第2話 最強の剣闘士
『さぁ、いよいよやって参りました、本日の大一番! まずはメッセナー闘技場が誇る最強の剣闘士、”
割れんばかりの歓声と共に俺は闘技場の舞台に姿を見せた。
「双鬼ぃ! 今日もお前で稼がせてもらうぞー!」
「今日で最終戦と言わず、今後も出てくれー!」
「「双鬼様ぁああああっ!!」」
俺は勝ちに勝ち続け、最早この闘技場内では敵なしのチャンピオンとなった。最初の頃とは打って変わって俺にもファンができたのか、こうやって声援を送ってくれる者も多数いた。
その中には妄信的なファンもいる。初戦で俺に
これまで負け無しなので、相当儲けているに違いない。
(ちょっとは俺にも取り分くれよ!?)
二刀流で戦うスタイルが原因なのか、俺は何時の間にか
(誰が鬼だ! 子供にこんな殺し合いさせるテメエらの方が鬼畜生だろうが!)
だが、こんな掃き溜めの生活も今日で終わりだ。俺は今日必ず勝って100勝目を挙げ、そして奴隷身分から解放されるのだ!
『続いて挑戦者の入場です! なんと、帝都の闘技場からわざわざ足を運んでやってきた史上最強の剣闘士、”剛鬼”ガランサ選手ぅ!!』
「「「うぉおおおおお!!」」」
「あれが”剛鬼”か!? 俺、初めて見た!」
「生涯負け無しの正真正銘の化物だぞ!?」
「さすがに今回は双鬼も死んだなぁ……」
観客が歓声を通り越しどよめいていた。目が覚めたら奴隷生活だった俺はあまりモノを知らないが、どうも対戦相手は超がつくほどの有名人らしい。
(……大丈夫。やる事は変わらない! 死力を尽くすのみだ!)
こっちだって99戦全勝している負け無し剣闘士なのだ。
だが、相手が剛鬼だと知った観客のほとんどが、俺の生存を絶望視する声を上げ始めた。
「あーあ、これで双鬼も終わりだな。あいつは通算300勝以上の最強剣闘士だぜ?」
「しかも最近のケルニクスは怪我が癒えていないのか、動きに精細さが感じられん」
「こりゃあ挑戦者に賭けるべきだな」
確かに俺はこれまで負け無しで勝ち続けてきた。だが途中から挑戦者のレベルが上がると、薄氷の勝利を続けるようになっていた。前回の戦いもようやく勝ちを拾ったという状況で、それを知っている常連客たちは剛鬼ガランサに賭け金をつぎ込んだ。
「くっくっく、俺と同じ“鬼”の名を冠する剣闘士が出たと耳にして来てみれば、まさかこんな小鬼だったとはなぁ」
対戦相手のガランサが挑発してきた。
「知るか。俺が好き好んで名乗っている訳じゃない。鬼はテメエに返上してやるよ」
「威勢だけは良いなぁ。そんな生意気だから、お前は主に嫌われたのさ。お前の主人はわざわざ帝都に足を運んでまで、俺に貴様を殺すように依頼してきたぜ?」
ガランサが顎で指し示した先には、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべている
アイツがラストの試合に強敵を当ててくるなど、当然俺は予測済みだ。
あのブタ野郎は俺が必死に勝ち続けている様を高みの見物で楽しみながら、最後の最期で絶望を与えようとでも考えたのだろう。ほんとクソ野郎の思考は読みやすい。
隷属の首輪による呪いも限界まで高まっており、常人であれば立っている事もままならない状態だろう。
だが――――
「……悪いが、あのブタ野郎の計画に加担した時点で、アンタの未来は決まっている。せいぜい俺の糧となるよう足掻いてくれ」
「……貴様ァ、どうやら相手の力量も分からねえようだなぁ」
「その言葉、そっくりお返ししてやるぜ?」
お互い言いたい事を言い終え、いよいよ試合開始となった。
「おら、まずは挨拶に一発ぅ!!」
剛鬼ガランサはその名の通りの剛腕なようで、俺の身体より大きい大剣を軽々と振り下ろしてきた。それを俺は難なく躱す。地面に叩きつけた衝撃で砕け散った破片が飛んで来るも、闘気を纏った俺の身体にはノーダメージだ。
「よく避けたなぁ! なら、こいつはどうだ!」
さっきはお遊びだったのか、今度は倍ほどの速度で大剣を横なぎに払った。だがそれも俺はしゃがんで悠々と躱す。
