第10話★

「母さん、そろそろ朝ごはんと魔導薬を一緒に作るのはやめなよ……」

 俺は朝食の鮭を口に運びながら言う。

 実のところ、母さんが味噌汁と間違えて魔導薬を朝食として並べてしまったのはこれまで何回、いや、何十回とある。一緒に作るのはいいとしてもせめてその二つを間違えないようにしてほしいものだ。そのたびに俺は、朝食前にあの食欲が減退する色合いを見せられることになるのだから。

「えー、でも朝は忙しいしねぇ。それに、魔導薬を作っている時、ゆめちゃんが近くで見ているのがかわいいもの~」

 母さんはそう言いながら隣でご飯を食べていたゆめの頭を撫でた。

 ゆめは頭を撫でられてご満悦の様子だ。

「お母さんの魔導、とてもきれい」

「ねー」

 母さんはゆめに対してかなり甘い。日本のお母さんの朝は忙しいというのは十分承知しているが、母さんの場合、絶対忙しいというよりもゆめのためだなって思ってしまった。


「そういえば、こうくんは学校どうだった? ほら、昨日行ってきたんでしょ?」

 母さんが昨日の学園での出来事を尋ねる。

 母さんに問いかけられた俺は、朝食の手を止めることなく、昨日の出来事を思い出してみた。

「あー、って言っても職員室で先生の話を聞いて、その後学園を見て回っただけだから特に感想もないけど……」

「可愛い子はいた?」

「ブフッッ⁈」

「いたのね☆彡」

 俺の反応を見て、母さんの瞳が急にキラキラと輝く。

 母さんは、可愛い子、綺麗な子に対して目がない。ゆめのような自分の子どもだけでなく、赤の他人に対してもだ。以前にゆめの連れてきた友達に対して、可愛いからという理由で抱きついた。いや、抱きつくだけでなく頬ずりもたくさんしていた。

 あの時のゆめの友達が浮かべた少し引きつった顔は今でも忘れない。


「い、いや、なんでそうなるの……?」

 噴き出してこぼしてしまった味噌汁を布巾で拭き取りながら尋ねる。

「えー、だって図星なのかなって」

「いきなりそんなこと言い出してきたら普通驚くでしょ」

「そう? 別に普通だと思ったけど。なんたって高校生よ、高校生。お母さんならどんな先生がいるかとか、どんな学校施設があるのかよりも真っ先に可愛い女の子を探すわよ? 先生の話なんかそっちのけで」

 あっけからんと言う母さんに俺は顔を引きつらせる。というか、転校にあたって大切な話をしているはずなので先生の話くらいは真面目に聞いて欲しい。

「高校生っていいわよねー。中学生もいいけど、中学生はほら、やっぱり子どもって感じがするじゃない? でも、高校生は違うのよ! 女の子は成長が早いから、体の方はだいぶ大人に近づいていてー。でも、まだまだ顔つきはあどけなさが残っているの。それはなんでかなぁって考えてたんだけど――――略――――以上が考えられる原因なの。それで、最終的には高校生はまだ人生経験が浅いから、精神的な幼さが顔に出ているという結論に至ったの。そうすると、その大人な体とあどけなさが残る顔とが絶妙な塩梅で存在する時期は、高校生という時期しかないってわけよ。またね、高校生の場合は――――略――――で、成長するスピードにも個人差があるから、その子たちの個性も堪能できるし――――略――――。高校生って――――略――――と、こんな感じに様々な体験をするから、子どもが大人になる成長過程も見ることができるってわけよ。ほかにもね――――略――――。さらに、――――略――――」


 母さんの可愛い子スイッチが入った。このスイッチが入った母さんはもう制御不能。凡人からしたらよくわからない話――これが分かるようになってしまったら、もうこっち側に戻ってこれなくなる気がする――を延々と続ける。

 母さんが隣で熱弁をふるう中、ゆめは黙って朝食を食べていた。放置が正解と早々に判断したようだ。

 ゆめが成長したことに感慨を覚える。

 俺もゆめを見習い、黙って食事を進めることにした。


「「ごちそうさまでした」」

 少しして、俺とゆめが手を合わせる。

「――――略――――って、あれ、もう食べ終わったの?」

 どうやら、今の今までずっと話していたらしい。時計に目を向けると、食べ始めてから十五分くらいが経っていたが、この人はその間、終始、女子高生について語り続けていたのかと、もはや尊敬すらする。

 俺はさっと台所に行き、ゆめが運んでくれた食器を洗い始めた。

「まあ、学校もあるし、今日は授業が始まっての初の登校日だから一応早めに登校しようかなって」

「そう? なら、この話はまたこうくんが帰って来てからね」

 いや、この話まだあるのかよ、と内心ツッコミをいれた。帰宅してからもこの話が続くのは絶対遠慮したいが、母さんのことだから俺が帰ってくる頃にはすっかり忘れているだろう。――たぶん。


 俺は洗い物を終えると、荷物を取りに行くべく自分の部屋に向かったのだった。

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