第6話 白獅子ヴァン・モルゲン

 推定A級の闘気使いを立て続けに三人も討ち取った帝国側は勢いを取り戻しつつあった。


「お前、本当にすげえ奴だなぁ、”斧鬼”まで倒しちまうだなんて……」


 ガレイン中隊長が呆れも混じった声で俺の戦果を讃えてくれた。


「やはり有名人なんですね。にしても、二つ名って“鬼”を付けなきゃいけないルールでもあるんですか?」


 双鬼、剛鬼に続いて斧鬼と、何故かみんな鬼が付いている。一体どこまであるのか鬼シリーズ……


「何を馬鹿な……いや、そんなことより、さっさとここからずらかるぞ!」

「え? 確かに疲れはしましたが、少しだけ休ませて貰えればまだ戦えますけど……」


 いくらエース級の闘気使いを三人撃破したからと言って、まだまだ共和国との戦闘は続いているのだ。ここで下がるのは不味いのでは?


「馬鹿! 俺たちの任務は終わったが”斧鬼”がいるなんて聞いていなかった! 奴がいるとなると……。ええい、とにかく一旦下がるぞ!」


「……? 了解しま――」


 ――了解しました、と返事しようとした俺は途中で固まった。急に何かとんでもない悪寒が全身を襲ってきたのだ。


「ちぃ! 遅かったか!?」


 ガレインは何やら事情を察しているようだが、話の見えない俺にも、北側から何か恐ろしい存在がこちらへ向かってきているのだけは肌で感じ取れた。


(北側……共和国の本陣からか!?)


 逃げなければと腰を浮かした直後、無数の蹄の音が聞こえてきた。既に敵の騎馬隊が近くまで駆けつけてきたようだ。しかも前回の連中とは違い、漆黒の鎧を身に纏った重装備の騎馬隊だ。それが全部で10騎ほど、こちらへ向かって来ていた。


 あっという間に俺とガレイン隊長は騎馬隊や帝国兵に包囲され、逃げ道を塞がれてしまった。騎馬隊たちは機動力こそが売りのはずだろうに、あろうことか俺たちを包囲した後は、その場で停止したのだ。


(これはチャンスか? ……いや、こいつら全員やるな!)


 一人一人がガレイン隊長並かそれ以上の闘気使いであった。だが、俺が感じ取った寒気は彼らから発せられているものではなく、その奥である。


 俺たちを包囲した騎士たちがゆっくりと動いた。真っ黒な人垣が割れた先には、純白の鎧に身を包んだ老兵が姿を見せた。間違いなくこいつがこの悪寒の正体だ。


 長い白髪と白髭を携えた老兵は馬から降りてこちらに歩み寄ってきた。チラリと地面に横たわっている”斧鬼”の遺体を一瞥するも、すぐに俺へと視線を戻した。


「観測士から報告を聞いてはいたが、よもやこのようなわっぱにグンバルが倒されるとはのぉ」

「……爺さん、何者だ?」


 俺が問い質すと、周囲の黒騎士たちから殺気が膨れ上がった。思わず身構える。


「ほっほっほ! まぁ、お前さんのような子供が知らないのも無理はないて。儂はそこに倒れておる”斧鬼”グンバルの師匠じゃよ」


 なんと死に物狂いで強敵を倒したら、更に強い師匠が現れた。どこまで鬼畜仕様ハードモードなんだよ、このクソ世界は!?


「……ケルニクス、あの爺さんは”白獅子”ヴァン・モルゲン。共和国に三人しかいない大将軍の一人だ」

「知りたくなかった情報、どうもありがとうございます」


 めちゃくちゃ偉い爺さんだった。恐らく、いや間違いなくこの戦場の指揮官だろう。


わっぱ、名を名乗れ! 貴様に一騎打ちを申し込む!」


 白髪の老兵、白獅子は自分の背丈より長い槍を突きつけると、俺にそう告げてきた。こいつも槍使いかよ!? まぁ、お弟子さんがハルバードな時点で、師匠も長物だとは思っていたけど……畜生が!


