第16話★
放課後になり、茜色の光が校舎の窓から差し込む。
辺りから部活動に勤しむ生徒の声が聞こえてくるなか、俺は自教室たる二年C組に続く廊下を静かに歩いていた。
「にしても、ついてないな……。まさか、数学のノートを机に忘れるなんて」
今日に限って、数学の宿題が多く出ている。課題の量が少なければ、明日の朝早めに来てちゃちゃっとやってしまうこともできるが、あれだけ多いとそれも不可能だ。駐輪場でそのことを思い出した俺は、ノートを取りに戻るべく、こうしてついさっき通った道を引き返していたのだった。
「まだ教室の鍵が開いているといいけど……」
これで教室の鍵まで閉まっていたら不運すぎる。さらに職員室まで行くのは勘弁願いたい。
鍵がまだ開いていますようにと祈りながら、少し歩くペースを早くした。
すると、
「ちょっと、どういうことッッ⁈」
教室の近くまで来たとき、一人の女子生徒の怒鳴り声が教室から響いた。
不意にドアへと伸ばす手が止まる。
「どういうことって、私はただお断りの返事をしただけよ」
この声は……志藤さん?
聞き覚えのある声だった。
どうやら、志藤さんと女子生徒数名が、教室で言い合いをしているようだ。女子生徒の声音からして、中はかなり剣幕な様子だ。
「あんた、ほんっと何様のつもり? さっき会いに来てくれた人が誰だか分かってんの?」
「ごめんなさい。私、先輩方のことについては全く知らないわ」
「あのサッカー部のキャプテン、高坂先輩よ。学年問わず、女子生徒から大人気の先輩なのッ。それをあんたは……」
「そうよ、そうよ。私たちの友達も先輩にアタックした人が多いんだからー」
「知らないわ、そんなの。そもそも、私のことをよく知りもしないのに告白をしてくるのがどうかと思うのだけど」
「なんで先輩はあんたのことなんかを……」
「顔だけはいいからって調子にのっちゃってさ。本当にこいつムカつく」
「ムカつくなら早く開放してほしいのだけれど。そうすれば、あなた達も私の顔を見なくていいし、私も早く帰れるからウィンウィンでしょ?」
「「「ハァ⁈」」」
「事実を言ったまでよ。それともまだ私に何か言いたいことがあるの?」
志藤さんは顔色一つ変えず、いかにも煩わしそうに女子生徒たちの対応をしていた。
そんな彼女の反応にさらに苛立ちを募らせたのか、女子生徒たちは今にも掴みかかりそうな勢いだ。
「あんた、マジで調子のってんじゃないの?」
「どうせ、私たちのことも見下しているんでしょ?」
「はぁ……、そんなこと思うわけないでしょ。それに、そんなに先輩のことが好きなら、私に構わずに先輩のところに行きなさいよ。その方がよっぽど有意義よ」
「こいつ……」
教室内はまさに一触即発の状況だった。
これ、先生とか呼んだ方がいいかな?
俺は逡巡する。すると、
「なめんじゃないわよッッ」
ついにキレた女子生徒の一人が志藤さんの腕をつかんだ。
「―――っっ⁈」
その瞬間、志藤さんの顔が真っ青になる。足に力が抜け、すぐにその場にへたり込んでしまった。
そういえば、志藤さんは昔、不良に絡まれた際に腕を掴まれたことがあると七海から聞いた。もしかしたら彼女は、他人に腕を掴まれると当時の恐怖がフラッシュバックしてしまうのかもしれない。
女子生徒たちも志藤さんが怯えていることに気が付いたようだ。全員が意地の悪い笑みを浮かべる。
「へー、あんなに強気だったのに、急に弱気じゃん」
「こいつのビビりっぷり、マジウケるんだけどっ」
「ほんっと、いい気味」
志藤さんは肩を震わせている。
「お、お願い……。やめて……」
その声は消えるようにか細い。
そんな彼女の様子に、女子生徒たちはさらに調子づいた。
「ほらほら、泣く? 泣く?」
「あー、ごめんねぇ~。そんな泣き虫だと思わなくてぇ~」
女子生徒たちは座り込んだ志藤さんを取り囲むようにして、彼女をいじめる。悪意ある言葉が彼女にぶつけられる。
もうこれ以上は放っておけない。どうにかして彼女を助けないと……
そして、意を決して教室に入ろうとしたそのとき―――――――、
きゃはははは―――――――――
うふふふふ――――――――――
あはははは――――――――――
どこからともなく奇妙な笑い声が聞こえてきた。
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