第2章 集結編

第8話 賞金首

「冒険者登録ができない、だって!?」


 それはおかしい。


 冒険者登録には年齢も身分も関係ない筈だ。それこそ身元不確かな孤児だって登録が可能なのだ。しかも俺は一時的にとはいえヤールーン帝国で軍籍に身を置き、その身元も明らかになっている筈。それが一体何故……?


 すると受付嬢は声を潜めながら俺に説明してくれた。


「……ケルニクス様。貴方にはブリック共和国から指名手配犯として賞金が懸けられております。賞金首などの凶悪犯だけは冒険者登録ができないのです」

「え、ええええっ!?」


 俺、ケルニクス少年12才は、お尋ね者になってしまった。


 どうやら俺の首には金貨50枚の賞金が懸けられているらしい。結構高いな!?


 いや、問題は金額ではなく、俺が共和国からは犯罪者扱いされているという点であった。


 冒険者ギルドは大陸全土にあるほとんどの国家が認めた国際中立機関である。よってどこかの国に肩入れするような事も無ければ、わざわざ組織だって一国の犯罪者を捕まえるような真似もしない。


 国際的な凶悪犯なら話は別だけどね。


 ただしギルドだって表立って国とは喧嘩したくないので、ギルド加盟国の何れかで犯罪者扱いされている者に関しては、冒険者登録自体が不可能となるそうだ。


 これが仮に登録後で賞金を懸けられるパターンであれば、何も問題は……無いわけでは無いが、冒険者稼業は続けられたらしいのだ。


(ち、畜生……! もっと早く登録しておくんだったぁ……!)


 ここ最近、のんびり旅行気分でいたのがいけなかった。


 既にここライノスハート王国にも俺の手配書が回ってきてしまったそうだ。冒険者ギルド単位としては俺をどうこうする気はないものの、冒険者個人では俺の首を狙ってくる者もいるだろうと、受付のお姉さんがヒソヒソ声で親切に教えてくれた。


 どうやら俺の見た目が子供なので同情して教えてくれたみたいだ。



 俺はすぐにギルドを出ると、人の目を気にしながら宿へと戻った。


(不味い、これは不味い。懸賞金もだが、冒険者になれなかったのが一番の痛手だ!)


 俺は戦闘には多少の自信があったので、冒険者で身を立てようと人生プランを組んでいた。それが初手から頓挫してしまった。


(こんなん予想できるか!? 有り金はオーダーメイドの双剣でほぼ使い切ってしまった……どうしよう!?)


 何が将来設計だ! 何が先行投資だ!! 馬鹿じゃないの!? このままではあと一週間しか生活できない!


(し、仕事だ! どこかで職を見つけるんだ!!)


 しかし、賞金首の俺が普通の職に就いて平穏な人生など送れるのだろうか。


 ああ、どうしてこう、この世界はハード設定なんだろうか……




 それから俺は色々と考えを巡らせたのだが、自身の能力と境遇を踏まえた上で取れるべき選択肢は三つほどだけであった。


 傭兵、軍人、盗賊……さあ選べ!!


(…………傭兵、かなぁ)


 この世界には冒険者ギルドの他に、傭兵ギルドと商人ギルドが存在する。この中で最大勢力なのが冒険者ギルドで、一番しょぼいのが傭兵ギルドだ。


 だって傭兵って冒険者と内容が若干被ってるしね。


 ただ嬉しい事に傭兵ギルドの加入には犯罪歴があってもOKなのだ。だってどこかの国に雇われたら敵国相手には当然憎まれるわけだからね。その敵国に犯罪者呼ばわりされたとしても、そんなこと傭兵はいちいち気にしてなんかいられない。




 俺は翌日には傭兵ギルドに赴き、さっさと登録も済ませてしまった。


 傭兵ギルドにもランク制度があるようで、新参者ニュービーの俺は鉄級下位、正確には3,872位という最下位からのスタートだと教えられた。実績に応じて順位も上がり、2,000位以内になれば鉄級中位に昇級できると説明を受けた。


 傭兵は各ランクに応じたドッグタグが支給され、鉄製のタグを受け取る代わりに銀貨1枚を徴収された。


(……これは支給とは言わず購入なのでは?)


 鉄製のドッグタグにはN字に似た模様が一つ刻まれている。俺はギルド内にいる同業者を観察した。鉄ではなく銀製のドッグタグ持ちだったり、俺と同じ鉄製でもN字の印が二つだったり三つだったりと様々な種類があった。


(……成程。鉄級の下位だから鉄製で印が一つか。中位に上がれば二つになるのかな?)


