第9話 傭兵ケルニクスの初任務
正式に依頼を受けた翌日、早速俺たちは行動を開始した。
エータはどこからか馬車を調達し、俺たち4人は今いるライノスハート王国の北に隣接するホルト王国を目指して出立した。
最終目的地はホルト王国のミルニス領にある街アーヴェンとなるが、その道中にある中間地点の街が第一次目的地となる。そこまでが護衛のお試し期間ということだ。
「そのミルニス領というのはどの辺りにあるんだ?」
「王都に隣接する公爵様の領地だ。アーヴェンはそこの領都になる」
公爵家の領都となれば、それなりに規模の大きな街なのだろう。まあ、ヤールーン帝国の帝都より大きいとは思えないが……
(ん? よく考えたら俺、三カ月も帝都に住んでいたのに、一度も街を観光してないぞ?)
帝都を抜け出る際は面倒事を避ける為に急いでいたので、のんびり観光している時間は無かった。奴隷時代は馬車でドナドナされながら外の景色をただ眺めていただけだったし……ぐすん。
暗い過去にはそっと蓋をして、俺は将来について真剣に考えた。
大変不本意ながら俺はブリック共和国から賞金を懸けられてしまった。この辺りはまだまだ共和国から近い地域なので、出来ればもっと影響の少ない東部へと逃げ出したかった。
偽名で新たに冒険者を始めるのもリスクがありそうだし、奴隷以前の記憶が無い俺にとっては“ケルニクス”という名前は親から唯一残された遺産でもある。いざとなれば名前くらい偽るかもしれないが、必要性がなければそれは避けたかった。
なので、当面は傭兵として生きていこうかと考えている。この任務に成功すれば傭兵としての実績も付き、依頼も徐々に増えてくるかもしれない。ゆくゆくはどこかの傭兵団に所属するか、自分で仲間を募って団を立ち上げるのも悪くはなさそうだ。
(ふむ、自分の傭兵団、か……面白いかも!)
その為には何としても彼女らを無事目的地に送り届けなければならない。
エータからはステアを優先して護衛する様に命じられている。彼女が何者かそれとなく尋ねてみるも、なんだかはぐらかされてしまった。所詮お試し期間中の護衛なので、会ったばかりの俺にいきなり正体を明かすような真似はしたくないのだろう。
ステアは何処か良いところのご令嬢で、エータとクーの二人はその護衛や従者だと俺は睨んでいる。当たらずとも遠からず、だろうな。
「ケルニクス、君は神術を使えないのか?」
御者席で馬車を操縦しているエータが尋ねてきた。
ちなみに俺はエータの横、同じ御者台に座り、ステアとクーは後部の席に着いている。外の目を気にしているのか、車体には布が被せられていた。安い馬車なので窓もカーテンも備わっていない。屋根があるだけマシか……
「残念ながら魔力無しですね。闘力には自信あります」
「そうか……。クー! そろそろ森に入る。警戒してくれ!」
「ん! 了解」
後ろからクーの返事が聞こえると、彼女は何やら呪文を唱え始めた。
「……何をする気ですか?」
「索敵の神術だ。一定範囲の闘気や魔力を感知する補助神術らしい」
そんな便利な真似ができるのか!? 神術ズルい!!
「効果範囲はどの程度あるんです?」
「100メートルもない。それに訓練している者は索敵も潜り抜けてくる。だからあまり過信しないでくれ」
どうやって闘気や魔力の感知を誤魔化すのか非常に気になるところだ。傭兵を目指す身としては索敵と同様に隠密行動も是非習得したい技術だ。俺でも覚えられるのだろうか?
