ありふれたボーイ・ミーツ・ガール

「俺さぁ、異動なんだよね」

 入社1年目が終わるかという3月半ばのことだ。ランチに誘われて着いていったところで、OJTの宮﨑さんにそう告げられた。

「まあ異動って言っても、営二だからすぐ隣にいるんだけどね。でももう少し、黒沢くんには色々教えてあげたかったんだけどさ」

「ああ、営ニ。よかった、転居を伴う感じの異動だったら寂しいなって」

 俺たちの所属する営業三課は主にコンビニ関係を担当としていて、宮﨑さんの移動先である営業二課は外食関係が中心だ。営業担当のままではあることだし、まだ近くにいてくれることには安心した。

「嬉しいの間違いじゃなくて?」

 ニヤニヤしながらそう尋ねられた。自分と正反対なことはすぐに感じたけど、宮﨑さんは本当に良い意味で陽キャだと思う。

 人見知りしてしまう自分がどうにか営業としての1年を乗り越えられたのは、彼の得意先の引き継ぎの際にうまく紹介してくれたことや、職場内でも俺のことを気にかけて声をかけてくれたという要因が非常に大きい。

「自分、そんなこと言うキャラに見えます?」

 苦笑しながら返す。宮﨑さんにこんな軽口をたたけるようになるのにも結構な時間を要した。

「冗談だって。でも、本当に来月から頑張ってね。俺が出るのもあるけど、結構次の人事きつくなりそうだからさ」

「はい、ありがとうございます」

「ま、近くにいるから困ったことがあったらいつでも声かけてよ。とりあえずどこかで俺の送別会も兼ねて二人で飲みに行こう」

 自分の送別会、と言ってしまうあたりが何とも宮﨑さんらしかった。笑って同意したところで、注文していた定食が目の前に並べられた。


 その週の金曜日、宮﨑さんと二人で飲みに出かけた。

 彼も俺も飲むこと自体は割と好きな方だし、仕事柄食のトレンドは知っておく必要もあったと言い訳しては二人で外出することはままあった。

 送別会という意識を特別持っていたわけではないが、お世話になったお礼も兼ねて一軒目は俺がご馳走することにした。

「そんな気を使わなくていいのに」

「いや、いつも俺がご馳走になってるんで……」

 甘えと言われたらそこまでだけど、プライベートで会うと宮﨑さんにはつい言葉遣いがフランクになってしまう。最初は申し訳なく思っていたが、「入社直後みたいにガチガチなのよりはそっちがいい」と言ってくれたので、最近はお言葉に甘えている。

「二軒目どうします? 何か希望あります?」

「キャバクラかガールズバー」

「その二択ですか?」

「この間彼女と分かれたから堂々と行けるしね」

 彼女がいても行ってたくせに、という指摘は彼に敬意を表して秘めておいた。宮﨑さんは顔もスタイルもいいのにやたらと女の子が好きだから、彼と行ったら大抵は借りてきた猫のように俺は黙ってしまうんだけど。

 普段ならあまり気乗りしない提案ではあったが、今回は宮﨑さんの送別会だ。明日は休みだし、付き合っても良いかと思ってしまった。

「どっちでもいいですよ。俺、店全然知らないですけど」

「適当に探してみよ」

 そんなわけで二人で夜の街を歩き回る。お互いにどの店がいいとか悪いとかなんて知らないけれど、キャッチについていくのは何となく嫌で店を決めかねてしまう。

 もう10分以上は徘徊してしまった。

「何かいい感じのところあった?」

「まず何をもって。いい感じなのかすら分からないです」

「それは俺も。どうしよ……あ」

 宮﨑さんの視線を追うと、そこには着物を着た女の子が二人、並んで小さなホワイトボードを持っていた。

「着物? 袴? 何あれ」

「分かんないですけど……面白そうではありますね」

 少なくとも、今までに宮﨑さんと行ってきた店とは系統が違うように思われた。

「入れるか聞いてみる?」

 頷いて、二人が立つ方に向かって歩いていく。雰囲気的にラウンジやキャバクラではなさそうだけど、であればガールズバーということなのだろうか。

「こんばんは! お兄さんたち、お帰りされませんか?」

 二人組のうち、姫カットの子が俺達に気がついて声をかけてきた。もう一人のハーフツインの小柄な子が持ってるホワイトボードには「大正浪漫コンカフェ 飲み放題有」と可愛らしい丸文字で書かれている。

「入れます? あんまり分かってないんですけど、えーっと」

「あ、コンカフェ、初めてですか?」

「「コンカフェって?」」

 宮﨑さんとハモって問い返すと、二人ともおかしそうに笑った。

「仲いいんですね」

「コンカフェって、コンセプトカフェの略語です。えーっと、メイドカフェ的な? 私達はそのコンセプトがメイドじゃなくて大正浪漫で、だから袴を着てるんです」

「お酒は飲める?」 

「大丈夫ですよ。今なら飲み放題で60分が〜」

 ホワイトボードを示しながら二人が説明をしてくれた。割と良心的な金額だったし、二人ともニコニコ話しかけてくれるから酔っ払った陰キャとしてはかなり心証も良い。

「ここ、入ってみようか?」 

「そうしましょう!」

 後々思えば、ここが分岐点だった。

 宮﨑さんから仕事を引き継ぐことも、彼女たちと出会ったことも、この物語には欠かせない要素で、でも運命なんて大層な言葉で表すものでもなかった。

 ありふれたボーイ・ミーツ・ガール。サラリーマンが客引きに声をかけたことから始まる、今日もどこかで見られるようなありふれたストーリー。

 それを駄作に感じられないのは主役が俺だったからだ。

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