第5話 エース級闘気使い
多くの兵を失った北方第三師団はすぐさま編成作業に追われていたが、共和国軍は待ってくれなかった。
翌日、俺は新たに中隊長へ昇進したガレイン隊長の副官として、戦場の後方に待機していた。
「休めるのは有難いんですが、何故我々は後方待機なんです?」
まだ詳しい作戦指示を聞いていない俺は横でふんぞり返っているガレインに問い質した。
「……上からのオーダーだ。エース級の闘気使いが現れたら俺たちが始末しろ、だとよ」
昨日までなら気軽に話し掛けようものならぶん殴られていた間柄だが、共に死地を乗り越えたのと副官という立場から、ガレインの俺に対する態度は随分と軟化した。
「成程、納得しました」
新生ガレイン中隊は総勢25名、小隊が5つの規模となっていた。昨日と比べて5倍の兵力である。そう考えればかなりの戦力に思えるが、帝国の中隊は元々小隊8つ分、40名以上の規模で想定されている。
昨日の無茶な作戦が祟ったのか、今用意できる戦力はこれが限界であった。これでも第一陣と二陣の生き残りで浮いた兵を編入させて急ピッチで増員したそうだ。その為、貴重な神術士もゼロで弓兵も数人しか用意出来なかった。
そんな超近接部隊が後方にいる意味が分からなかった故の、先ほどの質問内容であった。
「……そのエース級の闘気使いとやらは、昨日の騎馬隊より強いんでしょうか?」
「アラン大隊長の話を信じるのなら、推定A級の闘気使いが三人もいるそうだ」
「うわぁ、嫌だなぁ……」
闘気使いや神術士には、相手や味方の駒がどれだけ強いのかを分かり易くする為の指標、推定ランクが付けられる。ざっくりな目安だがA級は兵士100人分以上、B級は兵士20人相当、C級は兵士10人分という計算になるらしい。C級認定された時点でエース扱いだ。
ただし、あくまで推定なので、参考程度に思っていなければならない。
「……つまり300人分の戦力を俺たち25人で倒せ、と?」
全然足りないじゃん!?
「いや、俺たちも闘気使いだろうが。上の評価だと、俺らはそれぞれB級らしいぞ?」
「……それでも全く足りてないですよ?」
我々の上官たちは算数も出来ないのだろうか?
「ランクはあくまでも目安だ。相手がBかもしれんし、俺たちがA級かもしれんだろうが!」
「うわぁ、相変わらずな超ポジティブ発言!?」
この人は無敵か!?
「おら、それより前を見ろ。どうやら出番の様だぞ?」
言われた通り前線に目をやると、信号弾のようなモノが打ち上げられていた。神術弾による味方からの合図だ。さっそく例のエース級闘気使いが現れたらしい。
「うぇ~、今回って撤退の合図はどうなってるんですか?」
「俺たちが敗れたら撤退するそうだ。おら、行くぞ!」
逃げ道は完全に塞がれてしまった。やはり今日もこの世界は平常運転のハード仕様だな。
ガレイン中隊長が声を上げると、総勢25名の兵士たちは信号弾の打ち上がった戦場を目指した。
現場へ駆けつけると、あちこちに屍が転がっていた。共和国兵も倒れているが、1:9で帝国兵の遺体が多い。お目当ての相手を探すと、どうやら敵は絶賛無双ゲームをプレイ中のようだ。連中が得物を振るう度に雑兵がバッタバッタとなぎ倒されていく。
(うわぁ、主役級のチートキャラに立ち向かうモブの気持ちって、こんな感じなのかぁ……)
逃げ出したいのは山々だが、許可なく持ち場を離れる帝国軍人は、よくて鉱山送りで最悪処刑される。
(また鉱山奴隷に戻されるのだけは嫌だ! 穴掘りさせられて廃鉱になったら、また奴隷剣闘士やれってか!?)
