第3話 鉱山奴隷→奴隷剣闘士→帝国奴隷兵

 軍用馬車で帝国最北端の地に連れてこられた俺は、クレイン将軍旗下の北方第三師団へと放り込まれた。


「ドニグ師団長、この子は私直属の奴隷兵だ。大事に使ってくれ」

「イエス、マム!」


 その一言だけで麗しの女神様は去ってしまった。


(うそーん!? ママぁ、置いてかないでぇ!?)


 心細くて思わず母呼びしてしまったが、彼女はまだ未婚で20代成り立ての貴族ご令嬢だ。貴族としては行き遅れの部類だが、婚約希望者が引く手数多のアイドル的存在でもある。


 一方の俺は推定12才だ。正確な年齢は分からないが、10才くらいだと推測したあの覚醒した日から二年と少しが経過していた。


(多分12才だな、うん。精神年齢で言うのならクレイン将軍以上だと思うけれど……)



 ドニグ師団長は俺を一瞥すると、彼の横に居た上級士官に声を掛けた。


「ゴーヒュ大隊長、この新兵を案内しろ」

「イエス、サー!」


 そこから俺はゴーヒュ大隊長に連れられ


「アラン中隊長、この奴隷兵を預ける」

「イエス、サー!」


 中隊長に預けられ


「ガレイン小隊長、この三等兵は今日から君の隊員だ」

「イエス、サー!」


 最後には小隊長へと押し付けられ、俺はめでたく北方第三ドニグ師団・第八ゴーヒュ大隊・第一アラン中隊・第三ガレイン小隊所属の兵士となった。


(長いし複雑でワケ分からん!)


 コントでも見せられている気分だ。まさか帝国軍人は上官相手に“イエス”しか発言が許されていないのだろうか?


(ああ、帝都の生活が恋しい……)




 ガレイン小隊は隊長であるガレイン上級一等兵を含め、たった五人しかいない。


 ここで帝国の軍事情報を少し整理しよう。


 中隊には八つの小隊が有り、約40人規模構成

 大隊には八つの中隊に後方支援隊込みで約400

 師団には全部で十の大隊が存在し、総勢4,000人以上の大所帯となる。


 ちなみに俺のご主人様、クレイン将軍は三つの師団を指揮下に置いている。総勢一万以上の兵を束ねる軍団長という立場だ。いやはやとんでもない傑物であった。



「今日からうちの隊に入る新人だ。おい、挨拶しろ!」

「は! 自分はケルニクス三等兵であります! どうぞ宜しくお願い致します!」


 自己紹介と言われても、元鉱山奴隷で奴隷剣闘士としか経歴が無いので、敢えて簡潔に挨拶した。ただ自分の首元にある隷属の首輪と三等兵という身分から、各々が俺の立場を察したようだ。


「うちの隊は明後日の早朝に前線拠点へと進軍する。それまではテオ二等兵、貴様が新人の面倒をみてやれ!」

「イエス、サー!」


 彼は俺よりも年上だが、それでも十代後半くらいの若僧で、体つきも細く、正直言って頼りなかった。


「おい、お前! 俺がこの隊のルールを教えてやるから、耳の穴かっぽじって良く聞けよ!」

「……イエス、サー!」


 俺は恐らく前世では年下だと思われるクソガキにいきり散らされながら、小隊のルーチンを叩きこまれた。




 二日後、ガレイン隊長の宣言通り、我が小隊は前線へと向けて進発した。当然俺たち五人だけでなく、複数の大隊規模が揃っての進軍だ。既に共和国との戦端は開かれており、俺たちはその戦いの第三陣として最前線に送り込まれる予定だ。


 現在は先陣を切った兵士たちに代わり、第二陣が戦線を維持し続けているようだが、その彼らが押し込まれるような事態に陥れば、いよいよ俺たち第三陣の出番という訳だ。


(おいおい、戦力の逐次投入って駄目なんじゃないの?)


