第15話★
二章
二章 第一
転校してから一週間がたった。
この頃になるとだいぶクラスにも馴染み、クラスメイトと話すことが多くなった。特に、最初に話しかけてくれた遼と七海、そして牧原さんとはよく一緒にいる。牧原さんはクラスが異なるため、昼休みに会うのがほとんどだが。
しかし、あの転校初日以来一向に仲良くなれる気配のない人がいる。
俺は隣の席を見やる。
キッッ!
……また睨み付けられた。
そう、あの屋上で出会った少女だ。遼たちから彼女の名前を聞いたが、どうやら彼女は
「はぁ〜」
学食での食事中、俺は思わずため息をついてしまった。
「どした? そんなため息ついて」
「どうかしたの? 桂くん」
遼と牧原さんが心配そうに見つめてきた。
「あ、ごめん。ただ、志藤さんのことで……」
「あー、志藤さんね。たしかに昂輝、すごく睨まれているもんな」
遼の席は俺の斜め後ろだ。俺が志藤さんに睨まれているのもよく分かるのだろう。
「それで落ち込んでいるの?」
「うん、まあね……」
「そらそうだよな。男なら女子に好かれたいだろうに、あんな拒絶されてたら。俺だったら耐えらんねえわ」
「遼くん????」
その時、周囲の温度が一気に下がった気がした。
「遼くんには私以外の愛が必要なの???」
牧原さんの体から何やらどす黒いオーラが出ている。
牧原さんは普段、遼がするイチャつきに照れて、されるがままとなっている。だから、あまり分かりにくいが、本当はびっくりするほど遼のことが大好きなのだ。それも、遼が他の女の子に目移りしそうになるものなら、遼をどうにかしてしまいそうなほどの。つまりは、メンヘラだ。ちなみに、遼が七海に親しくするのは許されているらしい。
「違う、違う。俺は友愛一筋だから」
遼は牧原さんの誤解を解くべく、彼女の肩を抱く。こういったスキンシップを公共空間たる学食でさらっとできてしまう遼の胆力はすごいと思う。
遼に引き寄せられた瞬間、牧原さんは照れながらもすごく嬉しそうな顔をした。
放っていた黒いオーラはその色をピンク色に変える。
「あのねー。だからここでイチャつかないでって」
口から砂糖を吐きかねないほど甘い空間を作り出す二人に七海がジト目を送った。
まあでも、これで牧原さんの機嫌はもとに戻ったようだ。
「ところで、遼たちは志藤さんについて何か知っているか?」
これ以上目の前でイチャつかれると、周囲に悪影響が出かねないので、遼たちのイチャつきは放っておくことにしよう。
とりあえず目下の課題は志藤さんのことだ。あの時、屋上で出会ったこともあり、俺はずっと彼女のことが気にかかっていた。せっかく同じクラスになったのだ。どうせなら、彼女ともいろいろと話をしてみたい。
「うーん……。志藤さんはなぁ……」
珍しく遼の歯切れがわるい。牧原さんや七海も同じように浮かない顔をしていた。
彼女についてなにかあるのだろうか。
「えーっと、これは俺も実際に確かめたわけじゃないんだが……」
遼は声を潜める。
「じつは、……志藤さんは魔女だっていう噂があるんだ」
「魔女?」
「ああ。志藤さんと同じ中学だったやつらから聞いた」
「わ、わたしも聞いたことあるよ……」
「魔女っていうと、志藤さんは魔法を使うのか?」
母さんから聞いた話だとこのあたりには魔導師の家系が一つもなかったはずだ。傍系の傍系といったほとんど名を聞かないような一族ならいるのかもしれないが。
「よくわからん。俺はそんなところ見たことないからな……」
俺は隣の七海に目を向けた。新聞部たる七海なら何か知っているかもしれない。
「うーん、志藤さんのことは新聞部でも一度話題に上ったことがあるわね。でも、志藤さんが取材に応じてくれなかったし、その時にすごく嫌そうだったから記事にすることもなかったけど。それに、この辺りの人たちは魔導を知ってはいても見たことはない人がほとんどだから、信じてくれなさそうでもあったし」
七海は当時のことを思いだすようにして語る。
「あ、そういえば一度、その頃、実際に志藤さんが魔法を使うのを見たっていう生徒を取材したことがあったわ」
「えっ」