「あ! 三時の方向、多分魔獣が一匹」
「なに!?」
クーの警告を聞いたエータが馬車の速度を緩めた。するとクーの指摘通り、右前方の茂みから一匹の魔獣が姿を見せた。大人サイズくらいの熊だ。
「……あれが魔獣?」
ただの熊にしか見えない。
「熊と似ているが奴からは闘気を感じない。多分、魔獣だろう」
魔獣とは文字通り魔力を持つ獣の総称だ。魔力を持った獣は普通の動物より強く、個体によっては独自の神術も扱う非常に厄介な存在だ。
ただ不思議な事に魔獣は闘気を一切持たない。故に闘気使いは闘気を感じるか否か、神術士は魔力の有無で魔獣かどうかを判別する。魔獣以外のどんな生物も微量ながら必ず闘気を持っているからだ。
故に闘気を一切感じない目の前の熊は魔獣確定。ただし人間と構造が違うのか、連中は魔力でもって身体能力を強化して襲ってくる。そこはまるで闘気使いみたいだ。
「ケルニクス、ここは君に――――」
「――――いえ、わたくしが倒しますわ!」
すると、いつの間にか馬車から身を乗り出していたステアが詠唱を始めていた。なんと彼女も神術が扱えるようだ。
「――【
呪文を唱え終えると、ステアの掌から光り輝く何かが、道を塞ぐ熊へと放たれた。その光弾が直撃すると轟音を響かせ、熊は爆発して粉々に吹き飛んだ。
「うわっ!?」
「ス……ステア様!?」
想像以上の威力に俺は驚いていた。あれ程の神術は戦場でもそうそう飛んでこなかった。どうやらこのお嬢様はかなりの腕前らしい。
だが、しかし……
「……森の中でこの轟音は拙くありません?」
「ステア様! 我々は隠密行動の最中ですよ! ましてや森の中で騒ぎ立てると、他の魔獣も誘引しかねません!」
「ん! ステア様、やり過ぎ」
「ひぇええ! ご、ごめんなさいですの~っ!」
全員に説教されたステア嬢はしゅんとしていた。どうやら良いところを見せたくて神術をぶっ放したかったそうだ。その辺りは年相応だな。
「あー、魔獣が左右から近づいてくる」
状況の割にはのんびりとした口調でクーが警告を発する。案の定、今の騒ぎで何匹かこちらに注意を引き付けてしまったようだ。
「ちっ!? 一旦馬車を降りるぞ! ケルニクスは左から来る奴を相手してくれ!」
「あいあい、さ~!」
エータに続き俺も御者席から飛び降りると、左の林から向かってくる魔獣を待ち構えた。だが何だか妙だ。聞いていた話と違う。
「あれも魔獣なのか? 微かに闘気を感じるぞ?」
「あ、豚人だ。亜人は魔獣と反応が似てるから勘違い」
間違えた割には全く悪びれていない様子のクーにため息をつきながらも、俺は初めて見る亜人とやらを観察した。どうやら魔獣とは全く違う存在のようだ。
(豚人? なんかオークみたいだなぁ)
豚人はデブの豚が二足歩行したような姿であった。ただし、纏っているのは贅肉ではなく、しっかりした筋肉だ。しかも槍持ちである。ブタの癖に一丁前に闘力を槍に籠めて襲い掛かってきた。
「テメエを見てると、あのブタ野郎のクソ主人を思い出す! しかも大嫌いな槍使い……お前はダブルアウトだ!!」
俺がこの世で最も嫌いな人種、
すぐに天誅を下してやろうと近づくも、生意気にも距離を取って槍で応戦してきた。成程、多少の知恵はあるようだ。闘気の扱いが下手な癖に動きは機敏でパワーもかなりある。人とはそもそも地力が違うのだろう。
「亜人は魔力も闘力も両方使ってくる。豚人は怪力だから注意」
意外にも後ろからクーがアドバイスをくれた。どうやら闘気が微妙でも魔力のブーストで身体強化されているみたいだ。
「わ、わたくしも援護致しますわ!」
「「お嬢(ステア)様は大人しくして!!」」
「…………はいです」
また爆撃の魔法を放たれて敵を増やされては敵わん。
さて、あまり戦闘を長引かせて俺の評価を下げるのもよろしくない。試しに闘気を使わず応戦してみたが、やはり生身だと魔獣や亜人相手には苦戦を強いられてしまうようだ。仕方なく俺は闘気を籠めて、まずは大嫌いな槍をばっさり切断した。
ブモオッ!?
