第7話 イージー異世界生活スタート

 奴隷兵の少年と白獅子との戦いは、少し離れた場所で帝国側も観測していた。


「いいか? あの小僧が敗れたと同時に全戦力で一気に畳み込むぞ! まずは矢と魔法を一斉掃射! 闘気使いは何としても白獅子の首を討て! いいな?」

「「「イエス・サー!!」」」


 ツアン少将隷下の二個大隊を白獅子たちの部隊がいる付近まで忍ばせておいた。最初は三人のエース級闘気使いの首を横から掻っ攫う計画であったのだが、まさか黒髪の少年一人で撃退してしまうとは思いもしなかったのだ。


 だが、そのお陰で思わぬ大物が釣れた。帝国の怨敵である共和国の大将軍、白獅子ヴァン・モルゲンである。


 かの大将軍はこれまで帝国の将軍を何人も屠ってきた正真正銘の実力者だ。その首を討ち取れれば帝国中にその勇名を轟かせる事ができるだろう。その戦果でツアン将軍は中将……いや、大将まで昇進して軍団長への就任も見えてくる。我々部下も一階級昇進は間違いないだろう。


 この絶好の機会を逃す手は無かった。


 さすがの白獅子も歳だろうし、エース級を三人も討ち取った奴隷兵相手ならば、ある程度は消耗をする筈だ。我々はその疲労した直後を奇襲して袋叩きにすればいい。



 そしていよいよその時が訪れた。血だらけになった奴隷の小僧が倒れそうになった瞬間に、上官から号令は放たれた。


「今だ! 矢を放て!」

「神術士部隊も準備しろ!」

「闘気使い部隊、前に出るぞ!」


 我々は一気に行動を開始した。周囲を囲う黒騎士共は厄介だが、こちらは総勢800人以上の二個大隊だ。勝利と栄光は目前である。








 矢と神術弾が次々と戦場へ放たれた。


 一体今までどこに潜んでいたのか、大勢の帝国兵たちが姿を現したのだ。先ほどまで真剣勝負の場で静まり返っていた決闘場は混迷を極めていた。


「だ、大将軍閣下がお倒れになっておられるぞ!?」

「何時の間に!?」

「い、一体何が起こったのだ!?」

「分からん! 少し目を離した隙に……!」

「おのれぇ、帝国兵共め……卑劣な真似を……!」


 予期せぬ奇襲を受けて混乱した共和国兵たちは、死闘を制し精根尽き果てかけている俺に憎悪の視線を向けた。


(やべ、この後の事、全く考えていなかった……)


 あのジジイを倒した後の事を考えて余力を残せる程、俺も人間辞めている訳ではない。かつてない危機に冷や汗を流していると、突如俺の小さな体が持ち上げられた。


「今度こそずらかるぞ、ケルニクス!」

「隊長ぉ! 信じてましたよぉ!!」


 何時の間にか復活していたガレインが俺を抱えて逃げ出したのだ。


「あの小僧を絶対に逃がすなぁ!」

「追えええぇ!!」

「貴様ら邪魔だぁ!」

「白獅子は何処に居る!?」

「邪魔は貴様らだぁ!」

「探せぇ! なんとしてもヴァン・モルゲンの首を討ち取れぇ!!」


 さっきまで俺が居た場所は敵味方が入り乱れ混沌と化していた。



 俺たちはそのどさくさに紛れて、戦場を離脱する事に成功した。








 あの死闘から一週間後、総指揮官にして最強戦力であるヴァン・モルゲン大将軍を失った共和国軍は劣勢に立たされ、クレシュプ街道での攻防戦は帝国軍の勝利で終わった。


 元々ブリック共和国側の狙いは、他の戦地の守りを薄くしてでも戦力を割いた街道側から侵攻する中央突破作戦が狙いだったようだ。


 だがまさかの大将軍が早期に戦死となり、作戦はすぐに頓挫する。クレシュプ街道での決定的敗北によって共和国側は全軍後退を余儀なくされたのだ。


 それにより長らく封鎖されていた街道も通行可能となり、今まで足止めを喰らっていた商人たちが忙しそうに馬車を通行していった。遠目でぼんやりその光景を眺めていると、行商人風の男女4人が俺の方にぺこぺこと頭を下げていた。どうやら4人は家族のようで、何故か泣きながら喜んで俺に頭を下げ続けていた。


 それほど共和国が憎かったのだろうか?