その後も剛鬼は徐々に攻撃速度を上げ、何度も大剣を振るうも、俺は全てを躱した。どうやら俺は馬鹿力だけでなく反射神経も良いようで、同僚の闘剣士がそれを褒めてくれていた。この程度の攻撃速度であれば、わざわざ受ける必要などないのだ。
「ちぃ、何故当たらん! テメエ、呪いの所為で死にかけだったんじゃあねえのか!?」
「おいおい、大事な100勝目が掛かった試合にコンディション不良で出る訳ねえだろ? 俺はピンピンしているぜ? すこぶる快調さ!」
実は俺は数カ月前から一芝居打っていた。
このまま呪いを強められた上、相手の強さも際限無しに上げられたら、こっちも何時か限界が来るのではないかと危惧した。仮にそれらを乗り切ったとしても、あの性格の悪いブタの事だ。更に何か良からぬ策を講じてくる恐れもある。
だからその必要もないと思い込ませるよう、徐々に追い詰められ、日々弱っていく
「ば、馬鹿な!? あいつは今朝まで呪いでヘロヘロだったはず……これは一体どういう事だぁ!?」
観客席でブタ野郎が何やら喚いているが、もう全てが遅い。
(さすがに試合中では介入してこれないだろう?)
試合前なら兎も角、なまじ大金の絡む賭け試合なだけに、試合中の不正行為など誰にも許される訳がない。故に、ブタ野郎はただ外野でブウブウと喚き続ける他ないのだ。
俺はニヤリとブタ野郎を挑発するように笑みを浮かべると、奴は醜い顔を更に皺くちゃにしていた。これで少しは溜飲が下がった。
さて、そろそろ目の前の対戦相手に集中するか。
前情報とは違い、元気そうにしている俺にガランサは困惑していた。
「だ、だが……いくら呪いの影響が無いとはいえ、この俺様の攻撃を避けられる筈が……!」
「あん? 何を勘違いしてるんだ? こちとら、しっかりと呪いは掛かってるんだよぉ!」
実際今でも呪いの効果でアホみたいに体力を奪われ、その他諸々のデバフを受けている状態だ。まぁ、慣れれば短時間運動するくらい問題ないけどね。
「だったら……何故!?」
「簡単さ。呪いを受けていても尚、俺の方がお前より強い。それだけさ」
少年の身体の一体何処にこんなパワーが秘められているのかは謎だが、成長するにつれ、俺は身体能力がぐんぐん向上していった。その上、99戦も命がけの実戦で特訓し続けてきたんだ。剣技も闘気の扱い方も、もう十分に学べた。
俺はガランサに剣先を向ける。
「後はメインディッシュのお前を片付けて俺のハードモードな
「く、訓練だとぉ!? ふ、ふざけるなぁ!!」
矜持が傷つけられたのか、ガランサは俺へと大剣を振り下ろす。今日一番の鋭い一撃だが、俺はそれをあえて剣で受け止めた。しかも片方の剣だけで。
「な、なにぃ!? 俺の全力の一撃を……っ!?」
「さすがは剛鬼、ボロの剣が折れそうだ。俺の闘気が籠められていなければやばかった……なぁ!」
俺はフリーなもう一方の剣で奴の腕を斬り飛ばし、続けざまに懐へ飛び込むと、身体を回転させながら首を撥ね飛ばした。
直後、悲鳴と怒声に歓喜の入り混じった声が場内へと響き渡った。
『つ、強い! あの史上最強の剣闘士”剛鬼”が全く相手にならなかったぁ! 我らがチャンピオン”双鬼”の完・全・勝・利だあああ!!』
アナウンスの勝利宣言に、俺に賭け金を投じた者は勿論、外した客ですら俺のことを褒め称えた。
「やっぱお前はすげえぜ!」
「双鬼ぃ! お前が最強だぁ!」
「これで引退なんて嫌ぁあああ!!」
「「双鬼ざまあ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」」
(もう見世物で殺し合うのはうんざりだ……)
ほんの少し、ちょっぴりだけ後ろ髪を引かれたが、俺はそのまま闘技場を後にした。
それから俺は闘技場内に設けられている応接室へ案内された。
そこには俺のくそったれなご主人様と、この闘技場の支配人、それから見た事の無い女騎士と大勢の兵士たちがいた。
「さて、双鬼ケルニクスよ。君は見事100勝を果たし、これで契約は履行と成った」
奴隷剣闘士の契約書は基本主人が所持しているが、その写しは闘技場の支配人も保管していた。
支配人からもお墨付きを貰い、これで俺は晴れて奴隷身分から解放された訳だが、それにしてはどうも様子がおかしい。大体、俺を囲う様に立っている兵士たちは一体なんなのだろうか?