自分の得物を失い慌てたオークに俺は容赦なく攻撃を畳みかけて首を斬り落とした。
「よし、終わり! エータさんは……」
「こっちはもう終えた。しかし、見事なものだな」
何時の間にか反対側の迎撃も終えていたのか、エータは俺の戦いを見学していた。向こう側も豚人が現れたらしく、エータと同じく剣を装備していたが、ほぼ瞬殺だったようだ。
「闘気を使い始めてからは圧巻だな。手を抜いていたのか、闘気の節約でもしていたのか?」
「初めて戦う相手だったので、少し試しただけです」
子供でも俺はかなりの力持ちだ。その俺でさえも生身では厳しかった相手を瞬殺したエータ、彼女はかなりの闘気使いとみた。実力的にはガレイン隊長より僅かに上かもしれない。
(クーも神術士だし度胸もある。このレベルの護衛が付くとなると、ステアお嬢様はかなり身分が高いご令嬢なのか?)
正直、俺を雇わなくても彼女らだけで森を抜けられそうだ。俺はそこだけが少し引っかかった。
今日は予定通り森を抜け、近くの村で一泊する事になった。ここは貧乏な村らしく、宿泊施設もないそうなので、仕方なく馬車の中で一夜を過ごす羽目になった。
「お前は外だ」
「男はダメ」
「申し訳ありませんわ、ケルニクス様」
「……あい、さー」
分かってはいたが俺一人だけ外で野宿だ。夜警はエータと交代で担当する。何気に外で寝るという行為は初めての経験だった。奴隷時代も一応雨風を凌げる場所で寝る事は出来た。ボロいし臭いし最低最悪な寝床で外の方がマシまであるけど……
「夜警のコツって何かあります?」
「……知らん。とにかく寝るな!」
エータも夜警は不慣れな様子だ。
(冒険者ではなく、やはり騎士とかご立派な出自か?)
ますますステアお嬢様の正体が高貴な血の出である可能性が増してきた。そんな彼女たちが傭兵を雇ってまで警戒する理由とは一体何か?
(……まさか、お家騒動で誰かに狙われているとかじゃないだろうな?)
この日は何とか無事に一夜を過ごせた。
翌日も何事もなく森の中を進み、今夜の寝床は村の敷地内ですらなく、完全に野外で寝る事になった。
子供の身体で睡眠時間を満足に取れないのは問題だが、その分馬車での移動中はエータと交代で仮眠を取っていた。エータが寝ている間は俺が馬車の操縦を任されたのだ。
「俺、操縦なんて出来ないっすよ!?」
「大丈夫だ。馬はキチンと道を走ってくれる。問題があれば起こせ」
かなりの無茶ぶりではあったが、こうなれば実践あるのみだ。
ちょっとスピードを出し過ぎて怒られたくらいの些細なトラブルはあったが、これでエータの睡眠不足問題は解消され、俺も馬車を操縦するテクニックを身に付けられた。
そして三日目の夜営となり、そこで事件は起こった。
「――っ! 敵襲!」
「ぐえっ!?」
寝ていた俺は、クーに腹をバンバン叩かれ、文字通り叩き起こされた。
「クー、敵の数と位置は!?」
「最低4人! あっちの方角! 魔獣でも亜人でもない。強い闘力を感じる。一人は多分神術士!」
珍しくクーの言葉から焦りを感じた。
(闘力使いに神術士の襲撃だと!? ただの野盗とも思えない。これは……!)
