好きなことを話す時に早口になってしまうタイプ

 二人に案内されて近くのビルの階段を上り、ドアを開けると大正浪漫という言葉が正しいのか分からないが確かに和テイストな雰囲気の室内になっていた。

 窓は障子で閉められており、店内はぼんぼりで薄暗く照らされている。それなのにカウンターしかない店内には少し違和感があったが、あくまで「大正浪漫風」のコンセプトだと思うとこんなものなのだろう。

 店内には他に客はおらず、それまで店番をしていたらしい二人組と彼女たちが入れ替わっていた。

「改めて、鞠と申します」

 姫カットの女の子がカウンター越しにぺこりと小さく頭を下げた。襟元に留めている名札をちょんと摘んで言葉を足す。

「趣味は漫画と音楽です。メジャーすぎずマイナーすぎない邦ロックが好みなので、よろしくどうぞ」

 そこで言葉を止めたと思えば、続いてハーフツインの彼女が小さく手を上げた。

「千雪でーす! 私はゲームが好きで……」

「おっ、ゲーム? どんなのやってるの?」

 同じくゲーム好きの宮﨑さんが反応して、二人で盛り上がり始めた。こういう店に来ると宮﨑さんと女の子が盛り上がり、俺はそれを眺めながらちびちび酒を飲むのが常だった。

「お兄さん、お名前は?」

 鞠と名乗った彼女が俺の方を見ながら問うてきた。

「黒沢です」

 下手くそな営業スマイルを作ってみた。幸か不幸か酒に強いせいで、さっきまで宮﨑さんと飲んでたアルコールはもう抜けつつあるのか、単純に人見知りな部分が出てしまっている。

「黒沢さんね……下の名前は?」

「隼人」

「隼人さん……くん? まだ若いですよね?」

 社会人になった自分を若いと尋ねられるのは少しむず痒いけれど、否定するのも何だか違う気がする。

「23ですね、職場の先輩後輩で、もう一人が1個上で」

「あ、じゃあ私の2歳上? かな? 嫌じゃなければ、くん呼びでもいいですか?」

「何でもいいですよ」

 苦笑しながら返した。丁寧なのか失礼なのか分からない子だなって。

「じゃあー、隼人くん。お飲み物はどうされます?」

 飲み放題に含まれるメニューはこれで、とメニュー表を渡された。バーのように凝ったメニューは無くとも、定番のカクテルはいくつか頼めるようだ。

「ジントニック、お願いします」

「かしこまりました、少々お待ちください」

 宮﨑さんの注文も千雪さんが確認して鞠さんに伝え、そのまま彼女はドリンクを作りに向かっていった。

 その間、手持ち無沙汰ではありつつも宮﨑さんたちの会話に入ることも出来ずに聞き耳を立ててしまう。どうやらハマっているゲームが同じで盛り上がっているらしい。

 こういうとき、コミュ強なら会話に入ることができるんだろうけど、それができるなら人見知りを自称したりなんかしていない。

 何とも居心地悪く数分を過ごし、鞠さんが戻ってくるのを待つ。

「お待たせしました〜」

 長いように感じたのは俺だけだったのだろう。宮﨑さんが「早いね」と声をかけていた。

「隼人くんも、はい、どうぞ」

 目の前にコップを置くと、敢えてかわいこぶった声で尋ねられる。

「私もごちそうになっていいですか?」

「あ、うん、どうぞ」

「ありがとうございます、いただきます」

 にっこり笑って地声に戻した彼女は小さなグラスに緑茶を注いだ。宮﨑さんの相手をしていた千雪さんもそれに続く。

「それじゃ、かんぱーい!」

 宮﨑さんが声を上げて、残りの三人がそれに倣って続ける。

「先輩後輩で二人で飲みに来るって、仲良いんですね?」

「うちの部署、人数少ないんで」

「すごーい、少数精鋭? みたいな?」

「いやいや、やってることがあんまり意味ないから人を減らされてるだけで」

 自虐気味に宮﨑さんは笑った。

 大手チェーンに対する営業は首都圏にある本部が全国流通する商品を提案するため、地方配属の俺たちの提案する意味は正直に言って薄かった。良く言えばサボっても本部次第でノルマは達成できるし、悪く言えばやりがいの無い仕事でもあった。俺から見たらスーパーマンな宮﨑さんですら、担当地域のエリア商品は導入できておらず、提案をしては叩かれてを繰り返している。

「あはは、そうなんだ。でも人数少なくてもこうやって仲良く仕事できてるならいい職場みたいですね」

「どう? 黒沢くん的には?」 

「宮﨑さんがいるおかげで楽しくやってます」

「他の人は?」

「……ノーコメントで」

 みんなが声を上げて笑った。悪い人たちではなくとも、会う合わないで言えば俺には合わないタイプの人が多いんだから仕方ない。

 少し場が落ち着くと、再び宮﨑さんは千雪さんとゲームの話を再開した。二人ともかなりのヘビーユーザーらしい。

 自然と鞠さんと俺の二人が残された。

「隼人くんはさ、何か趣味とか無いの? それこそあっちのお兄さんみたいにゲームとか」

「あ、でも俺、お姉さんと同じで音楽と漫画好きですよ。結構雑食で」

「本当? じゃあさ、漫画はどんなの読んでるの?」

「んー、結構雑食なんだけど。部活でやってたからサッカー系も読むし、少女漫画も姉ちゃんの影響で好きだし、少年漫画系も割と色々……」

 漫画に限らず、小説やノンフィクション、雑誌や啓発書など、何かを読むことは好きだった。

 本に対する支出は甘い家庭だったから、自然と趣味は読書になりがちだった。小説家を目指していた過去というのも、多分にその影響を受けている。

「え、少女漫画? 例えば?」

「最近の作品だと〜」

 いくつか直近で読んだタイトルをあげてみる。我ながら、少女漫画というジャンルだけでよくこんなに読んでいるなと感心してしまうほどに。

「めちゃくちゃ読んでるじゃないですか!」

 私もあれとあれが好きで〜と鞠さんは語り始めた。俺もそうだけど、所謂オタク喋りというか、好きなことを話す時に早口になってしまうタイプらしい。

「お姉さんもめちゃくちゃ好きじゃないですか」

「そうなんです! 実は私、少女漫画家を目指してて」

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