(んー、父親らしきおっさんの顔、どこかで見た憶えがあるような……)


 今回最大の戦果である大将軍を討ち取った俺の名は一躍有名となった。きっとあの男もそんな俺の噂を聞いた者の一人なのだろう。今は軍事行動中なので、残された雑務に専念する事にした。


 もうじき我々クレイン将軍隷下の部隊は帝都に戻る予定となる。戦後処理などは他の部隊が受け持ってくれるそうだ。


 文句なしの功績を得ての凱旋だ。これで晴れて奴隷身分から解放されるのかと思いきや…………どうやら雲行きが怪しくなってきた。






「――――と、いう訳で、君が白獅子を倒したというのは虚偽だと抜かす連中がいるのだ」

「は、はぁ……」


 共和国との戦争が一旦停戦し、帝都では有耶無耶になっていた論功について協議されたのだが、白獅子ヴァン・モルゲンを倒したのは自分だと名乗り出る者が現れたのだ。何故か俺以外に……


 最初にその話を聞いた時には耳を疑ったが、詳細を聞くと何となく事態が呑み込めた。要はクレイン大将閣下のライバル派閥であるツアン少将とやらが、俺の討ち取った闘気使いの首を横取りしようと画策しているらしい。


 俺と白獅子との決闘は各派閥の観測士が見守っていたが、最後の大混乱の最中、俺が放った血の刃は運悪く誰も見ていなかったようなのだ。つまり、俺が”白獅子”の首を撥ね飛ばした瞬間は誰にも観測されなかったのだ。


 そこに付け入ったのか、あとからあの場に乱入した闘気使いが「俺が白獅子を討った」と名乗り出たのだ。当然俺も名乗り出ていたので、両者の意見が食い違う結果となった。


 せめて俺があのジジイの首でも持ち帰っていれば状況も変わったのだろうが、白獅子の遺体は共和国軍の黒騎士たちが持ち去ったようだ。となると、あとは現場の証言しか残されていないのだが、クレイン将軍は政敵も多く、現状の軍配はあちら側に傾いている状況らしい。


「はぁ……まぁ仕方ないですね。それで俺の奴隷解放も先送りという訳ですか?」

「いや、白獅子の件を抜きにしても、推定ランクAの闘気使いを三名討ち取った実績は高く評価されている。間違いなく一級戦功に値する働きだろう」

「……と、いうことは?」

「ああ、君は本日をもって奴隷の身分から解放となる。おめでとう、ケルニクス」

「いやっほおおおおぃ!!」


 色々言いたい事もあったが、無事生還出来た上に念願の平民へと戻る事も叶ったのだ。俺は場所も弁えずにはしゃいでしまい、ハスネィ秘書官に睨まれてしまった。


 おっと、反省、反省……


「奴隷兵の際に挙げた君の戦功は、規定通り私の手柄となる為、現在の君の階級は二等兵からとなる」


 これでやっとスタート地点という訳だ。志願兵でも二等兵スタートなのに、こっちは大将軍を倒して同格とは……本当奴隷に厳しい世の中だ。


(俺だけハードモード過ぎやしません?)


 しかし、奴隷から解放されたとはいえ、軍属のままという状況はあまり好ましくなかった。


「そのぉ、奴隷から解放された訳だし……除隊ってできませんか?」


 俺の発言にジロリとハスネィ秘書官が睨んでくる。


 帝国軍人が軍籍から抜けるケースのほとんどが、戦線復帰できないような大怪我を負うか、重大な違反行為で強制的に除隊されるかの二択だ。軍に入って都合が悪くなれば止めますというのは通らないだろうなと思いつつ、俺もダメ元で伺ってみたのだ。


 だがクレイン将軍は深くため息をつくと、以前二人で交した契約書を取り出して見せた。


「奴隷兵は刑期免除の代わりに仮入隊という手法で軍人になっている。通常の軍人とは入隊方法も、その扱いも全く別物となるのだ」

「……えーと、つまり?」

「奴隷身分解放と同時に除隊申請をすれば間違いなく受理される。これはしっかりと軍規でも定められている」

「おおおおっ!?」


 つまり今この瞬間であれば、俺はノーリスクで除隊できるのだ。なんと素晴らしい法律だろうか! 帝国バンザイ!!