 それにしても傭兵ギルドの受付嬢、冒険者のそれと比べると随分愛想が悪く、説明も最低限だけで、こちらが質問しないと結構重要な事も教えてもらえなかった。冒険者ギルドの親切なお姉さんとは雲泥の差だ。


 とりあえず登録した後に何か依頼がないか確認したが、現在新参者ニュービーの傭兵を募集している依頼は全く無いそうだ。


(そりゃそうか。ここら辺は平和そうだもんなぁ……)


 他の国に移動したいのも山々だが、駅馬車の運賃を出す余裕もなくなってきている。仕方がないので何か依頼が出るまで安宿でしばらく待機せざるを得ないだろう。



 帰りに小腹が空き、どうしても我慢できなくなったので出店で串焼きを一本購入した。


(……魔獣の肉は美味しいのだろうか? 今後は自給自足するべきか?)


 そんな事を真剣に悩みながら肉を頬張っていると、近くにいた子供が物欲しそうに俺の串焼きを見つめていた。ボロの服を纏いお腹をくうくう鳴かせた5才くらいの男児だ。


 近くに親は見当たらない……孤児だろうか?


「…………」

「…………」


 無言のまま見つめ合う。


「…………喰うか?」

「(こくり)」


 睨めっこに負けた俺は食べかけの串焼きをその子に渡す。男の子は美味しそうに串肉を頬張っていた。


 すると何時の間にか周囲に子供たちが集まっていた。恐らく全員孤児だと思われる。全員がジーっとこちらの様子を伺っていた。


「うっ!? うぅ……」

「「「…………」」」

「お、親父ぃ! これで買えるだけ串焼きプリーズ!」

「あいよぉ!」

「「「わああああっ!!」」」


 俺の手持ちは銀貨2枚となってしまった。




 翌日、いよいよ後の無くなった俺は傭兵ギルドに赴いたが、依然として俺が受けられる依頼は無いそうだ。実績が皆無な上、12才という年齢も問題だったのか、俺を雇ってくれる依頼主が全く現れないらしい。


(何故だ!? 闘技場で100勝したってアピールポイントにもちゃんと書いたのにぃ!?)


 どうも子供の嘘だと捉えられているようだ。


(本当の事なのにぃ! ……ぐぬぬぬぬっ!)


「どんな依頼でも良いんだ! 何か仕事はないのか!?」

「そうは言ってもねぇ……」


 さすがの傭兵ギルドも、いきなり新人の子供に依頼を斡旋するのは容易ではない。


 それでも生活の懸かっている俺は必死に受付嬢へ食らいついていると――――


「誰でもいいんだ! 誰かこの条件で依頼を受けてくれる傭兵はいないのか!?」

「……ん?」


 ――――隣の受付で俺と似たような事を言っている女性に目がいった。








 傭兵ギルドにもお約束のような酒場が併設されており、そこに俺と件の女性は相席していた。


「……本当に君は傭兵なのか?」

「ええ、昨日成り立てのニュービーですけどね」


 隣の受付で傭兵探しに難航していた女性に声を掛け、俺は直接交渉しようと試みた。


 当然向こうは子供の俺を胡散臭そうに見ていたが、一度話だけでもと多少強引に席へ誘ったのだ。


「先ほどはああ言ったが、さすがに子供には任せられない。誰でもと言ったのは、こちらの条件をクリアした傭兵なら、という意味だ」

「その条件というのは?」


 ここからが交渉の見せどころだ。腕には自信がある。将軍級の闘気使いを倒せる者という条件ならクリアできるぜ?


「最低でもランクC級以上の闘気使いか神術士を募集している。ただし女性限定だ」


(はい、無理でしたああああ!!)


 交渉も何もなかった。最初から無理筋であった。


(い、いや! まだだ! 諦めるにはまだ早い!)


「そ、その……女性限定というのは?」

「護衛依頼の対象が女性だからだ。男は近づけたくない」


 尤もな意見である。護衛依頼となると長時間共に行動をするのだ。異性だと依頼主も気疲れしてしまうだろう。


 一応ダメ元で聞いてみた。


「あのぉ、子供の俺でも駄目でしょうか?」

「……私は問題無いと思うが、他の者がなんと言うか……。というか、そもそも君はニュービーだろう? 実力的にもお断りだぞ?」


 おお? 彼女的には実力さえ伴っていれば子供の俺はセーフらしい。これは少し光明が見えてきたか!?


「腕には自信があります! 大将軍をぶっ倒しました!」

「嘘は良くない」

「すみません、盛りました! 闘技場で100戦連勝の負け無しです!」

「……話は終わりだな」


 なんでやねん!?


