ハードモードな異世界を征け!
ヒットエンドラGOン
第1章 帝国奴隷編
第1話 ハードモードな世界のチュートリアル
俺の記憶はボロ小屋の寝床から始まった。
前世の俺は日本で普通に生活していた成人男性……らしい。
あやふやな表現なのは、前世の記憶が酷く曖昧だからだ。基本的な常識は大体覚えているのだが、自分が一体何者で日本ではどのような生活を送っていたのか、家族構成や自身の名前すらも思い出せずにいた。
今世? の俺は小さな黒髪の子供……恐らく10才前後だろうか。全身のあちこちが汚れていて手は豆だらけである。僅かに記憶のある日本時代の俺とは明らかにかけ離れた存在に初めは戸惑った。
前世の自分を自覚し始めてから一カ月後、最初は違和感だらけであったが、徐々にこの少年の身体にも慣れてきた。
「おい、小僧! そこの土も運んでおけ!」
「はい!」
俺は見張りの兵士に言われた通りに、お粗末な皮袋に土を入れて、指定された外の廃棄場所へと運び続けた。
どうやら今の俺は鉱山で働いている奴隷の身分らしい。この事実に気が付くのに二日を要した。更にこの地獄のような環境を受け入れるのに二週間、一カ月後には見張りに殴られる前に一通りの仕事がこなせるようになったが、それでも憂さ晴らしがしたいのか、時折兵士に殴られるハードな日々を送っていた。
(人間は、環境に慣れる生き物なんだな……)
できればこんな劣悪環境に馴染みたくなどなかったが、反発したところで余計な体力を消耗するだけだ。
俺と歳の近い少年奴隷が過労や病気で倒れ、そのまま還らぬ者となった光景を何度も見てきた。例えそれが近い将来の俺の姿だったとしても、今はとにかく少しでも生き永らえようと懸命に働き続けた。
俺は黙々と作業を熟しながら、自分の身に降りかかった出来事について思い耽る。
(これって異世界転生ってやつなのか? 奴隷や兵士たちの話だと、魔法もある世界のようだし……)
正確には魔法ではなく”神術”というらしいが、指から火を出してタバコのようなモノを吸っている兵士を見た時には驚かされた。あれが噂の魔法……神術で間違いあるまい。
どうせなら鉱山奴隷なんかではなく、貴族の嫡男とか大商人の子息に生まれ変わりたかった。そこで神術を学んで強くなり、いずれ成り上がるのだ!
いや、この際贅沢は言わないので、平民で良いからやり直したい。
(転生ってリセマラできないの? 糞仕様だな!)
馬鹿な事を考えていたら、何時の間にか本日の仕事も終えていた。
(ふぅ、何とか今日も生きているぞ……)
この身に生まれ変わって、日本に生まれ育った事が如何にイージーモードだったのか思い知らされた。
今の俺はベリーハードモードをプレイ中の身だ。死んだら次の転生は……恐らく無いと思った方が賢明だろうな。確証もない来世に期待して自害するほど、俺の神経は図太くない。死ぬまでは足掻いてやるつもりだ。
そんな不幸な俺だが、僅かな希望もあった。
最近奴隷たちが噂している話だが、この鉱山もいよいよ鉱石を採り尽くしたのか廃鉱寸前で、近々俺たち鉱山奴隷もお役御免となるそうだ。
(……やっと奴隷身分から解放されるのか?)
楽観的思考ではあるが、そんな希望でも持たなければ日々の辛い仕事には耐えられそうにもない。
ちなみに鉱山奴隷のほとんどが犯罪奴隷か戦争で奴隷身分に落とされた者たちだそうだが、俺が一体どういった経緯でここに送り込まれたのかは覚えていないのだ。兵士に尋ねてもパンチが返って来るだけなのを、俺は転生初日で学んだ。
同年代の少年たちの中には人攫いにあって連れてこられたと主張する子もいたので、きっと俺もそうなんだろう。
いやはや世も末だ。
もし俺が自由になったら、まずはここの兵士共を皆殺しにしてやりたい。彼らも仕事故に仕方ない立場なのかもしれないが、こっちからすればそんなもの関係ない。人攫いも見張りも、それで儲けている連中全員が俺の敵だ!