 俺は素人考えの知識でそれとなく先輩たちに聞いてみたが、どうやら戦場であるクレシュプ街道周辺は岩場や森などで狭い地形らしく、これ以上増員しても効果が薄い場所だそうだ。


 なら他の場所で戦えばいいじゃんと思ったのだが、既に幾つかの場所でも他の師団が共和国軍と交戦中らしい。それに戦地の変更は容易ではない。


 うん、ごめんなさい。素人が余計な口を挟みました……


 上もそこまで馬鹿ではないらしい。






 定時連絡を受けた小隊長が顔を顰めた。


「……思ったより押されていやがるな。おい、テメエら! 何時でも出られる準備をしておけ!」

「「「イエス、サー!」」」


 最近この言葉しか口にしていない。


 試しに小隊長へ気軽に話し掛けてみたらぶん殴られてしまった。闘気でガードしていたから全く痛くなかったけど、こいつも“後で絶対天誅を下すリスト”に入れてやろうか?


(……いかんなぁ。奴隷スタートなだけあって、思考がどんどん過激になっていく)


 この世界の命はなんと軽い事か。前世の記憶は朧気だが、ここはどう考えても異常な世界だ。そして俺もそれに毒され始めていた。


 日本人の普通の感覚なら、戦争など忌避すべきものの筈なのに全く抵抗感がないのだ。そもそも俺は奴隷兵の身分なので拒否権すら無いわけだが、きっと倫理観とやらは鉱山にでも置いてきてしまったのだろう。


 だから相手の国についてもそこまで知ろうとしていないし、どっちが正義でどっちが悪かも俺には関係が無い。どうせ帝国側からそれを調べても「正義はこちらにある」と謳っているだけだろうし、仮に共和国側が正しいのだとしても、俺は言われた通りに敵兵を殺すだけの存在だ。


 今回の奴隷契約は幾つか細かな条件が盛り込まれているが、大雑把に言うと、“共和国倒せ”、“味方に刃を向けるな”、“共和国を打倒するか、一級戦功を取れたら奴隷から解放するよ”といった内容だ。


(……帝国は、共和国以外は眼中無し、か?)


 大陸西部地域には、我がヤールーン帝国以外に三つの大国が存在する。帝国領の北に隣接するブリック共和国、北東に聖エアルド教国(通称聖教国)、そして西側にあるキュラース皇国だ。


 北の共和国とは過去幾度も戦をしている犬猿の仲だが、聖教国とは一度も争った歴史が無い。あそこは宗教が母体の国なので、その辺りを刺激しなければ大人しいそうだ。


 ただ西にある大国、キュラース皇国だけはあまり情報が入らなかったのだ。隣国なのに皇国関連の情報は統制でもされているのか、帝都の図書館でも僅かにしか知識を得られなかった。


 最近あの国と戦争したという記録も無いので、仲が良いのか、それとも互いに無干渉なのだろうか? 色々と謎の多い国だ。


(ま、俺は共和国さえぶっ倒せば、それでいいけどね)


 共和国に恨みはない。だが俺が帝国の奴隷兵である以上、俺の明るい未来の為に共和国兵には不幸になってもらう。責めるのなら、こんなくそったれでハードな世界を呪うといいさ。




 ガレイン小隊長の読み通り、俺たちの出番は早々にやって来た。共和国は思った以上に手強いのか、前線から帝国兵たちがボロボロになって戻ってきた。


「アラン中隊! 前に出るぞ!」


 我が小隊直属の上司でもあるアラン中隊長が檄を飛ばした。彼はガレイン隊長よりも若い青年だが実力は確かな様で、中隊のそれも一番隊を任されているエリート士官だ。階級も中隊長職ではトップの上級二等士官でしかもハンサム。噂では性格もイケメンらしく、一般兵にも優しいそうだ。完璧聖人か!?


(小隊長はくそったれだが、中隊長様の為にも頑張るとしますか!)