「その子、志藤さんと中学二年生の頃まで仲が良かったそうなんだけど、ある出来事が原因で疎遠になってしまったの。……たしか、その子と志藤さんが一緒に下校をしていたときだったかな。その子と志藤さんは合唱部に入っていたから、その日も日が暮れてからの下校だったの。そしたら下校途中に質の悪い不良に絡まれたらしくってね。かなりしつこく付きまとわれたらしいわ。そして、ついには不良のうちの一人が志藤さんの腕を掴んで狭いところに連れ込もうとしたの。すると、彼女はパニック状態になっちゃって……」
「まあ、不良にいきなり腕なんか掴まれたりしたら怖いよなぁ」
遼は七海の話に相槌を打っていた。
しかし、七海はここからが本題とでもいうように一呼吸間を置いた。
「でもね、志藤さんの友達が言うには、志藤さんがパニックになった直後、彼女の背後で紫色の光が集まり始めたかと思うと、あっという間にたくさんの幽霊が現れたそうよ。これに怯えた不良たちは即座に退散。おかげで志藤さんたちは難を逃れることができたらしい。ただ、その友達もそれからは志藤さんのことが怖くなってしまったらしくて、数か月後には疎遠になってしまったって言っていたわ」
遼と牧原さんは七海の話が信じがたかったのか、その表情を硬くしていた。
一方、俺は今の話を頭の中で反芻していた。
七海の話を聞く限り、これは明らかに魔導だと思う。それも幻想系の魔導だろう。母さんが以前、家で肝試しをやったときに使っていたのを見たことがある。
……となると、志藤さんは本当に魔導師なのか?
自分の中で志藤さんに対する疑念が広がる。
「七海、他にも志藤さんの魔法を見たことがある人はいたりするか?」
しかし、七海は首を横に振る。
「ううん、その子以外にはいないわ。もともと志藤さんは奥手で、その子ぐらいしか友達と呼べる人がいなかったそうだけど、その子と疎遠になってからますます他人を拒絶するようになったらしいから」
たしかに、七海の言う通り、志藤さんがクラス内で誰かと話しているところを見たことがない。休み時間は本を読んでいたり、机に突っ伏して眠っているし、お昼休みや放課後はすぐどこかに行ってしまう。クラスメイトも彼女の周りに近づかないようにしているように見えた。
「なるほど、そうして今の志藤さんが出来上がってわけか」
「たぶんね。友達が自分のせいで怖がってしまったのにショックを感じて、人を寄せ付けなくなってしまったんだと思う。それに、この志藤さんが魔法を使ったっていう情報がなぜか噂になっちゃって、彼女に近づこうとする人もいなくなってしまったからね」
「だとさ、昂輝。これは志藤さんと仲良くなるの、結構難しそうだぞ?」
「今までの話を聞く感じな。まあでも、どうにかしてみる」
「ひゅ~、意外と昂輝って一途なのな」
遼が茶化す。
たしかに、自分自身、志藤さんに対して執着している自覚はある。
やはり、あの屋上での出来事が忘れられないのだろうか。
いや、それだけでない気がする。
しかし、それが何なのかまだわからない。
「ま、昂輝がそう言うなら、俺は応援するぜ」
「わ、わたしも応援するね」
「同クラカップルはどうしても校内で話題になるし、わたしも全力でサポートするわよ」
「ちょ、ちょっと待って。そもそも志藤さんのことが好きってわけじゃないから。ていうか、七海の場合は取材がしたいだけだろ……」
「あはは、まあそれもあるわね」
七海は相変わらずちゃっかりしていた。
「でも、志藤さんは強敵だから覚悟はした方がいいわよ」
「うん、わかってる。俺もまだどうしたらいいかわからないし」
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン……
その時、ちょうど予鈴がなった。
「あちゃー、もう昼休みも終わりね。今後のことはまた、おいおい考えるとしますか」
真っ先に七海が席を立った。
つられて遼たちも食べ終わったトレーを片付け始める。
志藤さんは今ごろ何をしているだろうか。
そんなことを考えながら、俺は七海たちと一緒に午後の授業へと向かうのだった。
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