「おめでとう、ケルニクス君。これで晴れて君は刑期を償った事になるね」
何故かこの場に居合わせていた女騎士がようやく口を開いたかと思うと、とても奇妙な事を口走ってきた。
「……刑期? 俺は犯罪奴隷だったのか?」
「ん? 知らなかったのか? 君の罪状は読ませて貰った。カール村のケルニクス、領主の子息に暴力を振るった罪で100年間の鉱山奴隷を言い渡されているね」
「……初耳です」
(おい、記憶をなくす前の俺ぇ!? 一体何をしでかしたんだ!?)
だがこれで納得がいった。どうりで鉱山が枯れても俺一人だけ奴隷から解放されない訳だ。しかし、貴族に手を上げた割に即打ち首とならなかったとは……案外この国は優しいのか?
「まぁ、そのカール村を馬鹿貴族が焼き討ちにしたから、怒った君が反撃した訳だし、災難だったな」
ケルニクス少年、全然悪くなかった! むしろ正当防衛だ!
「その、カール村に生き残りはいるんですか? 俺の両親は……」
「……残念ながら生存者はゼロらしい。焼き討ちの理由も正当性が無かったので、その貴族は爵位が降格となった」
こっちは家族知人皆殺しの上奴隷落ちで、貴族の方は爵位が落ちただけかよ!? 本当にこの国はクソだなぁ!
「それで本題に移る。君は剣闘士として100勝を挙げ、その特赦として100年分の刑期を免除された。けど、それを快く思わない貴族もいてね」
まぁ、確かに向こうからしたら、一生奴隷暮らしで終える筈の怨敵が我が物顔で釈放されたら面白くは無いのだろう。実際には相手側の落ち度であったとしても、だ。それほど貴族と平民では扱いに差があるのだ。
「そこで、君には新たな奴隷契約を結んでもらう。主人は私、種別は奴隷兵だね」
「…………はああああぁ!?」
俺が奴隷身分から抜け出るのには、まだ時間を要する様だ。
新しいご主人様の奴隷となって三カ月……俺は今、帝都にいた。
俺がいるこの国はヤールーン帝国という大陸有数の大国だそうだ。この地はオラシスと呼ばれる大陸だそうで、この惑星のどの位置にある大陸かなどは一切不明だ。
そもそも、この地に住む人々は惑星だとか世界が丸いという概念もまだ無いようで、他の大陸からの来訪者も、稀に船で流されてやってくる言葉の通じない漂流者だけの有様だ。
(ふむ、大陸間の航行はまだ難しいのか?)