「お断りします。俺は槍使いがこの世で二番目に嫌いなんです」

「ほっほぉ! その小剣なら確かに長物は苦手じゃろうて。だが、はて……槍使いより苦になる相手でも、過去におったのかのぉ?」


 ちなみに一番嫌いなモノは奴隷商人である。あのブタ野郎は生きて戻ったら絶対にあとで天誅を下す! 絶誅ゼッチュウだ、ゼッチュウ!!


「まあよい。我が名はブリック共和国の大将軍が一人、ヴァン・モルゲン! 貴様の名は?」


 おおう、これは絶対逃がさないぞという強い意志を感じるな。


「……ケルニクス、大丈夫か?」


 連戦続きなのを察してガレイン中隊長が心配そうに声を掛けてきた。優しいところもあるじゃん!


「隊長、二人で戦いません?」

「骨は拾ってやる。頑張れ!」

「隊長ぉおおおお!?」


 くそ、やっぱ最低なクソ上司だった!


 もう完全に退路は断たれた。このまま黒騎士含めて全員から袋叩きの地獄仕様ヘルモードより、一騎打ちハードモードの方がまだマシだと考えた俺は双剣を構えて名乗りを上げた。


「……”双鬼そうき”、ケルニクス!」


 帝国の三等兵という口状よりかは幾分格好がつく二つ名を名乗ると、白獅子モルゲン大将軍は獰猛な笑みを浮かべた。


「結構! それでは存分に殺し合おうぞ!」


 闘気を解放させた白獅子モルゲンは鋭い突きを放ち、それを俺は剣で弾こうとした。


「ぐっ!?」


 が、逆に弾かれたのはこちらの方であった。続いて穿たれた矛を、俺はもう片方の剣で迎え撃つ。今度はより力を籠めて打ちつけた。お陰で弾かれる事は無かったが、手にジンジンと衝撃が伝わってくる。


(マジか!? この爺さん、どんなパワーしてやがる!?)


 すぐに三撃目が繰り出され、俺は先ほど後方へ弾かれた剣を思いっきり振り下ろし、それもなんとか迎撃した。


「ほっ! 儂の三撃目を受けて生きておる者は随分珍しいぞ?」

「それは、どうも……ふん!」


 こちらも負けじと闘気と力を振り絞り、槍の連撃に対抗するも、まるで手応えを感じない。いや、剣と矛を交える度に強い衝撃は返ってくるのだが、相手の槍は全くビクともせず、淡々と俺に襲い掛かってくるのだ。


(このジジイ! 年の功みたいな技巧派かと思いきや、まさかのパワータイプか!?)


 ”斧鬼”の師とは思えない愚直なまでの力押し戦法で、その源となっているのは彼の闘気だ。


(ぐぅ、闘気の練度が違いすぎる……! 同じ一撃でも、気を抜くとこっちが押し負ける……っ!)


「成程、年の割には凄まじい膂力に闘気じゃのぉ。だが、まだまだ闘気の扱い方がなっとらんわ!」

「ぐっ! くそぉ!」


 次々と放たれる重たい一撃に、俺は前に出るどころか少しずつ後退しながら生傷を増やし続けていく。


 さっきは30分以上も戦った上でようやく勝機を見いだしたが、この老人相手に長期戦など愚策以外の何ものでもない。早いところ活路を見つけ出さないと、こっちのスタミナが切れてしまうのは確実。


(くそぉ! 畜生! これ、負けイベントだよなぁ? 善戦したら『殺すには惜しい』って見逃して貰える、そんなイベント戦だよなぁ!?)


 いくら何でもこの状況はあんまりだ!


 昨日から連戦に次ぐ連戦で、やっと強敵を倒したと思ったら回復する間もなくラスボス戦だ。それで一騎打ちだと!? 全回復できるセーブポイントも用意していないのか!? やっていられるか!