何その地獄のループ……最早ヘルモードだな。
暴れまわってる敵の闘気使いはハルバードの使い手、槍使い、それと大剣持ちの三人だ。
「まずは闘気使いの数を減らす! ケルニクス、好きな相手を選べ!」
「……大剣持ちの奴にします!」
「分かった! 俺は槍使いを相手にする。他の全員はハルバードの野郎を遠ざけつつ、敵の雑兵を俺たちに近づけさせるな!」
「「「イエッサー!!」」」
選択権を与えられたので、俺は一番与しやすそうな若い闘気使いを標的にした。他の二名はハルバードに槍とどちらも長物なので、俺の双剣とは相性が悪いのだ。
大剣をブンブン振り回して帝国兵を殺しまわっている闘気使いに俺は迫った。
「ん? 今度はガキが相手か! 斬り甲斐のねえ!」
まるで虫でも払うかのように、相手はこちらに大剣を振るった。それを俺は屈んで避けると、一気に懐へ飛び込もうとした。
「――っ!? 舐めるなァ!」
今の回避行動だけでこちらが尋常ではない相手だと悟ったのか、大剣使いの若者は両腕に力を籠め、直ぐに返しの刃で二撃目を加えようとしたが、俺はそれを片方の小剣だけで弾く。
「――なぁ!?」
「……くっ! 中々のパワーだな」
相手の攻撃を弾いた俺の手が痺れた。片手とは言え、ここまで手応えのある攻撃は経験が無い。恐らくこいつは”剛鬼”よりもずっと強い。だが、子供だと思って油断したのが運の尽きだ。
俺は相手に三撃目を許す暇を与えず、もう片方の小剣で男の首を撥ね飛ばした。
「うし! まず一人目!」
案外、楽に倒せた。
さて、お次はどちらを殺るかとガレイン隊長の方に視線を向けると、中隊長殿は槍使いの猛攻を受けて死に掛けていた。どうやら利き腕と左足を刺し突かれたらしい。
(やべ! あいつ、マジでつえぇ! 急がねえと……!)
俺は全速力で応援に駆け付けると、ガレインと槍使いの戦いに割って入った。
「ちっ! 邪魔をするな!」
闘気を籠めた槍の連撃が俺に襲い掛かる。それを俺は双剣で払いのけた。
「――このガキ!? なんてパワーだ……!」
まさか齢10才前後の小僧に槍を弾かれるとは思わなかったのか、男は距離を取りつつ、遠くから細かく突きを連打する戦い方へとシフトチェンジした。
(ぐぅ、これだよ!? 遠くからチクチクされちゃあ、近づく暇がない!)
何とか隙を作ろうと力を籠めて槍を弾こうと試みるも、男は上手くこちらの力を逃がしてすぐに槍を引くのだ。相手が手練れだと知ると熟練の槍使いは一定の距離を保ちつつ、決して深く踏み込もうとはして来ない。
これこそが小剣二刀流である俺の最も嫌いな戦法だ。
至近距離なら圧倒的に俺に軍配が上がるのだが、近中距離においては攻撃手段が一切無いのだ。
一度離れてナイフや石でも投げてやろうかと思うも、俺が後ろに下がるとそれに合わせて槍使いもその分前に出てくる。間合いの管理もバッチリだ。
(くそぉ! 本当に巧い奴だなぁ!)
こちとら生まれ持った馬鹿力があるとはいえ、所詮は子供の身体だ。スタミナの心配もある。体力は多少闘気でも補えるが、さすがの俺も無尽蔵に闘気を扱えるわけではない。
「ケルニクス! 前に出ろ!」
背後から檄が飛んだかと思うと、ガレインが自らの剣を槍使いへと投げ飛ばした。意表を突かれた槍使いは咄嗟にその剣を払いのける。
(隙を見せたな!)
俺は覚悟を決め最速最短距離で槍使いへと肉薄した。
当然向こうもすぐに応戦しながら距離を保とうとしたが、前進と後進では速度はこちらに分がある。それに槍は踏み込まれれば途端に脆くなるものだ。
俺は左手の剣で槍の払いを凌ぐと、右手の剣で男の喉元に剣を突き刺した。
「ぐはぁっ!?」
「よし、あと一人!」
剣を引き抜くと、俺は最後のハルバード使いへ身体を向けた。
目標の周囲にはさっきまで一緒に戦っていた仲間たちの死体が転がっていた。どうやら命を賭して時間稼ぎをしてくれていたらしい。中隊で無事な兵は既に半数以下だ。
「まさか二人を倒すとはな……。小僧、名を名乗れ!」
「……ケルニクス!」
「儂は”
「せ、斧鬼だとぉ!?」
ガレインを含め、帝国兵たちに動揺が走る。どうやらかなりの有名人なようだ。
「行くぞ、ケルニクス!」
「来い!」
内心「来ないで!」と悲鳴を上げつつも、俺は場の雰囲気に呑まれたのか、つい格好よく応じてしまった。どうやら完全に一騎打ちの流れらしい。
(ガレイン隊長! 見学してないで、二対一で戦いません!?)
だが隊長も怪我が酷いらしく、すぐの戦闘復帰は無理であった。闘気は内に向けると回復力も強化できるが、あっという間に完治とはいかないのだ。
(ちぃ!? このおっさんも距離を取るのが巧いな!)
得物がハルバードなのでブンブン振り回してくれるのを期待していたのだが、穂先で細かく攻撃を重ね、稀に斧の部分で強力な一撃を加えてくる。さっきの槍使い以上に油断ならない技巧派の相手だ。
(……落ち着け。よく相手を観察しろ! 何時かは隙を見せる筈だ……!)
