第4話★
失礼しました、と言って職員室を出ると、櫻木さんがこっちですと言いながら歩き始めた。俺も彼女に遅れないよう後をついていく。
真っ白なビニル床が真っ直ぐと続く。最近耐震工事をしたとのことで、白を基調とした床や壁にはほとんど傷や汚れがついていなかった。ちょっと視線を右にずらせば、学園の中庭を望むことができる。中心には鯉らしき魚が泳ぐ池があり、周囲に手入れされた花壇が並ぶ。ちょうどその花壇のうちの一つで部活動に勤しむ男女数人が花々の世話をしていた。
廊下を歩きながら、櫻木さんが口を開く。
「まずは、この学園の正面玄関に向かいますね。といっても、桂くんは職員室に来る際に通って来たと思いますけど」
「いえ、まだこの学園のことは全く分からないので最初からお願いします」
「わかりました。私についてきてください」
「はい」
俺は櫻木さんに案内されるがまま後ろをついて歩く。彼女が歩くたびに彼女の栗色の髪がふわっ、ふわっと揺れる。
「……」
気が付くと彼女の後ろ姿に見入っていた。
自己紹介の際に間近で見た時には、その整った目立ちにどぎまぎしたし、こうして前を歩く所作にもどこか上品さを感じさせる。職員室に入った時の姿は堂々としたものだったが、今こうして後ろを歩いてみると、その体の線は思いのほか細いことに気が付く。そのため、どこか守ってあげたくなるような思いに駆られる。
櫻木さんは男性が思う理想の女の子像を体現した人だった。
「はい、着きましたよ」
「ッッ⁈」
正面玄関に着いたことで、櫻木さんが立ち止まった。立ち止まってすぐ、こちらへと振り返る。
さっきまで櫻木さんのことで頭がいっぱいだった俺は、急に振り返られたことで反射的に足が後ろに下がってしまった。
「桂くん、どうかしましたか?」
俺の反応がちょっとおかしかったことを心配したのか櫻木さんが尋ねてきた。
「い、いや、大丈夫。ちょっと考え事していただけですから」
「考えごと?」
「うん、ちょっと考え事。ほんと、大丈夫ですから」
その考え事が櫻木さんに関することだなんて決して言えない。
「そうですか? もし何かあったら言ってくださいね」
ころんっと彼女は小首をかしげる。そんな仕草にまたときめきを感じてしまった。
それに、こうして気遣いもできる辺り、彼女は外見だけでなく、内面もすごくいいらしい。
すると、櫻木さんは思い出したように言葉をつづけた。
「あ、そういえば、桂くんは敬語を使わなくてもいいですよ。私たち同級生なんですから」
たしかに、自己紹介も二年生って言っていた。こんな人が同じ学園ってだけでも嬉しいのに、そのうえ同級生でもあると知ったときは、思わず心の中でガッツポーズしてしまった。
「いえ、でも、櫻木さんも敬語ですし」
「あー、私の場合は両親の影響で敬語を使うのが癖になっているだけですよ。私の家では家族に対しても敬語を使うことになっているので」
家族に対しても敬語というと、もしかして櫻木さんはお嬢様なのかな?いや、お嬢様は家族に対しても敬語を使うのではないかという俺の勝手なイメージがあるだけなのだが。
「むしろ、私としては桂くんに普通に話してほしいです。私の友達もみなさん、私に敬語を使わずに話しかけてくれるので、桂くんも気軽にしてくださいね」
「そういうことならば……」
敬語の人に対してタメ口で話しかけるのは少し躊躇するが、本人が望んでいるのだからそれに合わせよう。
「ふふっ、ありがとうございます。では、案内に移りますね。まず、ここが星華学園の正面玄関です。星華学園には中等部のクラスがある東棟、高等部のクラスがある西棟、そして音楽室、美術室といった特別教室がある中央棟がありますが、この正面玄関から各棟に移動することができます。もし、校内で迷ったらこの正面玄関に来るといいですね。ほら、そこにこの学園の案内図もありますので」
指を指しながら彼女は言った。
俺はぐるりと辺りを見回す。
正面玄関はかなり開放的な造りとなっていた。生徒がくぐるドアの上の部分はガラス張りとなっており、日の光がよく降り注ぐ。
近くには大きな掲示板が設置されており、学園新聞や部活動勧誘のチラシなどが所狭しと貼り付けられていた。
少しした後、櫻木さんが声をかけてきた。
「それでは、次に行きましょうか」
「あ、うん」
再び、ゆっくりと歩きだす。
「そういえば、桂くんがいた学校はどんな学校でした?」
歩き始めてすぐ、隣を歩くちょっとだけ前を歩く櫻木さんがそう問いかけてきた。
「えっ、前の学校?」
「はい、桂くんが前にいた学校です。ほら、他の学校のことを聞く機会ってあまりないですし、それに桂くんは遠いところから引っ越してきたので」
「うーん、ここと大きく違うのは中等部がないってところかな。俺が前いた高校は普通の効公立だったし。えーっと、他になんかあったかな……」
一か月前までのことを思い出してみる。ただ、さっと振り返った感じは特に思い浮かばない。
ちらりと横目で見ると、櫻木さんは興味津々な様子でこちらを見ていた。
……これはなんとしてでも絞り出さないと。
男というものは単純なので、きれいな女の子がこうして自分に期待をしていると、どうにかしてこれに応えようとするものだ。
「あっ、そういえば一つあった」
「それはなんですか?」
「俺の学校十一月に文化祭をやるんだけど、その時にミスターコンとミスコンをやるんだ」
「ミスターコンとミスコンというと、生徒の中から投票で美男美女を決めるイベントのことですよね?」
「うん、そうそう」
「星華学園の文化祭ではしたことないですけど。ドラマとかでは見たことあります」
「たださ、うちの学校、それを男女逆でやるんだよね」
「えっ、男女逆なんですか?」
櫻木さんは目を見開いて驚いた。驚く姿も本当に可愛いなと思う。
「そう、男子は女装してミスコンに出場。女子は男装してミスターコンに出場する。ミスコンはなかなかゲテモノぞろいだけど、ミスターコンはみんないい線いっててさ」
去年の文化祭を思い出して、つい笑いだしそうになりながら、当時の様子を彼女に伝える。
彼女も俺の話を楽しそうに聞いていた。
「すごく面白そうです。よくそんな催しを思いつきましたね。主催者の方たちの発想力が素晴らしいです」
「だよねー、なんか――――略――――」
そんなこんなで俺たちは談笑しながら校内施設を見て回る。
正面玄関の後、俺は自分が明日から通うことになる二年C組の教室に案内され、続いて理科室、音楽室などの特別教室へと移動した。星華学園に音楽室が二つも設置されていたことには驚いたが。
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