「弓兵、用意せよ! …………斉射!」


 号令と共に味方の弓兵たちが一斉に矢を放った。敗走する友軍を追っていた共和国兵たちが次々にその餌食となる。中には闘気使いもいたのか、矢を受けても平然と追ってくる強者もいたのだが、そんな奴にはこちらの闘気使いが放った矢を集中してプレゼントした。


「ぐ、ふぅ!?」


 己の力を過信したのだろう。闘気自体には遠距離攻撃手段は無いが、矢に闘気を籠める事は出来るのだ。ただし籠めた闘気を遠隔で維持できる距離はたかが知れているので、至近距離でないと効果が薄い。単にあの敵兵は近づき過ぎた間抜けなだけだ。


(馬鹿な奴。纏っている闘気と脳みそが足らなかったか……)


 俺も同じ闘気使いで実力もそこそこあると自負してはいるが、決して過信はしない。なにせこの世界はハードモードなのだから。




 やがて共和国も引き際を弁えたのか、追撃の手が止まり、両陣営膠着状態となった。


「敵、弓兵部隊に動き有り!」

「防御陣形! 攻性神術弾に注意しろ!」


 攻性神術とは神術の中でも射撃や破壊に特化した神術の名称である。簡単に言うと攻撃魔法だ。


 指示が飛ぶと俺たちは急いで盾を横や頭上に展開し、その陰に隠れた。今回は俺も小さい盾を持ってきている。俺のメイン武器は当然二本の小剣だが、遠距離では攻撃手段が何もないので防御用に小盾も用意してきたのだ。


 共和国陣営から放たれた矢が次々と降り注いでいく。中には闘気が籠められている矢もあったが、この距離なら恐れるに足らず。盾にも闘気籠めているし頑丈なのだ。


 だが、神術だけは厄介であった。


 突如、俺たち小隊の右に位置する隊が爆発で吹き飛ばされた。


「うわぁ!?」

「神術の爆撃弾だぁ!!」


 見ると、そこには爆弾でも落とされたのか、鉄製の盾がひん曲がっており、爆風で数人の兵士たちが負傷していた。少ないながら死者も出ていた。


(うわぁ、やはり魔法は侮れないな。だが、あれくらいなら俺の闘気でも耐えられるか?)


 神術の威力は十分想定の範囲内ではあったが、一方的に攻撃される状況は好ましくない。かといって俺一人前に飛び込んだところで蜂の巣にされるのがおちだろう。


 そもそも今回の戦争、序盤は実力を隠す事に決めていた。


(集団戦は目立つ奴から真っ先に狙われる。まずは味方や敵がどの程度やれるのか、実力を見定めてやる!)



 結局、初日は遠くからチクチク打ち合っただけで共和国側があっさり兵を引き上げた。向こうとしては第二陣を退けて前線を押し上げたので、戦果としては十分なのだろう。


 相手側は連戦での疲労も考えて引いたに過ぎないが、こちらの上官は味方の士気を高める為に帝国側の勝利だと声高に叫んで鼓舞させた。


「本日は勝利したが明日は激戦になるぞ! 少しでも休んで各自英気を養え! 各小隊長は一時間後、作戦室に集合しろ!」


 これから師団長、大隊長クラスで話し合いが行われた後、中隊長以下に落とし込みでもあるのだろう。その作戦内容次第では、明日の戦場はもっと地獄と化すだろう。


(……はぁ、何時になったらベッドで寝られるようになるのか)


 俺はため息をつきながら夕食の配膳列へと並ぶのであった。






 前線に出て二日目、俺たちはガレイン小隊長から作戦の内容を告げられた。


「アラン中隊は陽動作戦を敢行する。当然、我々小隊も参加だ」

「よ、陽動……でありますか?」


 先輩一等兵が小隊長の告げた内容に動揺を見せる。上官の言葉にイエス以外の台詞を吐くのは大変珍しく、ガレインはそんな先輩をジロリと睨みつけた。


「……ふん。確かにこの任務は危険だが、やる価値はある! 我々が右翼に突撃すれば、当然向こうもこちらに攻撃を集中し、その分他が手薄となる。その間にゴーヒュ大隊長率いる主力部隊が一気に前線を押し上げる手筈だ」


