告白

「すごいじゃん。 賞とか応募してる

の?」

「してますよ! 担当ついたりはしてないですけど、選考は進んだりしてて。 友達は月刊誌で読切載せてる子もいるんですけど、私はまだまだで」 

 決して輝かしくはない現状を話す彼女の目は、何だか輝いて見えた。

 あんな目をしていた頃が俺にはあったのだろうか。もう思い出せないほど、それは遠い記憶になっている。

「最終的に漫画家になりたいって夢は変わらないと思って、高校卒業してからは進学も就職もしなくてフリーターしながら漫画描いてるんです」

 そのままグッとグラスに入っていたドリンクを飲み干した。

「いやなんか、ちょっと恥ずかしいですね、語っちゃった。ごめんなさい」

 手でパタパタと扇いだ彼女の頬が少し赤く見えるのは、照れからなのかそれともアルコールを煽ったからなのか。

 夢を語ることなんて、もう自分はできなくなってしまっていた。そこそこの企業に入社して、仕事にもそれなりに慣れて。

 いや、社会人になる前からそうだった。少なくとも高校生の頃には、夢なんて見えなくなってしまっていた。小説家なんてなれるわけもなければ、こうなりたいというものだって特になくて、フワフワした生活を繰り返していた。

 彼女の話を聞いて、そんな自分が恥ずかしくなった。

「すごいよ、本当に。俺は諦めちゃったから」

 宮﨑さんにも、それどころか学生時代の友人にすら話したことはなかった幼い頃の夢の話だ。

 誰かに話すつもりはなかった。世間一般で言う夢って、職業や立場に紐づくものが殆どで、今更こんな話を聞くことなんて無いと思っていたから。

 ただ単に彼女を純粋に尊敬していると伝えたかっただけだった。

「小説家になりたかったんだ、俺はね」

 果たしてその夢は叶うことは無かったわけだけど、誰かにはっきりと口にしたのは初めてかもしれなかった。

 家族は俺が書いているのはオタクな趣味の一環だとしか思っていなかったし、周りの誰かに読んでみせたこともない。

 何となく恥ずかしかった。

 分不相応な夢を抱いているということが、それを口にすることが、幼稚なことに思えてしまった。

 自分がそうして日陰に過ごし、諦めてしまった夢を彼女がこうして初対面の俺に対してすら公言して、追いかけ続けているということに敬意を表したかった。

 だからこその俺の告白だったわけだけど、彼女は目を大きく開いてこう言った。

「もう書いてないんですか?」

「うん、もうしばらく書いてない」

「何で?」

 何でと言われると、これはまた自分でも分からない。

 小説家になることを諦めたからといって書いてはいけないということはない。趣味としてならいくらでも書けるし、今どき賞レースに投稿なんかしなくてもネット上ではいくらでも素人の作品投稿だってできる。

 なぜ俺は書かなくなったんだろうか。

「……何でだろうね?」

 考え直してみると、ひどく不思議なものだ。

 夢を叶えられないならそれに意味はないとでも言うかのように、俺は無意識的に文章を認めるという行為からも外れてしまっていた。

「なんですか、それ」

 おかしそうに彼女は笑った。

「書いてくださいよ、また。で、書けたら読ませてください」

「読ませてくださいって」

「そう言っておけば、またお兄さんも来てくれるでしょ?」

 いたずらっぽく笑う彼女に吊られて、俺も笑った。今度はぎこちない営業スマイルなんかではなく、心から。

「私のアカウント、これです。たまにイラスト落としたりしてるから、よかったらフォローしてください」

 彼女が自分のスマートフォンを操作して、SNSのアカウントを表示させた。俺も端末をポケットから取り出して操作する。

「これ?」

「ですです、お店のアカウントだから、リアルな知り合いが多いアカウントでフォローすると恥ずかしいかもしれませんけど」

「オタクだからネット用のアカウントでフォローしときます」

 数え切れないほどアカウントを作っては、整理して作ってを繰り返している。その中でも割と長くメインで使っているもので彼女をフォローした。

「えーっと、このアカウントですね、フォロバしておきます。会った人しか返さないようにしてるんで、今のうちに」

 そこから彼女のSNSを遡って見ては共通して好きなことが発覚したバンドの話で盛り上がり、宮﨑さんに連れられて行った店の中でも記憶がないほど楽しめたのは間違いなかった。

 生まれた時に人生が始まるとしたら、人生が動き始めたのは間違いなくこの日だった。

 今日と同じ明日ではなくなっていく。

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