エータは既に剣を抜いており、一歩前に躍り出た。
「私が前で迎え撃つ! ケルニクスは取りこぼした者を迎撃! クーはステア様を死守しろ!」
「らじゃー」
「ういっす!」
俺はエータの指示に従い、彼女の少し後ろに陣取った。ステアお嬢様とクーに背を向ける形だ。
態勢が整ったところで俺たちは月明かりのみが頼りの薄暗い森を睨みつけた。すると、何か光ったと思ったら赤い球がこちらに飛んできた。
「火の神術か!?」
エータは身体と剣に闘気をみなぎらせると、飛んで来た火の玉を斬り落とした。その際残り火が彼女を襲うも、闘気で防いでおり火傷を負った様子は見られない。
「クー、今の神術は何だ!?」
「恐らく中級の【火球】!」
「中級レベルの神術士か! なら……問題ない!」
火の玉が飛んできた後は、三人の男たちが林の中から飛び出してきてエータに襲い掛かった。男たちは闇夜に紛れる為なのか、揃いの黒い外套を身に纏っていた。武器は何れも小剣二刀流。三対一は分が悪いのか、エータは下がりながらの守勢に立たされた。
何時までも見ているだけにはいかず、俺は前に出てエータに加勢する。俺の接近に気が付いた男の一人が応戦してきた。
(面白い! 相手も二刀流か!)
自分と同じ小剣二刀流は珍しい。
二刀流は攻撃面では一見優れているように思えるが、片手の力だけでは相手に打ち負け、防御にしても片手持ちの剣で防ぐより盾の方が遥かにマシだ。凡人が二刀流を扱っても攻守ともに中途半端な結果を招くので、その使い手はかなり少ない。
俺と男の剣が交わると、力負けした相手の剣を弾き飛ばした。
「ぐっ!? 馬鹿な!?」
「はい、おっしゃる通りの馬鹿力です」
俺の片手剣攻撃は凡人の両手持ち以上の膂力があるのだ。油断している相手だと大抵はこういう結果になる。
俺は二撃目を繰り出し、男の腹を掻っ捌いた。
俺と男の戦闘を横目で見ていた賊たちは警戒したのか一斉に距離を取る。直後、奥から二発目の火球が飛んできた。
「よっと!」
俺もエータに倣い火球を叩き斬った。
(成程、闘気を纏えばある程度の神術は効かないようだ)
不利を悟った男二人は逃げ出した。かなり手慣れた様子だ。
「ちっ! 逃がすものか!」
すぐさまエータが後を追い、俺もそれに続こうとするも、後方から異音が聞こえた。チラリと背後を見ると、茂みの中から黒ローブの男が飛び出していた。もう一人潜んでいたらしく、ステアたちの下へ迫っているところであった。
「しまった!?」
「こいつらは囮か!?」
まんまと釣られた俺たちは急いで戻ろうとするも、ここからでは距離もある。ステアもクーも意表を突かれていたようで、神術での迎撃も間に合いそうになかった。
(仕方ない……【
俺は離れた場所から右の剣に闘気を籠めて斬撃を放った。風に闘気を籠めて不可視の刃を飛ばしたのだ。白獅子ヴァン・モルゲンとの戦闘で編み出した、闘気使いでは不可能とされている遠距離攻撃である。
あの戦いから二カ月以上、俺は暇を見つけては闘気を用いた遠距離攻撃の練習をこっそり行っていた。初めは血や水を媒体にして飛ばしていた斬撃だが、今では風を媒介にしても余裕で放てるようになった。あの時のようなかすり傷程度のしょぼい威力ではない。正真正銘必殺の技へと昇華させたのだ。
当然それを知らぬ哀れな男は無防備で風の刃【
斬り離された男の頭は地面へと落ち、首から下はステアの居た場所まで辿り着けずそのまま事切れた。
「な、何が……!?」
その様子を俺の背後から見ていたエータは心底驚いていたが、今はそんな時ではない事を思い出すと、慌てて振り返り、逃げていった男たちを追った。
ここで俺までエータに続いて離れる訳にはいかないので、彼女の無事を祈ってその場で待機した。
それから数十分後、エータが戻ってきた。どうやら火の神術士と黒ローブ一人は倒せたようだが、一人だけ取り逃がしてしまったようだ。
「くっ、申し訳ありません、ステア様」
「いいえ、みんな無事だったのですし、問題ありませんわ。エータもケルニクス様もご苦労様でございますの」
この日は何とか襲撃を乗り切ったが、翌日エータが熱を出して倒れてしまった。
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