 確かに利に適っている作戦ではあるが、それはあくまで全体を客観的立場で見た話だ。貧乏くじを引かされる我が隊にとっては正に悪魔的な作戦と言えた。


「安心しろ! 突撃と言っても死んで来いという訳ではない。作戦成功の判断が下されれば撤退指示もすぐに出る。何より、この作戦で一番難しい局面を任されているのだ。生還の暁には昇進も確約されている」

「ほ、本当ですか!?」

「おお!? これで俺も上級三等兵か!」


 先輩たちが嬉しそうに歓声を上げている中、俺一人だけが仏頂面であった。


(俺は奴隷兵だから昇進できないしぃ! ずーっと三等兵のままだしぃ!!)


 そうなのだ。困った事に奴隷兵は昇進する事ができないのだ。


 奴隷の挙げた戦果は全て主人の手柄となる。同じ三等兵でも強制徴兵された者ですら二等兵に昇進できるし、そもそも志願兵ならばテオのような若者でも二等兵スタートなのだ。つまり俺の扱いは永遠に新兵や見習い以下なのだ。


(本当にくそったれなシステムだ。考案した責任者、出て来い!)


 まぁ、俺にも何のメリットが無い訳ではない。多少なりとも手柄を挙げると、それだけ奴隷解放にも近づくそうだ。具体的にどれくらいの奴隷期間が免除されるのかは細々とし過ぎていて把握できていないが、敵の大将首を持ち帰れば一発解放らしいので、今回は士官クラスを二、三人討ち取れれば上出来だろう。


「さぁ、野郎ども! 戦の準備をしやがれ!!」

「「「「おおっ!!」」」

「おー……!」


 一人やる気なさそうに俺は拳を突き上げた。








「そうか、もう第三陣を投入したのか……」

「はっ! 共和国兵は妙に張り切っている様子で、クレシュプ街道は現状押され気味とのご報告です!」


 女秘書官ハスネィの報告書に目を通しながら、私は顔を顰めた。


「あの地は狭いからな。兵の質を高める為にもあの子を送ってみたが、向こうもかなりの手練れを揃えているようだな……」

「あの子? ああ、クレイン様がスカウトした、あの少年奴隷兵ですか?」


 ハスネィ秘書官の問いに私は頷いた。


「あの子を鍛える意味でも面白い戦地だと思って送り出してみたが……早計だったかもしれないな」


 想定していた以上に共和国側の軍勢は強そうだ。


「でも、あの”剛鬼”を倒した負け無しの剣闘士でしたよね? 十分強いのでは?」


 ハスネィの言葉に今度は首を横に振って応えた。


「あの程度の闘気使いなら貴族出のエリート軍人であればごまんといるさ。ただ元平民で、しかもあの若さであそこまで強いのは稀だけどね。素質は十分にあるよ」


 だからこそ将来性を買ってわざわざ直属の奴隷兵として契約を結んだのだ。下種な者たちからは“将軍は年下の少年好き”などと陰口を叩かれているみたいだが、私は至ってノーマルだ!


(まぁ、確かに年下も悪くはないが……後5年、いや4年くらい歳をとれば……ありかな?)


「でしたら、今からでも呼び戻しては如何でしょう? さすがに奴隷兵一人を下がらせたところで、戦況には何も影響ないでしょうから文句も出ませんよ?」

「う、うむ……いや、駄目だ!」


 そんな真似をしたら、増々年下好きのレッテルを張られてしまうではないか!


「……ここは心を鬼にして、彼の無事を祈ろうではないか!」

「閣下……それほどまでにあの少年を信頼されておられるのですね」


 何やら勘違いをさせてしまったようだが、遠い帝都の地から少年の無事を祈った。






 だが、クレインは知らなかった。


 闘技場で観たケルニクスの実力が、強力な呪いの効果によって制限されていた結果に過ぎないという事実に…………








◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


別作品

「80億の迷い人 ~地球がヤバいので異世界に引っ越します~」

https://kakuyomu.jp/works/16817330662969582870


こちらは不定期20:00更新で連載しております

宜しかったら読んでみてください!

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