青春かよ

「話しにっていうか、まあ、はい。あの、お礼というか」

「お礼?」

 キョトンとした顔で問い返された。さすがに言葉足らずだったかもしれない。

「あの、小説また書き始めたんです。お姉さんと話して、何で書かなくなったんだろうって自分でも思って」

「えー! 良いじゃないですか! 素敵!」

「書いてみるとやっぱり楽しいなって。今日も家でそうしようかなって思ってたんですけど、お姉さん出勤って投稿してたから、それは伝えたいなって」

 大袈裟に言ってしまうと恩人ということになるのではなかろうか。実際、彼女と話せていなかったら俺は再び書くことはなかった気がする。

 惰性で何かを続けることと同じくらい、理由なく止めたことを再開することは難しいから。

「それはそれは。それじゃ、仲間ですね! ジャンルは違えど創作活動って括りで!」

「俺なんかじゃ全然ですけど」

「いやいや、私だって。お互い頑張りましょう!」

 と、そこまでニコニコ話していた彼女が「ところで」と真顔で話題を逸らした。何か粗相をしたのか、或いはマナー違反があったのかと少し焦る。

「隼人くん、私より年上でしたよね? お姉さん呼びは流石にな〜って」

「あ〜」

 元々宮﨑さんと一緒の時くらいにしかこういう接客業の店には来ていなかったし、リピートすることになるなんて尚更思ってもいなかった。

 明らかに源氏名な人を呼ぶのは何だか気恥ずかして、今までもずっとお姉さん呼びで誤魔化していた。

 確かに今では彼女の顔と名前は一致しているし、何なら千雪さんも同じくではある。ただ、求められて呼ぶのはより一層恥ずかしく感じる。

「鞠……ちゃん? さん?」

「呼び捨てでも良いですよ?」

 挑発するようににっこり笑顔を見せつけられた。さすがにそんなことができるメンタルなら最初から名前で呼んでいる。

「無理無理無理、えーっと……鞠ちゃん?」

「はい、なんでしょう?」

 よくできましたと言わんばかりにピッカピカの笑顔を見せられた。うーん、この子、きっと人気なんだろうな。

 会話に夢中になって放置していたランチをそのまま食べ進めた。うん、本当にちゃんと美味しいな、これ。

 食べることに集中させるためか、或いは夜と違って昼はあまり接客に力を入れていないのか、彼女も一旦俺の前から離れてレジ付近で作業を始めた。

 ボリュームがあるという言葉は事実だったようで、男の俺からしても割としっかり満腹感がある量だった。皿の上を綺麗にすると、手を合わせた。

「あら、食べ終わりました? それならお茶ご用意しますね〜」

 作業しながら俺の様子を伺っていた彼女が手を止めて近づいてきた。空になった器の乗ったトレイを手に取り、キッチンに下げると再び戻ってきた。

「どうでした? Cランチ」

「美味しかったです。量もあったし」

「ですよね? 私もたまにプライベートで食べに来るくらい好きなんです」

 そんな世間話をしてお茶の到着を待っていると、千雪さんが急須と湯呑みを乗せたお盆を持って来た。

「お待たせしました〜」

 緩い雰囲気でそう言いながら、急須のお茶を注いでくれた。

「何か結構、仲良くなってません?」

「いやもう、仲間だから」

 どこかの少年漫画にでも出てきそうなノリで、鞠さん……ちゃん、がそう言った。

「仲間?」

 ここまでの経緯を簡単に説明すると、千雪さんはなるほどと頷く。

「漫画好きって人はいても、そういうタイプの人って少ないもんね」

「や、俺も最近再開した勢ですし」

「今書いてるなら同じですよ! それなら、私も旦那様の作品を読めるの楽しみにしてますね」

 微笑む千雪さんの言葉が途切れたところで、お茶で喉を潤した。男の一人暮らしなんて、緑茶を淹れて飲むことなんてそうそうない。営業先でたまに出してもらうくらいだ。程よい苦みと温かさで、何だか心が落ち着いた。

「でも、前に一緒に来てた方もですけど、仕事しながらって大変じゃないですか?」

「うーん……そんなに? 仕事にそんなに真面目じゃないからかな」

 自虐的に笑ってしまった。

 今までも営業としての予算を達成していなかったわけではない。ただ、情熱を燃やして仕事をしているという自覚もなかった。

 好きこそものの上手なれ、という言葉があるように、今までに頑張ってこれたことは好きなことばかりだった。

 勉強だって部活だって恋愛だって、その教科や人が好きだから夢中になれたし、無意識的にでも必死になれていたと思う。

 それと同じ気持ちで仕事をしているとは到底思えない。何となく就職して、給料に見合った程度の仕事をすれば良いと。

「えー、そうなんですか?」

 冗談めいた口調で、糾弾するように千雪さんが指摘した。

「不真面目ってわけじゃないんですよ? ただ、好きなわけでもないしこんなものかなーって」

 そうして、今までに情熱を注いできたものがなくなってしまったからこそ、この一年は退屈だったのかもしれない。

 何となく生きて、生産性は薄く消費するばかりの日常。

 そんな日常に嫌気が差していたからこそ、変えるきっかけを探していたからこそ、鞠ちゃんとの出会いがきっかけになったのかもしれない。

「好きなことを頑張りたいなって。前に鞠ちゃんと話して、そう思ったから書くことは全然苦じゃないですね」

「だってさ」

 横目で鞠ちゃんを見ながら千雪さんが肘でつついた。何だか無性に恥ずかしいことを語ってしまった。

 照れ隠しで残っていたお茶を一気に飲み干す。

「あー、あの、ありがとうございます。そんな風に思ってくれてたなんて」

「いやマジで恥ずかしいんで忘れてください。忘れて良いんですけど、感謝してるのは本当なんで」

 彼女の影響で再び筆を執ったということだけは理解してくれると嬉しい。

 昔、ネットの投稿サイトに載せた小説にコメントが来ると一喜一憂したし、何か良い感情を持てたと書かれて大喜びしたことは覚えている。

 作品自体ではなくても、人にそういう影響を与えたということは嬉しいもので、その気持ちは伝えておくべきだと思った。

「なんだ、青春かよ」

 千雪さんのツッコミで、照れと笑いが爆発したわけだけど。

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