そこからはひたすら我慢の時間が続いた。
俺は両手の小剣で斧槍を防ぎつつ、色々と工夫を重ねた。もっと早く動けるように足運びを注意し、無駄を削ぐように剣の出し入れに気を遣い、限りある闘気を効率よく運用する為に、あらゆる動きの調整を続けた。
矛を交えて20分くらいが経過した頃だろうか。徐々にだが、相手の動きが見えてきた。
最初は穂先にばかり気を取られていたが、相手の腕、上半身、足の動きなども同時に観察し、フェイントなどにも一層の注意を払った。すると相手の先を読むかのように身体が自然と動くようになってきた。
「こ、小僧……! ははっ! こりゃあ、やりおるわ!」
「はぁ、はぁ……っ!」
返事をする余裕は無い。僅かな隙も見逃すまいと、かれこれ30分も集中し続けているのだ。
だがその甲斐も有り、ようやく勝機が訪れた。俺の馬鹿力を籠めた連撃にハルバード使いの手が痺れ始めたのだ。握力を失いつつあるのか、明らかに穂先の動きが乱れていた。
「――やれる!」
焦りが足を鈍らせたのか、相手は小石に躓き大きくバランスを崩した。その瞬間に俺は男へ接近を試みた。
「甘いわぁ!」
すると、男は体勢を崩しながらもハルバードを操り、穂先とは逆の柄の部分で突き刺してきた。そこも当然尖っており、受ければ致命傷は免れない。
だが俺は過去一番の集中力を維持し続けていた。相手渾身の突きを、身体を捻らせて躱すと、そのまま横回転しながら剣を振るった。
「ぐはっ…………見事!」
血と共に吐き出したその言葉を最期に、胸を裂かれた男はそのまま倒れ込んだ。
途端に帝国兵たちが雄叫びを上げた。
どうやら味方兵士たちも長い間付き合ってくれていたようで、俺たちの戦いを邪魔しないよう周囲を避けて踏ん張り続けてくれていたようだ。エース級三人を撃破し、味方の士気がグングンと上がる。
それを確認した俺は、一度地面に尻を着けて息を整え始めた。
「はぁ、はぁ、はぁ……しんどぉ……」
これから再び戦場に出なければならないのだ。せめてあと数分だけは休ませて欲しかった。
「……信じられませんが、あの奴隷兵が打ち勝ったようですな」
後方から双眼鏡で戦況の確認をしていた観測手の私は思わずそう呟いた。
「ほぉ、”斧鬼”と言えば間違いなくA級闘気使いの筈。それを打ち倒すとは……いやはや、恐るべき少年だ」
ブリック共和国の斧鬼グンバルといえば、帝国の闘気使いたちを幾度も退けてきた名将だ。それを一騎打ちで倒したとなれば、今回の一級戦功は間違いなくあの奴隷兵に送られるだろう。
「……それだけに惜しい。実に惜しいな。いやはや勿体ない」
「左様ですな、ツアン将軍。奴隷なんぞにあれ程の首級を取られるとは……」
「やはり我々の部隊も前に出していた方が良かったのでは?」
いたずらに兵を失うことも無いと、ツアン将軍隷下の部隊は無難な配置場所へと下げておいたのだ。だが今回はそれが仇となってしまった。
本日の戦は今のところ帝国軍の優勢となっている。勝ち馬に乗り損ねた士官たちは私も含め、皆が悔しそうにしていたが、それでもツアン将軍は笑っていた。
「貴君ら、何か勘違いをしているようだな?」
「……は? 勘違い、でありますか?」
私は思わず尋ねると、ツアン将軍は更に口角を上げて笑みを浮かべた。
「私はあの少年が死ぬのが”勿体ない”と言ったのだよ。”斧鬼”を倒すとは成程、確かに彼は逸材なようだ。クレイン将軍が囲うのも納得の強さだ。だが……」
将軍は一度言葉を止めると、戦場の奥を指差した。そこは共和国の本陣があるとされている場所だが、どうも様子がおかしい。重装備の騎馬隊が今更前線へと動き始めていたのだ。
「ほれ、早速動きおったぞ。あの小僧は共和国の眠れる獅子を呼び起こしてしまったのだ」
「眠れる……獅子? ま、まさか……!?」
その言葉でこの場にいる全員が思い至った。とある男の名を……
「やはり来ていたか”白獅子”め! 共和国最強の守り手にして”斧鬼”の師、ヴァン・モルゲン……!」
その名は帝国の怨敵である、共和国に三人しかいない大将軍の名であった。
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