第11話★
「昨日のドラマ見た~?」
「あ、見た見た! 佑馬くん、本当にかっこよかったよね~」
「おーい、今日の放課後カラオケに行こうぜー」
「あー、今日はバイトだー」
「くう、なんで夏休みは終わってしまったんだ……」
クラス内の喧騒が聞こえてくる。昨夜のテレビ番組、放課後の予定、部活動など、高校生らしい会話が扉の向こうからいくつも耳に入ってくる。こうしたざわざわした朝の時間はどこの高校でも一緒であるらしい。
二年C組とかかれた扉の前で佇む。すると、隣に立っていた川島先生が視線をこちらに向けて声をかけてきた。
「どうだ桂、緊張するか?」
「まあ、初めての顔合わせですしね。多少は……」
「アハハ、そうだろうなあ。でも、安心していいぞ。うちの生徒、ちょっとうるさいけどいい奴ばかりだからなあ」
それは教室の外にいてもわかる。どの声も楽しそうに話をしていた。しかし、クラス内が活気に満ちていても、その輪の中にうまくなじめるとは限らない。少なからず緊張と不安が胸の中にあった。
「桂は先生が合図をしたら教室に入ってきてな」
「はい、わかりました」
「よし、それじゃあ行こうか。おーい、お前らー、ホームルームを始めるから席につけー」
そう言いながら、川島先生は教室のドアを開ける。俺は教室の外で少し待機だ。
「あ、川島先生が来ちゃった」
「川島せんせー、一昨日、A組の女子生徒に告白されたってのは本当ですかー?」
「あ、それ私も気になってたー」
「え、先生、また告白されたのっ⁈」
クラスのあちこちから川島先生に向けた声がとぶ。扉によって中の様子を窺うことはできないが、そんなことをしなくても川島先生の辟易とした顔が目に浮かんだ。
「なんでそんなこと知っているんだよ……」
「「「笹瀬から聞きましたー(笑)」」」
「はー、また笹瀬か……。はいはい、この話は先生のプライバシーに関することなんで教えられませーん」
「あー、けちー」
「さっさと席につけなー」
川島先生のよく通る声が教室に響くと、さっきまでの喧騒が徐々に静まっていく。あんなに賑やかだった教室がこうやって静かになっていくところ、やはり先生は生徒からの信頼が厚いようだ。
川島先生は出欠をとり始めた。時折、ふざけた返事をする生徒がいるなか、先生は軽く注意をしながら出欠をとり続ける。
先生が出欠をとり終えると、ついにその時がきた。先生が出席簿を教台に置く。
「はい、それでは今日は転校生の紹介をします。入って」
いよいよだ。
ガラガラ……
俺は教室の扉を開けた。そして、ゆっくりと教台の方へ向かう。ちらりと左を見ると、みんなの視線がこちらに注がれていた。誰もが興味津々にこちらを見ている。
教台までくると、みんなの方に振り向く。
川島先生は、黒板に「桂昂輝」と俺の名前を書いていた。
俺は、ふうっと息をはき、緊張を和らげる。そして、
「埼玉県から転校してきました桂昂輝です。まだ、こちらに引っ越してきて間もないので、いろいろ教えていただけると嬉しいです。これからよろしくお願いします」
そう言い終えるとペコリと頭を下げた。教室のあちこちから拍手がちらほらと鳴る。少し早口になってしまった気はしたが、声が裏返ることもなく、途中で噛むこともなく言い終えられたことにはほっとした。
「って、桂、それで挨拶は終わりか?」
背後から先生の声が聞こえた。後ろに頭だけ回すと、先生は首を傾げていた。
「……?」
そこで不思議そうにするわけが分からない。特にこれ以上する必要もないと思うのだが。
「ほら、なんか一発芸とかないのか? 桂、このままだと普通の学生生活を送ることになるぞ?」
「……」
まさかの無茶ぶりだった。
転校初日での一発芸。そんなの、よほど度胸と自信があるやつじゃないとやらないだろう。なにせ芸が滑った瞬間、今後の学生生活は終わりを迎えるのだから。
「え、とくにないですよ」
「そうか? まあ、桂がそう言うならいいが……」
助かった。一発芸は回避できたらしい。
俺はほっと胸をなでおろす。すると、
「はいっ!」
一人の女子生徒が勢いよく手を挙げた。
「ん、笹瀬どした?」
どうやら挙手をした女子生徒は笹瀬という人らしい。こげ茶色のショートボブが似合った活発そうな女の子だ。
そういえば、川島先生が女子生徒から告白された件について、笹瀬さんがどうとか言っていたっけ。
「桂君に質問いいですかー?」
「うーん、もうすぐ授業始めるから、今は一つだけなー」
川島先生は黒板の文字を消しながら答える。
「ありがとうございまーす」
時間をとってくれた川島先生にお礼を述べると、笹瀬さんは鋭い目をこちらに向けてきた。彼女の眼光に思わず唾を飲みこむ。
「それでは、質問に移るわね。ずばり桂君、昨日、櫻木生徒会書記と連絡先を交換したというのは本当ですか?」
「へっ?」
予想外の質問に俺は戸惑った。そして、
「「「「「「「「「「えッッーーーーーーーーー」」」」」」」」」」
教室を震わせるほどの絶叫が鳴り響くのだった。
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