」」」


 仕方がないので食事を切り上げて話を聞いてみた。


「いいか? いくら失敗しても報酬貰えるからって、そんなふざけた真似、傭兵道が廃るってもんだ! 違うか!?」

「そうだ! そうだ!」

「兄貴の言う通りだ!」

「うんうん」


 兄貴とやらの説法に仲間の青年二人と女の傭兵が賛同する。


「今回の依頼には鉄級上位の先輩方も参加して、夜もしっかり見張りをしてくれている。俺たち下位の傭兵が、あの悪名高い怪盗を捕まえられるのか分からねえが、少しでも協力するってのが筋じゃあねえのか?」

「そうだ! そうだ!」

「兄貴の言う通りだ!」

「うんうん」


 正論過ぎてぐうの音も出ない。兄貴の言葉に俺は感動した。


 だが……


「お話は分かりました。それで、先輩方が寝る間も惜しんで見張り続けた五日間、何か成果はございましたか?」


 俺が尋ねると兄貴さんは声を詰まらせた。


「ね、ねえよ。だが……!」

「ええ、分かります。それは先輩方が一生懸命見張りを続けてくれたから、きっと怪盗も臆して出て来れないのでしょう。このままいけば期限の一週間は経ち、我々は報酬を頂いて去り、そのあと怪盗はどう出るでしょうか? 果たして、諦めると?」

「え? いや、それは……」


 狼狽える兄貴に俺は畳みかけた。


「きっと我々が去った後に怪盗は意気揚々とお宝を盗んで行くことでしょう。我々傭兵は苦労して守ったという誇りと僅かな報酬を手に入れ、怪盗はお宝を手に入れ、依頼人であるムドア商会だけが不幸な目に遭う。これが傭兵道を貫く兄貴さんの、本当に望まれた結果なのですか?」

「――――っ!?」


 兄貴さんは俺の言葉にショックを受け、膝から崩れ落ちた。


「お、俺が間違っていた……? 依頼人を不幸にするなど……俺の意義に反する!」

「「「あ、兄貴ぃ!?」」」


 兄貴を慰めている青年たちを尻目に、俺たちは食堂を抜け出た。



「兄貴さん、チョロいな」

「やはり、ケルニクスは詐欺師」


 俺は生意気言うクーにデコピンしようとしたが、警戒されていたのか逃げられてしまった。この前ついうっかり加減を間違えてデコピンした事を未だ根に持たれているらしい。


「しかし彼らの言う通り、少しは見張りもしないと依頼主への心証も悪いだろう」

「分かってるよ。ここ五日間は随分のんびりできたしね。今日は夜の見張りに出て、少し鈍った身体でも動かしてくるよ」


 と言っても、俺の本命は怪盗を捕まえる事よりも、彼女らを守る方が先決だ。そのついでに屋敷の警護をするだけである。






 深夜、俺は初めて夜の屋敷内を見回りした。道中すれ違った先輩たちが、まるで幽霊でも見たかのような表情でこちらを見ていた。


(そんなに俺が見張りをするの意外!?)



 西棟にも異常はなく、俺は彼女たちの寝泊りしている東棟へと戻ってくる。


「ん? あいつも傭兵か?」


 外套を被ったやけに背の高い男が窓から廊下へと入ってきた。


(いやいやいや! あれ、絶対賊じゃん!?)


 怪しい長身男はステアたちの部屋の前に来ていた。急いで俺が駆けつけると、賊は俺にも気付き、なんとこちらへ向かってきたのだ。


(え? ステアたちの方に向かうんじゃないのか!?)


 もしかしてステアたちの客ではなく、怪盗の方だろうか。


 その男は小剣一刀流らしく、外套の下から剣を取り出して俺に襲い掛かった。かなりの闘気使いのようだが、悲しいかな小剣一本の剣士は俺が最も得意とする相手であった。


 男が繰り出した一撃を、俺は右手の剣で強く当たり、そして弾く。


「――――っ!?」


 大抵の使い手がここで詰む。


 俺の馬鹿力な一撃を生半可な覚悟で受けようとすると、剣を弾き飛ばされるか、大きく弾かれるのだ。この男は頑張った方で、剣を手放しこそしなかったが、隙だらけの胴にもう片方の剣で一撃入れた。


「ぐはぁっ!?」


 腹を斬られた男は廊下に沈み込む。


「さて、お前が怪盗バルムントか?」


 手加減はした。深手は負っているだろうが、喋れない程の傷ではないだろう。部屋の前での騒ぎにエータも気が付いて飛び出して来た。


「賊か!?」

「いや、怪盗の方かもしれない」


 この男はステアたちには目もくれず、第一発見者の俺へと向かってきたのだ。もしかしたらこれでボーナスGET出来るかもと、俺は期待に胸を躍らせていた。


「か……怪盗だと!? 一体何の話だ。はぁ、はぁ……お、俺は“双鬼”に懸けられた首を――――ぐぇっ!?」


 俺は男が余計な事を言う前にその首を撥ねた。


「……こいつ、何か言おうとしていなかったか?」

「いや、気のせいでしょう」


 危ない、危ない。まさかこっちのお客様だとは思いも寄らなかった。どうりで俺へと一直線に向かってくる訳だ。ガッデム!!