 だが、そんな俺の弱気な心情を察したのか、老人は冷たく言い放った。


「……わっぱ、勘違いしているようだから忠告しておくぞ? 儂はお前を気に入りはしたが、それでもここは戦場で儂とお前は敵同士。どんな状況でどんな相手だろうと、お前が帝国兵であり続ける限り、儂はお前を必ず殺す!」

「――――っ!?」


 ハッキリと殺意をぶつけられ、俺の背筋が凍り付いた。


「死にたくなければ儂を殺し、その上でここにおる黒騎士共も全て倒さねばならん。努力賞で生かして貰えるなど、思い違いをするなよ?」

「ハ、ハハ…………」


 どうやら俺は甘かったようだ。


 そうだ。帝都でしばらく甘い生活を送っていた所為で、ここがくそったれでハードな世界だという現実から目を背けてしまった。鉱山や闘技場では誰も助けてはくれなかった。いつだって己の力だけで生き残り続けてきたのを忘れていたのだ。


 それを敵の情けに期待するだって?


「アハハハハハッ! これは傑作だ! どうやら俺はとんだ甘ちゃんになっていたらしい!」


 敵を前にして俺が笑い出すと、白獅子はキョトンとその様子を眺めたあと、禍々しい笑みを浮かべた。


「……くく、土壇場で化けたな? わっぱ……いや、”双鬼”ケルニクスよ!」

「いやいや、さっきまでの俺も間違いなく俺だ。ただ甘えを捨てなければこの場は生き残れないらしい。ならば今だけは……俺も鬼となる!」

「意気や良し……来い!」


 俺は双剣を強く握りしめると、闘気の出力を上げて連撃を繰り出した。白獅子も更に闘気の練度を高め、突きを繰り出してくる。


(ぐっ、大口叩いたのは良いけれど、依然差は埋められず……か!)


 死ぬ気で踏ん張ってようやくパワーは互角。戦闘技術に関してもあちらが上、間合いについては言うまでもない。向こうは安全圏から攻撃を繰り返し、こっちは致命傷を避けながら捌くので精一杯の状況だ。


(くそ! 何かないか? この距離を埋められる、そんな奇跡的な要素が……!)


 俺の剣が伸ばせればいいのだが、そんな都合の良い闘気の使い方は存在しない。攻防の強化に長けている闘気最大の弱点が距離にあるのだ。剣を伸ばすなど、最早神術を通り越して神業スキルの領域だ。そんなスキル、あるのかは知らないが……


(投げナイフや矢なら、近距離であれば闘気も維持できるんだ! だが、今の俺に投げ道具は無い!)


 こんな事なら投げナイフでも幾つか所持していれば良かったのだが、そんな付け焼刃な攻撃で崩れる程、恐らくこの老人は甘くは無いだろう。


(まずは反撃だ! この距離で取れる手段は……何かを投げる? 剣の風圧で怯ませる? 砂でも蹴って目潰しをする? いっそのこと剣をぶん投げる? …………待てよ?)


 一つ、突拍子の無い事を思いついた。


 だが実践できるかどうかは未知数だ。それに恐らくこれは闘力をかなり消耗しそうだ。


(……どの道このままじゃあジリ貧だ! それならこいつに賭ける!)


 俺は左の剣で槍を抑え込みながら、右手の剣に闘力を強く籠めた。そして力一杯剣を振り払う。それと同時に剣戟で発生させた風に闘気を籠めて飛ばして見せた。


 結果は――――


「むっ?」


 若干だが風圧が届いたのか、白獅子の白髪が強風で煽られた。


(で、出来た!? いや、だがあんな風圧くらいじゃあ、なんの意味もないぞ!?)


 だが風に闘気を乗せる初の試みに、俺は確かな手応えを感じていた。闘気は自身の身体だけでなく、触れている物体にも纏わせる事ができる。剣や槍は勿論、手袋越しに放つ弓の矢にだって、短い距離なら闘力を纏わせられるのだ。ならば剣を振るうことによって生じた風にも間接的に闘気を籠められるのは道理ではないだろうか。


 その結果は一瞬の強風程度ではあったものの、明らかに闘気で風圧が増していたのだ。


(……大丈夫、やれる筈だ。今度は面ではなく線で、細く鋭い風の刃を飛ばす様に、闘気を極限まで圧縮して…………)


 俺は再び右の剣に闘気を籠める。闘気を纏わせるのに最も適しているのは己の身体だ。一番身近で理解し易い媒体だからという理由らしい。


 次に効果があるのが自分の愛用している武器や道具、防具などとされている。だから兵士たちは常に同じ武具を好むのだ。


 ただし、これは少々眉唾だ。俺は剣闘士時代に毎回違う剣を選ばされていたが、特に不都合は生じなかった。恐らく同じ素材で同じような形状なら、馴染みの媒体と認識できるのだろう。


 故に、闘気を籠め易い媒体は、より理解の得易いモノが好ましいのだと見た!


