第10話 神業

 ホルト王国を目指して北上を続けていた道中、エータが具合悪そうにしていたので、俺は馬車の操縦を代わっていた。しかし昼過ぎになると彼女はいよいよ寝込んでしまったのだ。熱を出したようでエータはうなされ続けていた。


「このタイミングで熱……まさか!」


 気になった俺はエータの全身を観察した。


「……エロ助」

「ちがうわっ! ほら、ここ見ろ!」


 誤解しているクーにエータの二の腕辺りを見せた。腕の内側で気が付かなかったが、そこには昨夜の戦闘で出来たと思われる生傷が見えた。しかも傷口周辺が紫に変色しているのだ。


「まさか、毒!?」

「そ、そんな……」


 迂闊だった。連中はこちらを殺す気満々だというのに、毒殺について全く考慮していなかった。これでは護衛失格だ。


「闘気使いはある程度の毒なら耐えられる筈だが……こいつは相当の猛毒だな」


 エータ程の実力者で抵抗できない毒だ。ステアかクーが受けていたら一溜りも無かっただろう。


「こ、これを使ってくださいな!」


 するとステアが小さい瓶を取り出した。まさかあれは……解毒神術薬か!?


 この世界には回復ポーションや解毒ポーションのような神術薬が存在する。その効能は日本の現代医療技術もビックリするほどの代物らしい。


「ステア様!? それは、貴女の為の……」

「ここでエータを失う訳にはいきませんわ! さぁ、使って!」


 ステアの勢いに押し負けたのか、クーは解毒神術薬をエータに飲ませた。


 確か治癒や解毒の神術薬はピンキリだが、その値段は総じて高いと聞いていた。当然俺も持っていないし利用したこともない。戦争の時には治癒神術士が兵士を癒していた。


 闘技場や鉱山ではそもそも、怪我人や病人はそのまま放置されるだけであった。奴隷にそんな高価なモノは使用される筈がないのだ。ファッキュー!!



 しかし、こいつは問題だ。どうやらステアやクーは神術を使えても治癒神術は専門外のようだ。


 二人はこれまで無属性と思われる神術のみを使用していたが、属性神術はこれまで一度も使っていない。属性神術とは火・水・雷・土・風・神聖の6種類があると聞く。


 属性神術はいくら魔力があって修練し続けても、才能に恵まれていないと習得できない特別な神術らしいのだ。


 おそらく二人は無の神術士なのだろう。よって水と神聖属性のみに存在するという治癒神術は習得できない。俺はそもそも魔力すら無いのでその資格すらない。


 治癒神術が使えるのは基本的に神官だけだ。水の神術でも軽い怪我や病気は直せる。ただし高度な治療を行なえる神聖属性の知識は教会がほぼ独占しているらしい。


 その教会が派遣している治癒神術のエキスパート、神官たちの技術には、野良の治癒神術士では到底及ばないのだ。



「今度も襲われたら後が無いぞ? 神聖属性を扱える神術士を更に雇うか、治癒神術薬を追加購入しなければ……この先は厳しいな」

「……もう、余分なお金はありませんわ」


 そうだとは思った。


 高級宿に泊まるご令嬢一行にしては随分とみすぼらしい馬車を手配してきた。それに高ランクの傭兵を雇うお金もなかったようだし、恐らく俺の依頼達成料を差し引くと、残り資金は雀の涙ほどしか残されていないのだろう。


「命には代えられん。俺の報酬は後日の支払いでもいいから、その分神術薬を購入しよう」


 護衛の追加は厳しいだろうが低級神術薬の代金くらいにはなるだろう。俺が妥協してそう提案するも、ステア嬢は俯いたままだ。


「いえ……それも、もうありませんの」


 ん? なんか今、聞き捨てならない事を聞いた気がするぞ?