俺は殺意を押し殺しながら、黙々と働き続けた。
それから一年後、いよいよ噂が現実となり、鉱山は目出度く廃鉱となった。
そして俺はというと――――
「――――お前はこっちの馬車に乗れ!」
連れて行かれた先は闘技場であった。
俺が今まで居た場所は帝国にある鉱山の一つであったらしい。
帝国には娯楽として幾つもの闘技場が設けられているが、俺が連れてこられたメッセナー闘技場は、奴隷剣闘士だけを集めた賭博場であった。
(鉱山奴隷の次は奴隷剣闘士かよ……)
同年代でここに送られたのは俺一人だけであった。
「お前は力があるからな。俺が推薦しておいた」
鉱山を去る際に、俺を何度も殴ってくれた見張りの兵士Aがそんなふざけた事を言っていた。
(あのクソ野郎……顔覚えたからな!)
心の中にある報復リストに奴の顔と名前を刻み込んでおいた。何時かここを抜け出して自由の身になった暁には、あの兵士をぶん殴るという良い目標ができた。
俺は生まれつきなのか、他人よりも力持ちであった。同年代ではぶっちぎりで一番の怪力だったし、大人の奴隷たちにも腕相撲で負けた例がない。
だがさすがの俺も隷属の首輪だけは引きちぎれそうになかった。こいつの所為で俺は何時までも逃げ出せないでいる。契約違反を犯すと首輪が俺に呪いを掛けて行動を制限する仕組みのようだ。
(畜生! 児童相談所に訴えてやるからな!)
お陰様で俺はやりたくもない剣闘士にさせられた。
メッセナー闘技場のルールはあってないようなもの。武器、投擲、目潰し、金的何でもアリだ。
ただし、神術だけは使用禁止となっている。そのルールに関しては、寧ろ俺は助けられた方だ。
(俺、魔法もスキルも一切ないしなぁ)
この世界には魔法のような神術と、
だが折角の異世界転生だというのに、俺にはそのどちらも持っていない。怪力くらいしか取り柄が無かったのだ。
……本当にリセマラってできません?
メッセナー闘技場に連れて来られて二日後には俺のデビュー戦が組まれてしまった。俺は牢屋で飼われながら、試合開始の時刻を待つだけの身だ。
(おいおい、訓練もさせてもらえないのか!?)
闘技場というくらいだし、ある程度の訓練課程を熟し、腕を磨いてから試合に挑むものとばかり思っていたが、どうやら俺は未だにこのハードモードな世界を舐めていたようだ。
そして遂に試合開始直前、俺は選手入場口手前に設けられている部屋へと連れてこられた。
「好きな武器を選べ! 早くしろ!」
そこにはあらゆる武器や盾が用意されていた。ただし鎧などの装着する防具類は一切見当たらなかった。
仕方なく俺はボロの剣とボロの盾を手に取った。
(おいおい、これ、試合途中で折れちゃわない?)
武器を手に取ると見張りの男が槍でツンツン俺の背中を突いて、早く舞台に出るよう促した。
(おい! 人に刃物向けるなって親に教わらなかったのか! え? 奴隷は人じゃない? そうですか……)
俺は心の中にある“後で絶対天誅を下すリスト”にもう一名を加えると、ため息をつきながら闘技場舞台へと進み出た。
『さぁ! 今回のカードは異色の組み合わせだぁ! 剛腕の剣闘士オズマvs命知らずのルーキー、ケルニクスとの一戦だぁ! ケルニクス選手はなんと今回がデビュー戦となりまーす!!』
どうやら俺の名前はケルニクスというらしい。
鉱山では“お前”や“黒髪の小僧”としか呼ばれていなかったので、鉱山奴隷前の記憶が無かった俺は自分の名前すら知らなかった。ここで奴隷の再契約をする際に初めて己の名を知ったのだから本当に酷い話だ。
『オズマ選手はこれまで通算20勝している大ベテランです。果たしてケルニクス選手に勝ち目はあるのかぁ!?』
この世界には拡声器でも存在するのか、それを使ってアナウンスが場を盛り上げる為の口上を垂れた。
俺たちが姿を見せると観客たちが一斉にヤジを飛ばしてきた。
「おい、チビ! あっさり死ぬんじゃねえぞ!」
「オズマぁ! 相手は子供だ。手加減して殺してやれよぉ!」
「ざっけんな! オズマが秒殺するのに全財産賭けてるんだぞ!」
「さっさとぶっ殺せぇ!!」
運営が運営なら、観客共も全員糞だな。
アナウンスの話を信じるのなら、対戦相手は大ベテラン剣闘士ということだ。
(……成程、俺は噛ませ犬以下か)
どうりで訓練などさせてもらえず、そのまま試合に出されるわけだ。
今回の賭けは“どっちが勝つのか”ではなく、“俺がどのくらいで殺されるか”に焦点が置かれているのだろう。
出し尽くしたと思っていた怒りが底なしに膨れ上がってくるのを俺は感じた。人はここまで怒れる生き物なのだと感心するほどの怒りだ。
(……上等だぁ! 観客全員大損させてやる! 一番あり得ねえ配当出してやんよ!)