(俺は風を理解していると言えるのか? 風は……空気? 空気は確か……窒素沢山、酸素そこそこ、あとはヘリウムとかのガス系が僅かで……水蒸気も少々、かな?)


 身体を必死に動かしながら、俺は風という媒体の理解を深めようと、脳をフル回転させた。


 それが功を奏したのか、闘気の流れが目に見えて変わり始めていた。


「…………いける!」


 さっきとは比べ物にならない感触を掴んだ俺は、小剣に籠められた闘気を風に乗せて、白獅子モルゲンへと放った。


 すると相手も何かを感じ取ったのか、白獅子は今まで崩さなかった攻勢から一転して回避行動をとり、僅かに身体を左へと動かしたのだ。その直後、白獅子の頬に切り傷が生じた。


「な、何だ……今のは……?」


 老兵はまるで幽霊でも見たかのような表情を俺に向けていた。


 闘気を風で飛ばすなど、俺は今まで聞いた事ないし、恐らくこの老人にとっても初めての体験なのだろう。得体の知れない攻撃にヴァン・モルゲンは動揺を隠しきれなかった様子だ。


「……さぁ、一体何だろうなぁ?」


 余裕しゃくしゃくの笑みで返答する俺だが、今のを躱されたのは非常に厳しい。闘気を風の刃で飛ばすには思った以上に燃費が悪いらしく、今のレベルで放てる攻撃はあと一発が限界なようだ。


「一体……何をしたのだぁ、ケルニクスぅ!!」


 モルゲンも本能であれがとんでもない技である事を察したのか、必死の形相で槍の連撃を放った。もう二度とあの技を撃たせまいとする構えのようだ。


(ぐっ! くそっ! どんどん出血が増えていく……やべぇ)


 それでも俺は必死に生き残ろうと剣を振るっていく。肩を矛が掠め、血が腕から伝って手に流れ込んでくる。血で滑らせて剣をすっ飛ばさないよう、握る手の力を更に強めた。


(……ん? これ、使えるかも……)


 そこで俺は天啓を得た。


 何故俺は風なんて見えない曖昧なモノをわざわざ使っていたのだろうか。身近にもっと良い媒体があるではないか。


 白獅子の猛攻に俺は血まみれになっていく。俺の剣は未だに老人に一度たりとも届いていないというのに、その刃は己の血で真っ赤に濡れていた。


(集中しろ! これがラストチャンス! 次で確実に……殺す!)


 しかし闘気のスタミナ切れより先に出血が祟ったのか、俺はふらりと後ろへ倒れそうになり、なんとかギリギリ踏ん張った。


 そこをチャンスと思ったのか、白獅子がこれまで以上の雄叫びを上げて襲い掛かろうとする。


 その直後――――なんと、矢の雨が俺たち二人に襲い掛かった。


「な、なんだ、この矢は!?」

「帝国側からだぞ!?」

「おのれ帝国の連中め! モルゲン閣下の一騎打ちに、よくも……!」


 どうやら横槍が入ってきたようだが、これくらいの矢で傷を負うような者はこの場にはいなかった。決闘を邪魔された黒騎士たちは怒り狂い、周囲を警戒する為にほとんどの者が俺たちから目を離した。


 だが俺もモルゲンも、互いに相手しか見ていなかった。今更誰が割って入ろうと邪魔はさせない。その覚悟で俺たちはほぼ同時に行動を起こしていた。


「これで終わりだ、ケルニクス!」


 今日一番の鋭い刺突が襲い掛かる。俺は脇腹を抉られながらもギリギリ躱し、右手に籠めた全闘気を放った。己の血という最高の媒体で作った紅い刃と共に……


 初めて放った血の刃は白獅子へと襲い掛かり……その首を撥ね飛ばした。


「…………見事」


 首だけになった”白獅子”ヴァン・モルゲンが、弟子と同じ最期の言葉を呟いたのを、俺は確かに聞き届けた。

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