「元々目的地に着いてから報酬のお金を用意する予定でしたの。ですから今は、残金はほとんどゼロですの」


 こいつら、最初から俺の報酬を後払いする気満々であった。


「ざっけんな! もし俺がお試し期間で途中リタイアしたら、報酬はどうするつもりだったんだよ!?」

「で、ですから! わたくしたちが領都アーヴェンまで辿り着きましたら、後日キチンと全額お支払いするつもりでしたの!」

「それって何時の話だ! そもそも無事に辿り着けて金を用意できる保証が何処にあるんだ!? 俺は今、金が無くて困ってたんだよ!!」


 恥も外聞も捨てて俺は金無しアピールをした。この依頼が終われば腹いっぱい飯が食えて、そこそこの宿に泊まれると期待していただけに、そのショックは計り知れない。


「お、お金くらい、どうとでもなりますわ! 証拠を見せて差し上げますの!」

「す、ステア様!? まさか――――」


 クーが制止しようとするも、ステアは俺に掌を差し出すと、その手を一旦閉じ、そして再び開いて見せた。さっきまで何も無かった掌の上にはただの石が乗っていた。


「…………手品か何かか?」

「違いますの! 神業スキルですの!!」

「……スキル!?」


 神業スキルとは闘気でも神術でもない、超常現象を引き起こす特殊能力だ。


 神業スキルは神から与えられた奇跡だとされている。神業スキル能力者は御子みことも呼ばれ、その数は闘気使いや神術士よりも遥かに少ない。


 人口の多い街に一人か二人いるかくらいの大変希少な存在だ。



 ただし神業スキルの種類は千差万別で、超便利つよつよ能力もあれば、全く役立たずのよわよわ神業スキルも存在する。


 例えば、どんな標的でも的を外さない【百発百中】というスキルがある。デメリットも何も無い、とっても便利で有用なスキルだ。


 一方で、【早熟】という常人より成長速度を二倍にするスキルもあるが、デメリットとして寿命もその分縮まるという、まるで呪いのような能力も存在するのだ。



「それで……君のそれは、ただの石を出す呪いのスキルかな?」


 不安になった俺は火の玉直球ストレートで尋ねてみた。


「そんな、へっぽこスキルではございませんわ! わたくしの神業スキル名は【等価交換】!! その気になれば魔力でお金も生み出せる、超レアスキルですわよ!」

「おおおおっ!?」


 凄い! 神スキルじゃないか! 聞いただけで凄そうな能力だ。


 だが、それなら全く問題ない。俺の報酬も保証されたようなもんだし、そのスキルを使えば神術薬の追加購入どころか、神官を雇う事だって…………


(……ん? なら、何故初めからそうしなかった?)


 一気に不安になった俺は思わず尋ねる。


「……それで、どのくらいの頻度でお金を出せるんだ?」

「……全魔力を使って銅貨3枚くらいですの」


 全然足りなかった!?


「阿呆か!? 神術薬は高いので金貨1枚以上はするんだぞ!? 全魔力で銅貨3枚って……どんだけ時間が掛かると思ってるんだ!?」

「ううっ…………」


 硬貨の含有率によって違いはあるが、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚がこの世界の相場だ。一日二回、全魔力を消費して金を生み出したとしても一日たったの銅貨6枚ほど。金貨1枚捻りだすのに二週間以上掛かる計算となる。とても割に合わない。普通に皿洗いのバイトでもした方が遥かにマシなレベルだ。


「……ゴミ糞よわよわスキルだったな」

「うわああああん、クー!」

「おー、よしよし」



 俺たちが漫才をしている間に解毒神術薬が効いたのか、ようやくエータが目を覚ました。






「……色々ご迷惑をお掛け致しました。申し訳ありません」


 自分の為に虎の子の解毒神術薬を使わせてしまい、エータは深々とステアに頭を下げた。


「気にしないで。エータの命には代えられないもの」

「ステア様……っ!」


 うん、こんな状況でさっきまで醜く言い争っていたと思うと、俺も少し罪悪感に苛まれる。そもそも俺の護衛対象は彼女たち三人だった筈だ。つまりはエータも俺が守らなければならなかったのだ。


 エータ自身はステア嬢を優先するよう言っていたが、それでも依頼内容に変更があったわけではない。


 ならば、これは俺の落ち度だろう。


「こんな状況で言うのもなんだが、こっから先は俺も本気を出すよ。三人には指一本触れさせない」

「あ、ああ……」


 俺の覚悟を感じたのか、エータは息を呑んでいた。


 昨夜の戦闘も俺が最初からやる気を出していたなら、エータの手間を掛けずに済んだのだ。俺の新技【風斬かざきり】は射程が10メートルくらいある。エータに気を遣わず、さっさと賊共の首を撥ねていればワンサイドゲームで終わっていた戦いなのだ。


「でも、確かに相手が毒まで使ってくるとなると、少々不安ですね」

「ん、でも……お金ない」


 うん、そこも大事だ。とっても大事なところだ。


「ステア嬢のスキル……等価交換とやらで、魔力と神術薬を交換できないの?」

「無茶言わないでくださいな! こんな石ころくらいなら幾らでも出せますけど、価値ある物ほど相応の魔力量を消費するのですわ!」


 スキルでもそこまで万能ではないのか。文字通り等価交換という訳だな。


 しかし珍しい能力な事には変わりはない。もしかして、このスキルの所為で彼女は命を狙われているのだろうか?