せいぜい俺に賭けなかった事を心底悔やむといい。
最初はいけ好かない奴隷商人たちの言いなりに戦うのは気が滅入っていたが、今の俺には理由が出来た。しかも相手の剣闘士、確かオズマと言っただろうか? こんな小さい子供相手に同情するどころか、どうやって殺してやろうかと舌なめずりしていやがるのだ。
(お前も天誅リスト入り決定! ま、直ぐに削除されっけどなぁ!)
剣と盾を持つ手に思わず力が入り、ミシリと嫌な音を立てていた。
おっと、手加減しないと戦う前に持つ所が壊れそうだ。
「それでは……試合開始!!」
審判の合図と共に、俺は盾を持った左手を大きく後ろに振りかぶった。前世の俺はどっち利きなのか覚えていないが、現世の俺はどうやら両利きらしいのだ。プロも驚きのスイッチピッチャーを熟せるくらいにはコントロールに自信がある。仕事以外だと石を投げるくらいしか遊びが無かったしね。
「くらえ!」
俺は左手に持った盾を相手の顔面目掛けてぶん投げた。
「なぁっ!?」
予期せぬ攻撃に相手は咄嗟に剣で盾を弾いたが、予想外のスピードと威力だったのか、あろうことかオズマは剣を落としてしまった。
俺はというと、盾を投げつけた瞬間、オズマ目掛けて一直線に駆けつけていた。オズマは剣を拾おうと屈んだが間に合わず、泣きそうな表情を俺に向けた。
「ま、待って――」
「――知らん、死ね!」
無慈悲に剣をオズマの喉に突き刺した。その瞬間、剣は俺の力に耐えきれず根元から折れてしまったが、刃先はしっかり喉を貫通し、当然オズマは即死だ。
審判が俺の勝利宣言をした直後、闘技場内は怒号が巻き起こった。
大半が大損したのだろう。ほとんどの観客が阿鼻叫喚であったが、おっさんと女性の二人だけは泣きながら大はしゃぎしていたのが印象的だ。
もしかしてあの二人……俺の勝利に賭けたのか?
(マジで? 正気か? 儲けを山分けしてくれないかなぁ……)
そんなことをぼんやり考えながら俺は舞台から去った。初めて人を殺した筈だが、不思議と良心は傷まなかった。そんなものは鉱山と共に置いてきてしまったようだ。
「貴様、なんて真似をしてくれた! 大事な客が大損したのだぞ!?」
見事デビュー戦を勝利で飾った俺は、何故か主人である奴隷商人に怒鳴られていた。
「……八百長は奴隷契約には含まれておりませんが?」
奴隷の種別やその契約方法は多岐に渡るが、別に奴隷だからと言って何でもかんでも主人が命令できる訳ではない。事前に両者納得の上で契約がなされ、其れに則る形で従うのだ。
(もっとも、俺は喉元に穂先を突き付けられながら強制的に契約を結ばされたがな……)
鉱山奴隷としての契約を終え、今度は奴隷剣闘士として新たに契約を結んでいた。その契約内容は以下の通りだ。
一つ、主人に危害を加える事を禁ずる
一つ、自害や逃亡する事を禁ずる
一つ、剣闘士として励まねばならない
一つ、剣闘士として100勝した暁には奴隷身分から解放される
奴隷解放の条件を必ず組み込まなければならないのが奴隷契約の面白い点だ。ちなみに鉱山奴隷の際に俺が契約していた内容の一つが、“廃鉱となった暁には奴隷から解放される”とあったそうだ。
覚えていないけれど……
「私はご主人様との契約に何も違反しておりませんが?」
「口答えするのか! 貴様ァ!」
奴隷商人に殴られた。避けたり防いだりしても良いのだが、そうすることで更に過激な折檻になると厄介なので、大人しく殴られたのだ。
殴った本人も痛かったのか、手をさすりながらこう告げた。
「……ふん、まぁいい。思ったよりもお前は拾い物だったようだからなぁ。今後もどんどん試合を組んで行くから、せいぜい無様に生き残るんだな!」
「OK、ボス!」
絶対生き残ってこのブタをぶっ飛ばす。俺は心の中で固く誓った。
それからというもの、俺の扱いは徐々に酷くなった。
まず隷属の首輪に呪いが追加された。契約自体は変更できないが、奴隷を縛り付ける為の呪い自体を強化されたのだ。詳しく述べると、腕力、体力、魔力、闘気、五感などを低下させる呪いが掛かっているのだ。
