第3話★

「えーっと、名前は桂昂輝かつらこうきくんで、年は十六歳。前の住所は埼玉県っと。よし、これで特に間違いはないな?」

「はい、その通りです」

 自転車を停めた後、俺はすぐに職員室に向かった。休日であるにもかかわらず、そこには多くの先生がいた。

 目の前の椅子に座った先生に向かって答える。年は三十そこそこといったところだろうか。短髪が似合う爽やかな男の先生だった。先生の座るデスクには川島と書かれたプレートがある。


 川島先生は、俺の個人調書を見つめながら口を開く。

「にしても、こんな時期にお父さんの転勤で転校だなんて桂も大変だな」

 今は夏休み。一学期を過ごし、新たなクラスにも自分の居場所ができたであろうという時期だ。

「いえ、まあ両親の都合なんで仕方ないですよ」

 俺は困ったような笑みを浮かべた。

 たしかに前の学校でもすでに友達が何人かいた。正直に言えば、転校なんてしたくはなかった。両親だけ引っ越して自分だけ残るという選択肢もあったが、父さんと母さんがそれを許してくれなかった。まあ、自分一人で家事が全てできるかと言われたら怪しい部分が多々あったのは事実だが。

「前いたところと比べたらこっちはだいぶ田舎だろうけど、いいところだからゆっくり馴染んでいくといい。さて、じゃあまずは、この学校のことについてある程度説明しておこうか。その後に学校施設の案内をするから」

 こうして、川島先生のレクチャーが始まった。要約すると左のとおりだ。


 学校の名前は私立星華学園せいかがくえん。四国の唐草からくさ市というところにある。中等部と高等部の生徒が同じ学園に在籍する中高一貫校だ。学力や部活動で飛びぬけた部分があるわけではないが、教師陣による面倒見のよさや国立大学に進む卒業生が多いことなどから、県内ではそこそこ人気であるらしい。


「……以上で星華学園の説明は終わりかな。じゃあ次は学園施設の案内だけど……」

 川島先生は説明の際に使っていた学園パンフレットをデスクに置く。


「――失礼します」


 そのとき、鈴を転がしたような声とともに職員室のドアが開かれた。

 入ってきたのは一人の女子生徒。肩甲骨あたりまで伸びた栗色の髪をハーフアップに束ねている。お嬢様っぽく上品で、いかにも女の子らしい雰囲気を出す可愛らしい生徒だった。

 こんなきれいな人がこの学校にはいるんだな、なんて思ってると、その女子生徒はゆっくりと俺たちのいる場所まで歩いてくる。そして川島先生に向き合う形となる俺の右後ろで立ち止まった。

「川島先生、お時間になったので伺いました」

「ああ櫻木、ちょうど今説明が終わったところだよ。にしても休日にまで学園に呼び出すことになって悪かったな」

 櫻木と呼ばれた少女はにこっと、まるで天使のような笑みを浮かべる。


「いえ、これも生徒会のお仕事ですからお気になさらないでください。それで、こちらの方が明日から星華学園に転校される方ですか?」

 少女がこっちに視線を向ける。

「ああそうだ。二年C組の桂昂輝くん。埼玉の方から引っ越してきたそうだよ」

「えっと、桂昂輝です。どうかよろしくお願いします」

 俺は少女に向かって少し頭を下げた。

「かつら……こうきくん、ですね。これからよろしくお願いします。私は櫻木叶耶さくらぎかやです。今は生徒会で書記をしています。学年は、桂くんと同じ二年生です」

 櫻木さんも同じく自己紹介をしてぺこりと頭を下げた。


「これからは私が星華学園の施設について案内しますね」

 言い終えるとまたにこっと微笑む。その可愛らしい笑顔に思わずどぎまぎしてしまう。

「はは、桂も先生のような男教師より、かわいい女子生徒に案内してもらったほうがいいだろ?」

こちらの動揺を知ってかはわからないが、川島先生が軽口をたたいた。

「ふふっ。そんなことありませんよ、川島先生。先生に憧れる女子は多いですから。私のクラスでも先生のことで持ち切りですよ?」

 俺は彼女から目をそらすように、自席に座る川島先生へと視線をずらした。たしかに川島先生は爽やかなイケメンって感じの先生だ。男の俺から見てもそうだと思うし、実際、女子生徒からの人気は高いのだろう。


 しかし、当の本人は、そんな櫻木さんの言葉を単なるお世辞と捉えたようだ。

「お、それはうれしいな。先生にもようやくモテ期がきて……、って、おっと、もうこんな時間か」

 職員室にかけてあった時計に目が入り、先生が言葉を止める。

「さて、話はこれぐらいにして、学園見学に行ってもらおうか。先生はこれから部活があるから、席を立たないといけなくてな」

 先生はそう言うと、デスクの整頓をし始めた。

 デスクに飾ってあった集合写真を見る限り、どうやらサッカー部の顧問をしているようだ。星華学園のユニフォームを着た男子生徒が数十人と並ぶ中、端っこで笑みを浮かべる先生の姿が写っていた。

 なるほど、やはり休日であっても教員は忙しいらしい。


「それでは桂くん、行きましょうか」

 櫻木さんがこちらへと振り返る。

「そうですね。よろしくお願いします」

 これ以上ここにとどまっても先生の邪魔になるだろうし、俺もこれから通うことになる学校の様子を早く見てみたいという気持ちがある。


 そうして俺たちは職員室をさっさと後にすることにした。

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