「このまま進めば今日は国境手前の町に辿り着きます。そこで仕事でも探してお金を稼ぐというのは如何でしょう?」


 エータの意見は実に堅実的だ。それに町なら賊共もそう無茶な真似はできまい。最悪毒を受けても教会に逃げ込めば治療してくれる神官も見つかるかもしれない。


「労働……わたくしにできるかしら?」

「……働きたくない」

「ざけんな! 働け!!」


 労働者を舐めんな!!




 予定通り、俺たちはライノスハート王国最北端の町ザルートに到着した。








 翌日、宿に泊まるお金もない俺たちは町の隅に馬車を路駐して一晩を明かした。そこで仕事についてあれこれ相談し合った結果、ついに天職を見つけた。


 それは…………傭兵になる事だ!!


 え? 既になってるって? ハハハ、俺の事ではないよ。



「……ほ、本当にアリなのか?」

「追われている身のわたくしたちが傭兵稼業だなんて……」

「これは酷い」


 このように、彼女たちも随分乗り気であった。



 作戦はこうだ。俺たちで傭兵団を作り、お金を稼ぎながらついでにホルト国への護衛依頼を探す。俺たちが護衛される側ではなく、護衛をする側になるのだ。


 どうせ謎の賊たちが既にステア一行を狙っているのだ。賊が一組二組増えようが、やる事は護衛なのだから変わらない。なら、このまま傭兵稼業を続ければ一石二鳥じゃない!


「い、依頼主にはなんて説明する気だ!?」

「え? 別に何も? 俺たちが狙われているなんて、わざわざ教えなくていいじゃん」

「あ、悪魔的発想ですわ……」

「鬼畜」


 なんとでも言え! 既に俺自身、彼女たちに自分が賞金首であることは秘密にしているのだ。彼女たちにも同じ業を背負わせ、俺の件も有耶無耶にする。


 なんと素晴らしいアイデアだ!!


「大丈夫! 全部まとめて蹴散らせば皆がハッピーだ!」

「どこまでポジティブなんだ、この子は!?」


 こちとら伊達に奴隷三連チャンを経験してはいない。このまま金無しで借金奴隷に落ちて奴隷シリーズコンプリートルートだけは是が非でも避けたいのだ!




 俺たちは早速傭兵ギルドへ登録を済ませた。登録時に3人分の銀貨3枚を要求されたが、それくらいはギリギリ残っていたようだ。だがこれで正真正銘文無しだ。


「ふ、ふふ……堕ちるとこまで堕ちてしまいましたの……」

「ステラ様……おいたわしや……」

「……お腹減った」


 ふふ、彼女らもお金の尊さを学んでくれたようで何よりだ。



 それからギルドで依頼を探すも、そう都合よくホルト王国行きへの護衛依頼は出ていなかったが、一つだけ俺たちでも受けられる仕事があった。それはこの町に住む商人からの依頼である。


「……ふむふむ、怪盗の捕縛依頼? 生死問わずの期限は一週間、か」


 なんとも奇妙な依頼だ。


 詳細を確認すると、どうやらこの辺りには最近、怪盗バルムントと名乗る義賊が暗躍しているそうだ。金持ちの貴族や商人の家に忍び込んでは、金貨や金目の物を盗んでいくらしい。


 この怪盗の面白いところは、わざわざ盗むターゲットに予告状を送りつけているそうだ。相当の自信家だな。


 狙われたターゲットは一週間以内に必ず何かを盗まれている。先週盗まれた貴族の家は冒険者を複数雇ったそうだが、それでも怪盗を捕まえられなかったらしい。


(おいおい、貴族相手に盗みとは、恐れを知らない奴だなぁ。捕まったら処刑か、よくて鉱山送りだぞ?)


 全く馬鹿な奴もいたものだ。


 え? ブーメランが、何だって? 俺は知らん。貴族の馬鹿息子を殴ったのは前ケルニクス少年であって、俺はそんな考え無しじゃあない。俺なら絶対バレない様、証拠を残さず貴族に天誅を下す。



 今朝も怪盗から予告状が出たと町では大騒ぎだ。狙われているのは大商会ムドア家、それが今回の依頼主である。


「ふむ……実績、ランクは問わず、数が多ければ歓迎、か」


 丁度我が傭兵団も新メンバーを補充したし、怪盗を捕まえて依頼料をがっぽり頂くとしよう!

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