ちなみに魔力とは神術を行使する際に必要な素養らしく、闘気とは身体能力に関係する力の源らしい。
それらを試合が終わる度に徐々に重くしてくれやがるのだ。
それでも食事だけはしっかり出てきたので、きっと俺が長く苦しむようにブタ野郎が匙加減しているのだろう。悪趣味な奴である。
(俺には魔力は元々無いようだし、別に構わないけどね……)
多少呪いに掛かったくらいではへこたれなかった。
剣闘士になって四カ月が経過した。
俺は武器を剣と盾から、剣と剣に変える。つまり二刀流の双剣使いへとジョブチェンジしたのだ。別に格好つけている訳ではなく、俺の生まれ持った怪力と両利きは二刀流だとしっくりくるのだ。
始めの数カ月はあれこれ色んな武器を試した。
俺の怪力を活かすなら大剣がいいと思って使っていたが、ある試合で壊れて死にそうな目にあった。武器の脆さを考慮すると大剣一本では不安を覚えたのだ。
それなら剣が二本あればいいじゃないと安直に考え、両手にショートソードを持って挑んでみたのだが、これが見事にマッチしたのだ。
そこらの力自慢レベルの剣戟なら、俺は片手だけでも互角以上で張り合える。二刀流になった俺は常に勝利を拾い続け、ようやく目標半分の50勝に届いたが、代償として日々俺への呪いが増していく。試合と食事以外は億劫なので、牢屋内ではほとんど寝ている毎日だ。
本当は訓練もしたかったが寝床の牢屋では武器も取り上げられているので、筋トレくらいしかすることがなかった。それなら少しでも寝て体力を温存した方がマシだ。
半年が経過すると、奴隷剣闘士に何人かの知り合いができた。どうやら同じ主人の奴隷同士では基本的にマッチされないようだ。そのお陰で俺は同僚剣闘士と仲良くなり、戦い方や世界の色んな事について教わった。
この世界には神術や
ただし魔法の様に便利な神術と違い、闘気には遠距離攻撃手段が皆無なのと、攻撃力と防御力の強化のみでバリエーションが乏しい。
幸いにも俺は闘気を操れるセンスがあるようなので、その技術を会得してからは更に強さに磨きがかかった。
八カ月後、強くなった俺が気に喰わないのか、ブタ野郎が更に呪いを強めやがった。しかも対戦相手のレベルが急激に上がった。この前、闘気を扱える槍使いに腹を突かれ、三日三晩痛みで転げまわっていた。
そして、十カ月後……俺は今日も何とか無事生き残り、これで通算99勝目の負け無しとなった。
「……ふん、まさかここまでしぶとく生き残っているとはな」
「ご主人様のお陰で何とかやれています」
俺は毛ほどにも思っていないおべっかを使った。
「まぁ、良い。お前には結構稼がせて貰ったからな。最後の一戦にはそれに相応しい相手を用意した。”
「……死力を尽くします」
ほぼMAXな呪いによる影響で息も絶え絶えな様子の俺に嫌味を告げると、満足したブタ野郎は去って行った。その様子を隣の牢から見ていた同僚剣闘士が心配そうに声を掛けた。
「おい、ケルニクス。そんなフラフラな状態で本当に大丈夫か?」
「ああ…………問題ない」
あのブタ野郎の考え付きそうな事は俺も理解している。どうせ最後には、どうあっても勝ち目のない凄腕剣闘士を用意しているのだろう?
だから、こっちも数カ月前から策を練ってきたのだ。
「俺は……絶対にこの地獄から這い上がって見せる!」
まずは三日後の試合に生き残らねば、俺に未来など無かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
まずは第一話を読んで頂きありがとうございます!
50話分くらいはストックありますので
そこまでは毎日の投稿となります
それ以降はペースが落ちると思います
また、宜しければもう一つの連載物
『80億の迷い人 ~地球がヤバいので異世界に引っ越します~』
https://kakuyomu.jp/works/16817330662969582870
こちらもも宜しくお願いします!
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