「私としては君ほどの逸材を手放すのは非常に惜しいのだが、どうせこのまま軍属にいても、今回の一件を理由に他の軍団に取り上げられかねないからな」

「え? そんなのアリなんですか!?」

「アリだ。仮に皇帝陛下が望まれるのなら、除隊の話も無かったことになるな」


 なんだ、それは!? やっぱ帝国はクソだなぁ!!


「今はまだ周囲も君の特殊な立場に気付いていないし、軍に残るものだと決めつけている。だから軍を抜けるのなら今が本当にラストチャンスだぞ?」

「……でも、そんな真似してご主人様……クレインさんは大丈夫なんですか?」


 俺がクレインの心配をすると彼女は一瞬キョトンとするも、ケラケラ笑って答えた。


「くく、心配は無用だ。私には権力も実力もある。更に君の功績も頂いた訳だしな。それだけで釣りも十分残るだろうさ」

「……そうですか。では申し訳ないですが、除隊を希望します」


 快適な帝都暮らしは魅力的だが、上官の命令一つで地獄に送り込まれるのが兵士という存在だ。今回はどうにかなったが、また次生き残れる保証はどこにも無いのだ。


「そうか、残念だが致し方あるまい。だが軍を抜ける以上、このまま帝国に身を置くのは危険だぞ? それは理解しているな?」

「……でしょうね。強制徴兵されて三等兵に戻るなんて真っ平です」


 ツアン将軍とやらならやりかねない。平気で人の戦功を掠め取る盗人だからな。こいつも絶誅ゼッチュウ(あとで絶対天誅を下す)リスト入り決定!


「それと共和国に行くのだけはお勧めしない。今回の一件で君は先方から大層な恨みを買っているからな。卑劣な手で大将軍を暗殺した少年兵と噂されているそうだ」

「うそーん!?」


 あの黒騎士共は一体何を見ていたんだ!? いや、ツアン将軍たちの奇襲で見ていなかったのか。だけど、あの状況で卑怯だとか罵られてもねぇ? こちとら連戦の上での強制決闘だぞ!? しかも敵兵に囲まれた中でのアウェー戦を強いられたのだ。


 ブリック共和国もクソだな!!


「それに共和国兵になったら君と戦わなくてはならない。君を殺すのも、君に殺されるのも私は御免だ」

「あ、はい。北方は止めておきます」

「そうだなぁ、西もやめておいた方が良い。やはり東側がお勧めだな」

「東……」


 ヤールーン帝国の南は海しかない。北はブリック共和国に西はキュラース皇国と、この辺りは大国が多くひしめいている。反面、東側には小国家が乱立しているので行ってみるのも割と面白いかもしれない。


 とにかく帝国と共和国からは一度距離を置きたかった。


「分かりました。とりあえず東に行ってみます」

「そうか。どこか行く当てや、やりたい事はあるのか?」

「場所はこれからですが……冒険者稼業でも初めてみようかと」

「ほう? 冒険者か……面白そうだな」


 この大陸はファンタジー世界でお馴染みの冒険者ギルドなるものがあるそうだ。なんでも魔獣と呼ばれる化物を倒したり、採取依頼に護衛依頼なんかも引き受けたりする、街の便利屋なのだとか。