「いや、首がどうのと……」

「気のせいです。もう寝ましょう。寝不足はお肌に悪いですよ」



 こうして五日目の夜も無事平穏に終わった。






 昨日の賊騒ぎは当然のことながら屋敷中に知れ渡ってしまった。


 やはりあの襲撃犯は怪盗ではなかったと断定された。目撃情報にあった怪盗の身長と賊のそれがあまりにも違っていたからだ。


 これまで怪盗は単独犯の上、襲い掛かるような野蛮な真似も一切してこなかった。それが昨夜の共謀者と思われる賊の襲撃事件で、傭兵たちは対応を改めざるを得なかった。


 真っ昼間でも武器に手を掛け、何時何処で怪盗やその一味の賊が来るか分からず厳戒態勢が敷かれた。その様子はまるで戦場さながらだ。


「君の所為でとんだ騒ぎになっているぞ?」

「俺の所為じゃない。全て怪盗が悪い」


 エータはあれから不審な様子の俺を疑るようになった。俺は全て怪盗の仕業だと責任を擦り付ける作戦に打って出た。


(ううむ、ここで俺の賞金首の件が知られたら、もれなく傭兵全員が徒党を組んで襲ってきそうだぞ)


 もしかしなくても大ピンチな気がする。昨日は見張りに出ていて本当に良かった。きっと日頃の行いが良かったからだろう。


「でも、これでより俺たちの安全は高まったぞ。今夜もゆっくり休めるな!」

「正気か!?」

「さすがに引きますね……」

「鬼畜生だ……」


 おかしい、何故か共感されなかった。


 だが彼女たちの安全は増したが、代わりに俺の方は少々厄介なことになってきた。今日も俺目当ての客が来るかもしれないと思うと、安心しておちおち寝られそうもない。



 仕方がないので今夜も俺は夜の見回りを敢行した。






「昨日は館の中で戦ったから騒ぎになったんだ。外で警戒すればいいじゃない!」


 しかし外でもあまり騒ぎになる様だと町の兵士が駆けつけてくるかもしれない。


 そこで俺は静かに護衛をするべく、以前から気になっていた隠密の技術を試してみる事にした。


 刺客たちは闘気や魔力の感知を避ける為に色々工夫を凝らしているそうなのだ。何度か賊を見て思ったが「あれ? こいつら、意外に強いぞ?」という場面が多いのだ。恐らく俺が普段から何気なく感じている闘気などを見事に抑え込んでいるのだろう。それが戦闘状態になると一気に闘気を高める。つまり、外側に闘気を漏らさない事が肝要なのだ。ただ、それだとどうしても動きが鈍ってしまう。


(ううむ、難しいなぁ。こうかな?)


 魔力はそもそもゼロなので気にする心配はなさそうだ。問題は闘気の隠し方だが……


 そこで、俺はふと気が付いた。


 魔獣は闘気を一切持たないと言うが、野生の動物はどうだろうか? 彼らも闘気を持っている筈だが、俺は動物たちをいちいち気にしていなかった。森での警護中でも、鳥や兎たちの闘力など微塵も感じた記憶がない。それでも彼らは普通に森で活動していた。これはおかしい。


 試しに手近な動物を探してみると……いた、蝙蝠だ! 彼らはちょこまかと元気に飛んではいるが、闘気を全く感じない。


(……いや、集中するとほんの僅かにだが闘気を感じる! 闘気が小さすぎて、しっかり注視しないと感じ取れなかっただけなのか!)


 意外な事実に気が付いた。俺が今まで行っていた“警戒”は、隠密を生業とする者や野生動物にとっては“警戒”に値しなかっただけなのだ。ただ漠然と注意しているだけのザルな警備だったのだ。


(……闘力はゼロに押さえる必要は無い。相手の力量に合わせて小さく、薄く、静かに流せばそれでいい)


 それだと全力のパフォーマンスは出せないだろうが、接近した時点で襲撃者側の勝ちなのだ。射程にさえ捉えてしまえば後は闘気を一気に解放すれば良い。


 俺とエータが釣られたあの時が良い例だ。本来であれば俺たちが気付いた時点では完全に間に合わない状況だったのだ。


(……ふむ、このくらいかな?)


 俺は自己流で闘気を薄くし、隠密行動を試してみた。


(……これで本当に忍べているのだろうか?)


 俺が疑問を抱いていると、丁度良さげな実験体が現れた。黒い外套を纏った怪しい男が人目を気にしながら屋敷の方に向かっていた。間違いなく俺かステア嬢目当ての新たな賊だろう。


(うしし! あいつの後ろをつけてみるか!)


 俺は付け焼刃の隠密行動で男の背後へと回った。男は周囲を気にしながら屋敷の壁の方へと近づいていく。このまま壁を超える気だろうか?


(よしよし、気が付いてないみたいだぞ……何!?)


 なんとその男は壁を超えるのではなく、そのまま壁をすり抜けてしまった。


(え? ええ!? 一体どんなトリックだ!?)


 慌てて壁に近づいて調べてみるも、それはごく普通の壁であった。通り抜け出来そうな仕掛けは見当たらない。闘気を隠したまま静かに壁の上によじ登ると、その先に件の男はいた。しかもその男は軽やかに二階のテラスへ昇ると、窓も開けずにまたしてもすり抜けて室内に侵入してしまったのだ。


(おいおい、あれって神術か何かか?)


 いや、傭兵の中には【索敵】の神術を扱う神術士もいた筈だ。それでも未だに中は騒ぎになっておらず、しかも奴からは闘気もほとんど感じ取れない。


 そこで俺は一つの結論に至った。


(こいつ、御子か!?)


 魔力も闘気も感じない異能となれば、ステアと同じ神業スキルを持つ御子としか思えない。


(……おもしれえ! どこまで気付かれないか勝負だ!)


 俺は夜の見張りに出てきた当初の目的も忘れ、謎の男をストーキングし続けた。

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