故にこのオラシスに住む人間の大半が、この大陸こそが世界の全てだと思い込み生活を営んでいた。
俺は前世の知識があったので、地平線が存在し、太陽や月、それに星々が地球と似たような動きをしているのを観測して、やはりここは丸い惑星なのだと確信している。きっと地球並みに大きい惑星だ。間違いなく他の大陸も存在し、そこでも独自の文明が築かれているに違いない。
(ま、他の大陸に行く機会など、多分無いだろうけどね)
今の俺は船旅を楽しむどころか、この軍事施設内から出る事すらも禁じられている。それでもこの施設内には図書館もあり、持ち出しこそできないが読書を楽しむこともできるので、こうやってこの世界の知識を蓄える事ができたのだ。
「む、ここにいたかケルニクス三等兵! クレイン閣下がお呼びだ! 至急出頭せよ!」
「は! 了解です!」
俺は二階級上の上官に帝国式の敬礼をすると、直ぐに読んでいる本を返却し、第七指令室へと急いだ。
ここは帝都にある軍事施設だが、別に軍隊が駐屯しているわけでも、ましてや防衛基地でもない。まぁ、軍部の役所のような場所だと俺は捉えている。軍の細々とした手続きや書類仕事などはこの施設で行われているらしい。
帝国には王直轄の軍を除き、七つの軍団が存在する。それぞれの軍団には将軍、副官、参謀、大隊長などの責任者が常駐し、そのずっと下に俺のような奴隷兵が配属されている。
尤も、俺のような奴隷や徴兵された兵士は最下級の三等兵という身分で、本来であればこの施設内に居るのも場違いなのだ。
それがどういう訳か、俺は新しいご主人様の奴隷になると、まず初めにここへ連れてこられたのだ。
目的地である第七指令室に辿り着いた。軍団が七つある為、指令室が七つもあるのだ。最初は間違えて他の指令室に入りかけて怒られた。
俺は扉をノックし、許可を取ってから入室した。
「ケルニクス三等兵、出頭しました!」
「ああ、最近様子を見ていなかったが元気そうだな、ケルニクス」
そう挨拶してきたのはメッセナー闘技場から俺をここまで連れ出してきた女騎士、クレイン将軍であった。
驚いた事に、俺の新しいご主人様は帝国の将軍様だったのだ。どうしてそんな身分のお方が俺なんかを連れ出したのかというと、これには色々と複雑な事情がある。
手持ちの駒が少ない将軍閣下が帝都で有名な”剛鬼”をスカウトしようとしたらメッセナーに遠征中で、その試合を見に行ったら俺が殺しちゃったので代わりにテイクアウトした。
(あれ? 一文で説明できちゃったな……)
まぁ、クレイン将軍は”双鬼”の噂も帝都で耳に入れていたようなので、ついでにスカウト出来ないか事前調査済みだったらしい。そういった理由で今の俺はクレイン将軍直属の奴隷兵という身分に相成った。
本来であれば雑兵である俺如き、下っ端にスカウトさせて小隊にでも放り込んでお終いであったのだが、最後の試合で実力を見せ過ぎたか、クレイン将軍が俺の事を甚く気に入ったようなのだ。
(美人な将軍様のお気に入りというのも満更じゃないけどね)
しかも彼女は俺が読み書きを出来ない事を知ると、ここ帝都の軍事施設にまで連れてきて、わざわざ部下に俺の教師役を命じたのだ。お陰様で最低限の読み書きが出来るようになった。言葉は元々の身体が覚えていたのか、何故か最初から話せていたので問題ない。
「最近は図書館通いをしているそうじゃないか。もう読み書きはバッチリだな?」
「はい! お陰様で日々学ばせて貰っております!」
ここの食堂は軍人であれば朝昼夕と無料で食べられ、小さいが個室まで与えられている。これまでの事を思うと、まさに天国のような環境だ。新たなご主人様も、前のブタ野郎と比べるのも烏滸がましいほど優しく、まるで女神様のようなお方だ。
(そうだ、今までが異常過ぎたんだ! これまでは難易度設定バグってるチュートリアルだったが、こっからはイージーモードで快適な異世界奴隷生活を満喫するぞ!)
「そうか! それは良かった。ならこれを読め。君に辞令だ」
「……辞令、ですか?」
「ああ、共和国との戦争が始まった。君には最前線に出てもらう」
……やはりこの世界はハードモードだったようだ。目の前の女神様がほほ笑む姿を見て、俺はそう再認識させられた。
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