「ほ、本当に俺、強いんです! 信じてください!」

「うーん、とは言ってもなぁ……」


 席を立とうとしていた女性を俺は必死に引き留めた。女性自身も腕に覚えがあるのか腰に帯剣している。そんな彼女は胡散臭そうに俺を見ていた。


 そこへ何者かが近づいて来た。


「ヘヘ、ホラ吹き小僧はすっこんでな!」

「おい、姉ちゃん。傭兵探してるんだってなぁ?」

「その身体でお相手してくれるんなら、格安で引き受けるぜぇ?」


 あからさまにガラの悪い三人組が姿を現した。首から下げているドッグタグから察するに、彼らは鉄級上位の傭兵たちのようだ。


「要らん。お前たちは実力以前の問題だ」


「ああん? 俺たちは鉄級上位の炎竜団だぞ!」

「こんな片田舎でも実力のある傭兵団だ」

「どんな依頼でも成功して見せるぜ?」


「だから男は要らないと言っているだろうが!」


 女性依頼人がバッサリ断るも、男たちはしつこく食い下がった。


 これはチャンス到来か!?


「お姉さん。こいつら三人を一人で倒せる実力があれば、俺を雇ってもらえます?」

「ハァア!?」

「てめえ、なにふざけた事言っていやがる!」

「ぶっとばすぞ!」


 というか、既に男が一人殴り掛かってきたので、俺は相手の拳を避けると、顎下に一発きついのをお見舞いした。続けて襲い掛かってきた男たちも順にワンパンで床に沈めていく。


(うん、この程度の輩には闘気を使うまでもないな)


 これで鉄級上位とは、傭兵稼業も軌道に乗れば案外稼げるのかもしれない。


「……驚いた。確かに大口を叩くだけはあるようだな」


 依頼人の女性は満足そうな顔で俺を見ていた。








 依頼人の女性はエータと名乗り、これから護衛対象である仲間に合わせると言ってきた。実力的には申し分ないらしいが、12才の子供とはいえ俺は男だ。それを仲間が拒否した時点でこの話は無かったことになるらしい。



「やだ」


 出会って開口一番がそれであった。


 俺が連れられたのは、少し前まで俺が宿泊していた高級宿だ。


(あの時はまだお金に余裕があって……楽しかったなぁ)


 俺は現実逃避をしていた。



 エータに案内された室内には二人の女性……いや女の子がいた。


 一人は開口一番に俺が護衛に就くのを「やだ」と一蹴した女の子。小柄だが歳は俺と同い年くらいか、ちょい下辺りだろうか? 眠たげな眼差しをしているが、ハッキリ物を言う女の子のようだ。


「……やはり、あの条件では他に受けてくれる方はいないですの?」

「申し訳ありません、ステア様。やはり女性の傭兵は数が少ないようです」


 ステアと呼ばれた方の女の子は銀髪ロングの可愛らしい容姿をしていた。佇まいや周囲の反応からして、貴族か大商家の令嬢だろうか?


「でもこれはない。男は10才以上からみんな狼。ステア様の貞操、危ない」

「クー、お前は姉君たちに毒され過ぎだ。さすがにこんな子供が色欲を覚えるなど早いだろう……そうだよな?」

「え? あ、はい、多分」

「…………大丈夫だよな?」


 どうだろう?


 小さい身体になってそこまで発情してはいないが、可愛い女の子にはどきりとしてしまう。だが、どちらかというとクレイン将軍とかエータさんのような年上の方が俺的には好みだ。精神年齢の所為だろうか?


「やっぱり怪しい! 私は反対! ステア様もそうでしょう?」

「……私は信用してもいいと思いますの」

「え!?」


 まさか自分の意見に賛同して貰えないとは思っていなかったのか、クーと呼ばれた少女は困惑していた。


「このお方は先日、お腹を空かせた子供たちに食事を施しておりましたの。きっと心の優しいお方なのだなと、窓から眺めておりましたの」


 そういえば、昨日買った串焼きの出店はこの宿のすぐ傍だ。どうやらあの一件を彼女は見ていたらしい。


(おお! やはり良い事をすると、巡り巡って自分に返ってくるものなんだな!)


 俺は貴族令嬢の前で孤児たちに施しをするテクニックを覚えた。



 そんな下種な考えをしている内に彼女たち三人で協議し合った結果、一度短期で試験的に雇用してみる事で話が落ち着いた。


「よろしくお願いしますわ、ケルニクス様」

「よろしく頼む」

「夜這いしたら捥ぐ」


「……よろしく」


 俺は三人に快く受け入れられた。



 その日の内にエータと二人で傭兵ギルドに赴き、しっかりと契約を結ぶ。


 仕事内容は護衛依頼、期間は目的地の中間地点である隣国の街までとなる。それで護衛能力に問題無いようなら契約を再延長する形となったのだ。


(とりあえずは隣国までか。多少森の中を通るらしいが、盗賊や魔獣くらいならどうにでもなる!)



 その時の俺は依頼を受けられる喜びのあまり、報酬の支払い方法については完全に失念していた。


 そしてこの依頼がこの先どれほど過酷なものになるのか、今の俺には知る由もなかった。

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