第47(2)話
遼たちを見送ってから数時間後――――
「……おそい」
七海は両腕を組み、頬を引くつかせながら、こちらを睨んでいた。
「はあ……、はあ……、ご、ごめん……」
息を切らしつつ、彼女に向って頭を下げる。
七海の怪異討伐に同行させてもらえることになった俺は、彼女に呼ばれて港近くの倉庫街に来ていた。
「私、この丸井通運の三番倉庫に、九時半集合って言ったよね?」
七海は人差し指をトントンと叩く、
ちなみに、現在の時刻は九時四十五分。十五分の遅刻だった。
今日の夕方、遼たちを見送ってすぐ、七海から連絡が来ていた。メールには、『丸井通運、九時半』とだけ書かれていた。
ようやく彼女に同行させてもらえるのだ。俺も遅れずに来たかったのだが、こんな日に限って、ゆめがボードゲームをやりたいと言い出したのだ。今日は志藤さんたちとの勉強会があり、その間ゆめには我慢してもらっていたから、妹のお願いを断ることはできなかった。そして、ボードゲームに付き合っていたら……まあ、この有様である。
ボードゲームを断ることもできたし、するにしても時間管理をしっかりしていればこんなことにならなかったので、ゆめをせいにすることもできない。したがって、平身低頭、七海に謝るしかなかった。
「本当にごめんって……」
七海はなおも不機嫌そうに睨みつけていたが、やがて、
「はあ……、まあ、いいや。こうして怒っていても時間の無駄だし。それじゃ、そろそろ行きましょう」
そう嘆息した後、港とは逆方向に向かって歩き始めた。
俺も彼女に置いて行かれないよう後についていく。
「……歩けるようにはなったんだな」
彼女の歩く姿を見て、ふと思ったことを口にした。
彼女は昨夜、鵺との戦闘で足を怪我した。だから、俺は彼女を背負って奴らから逃げたのだ。
しかし、今、彼女は普通に歩いている。
「まだ少し痛むけどね。ま、歩いたり軽く動いたりするくらいなら問題ないかな。ほら、桂君も聞いたことがあるでしょ? 魔導師は怪我からの回復が早いって」
「ああ、うん」
魔導師には体内に魔力が流れている。魔導師本人が怪我や病気をしたときは、その魔力は当人を治癒しようと働くのだ。そのため、魔導師はそうではない人たちよりも怪我や病気からの治りが早い。
七海が歩いている姿を見て安堵した。あのときの彼女は机上に振舞っていたとはいえ、怪我をしている様子は痛々しかったから。
しばらく二人の足音が夜道を鳴らした。
七海は俺のことなどおかまいなしに早足で歩いていく。俺は彼女に置いて行かれないよう、必死について行った。
「なあ、一つ聞いてもいいか?」
前を歩く七海におそるおそる尋ねる。
「なあに? ただ、質問は手短にね」
彼女は振り返ることなく口を開いた。
「なんで、今夜はここに集合したんだ? もしかして、今夜はここに怪異が出るとか?」
「うん、そう」
そっけなく彼女が答える。
「なんでそんなことが分かるんだ?」
彼女から連絡をもらったのは夕方で、まだ怪異が出現するような時間帯ではない。それにもかかわらず、彼女はこの場所を集合場所にしてきた。
「私のお父さんがこのあたりで魔力の揺らぎを感じたのよ」
「魔力の揺らぎ?」
耳慣れない言葉に首をかしげる。
「そう、魔力の揺らぎ。怪異は本来、現世にいない存在だから、こっちの世界に姿を現す前には周囲の魔力が乱れるとされているの。私たちはそれを感じ取って、怪異が出現するポイントを探している」
「なるほど、だから、あんなにも早い時間に今日の場所を見つけていたのか」
「そういうこと……って、しっ」
七海は突然、足を止めて、近くの曲がり角に身を潜めた。俺も腕を引っ張られて隣に引きずり込まれる。
「ど、どうしたんだ……?」
彼女だけに聞こえるよう、声を潜めて尋ねる。
七海は口元に人差し指を立てつつ、小さく口を動かす。
「怪異が出た」
「えっ⁈」
「しっ、静かに。……ほら、あれ」
七海が身を少しだけ乗り出しながら、指を指す。
「っっ⁈」
目を見開く。
彼女が指さした先には、甲冑を被った人が数人いた。
時代劇で見るような黒光りする甲冑に身を包んではいるが、その甲冑には折れた矢が何本も突き刺さっている。どの人も髪が乱れ、大部分が抜け去っている。加えて、誰もかれもが、骨が浮き出るほど、やせ細っていた。
「あれは落ち武者。怪異の一種ね」
七海は真剣な目で奴らを凝視する。
俺も奴らからは目が離せなかった。
「桂君はここにいて。絶対、ここより外へは出ないように」
「ああって、ちょっ⁈」
それだけ言い残すと、七海は勢いよく倉庫の陰から飛び出した。
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