「君の才覚なら直ぐにA級冒険者、いやS級にもなれるだろう」

「そこまでは目指しておりませんが、適当に稼いでゆっくり余生を過ごしますよ」

「余生って……君はまだ12才だろう?」


 当分殺し合いは御免だが、俺の長所が戦闘能力というのも事実だし、適当に魔獣とやらを狩って日銭を稼ぐ事にしよう。大将軍と戦う事と比べれば随分とイージーな仕事だな。


「これは僅かばかりの礼だ。遠慮せず受け取って欲しい。ハスネィ」


 俺はハスネィ秘書官から大量の金貨が入った巾着袋を受け取った。


 一人で街に出たことも無ければ買い物をした経験もない。この世界の物の価値はよく分からないが、多分相当な金額が入っていると思われる。


「遠慮なく頂戴します。本当にお世話になりました。貴方は今までで最高のご主人様でした!」

「……あれと比べられてもね」


 俺の奴隷歴を知っているクレイン将軍は苦笑しながら俺を見送ってくれた。




 帝都の軍事施設を出た俺は背伸びしながら外の空気をめいっぱい吸って吐いた。


「うーん、シャバの空気は美味いぜ!」


 奴隷から解放された暁には、この様式美だけは外せないと、以前から言ってみたかった台詞を口にした。


「さて、まずは帝国から出ますかね」


 俺はクレイン将軍の助言に従って、ひたすら東へと向かった。








 奴隷から解放されて二カ月後、俺は駅馬車を使って帝国領から二つ先にあるライノスハートという国にきた。


 その一つ手前のダスネア王国は帝国の属国という事なので、安全策を取ってこの国までやって来たのだ。


 クレイン将軍から頂いた退職金? は結構な額だったらしく、お陰で道中は優雅な旅を満喫できた。少し値の張る宿屋に泊まったり、地域の郷土料理を食べ歩いたりしても、まだまだお金は残っていた。


「いやぁ、これだよこれ! ついに始まったなぁ、俺のイージー異世界生活!」


 道中、金払いの良い子供ということで何度か強盗や人攫いに遭遇したが、そんなもんイージー、イージー! 全てを返り討ちにした。大将軍クラスの敵とエンカウントするような頭のおかしいイベントも起こらず、平穏な日々? を満喫していた。


「でも、そろそろ働かないとな。このままだとダメ人間になりそうだ」


 資金はまだまだ余裕あるのだが、将来設計も立てずに浪費し続けては、何時か痛い目に遭う。だからここは先行投資だ!


 俺は有り金をほとんど使って二振りの小剣をオーダーメイドすることにした。これからの俺は冒険者として生きていく予定だ。商売道具となる武器はしっかり用意した方が良いと思ったのだ。



 一週間後、注文した武器を受け取り、準備万端な俺は冒険者ギルドへと足を運んだ。ギルドは木造家屋で、室内には掲示板らしきものに依頼票がずらり、愛想の良い美人受付嬢のいるカウンターに酒場までも併設されている。まさしく“THEギルド”って感じの内装だ。


(うんうん、冒険者ギルドって雰囲気で良いねぇ!)


 俺は周囲をキョロキョロしながら受付カウンターへと足を運んだ。依頼票なども気にはなるが、まずは冒険者登録をしなければ何も始まらない。事前情報では、ギルドに年齢制限は設けられておらず、誰でもすぐに登録できるそうだ。


 冒険者の実力や実績に合わせ、受けられる仕事も増えていくので、ギルドではランク制度を採用している。下からG級、F級、E級、D級、C級、B級、A級、S級となる。D級辺りが一端の冒険者扱いで、A級は超エリート、S級に関しては国に1パーティいるかどうかというレベルらしい。



 俺は美人受付嬢に声を掛け、登録する為の個人情報を記入した。筆記ができなければ口頭でも良いらしいが、帝都で読み書きは習っていたので恥を掻かずに済んだ。基本的にこの大陸の言語はほぼ統一されているみたいだ。


(そこだけはイージー設定で本当によかったよ!)


 待たされること数分、どうやら俺の登録が済んだのか、受付嬢が奥から戻ってきた。


「……ケルニクスさん。貴方は冒険者登録ができません」

「…………はい?」



 どうやら俺のハードモードな人生はまだまだ続くようだ。

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